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第二章 魔法学校擾乱編
第21話 探る影
しおりを挟む雨の音が変わった。
ただ地面に打ち付けていただけの雨音から、突然そこに現れた物体に当たる音に。
距離にして三メートルほど後方。
言葉を交わすには近くも遠くもない距離。けれども攻撃を図るには十分すぎる距離。
意図して空けられたその距離感に、相手は現れた。
振り向き様、相手の姿を視界に捉えれば、やはり綺麗な白金色の髪が雨の中で輝いていた。
「お久しぶりですね」
「その様子だと、俺の存在には早い段階から気づいていたようだな」
「偶然ですよ。偶然この森に来て、偶然独り言を漏らしたら、これまた偶然返事が返ってきたんです。ぼくも驚きました」
「白々しい恍け方はよせ。お前とは何度か目が合ったような気もしたが、それも偶然か?」
「うーん、それこそ白々しいですね。あなたと目を合わせたのはこれが二度目だと記憶していますよ」
一度目は魔力測定の日、肩を掴んで止められたとき。
たった一言言葉を交わしたというのもそのときのことだ。
そして今日が二度目。その間、目を合わせたこともなければ顔を合わせたことも一度だってない。
だだ、その姿を目にしたことなら何度かあった。
三年Aクラス、ジーノ・アルティース。
それが現在目の前にいる男の名だ。
初対面だった入学直後は男のことを知らず、ルベルとしてもただ者ではない雰囲気を感じ取っていたので名前くらいは調べておこうと考えていた。
だが結局のところ、わざわざ自分で調べるまでもなく、男の名はすぐに知ることとなった。
彼はおそらく、というか間違いなく、この学校では才色兼備を絵に描いたようなヘレン・フローレンスよりも有名な人物だ。
なぜなら彼も才色兼備の要素をより高いレベルで備え持つ生徒だからだ。
実際、テリオス魔法学校での実力トップはこの男だと言われており、生徒間での会話でもよくその名を耳にしていた。
基本的にルベルは噂をあてにしない。
自分で見て感じたものしか真ととらえない。
それは人を介した情報には必ず尾鰭がつくからだ。本人たちの主観的感情が入るからだ。そんな不純物が混ざった話に信憑性を見出せるほど、己の判断を他者に委ねてはいない。
その上でジーノ・アルティースという男を見たとき、噂となんら違わない実力者であることがわかった。
魔法学校などという小さなスケールで優劣をつけるに相応しい人間ではない。
まず間違いなく、世界でも有数の魔導師のひとりだろう。
テリオス魔法学校にもなぜ学生をやっているのか不思議に思う人間は時々見かけるが、その中でもこの男は頭ひとつ抜きん出ているように思えた。
「それで、こうして雨に濡れることも厭わず追ってきたということは、ぼくに何かご用ですか?」
「何が目的だと思う」
「そうですね。あんなに熱烈な視線を三か月もの間送られていましたので、そろそろ男色なのではないかと思い始めていたところです。端麗な女子生徒もいらっしゃることですし、標的をそちらに移してみてはいかがですか?」
「見られていることには最初から気づいていたというわけか。それをあえて口にしたということは、惚ける気がなくなったと解釈するが」
「それはそれは。わざわざぼくが気づく程度で探っていたのは貴方でしょう」
誰かに見られていると感じたのはそれこそ最初の最初、初めてジーノと会った魔力測定の日からだ。
ふとした拍子に感じる違和感。それを気のせいだと思うことはなかった。
それが自分に向けられた視線なのだと一度認識してしまえば、その視線元を探るのは簡単だ。
しかし言うほどすぐにこの男に辿り着いたわけでもない。
こちらとて慎重に、視線に気づいていることに気づかれないようにその主を探した。
そうして辿り着いたのがジーノ・アルティースという男だったというわけだ。
「ぼくじゃなくとも、きっといずれは気づいていたんじゃないですか?」
彼が本気で探ろうと思えば、こちらにその片鱗すら悟らせないことは可能だったのかもしれない。
それでもそうしなかったのは、彼なりにルベルの実力を見極めた上で、わざとその存在をこちらに仄めかすため。
