亡国の悪魔は今日も嗤う

夏風邪

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第一章 魔法学校入学編

第9話 潜入

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 良からぬことを企む輩は、人がいなくて国の目も届きにくい場所に生息する。

 それはどこの国でも同じことで、やはりアスファレス国を拠点とする輩たちもその傾向に当てはまる。

「……ここがそうなの?」

「うん。間違いないと思うよ」

 先ほどいた街からほど近い場所にある森の中。
 右に行ったり左に行ったり、時には草木をかき分けながらしばらく進めば、そこには小さな小屋があった。

 無造作に伸びた蔓が小屋を覆い、寂れた外装は森の中では驚くほど擬態する。
 近づきたくないと思わせるその雰囲気は人間の警戒心を刺激する。
 不用意に近づけば敵の張った感知網に引っ掛かり、ミイラ捕りがミイラになるが如く二次被害者が続出することだろう。

「ここにイグナーツがいるのか…」

「正確にはその地下にね。あの小屋はただのカモフラージュ。ただの入り口でしかない。その下に空間を作って攫ってきた人たちを隠してるんだよ。アジトは地下にあるってこと」

「なるほど…」

「地上は見つかりやすいけど、地下なら簡単には探せないし、たとえ登山客が小屋に入ってもたぶん地下への通路は魔法か何かで隠してるから万が一も起こりにくい。悪事をはたらくには地下はもってこいの場所ってことだね。ほんと芸がない」

「……あなた、よく知ってるわね」

「うん、まあね」

 良からぬことを企む連中が地下を利用するというのは本当によくあることだ。
 そんな常套手段に則らず、街のど真ん中の一番目立つところに拠点を構えるくらいの芸達者でもいてほしいものだというのがルベル個人の感想だ。


 見たところ外に見張りはいない。

(…いないけど……小屋に二人とその下には、結構いるかな)
 
 残念ながら地下の正確な人数までは掴めないが、おおよそ予想通りだ。
 その中には数人魔導師も混ざっているようで、複数の魔法属性の気配が小屋一帯から感じ取れた。
 
 被害者も地下にいるはずなので全員が敵というわけではないと思うが、それでもヒヨっ子魔導師三人ではやや厳しい状況だ。

 こっそり忍び込んでイグナーツを救出するにしても、戦闘覚悟で正面から乗り込むにしても。
 まずはエルシアとグレイがどの程度の魔導師なのか、どれほど動けるのか、それを知っておかなければろくな作戦も立てられない。

「先に言っておくけれど、私たち魔法は使えないわよ」

 そんなルベルの思考に先手を打つかのように、ひどく冷たい声音でエルシアがそう言った。

 ”私たち”ということは、おそらくグレイも。

「そっか」

 彼女たちがGクラスだと言った時点でその可能性は十分考えていた。

 テリオス魔法学校はAクラスから順に優秀な魔導師が割り振られていく。
 では下位クラスになるとどうなのか。当然優秀でない・・・・・魔導師が割り振られることになる。そこには魔法が扱えない者も含まれる。

 『魔導師』は文字通り魔法を扱える者を指すが、広義で捉えれば、様々な条件はあれど魔法を扱えない者も『魔導師』に分類されることがある。

 彼女たちはそういう部類の魔導師。
 ”優秀な魔導師”を嫌う根幹もきっとそこにあるのだろう。


(まぁ、ぼくがいる状況ではそんなことあんまり関係ないんだけどね)


 さてどうするかと数瞬悩んだのち、ルベルは挑発するように小首を傾げた。

「じゃあ、魔法を抜きにしたら、君たちは動ける?」

 暗に『君たちはこの場面で使える人間なの?』と。

 挑発まがいの煽りにパチパチと瞬きをしたエルシアとグレイは、ルベルの言葉に含まれた真意を正確に理解して、その目は好戦的に光った。

「少なくとも、魔法しか知らない魔導師には負けないわ」

「同じく」

「そう。なら問題ないね」

 魔法は使えないがそれ以外だと戦える、と。
 敵アジトを前にしても怖気付いたり変に力んだ様子もなく、この状況下でもちゃんと落ち着いている。
 おそらくまだ十数年しか生きていない少年少女のはずだが、どうやらある程度の場数は踏んできているようだ。

 殺るか殺られるかの戦いを知っている者は扱いやすくていい。
 迷いや甘さが命取りになることを理解している。状況判断も任せやすい。

 そこまで面倒を見る義理はないのだが、短時間ながらわりと好感を抱いている同輩にこんなところで死なれては寝覚めが悪いというものだ。

「そういうあなたはどうなのよ」

「ぼく?」

「随分と上からものを言ってくれるけれど。私たちに訊いておいて自分は動けないなんて、言わないわよね?」

「ぼくの指図を受けるのは嫌?」

「そういう話じゃないわ。あなたこそ戦力として使えるのかって話よ」

「うーん、そうだなぁ…」

 言葉の端々にはやはり棘が含まれているが、エルシアの言い方では何か策がありそうなルベルに従うこと自体は問題ないようだ。
 それよりもルベルの戦闘力の方が気になるらしい。

 テリオス魔法学校のBクラス在籍魔導師としては、ここは自信を持って頷いておきたいところだが。

 実情としては『魔導師としては使えない』の一言に尽きる。


 だが、まあ───。


「ぼくは、君たちにとって平等な戦場を提供することはできるよ」

 ルベル自身の戦闘力はさておき。
 この場で、エルシアとグレイが戦いやすい状況をつくることはできる。

「どういうことかしら?」

「君たちは魔法が使えない。でも敵には魔導師がいる。それは数人かもしれないし、もしかしたら全員かもしれない。だったら今回のイグナーツ救出に際して一番の障害となるのは魔導師の存在だよね。だって魔法を使えるのと使えないのとでは天と地ほどの戦力差があるんだから」

「……私たちへの嫌味かしら? そんなこと言われなくてもわかってるわよ」

「違う違う。君たちを貶すつもりはまったくないよ」

「………それもわかってるわ」

 言われるまでもなく、魔導師との戦いが魔法が使えない者にとってかなり厳しいものであることは本人たちが一番自覚していることだ。

「あんなに疎んでいたぼくの協力を受け入れたのだって、敵に魔導師がいる可能性を見越した上で、人手確保も兼ねてこっちにも魔法が使える魔導師がいれば少しは戦力差も埋まるかもしれないって思ったからだよね」

「…ええ」

「それに関しては申し訳ないけれど、ぼくは今魔法を使える状況にないんだ」

「…………は?」

「でも安心して。さっきも言ったけど、魔法が使える人にも使えない人にも平等なフィールドは用意してあげるから」

「平等…?」

「意味がわからないのだけれど」

 エルシアもグレイも心底怪訝そうに首を傾げた。

 第一に、お前も魔法が使えないならここに来た意味ないだろう、と。
 第二に、そんな都合のいい状況なんてあるわけないだろうこの世界に平等なんてないんだよなに言ってんだアホか、と。

 口にせずともそういった辛辣な言葉の数々が聞こえてきた気がした。

 それにうんうんと頷いたルベル。

「たぶんぼくは、魔法は使えないけどちゃんと戦える君たちにとっては、すごく都合のいい魔導師だと思うから。大丈夫、ここはぼくに任せてよ」

 そう言ってなぜだか自信たっぷりに笑ってみせるのだから、二人はもう何も言わなかった。




 エルシアは剣、グレイはナイフとそれぞれ得物を手にして戦闘準備を整える。

「ねえ」

「ん?」

 会話に耳は傾けつつも、感覚は少しずつ鋭く、そして広範囲に広げていく。
 あわよくば敵の人数や配置くらいは掴みたいものだ。

「私たちのこと、あなたは何も訊かないのね」

「そう?」

「普通、魔導師なのに魔法が使えないって言ったら、鬱陶しいくらい理由を訊いた末に同情でも嘲笑でも向けてくるものよ」

「うーん、たしかにそうなるか。でも君だってそんなこと言ってるけど、訊いてほしいなんて微塵も思ってないでしょ。だったらぼくが何も訊かないのは都合がいいんじゃないの?」

「………」

 残念ながら魔法を使わない感知には限界があったようで、ここからでは地上地下含め大まかな人の動きしか探れなかった。

「……それと、今まであなたへの態度が悪くてごめんなさい。すべて謝るわ」

「うん。………うん?」

 次いで出たエルシアからの思いがけない謝罪に、ルベルは思わず二度見してしまった。


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