亡国の悪魔は今日も嗤う

夏風邪

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第一章 魔法学校入学編

第10話 それぞれの役割

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 散々向けられてきた嫌悪や刺々しい態度にすっかり慣れてすでに違和感の消えていたルベルにとって、実に耳を疑うような謝罪の言葉。

「……どういう心境の変化? 槍でも降るの?」

「……おいエルシア、熱でもあるなら早く帰ったほうがいいぞ」

「あなたたち馬鹿にしてるの?」

 ルベルとグレイをひと睨みしたエルシアの視線は驚くほど鋭いものだったが、もうそこに嫌悪の感情はないように見えた。

「私は魔導師が嫌い。魔法が使えるというだけで自分が優れている存在だと驕り、そうでない存在を嘲るから。テリオスでもそう。面と向かって馬鹿にしてくる奴らも多いけれど、内心下位クラスを出来損ないだと見下している生徒は本当に多い。声にせずとも目を見ていればわかるわ。そうやって自分は特別だと思い込み、他者を下に見ることでしか自己を肯定できないような魔導師が、私は大嫌いなのよ」

 エルシアの”優秀な魔導師嫌い”の根源はそこにあるようだ。 

 残念ながらエルシアの言うことは否定できない。
 魔導師の中には、魔法を使えない者を見下す奴は一定数いる。自分は優れた存在なのだという潜在意識を持つ魔導師が多いことも事実だ。

 故に、魔導師なのに魔法が使えないエルシアたちがこれまでどういった視線や言葉を向けられてきたのか想像に難くない。

「けれど、あなたからはそういった感情は一切向けられないの。さっきだってただ事実を述べているだけであって、そこには同情も嘲りも、悲哀も優越も、何も含まれていなかったわ」

「うーん、そうなのかな? ぼくは、」

「『そう思うほど他人に興味がないから』、かしら?」

「……ふふ」

 ルベルはただ、愉しそうに笑うだけだった。

「魔法が使えない人間を馬鹿にするとか見下すとか、そもそもあなたはそういう感情が湧き上がるほど他者に興味なんてない。だから私たちのことを見下さないし、可哀想とも思わない」

「………」

「勘違いしないでほしいのだけれど、それを非難しているわけではないの。下手に善意を振りかざして同情されるより、ただの気まぐれだろうと、あなたのような人間の方が私はよっぽど信頼できるわ。だからあなたを有象無象の魔導師と同じ括りにしてしまったことを謝る。ただそれだけよ」

「君も、随分と酔狂な人間だね」

 ルベルはただ困ったように表情をつくるだけで、否定も肯定もしない。
 
 だがエルシアはルベルからの返答を必要としていなかった。
 ルベルは持たざる者を見下す魔導師ではない。その事実だけで十分だから。

「私が言いたかったのはそれだけ。とりあえず流れはあなたに任せるわ。私たちは何をすればいいのかしら?」

「無茶振りは無理だが言われれば大体はやるぞ」

「頼もしいね」

 作戦というほど大掛かりなものではないが、それぞれの動きを二人に伝え、ルベルが思い描く展開を大まかに共有する。

 隠密のプロでもない三人が敵にバレずに侵入し、なおかつ戦わずにイグナーツを救出するのは現実的に難しいものがある。
 だから今回は正面突破しかない。
 二人には面と向かって敵と戦ってもらうことになるが、なんの不満も異議もなく、二つ返事で頷いてくれた。

 あとはルベルが平等・・な戦場を用意するだけだ。



 見張りに気づかれないギリギリのところまで小屋に近づき、作戦開始から進入までのタイムロスをできるだけ減らす。

「さてと。ぼくはイグナーツを助けたいからこれから魔法を使うけど、今日ここで起こることは秘密にしてくれると嬉しいな。一応ぼく、今は魔法が使えないことになってるから」

「お前も随分とワケありみたいだな……」

「安心しなさい。初めからこの件について誰にも言うつもりはないわ」

「ありがと。じゃあ手はず通りにね」

「ええ」

「任せろ」

 すでに戦いに臨む引き締まった顔つきの二人に頷き返し、ルベルは目を閉じた。


 レノストにかけられた魔法は今もなお正常に機能している。
 だから、普通であれば魔法が使えないのだが。

(……甘いねぇ、実に甘い)

 魔導師の体内には魔力を生み出す核となる器官が存在する。
 レノストがかけた魔法はあくまでもその器官に働きかけ、魔力の流れを断つことで魔法を使えなくするというものだ。

 ではその状態でも魔法を使うためにはどうしたらいいのか。
 それも簡単なことだ。

 魔力の流れを断つ魔法の上からさらにそれを無効化する魔法をかければいい。
 
 ただひとつ気をつけるとするならば、術者は己がかけた魔法に手を加えられた場合に気づく可能性があるということ。

(けど、その心配もないだろうね。たぶんあの魔法、学長のものじゃないだろうし。というかあんなのほいほい使える魔導師がいたらさすがにぼくも驚くけど……)

 体内にある魔力の核を意識しながら、自分自身に魔法をかける。

 次いで、これから展開させる新たな魔法の範囲を設定する。

(半径200メートルもあれば十分かな。今回は魔精晶は必要なさそうだね)

 閉じていた目を開けて小屋周辺を認識し。



「───〈掻暮等価かいくれとうか〉」



 一拍置いて、ひゅるりと一陣の風が吹き抜けた。
 



「うん、いいよ」

 ルベルの声を合図にエルシアとグレイが走り出す。

 小屋はわずかな悲鳴とともに瞬く間に制圧し、地下への扉を隠す魔法も先ほどのルベルの魔法によって解かれていたらしく、二人は地下へと降りていった。

 ひとまずルベルがやるべき仕事は終わった。
 だからといって傍観を決め込むほど薄情でもない。

「さて、ぼくも行くか」

 先ほどの二人の手際を見ていれば加勢はあまり必要なさそうだが、何かあった時のため、不測の事態に備えて人手は多いに越したことはない。
 だがその前に、小屋で伸びていた見張り二人も一応そこら辺にあったロープで拘束しておく。


 ここら一帯は未だルベルがかけた魔法の領域内だ。
 よってその内部の情報はすべて術者であるルベルに入ってくる。

 アジトの広さ、敵の数、人の動きなどは手に取るように分かる。
 エルシアやグレイの動きもわかるし、当然攫われたイグナーツの居場所も把握していた。

「あれ? この気配って……」

 だから、何故かその中に知った気配が紛れ込んでいたことも情報として入ってきた。

 地下二階、一番左端の部屋。そこに魔導師の気配が二つ。
 一人は敵の中では最も強そうな男。雇われ用心棒か、あるいは組織の頭目といったところだろうか。

 そしてもう一人はおそらく……。

「うーん……仕事の邪魔でもしちゃったかな?」
 
 呑気に首を傾げていれば、いつの間にか二人のうち片方の生命反応が消えていた。強そうな魔導師の方だ。

 今回の救出作戦においては最も厄介そうな魔導師を一瞬にして屠るほどの腕を持つ人物。
 エルシアたちが頑張っているアジト内で無差別に暴れられても厄介だと、その人物の元へ向かおうとして。



 音もなく、背後に感じた人の気配。

 振り返る間もなく切れ味のよさそうな冷たいものが首筋に当てられた。

「よォ」

 ルベルの首からはたらりと生あたたかい血液が滴り落ちる。

 耳に届いた低い声は愉しげに弾んでいた。
 なのにその気配はまるで獲物を前にした猛獣のようで。
 今にも首を食いちぎられそうな緊張感と殺気がびしばしと伝わってくる。

 どうやら向こうから来てくれたようだ。
 手間が省けてちょうどいい。

「やあ、久しぶりだね」

「ハッ、やっぱオマエの仕業だったか」

 ルベルの血で濡れたナイフは首筋から離れ、今度は床に転がる見張りの頭に突き刺さった。続いてもう一人の喉元にも新しいナイフが刺さる。

 鮮血が飛び散り二人の足元を汚した。
 今この瞬間にもあっさりと二人の命が散ったというのに、殺った本人含めそれを彼らが気に留めることはなかった。

「言っておくけど、ぼくは別にお前の邪魔をするつもりはないからね」

「あァ?」

「お前がいること、魔法をかけたあとに気付いたんだよ」

「つっても結果的に邪魔してんだろォがよ」

「だから悪かったって」

 やれやれと振り向いた先。

 目が合うなり、そこにいた男はニヤリと口角を上げる。
 口端の返り血を舐める姿はまさしく殺人鬼そのものだった。


 ◇ ◇  ◇

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