34 / 103
第一章
第34話 失くしたもの
しおりを挟む「……は?」
霊力と呪力の境界はなんとも曖昧だ。
一般的に、霊的存在を視たり感じたりする力を『霊力』、呪術を扱う際に使う力を『呪力』とされている。
結局のところそれらを纏めて『霊能力』とも言えるのだが。
これは”霊が視える人”と”術者”を区別するために分類したに過ぎず、元を辿ればひとつの力、同じ霊能力なのだ。
しかし、だからと言って視える人間全てが呪術を扱えるかといえばそれはまた別の話だ。
元は同じ力といえど、視える人間と術師の間には確かに隔絶された違いがある。
その違いが何によって生じるのかは未だに解明されていない。
現状では、超常現象だから、というアホみたいな理由で納得せざるを得ない。
つまり世の中には、何も視えないただの一般人、視えるし感じるけど呪術は使えない『霊力』を持った人間、視えるし呪術も使える『霊力』と『呪力』を持った人間、の三つに分類できる。
当然三つ目に分類された人間に該当するのが術師だ。
割合としては言うまでもなくただの一般人が圧倒的に多い。
そして次に霊力だけを持った視える人間が少数おり、霊力と呪力の両方を持つ人間はそれよりもさらに僅かな数となる。
こんなご時世だ。
他人を呪おうとする欲望に塗れた人間や霊被害はこの世に腐るほど蔓延っている。
しかし悲しいかな、それを対処する術師の数が全く足りていないのが現状だ。
呪術業界はどんな時代も常に人手不足問題を抱えており、実は大忙しの職業と言える。
そのため、術師を統括している術師会は極力全ての術師を組織に引き入れ、もっと効率よく仕事を回したいというのが本音だろう。
だから度々フリーの術師を集めるような動きを見せ、術師の量と質、その両面からの向上を狙っているのだ。
さて、少し話が逸れたが、以上の概念から今回千景が神との関わりにおいて代償として差し出したのは『呪力』ということになる。
今まで通り霊的存在の姿は視えるし気配も感じる。
もちろん声も聞こえる。
けれどもそれらを祓ったり調伏したりすることができなくなってしまった。
それに伴い、誰かを呪うことも、呪いを解くこともできなくなった。
つまり今の千景は体内に呪力が全く無く、呪術が使えない。
霊と遭遇したとしても逃げるしかない、ただ視えるだけの人間になってしまったというわけだ。
「山神に手を貸した時に一度呪力も霊力も空っぽになったから、最初はただ回復が遅いだけだと思ってたんだよ。でもいつまで経っても戻んないし、かと言って霊が視えなくなったわけでもない。そこでやっと気づいたね。ああ、呪力をごっそり持っていかれたんだって」
その日のうちに薄々感じてはいたが、翌日になっても欠片も回復していなかったことから千景は全てを悟った。
あのとき、目下の千景の呪力量では代償として差し出すべき呪力量に足りていなかった。
だから”前借り”という形でその時点から先、時間と共に回復するはずの未来分の呪力を取られた。
どれ程先の分まで奪われたのかは知らないが、その時が来るまで千景の体に呪力が廻ることはないのだ。
あれから一週間ほど経つが、未だに呪力が戻る気配はない。
幸いにも今のところ手に負えない厄介ごとには遭遇していない。
何かあったとしても朱殷と銀がある程度片付けてくれるので大きな問題もない。
しかしこの生活がいつまで続くのかと考えれば、溜め息のひとつも吐きたくなるというものだ。
「なるほど……大体の事情はわかったわ。それで、まさか一生呪力が戻らないなんてこともあるのかしら?」
「いや、それはたぶんない。根拠はないけどいつかは絶対戻る気がする。でもそれが果たしていつなのか。明日か明後日か、一ヶ月後か、はたまた数年後なのか……」
この厄介な代償からいつ解放されるのかはわからない。
それでもずっと力を失ったままにはならないという確信はあった。
山神が言うところの『生命に著しく関わるものでない』を信じるのであれば、いずれは呪力が戻ることだろう。
何しろ千景が呪力を失い呪術が使えなくなった場合、将来的に命を落とす可能性が格段に跳ね上がるのだから。
「あーあ、やんなっちゃうよねもう。まあしばらくは術師休業してただの人間を楽しむつもりだけど」
「とりあえずこんな状況下でもあなたが意外とピンピンしていて安心したわ」
確かに呪力喪失が発覚した時は「…………まじかよ……」と心からの嘆きがそのまま口を衝いたが、失くなってしまったものは仕方ない。
どこからか無駄に湧いてきたポジティブシンキングにより、とりあえず悲観の負のループには至らずに済んだのだ。
「でもこれからどうするのよ。術師としての仕事ができないのなら金銭面的にも困るんじゃなくて?」
「ふふ、大丈夫だよ。店の方はずっと続けるつもりだし、そもそもそこまで貧乏じゃないからね。当面はどうにかなると思うけど。あ、でも学費払わないと。仕入れなきゃなんない呪具もあるし………出費もそこそこ多そうだなあ」
「いつも思うけれどなんで大学行ってんのよ。辞めちゃえばいいじゃない」
「いやいや四年間はちゃんと通うよ。大学だって結構楽しいんだからね。ま、卒業はできないだろうけどさ」
「ふうん」
煙草を咥えながら相槌を打つ鼎からは、だったら尚更行く意味ないじゃない、と声なき指摘が聞こえてきそうだ。
しかしこればかりは千景の気の持ちようの問題なので、他人に理解してもらうのはなかなか難しそうだ。
「あなたがいいならそれでいいわよ。何か困ったことがあったら来なさい。食事くらいは出してあげるから」
「鼎ちゃん大好き」
普段から一人前の大人ぶっている千景だが、こういう時こそ周りには頼りになる本当の大人がたくさんいるのだと実感する。
彼らからすれば千景なんてまだまだ手の掛かる子供扱いなのだろう。
千景はカップに残った珈琲を飲み干し、今度こそ立ち上がった。
「じゃあ解析の方よろしくね。珈琲ごちそうさま」
「終わったらまた連絡するわ」
「りょーかい」
何がとは言わないがほっこり満たされた千景は、帰り道で変なものに遭遇しないようフラグ建設にならない程度に祈りながら相模宅を後にした。
◇ ◇ ◇
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる