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第二章 魔法学校擾乱編
第20話 雨
しおりを挟む今日は朝から雨降りだった。
激しい雨が窓を打ち、硬いガラスを大粒の水滴が伝っていく。
外もどんよりと暗く、窓に映る自分の姿はいつもより哀愁を纏っているようにさえ見えた。
そんな雨の日は屋外での授業は行われず、校舎内の特別教室での実技授業に代替される。
クラスメイトたちがメキメキ魔法を上達させているのを傍目に、やはり今日も見学を余儀無くされていた。
この光景が三ヶ月も続けばさすがに慣れるし、クラスメイトたちだっていちいち反応することもなくなった。
けれども今日は運が悪かった。
最後の授業を終えて帰り支度を済ませていたところ、担当教師に雑用を押し付けられてしまったのだ。
「これを校庭横の倉庫まで運んでくれるかな? なに、見学の代価だと思ってひとつ頼んだよ」とにこやか且つ有無を挟ませずに言われてしまえば、ただのいち生徒としては断ることはできなかった。
幸いなのは捕まったのがルベルひとりではないことだ。
「うひゃー、雨なのにわざわざ外まで雑用遣わすとか。あの教師鬼畜~!」
「これまでの度重なる見学を考えれば甘んじて受けるしかないな」
「つってもオレらに見学を強制したのはあの理事長だけどな」
「そもそも理事長に目をつけられた原因はぼくたちだけどね」
「そうだけどもっ…! 雨に濡れるとか勘弁してほしいよもー」
昼間ほど激しい雨でないとはいえ、決して小雨でもない。
傘を差さなければ全身びしょ濡れになることは避けられないだろう。
倉庫は校舎と校庭の中程にある。
途中までは渡り廊下で繋がっているため雨は凌げるが、それでも数十メートルは雨に曝される。
頼まれた荷物は両手で抱える大きさの箱が二つ。それをルベルとアッシュが持ち、ローズとレオンはそれぞれに傘を差す。
もしこれより人数が少なければ雨に濡れるあるいは往復が避けられなかっただろうから、四人いたことはラッキーだと言える。
いくら魔導師でもさすがに天気までは変えられない。
向かった倉庫はそこそこに立派な建物だった。
倉庫というよりは蔵に近く、埃っぽさもない。授業で使われる魔具や道具が整然と並べられているところを見るに、掃除と手入れは定期的に行なわれているようだ。
事前に鍵も預かっていたためそれで解錠し、指定された場所に荷物を下ろせば無事に雑用完了だ。
「あーあ、また鍵戻しにいかないとね。雨止んでくれないかなー」
雨粒を掴むように手を翳したローズがそうぼやく。
「雨は嫌いなの?」
「うーん、どちらかと言えば嫌いかな。晴れてる方が好き。濡れなくて済むし、傘もいらないから荷物少ないし」
「そっか」
見上げた空は相変わらず厚い雲に覆われていた。
ぱちぱちと傘を撥ねる雨音はまるで周囲の音を覆い隠すようだ。
「その鍵、ぼくが返しておくよ」
「え、いいのか?」
「うん。図書室の本を返すのを忘れててね。ちょうど校舎に用事があるからついでに」
「ならお願いしようかな。悪いな」
「気にしなくていいよ」
チャリン、と手のひらに乗せられた鍵。
皆そのまま帰るつもりだったので鞄は持ってきていた。
校舎経由で帰るよりも、このまま校門に向かった方が断然早い。提案したルベルがいいと言っているのだからあえてそれを断る理由もないだろう。
「なぁ、ついてってやろうか?」
それぞれが傘を差し直すなか、徐に近寄ってきたアッシュが口角を上げてそう言った。声量はぎりぎりローズやレオンに聞こえない程度で。
傘でうまく隠されているが、その視線が向いているのは校舎の三階付近。
放課後は何かと一緒に行動することが多いアッシュだからこそソレに気付いたと言ってもいい。
それでも意図的に知らない顔をつくったルベルは首を振る。
「鍵と借りた本返してくるだけだからいいよ。また明日」
最後の部分だけローズとレオンにも聞こえるように声を張り、ルベルは足速に校舎へと向かった。
職員室で雑用を押し付けた先生に鍵を返したら、そのまま校舎を出た。
本を借りたというのは適当についた嘘だ。
ただで面倒事を引き受けるよりも用事のついでだと言った方が彼らも託しやすいだろうから。
それに本を読むならテリオス大図書館の方を利用する。校舎にある図書室を訪れたことはあまりなかった。
今度は傘を差さずに出てきたために、降りしきる雨が次第に髪と制服を濡らしていく。
それに構うことなく歩みを進め。
向かう先は校門ではなく、学校敷地内の森。
ザーザー。
パシャッ、パシャッ。
雨が枝葉を打つ音と自分の足音だけが森の中に響く。
「……雨、か…」
ローズはああ言っていたけれど、雨は好きだ。
湿った匂いも。
水同士が弾け合う音も。
世界の輪郭を霞ませるような濡れた風景も。
雨は心地よい冷たさを与えてくれる。
しばらく歩いたところで足を止めた。
髪を伝う雫は地面に滴り落ち、すでに大きくなった足元の水溜まりの一部となって消えていく。
それを何度か眺めた後で、ふっと顔を上げた。
「ねぇ、知ってるかな」
全身が濡れることも厭わず、自然と笑みを零す。
目の前には誰もいない。
きっと背後にも誰もいない。
それでもルベルは言葉を紡ぐ。
「雨ってさ、いろんな音を掻き消してくれるけど、雨でしか表現できない音もあるんだよ。だからぼくは雨が好き」
しんしんと降り続く雨は天の涙なのか、地上への恵みなのか。
雨に感情をつけるとしたら何が相応しいのだろう。
喜び?
悲しみ?
不安?
怒り?
嘆き?
そんなことは誰にも分からない。
それでももし、自らの感情と整合させるのならば。
自分にとっての雨はきっと『 』という感情が相応しい。
「ねえ、君は雨は好きかい?」
ピチャリ。
背後から、濡れた地面を踏む音がした。
「───…ああ。それなりに」
律儀にも答えが返ってきた。
低く落ち着いた、それでいて雨音にかき消されることのない声。
以前に一度だけ、たった一言だけ言葉を交えたことのある人物と声主の姿がパチリと重なった。
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