だから、ルベルがその視線に気づいたのはなにも実力があったからではない。
探っている方が対象に察知されることを前提としていたのだから気づいて当たり前。
わりと序盤でルベルが気づいたのは、ほんの少しだけ、こちらがジーノの想定よりも気配察知に優れていたというだけのこと。
そう主張することを忘れない。
「まあいい。お前が俺に気づいたという事実さえあれば、その時点までもをここで議論するつもりはない」
「だから偶然ですよ。誰かに見られていることはわかってましたけど、それがまさかあなただとは思いもよりませんでした」
「先ほどから『驚いた』『思いもよらない』などと言っているが、その様子からしてとてもそうは見えないな」
「ぼく、あまり顔に出ないタイプみたいなんです」
そうして首を竦めて見せれば、ルベルよりもはるかに表情に変化のないジーノがほんの僅かに眉根を寄せた。
「その敬語やめろ」
「やめろと言われましても……学年で見てもあなたは年上ですし、目上の方を敬うのは当然でしょう?」
「その理論でいくのなら尚更必要ない。お前は俺を年上だとも目上だとも思ってないだろう」
「へえ」
この世界では大抵の人間が年齢通りの容姿で成長し、平均80~90年ほどかけて死を迎える。
しかし稀に、魔導師の中には人よりも長い寿命を持つ者がいる。容姿と実年齢が相違する者たちがいる。
それは魔力の大きさだったり、特殊な魔法属性を有するが故のことだったり。
理由はそれぞれあれど、ただひとつ言えることは、これに当てはまる魔導師は世界でもほんの一握りの強者であるということだ。
かく言うルベルもまた、容姿と年齢が乖離した魔導師のひとりであった。
(ジーノ・アルティース……きっと彼もそうだね。見た目はまだまだ若いけれどすでに百年くらいは生きてそうだ。まあ、魔導師としての実力を考えればそれも当然か)
思い返せばジーノは初めから知っていたのだろう。
まるで確信があるかのように彼の口からルベルの心理を追求されたり。
たった一度の接触から何故だか行動を監視されるようになったり。
どうして彼に注目されるようなことになったのか不思議で仕方なかったが、今ならわかる。
「ああ、うん。よくわかったよ。お前、誰からぼくのことを聞いたのかな?」
「…………」
自身についての情報を持っている者は少ない。
だからその中の誰かがジーノと情報を共有したか、もしくはジーノ自身が調べたかのどちらかということになる。
ただ、一からこちらを探ろうとして簡単に出てくるような情報は何もない。過去にジーノと接触した記憶もないため、ルベル自ら情報を渡したとも考えにくい。
だとすれば、こちらを知る誰かから情報が渡ったと考えるのが妥当だろう。
(ぼくのことを話す奴なんていないだろうけど……ああ、あいつならお金を積まれたら話すかもしれないね。それも仕事の範疇だろうし。でも今回のはたぶん違う気がするなぁ…)
だとしたら他に誰がいるのか。
思い当たる候補を出してはこいつは違うと消していく。
(目的はなんだろう……? ぼくを陥れようとしてるならこうしてわざわざ接触してきたりはしないだろうし、闇討ちとか殺しが目的なら尚更姿を晒すことに意味はない。ぼくを知ってる奴に馬鹿はいないはずだから色々考えての行動だろうけど……そもそも彼らが何かを企てるとは考えにくい。だとすれば、ここしばらくは会っていない人間………例えばあの子たちとかかな? ぼくの特徴を知人に教えて探してるっていう線が一番濃厚だね)
そうして行き着いた結論に我ながらうんうんと頷いた。
自分の中で立てた仮説に確実性はないがおおよそ七割程度の確信はある。
あとは会話の節々から、あるいは今後の動向を見ながら仮説を補完していけばいいだけの話だ。
そうやって思考を飛ばしていたのは瞬き程度のわずかな時間だった。
しかし次にジーノに意識を戻したときには、目の前には誰もいなかった。
「あれ? どこに───」
言葉を切ったルベルはひらりと身を翻し、数歩後ろに飛び退く。
その瞬間、ルベルの首があった位置を一閃するように鋭い剣が雨を裂いていた。
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