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情緒のあるセックスには慣れてない
しおりを挟むホテルの部屋に入った瞬間、乾燥した空気が肌に触れた。俺は癖で、何も迷わずに照明とエアコンをつけてしまっていた。それは自分でも引くほどスムーズな動作で、やば…と思って振り向いた時にはもう遅かった。
「……こういう所、慣れてんの?」
「…………」
「渡瀬がこういうタイプだとは考えた事なかったわ」
「……引いた?」
腹を括るしかない。ここまで来て、今さら取り繕っても意味がない。
「俺、マジで性欲強いからさ、それに付き合ってくれるセフレ探してんの。」
思ったより声は落ち着いていた。むしろ、吹っ切れてくる自分に気づく。
「黒川だってそうだろ?彼女と別れていろいろ辛いんじゃないの?」
口にした瞬間、ちょっと嫌味な自分に引く。黒川は何も言わず、じっと俺を見つめていた。その視線に喉が鳴りそうになる。
「……俺、男の経験ないけど本当にいいの?」
黒川が低く言った。
「いいよ。むしろそっちに聞きたいくらい。」
冗談みたいに笑って言ってみせる。
「無理そうなら、途中でやめてもらってもいいから、….」
一応気遣ったつもりだった、けど。
黒川は、俺の前に一歩だけ近づいて、無言のまま俺のネクタイに指をかけた。その指先が、ほんの少し力を込めて引くのはそのすぐの事だった。
「それはないな」
かすかに口元が上がった気がした。黒川が、俺のネクタイを指でたぐり寄せるみたいにしながら、目を細める。
「……うまくヤれるかどうかは知らないけど」
低く、ほんの少しだけ熱を帯びた声が耳元に。
「渡瀬が気持ちよくなれるとこ、教えて?」
「っ……」
そんなふうに言われたことなんて、今までなかった。いつも俺が求めて、相手が受け入れるだけ。ただそれだけ。だからなのか?胸の奥が、きゅっとなる。
冗談じゃない。俺は別に恋がしたいわけじゃ……
じわじわと、鼓動が早くなって、気付けば、黒川と真正面から向き合っていた。
ほんの少しだけ伏せた瞼の奥に、鋭く光る黒目。睫毛の影が頬に落ちて、薄く開かれた唇は、どこか艶やかだった。
髪は無造作に手で梳かれたのか、額からわずかに垂れて、その影が、表情に妙な色気を落としていた。
無表情なはずなのに、まるで、ひとつひとつの仕草に“欲”が滲んでる。
なんだ、このドキドキ。
何もまだされてないのに。触れてもいないのに。
黒川の目が、俺の奥まで覗き込むみたいに、離れない。思わず視線を逸らしかけたその瞬間。
「……渡瀬」
黒川が、わずかに首を傾けた。
キスされる…?
そう思った瞬間、喉がひくりと鳴った。
でも、黒川はそれ以上、何もしてこなかった。
ただ、何かを確かめるように。ゆっくりと、目だけで、俺を見つめていて、その沈黙を割るように、低く落とされた言葉が耳に届いた。
「渡瀬は真面目だと思ってた。」
「……っ」
耳元にかかる吐息に思わず、肩が揺れる。
「でも、エロい事大好きなんだ?」
問いかけじゃない。もう確信めいた声だった。俺は、何も言えずに目を逸らす。
「……へぇ」
続けざまに、そう笑われる。
「あいつらは、絶対想像してないだろうな。俺たちが、今こんなことになってるなんて」
その“こんなこと”が、何を指すのか、考えるだけで…
俺の事を何も知らない奴らは、そりゃ当たり前に俺の事を“真面目”って思ってる。男に抱かれたくてラブホに来るような人間だなんて、想像してるわけがない。
「……」
俯いたまま、息を呑む。
黒川は、俺の沈黙を見透かすように、ほんの少しだけ声を落とした。
「俺さ」
「……ん、…」
「もう、ずっとヤってなくて……めちゃくちゃ溜まってんの」
耳元に届く、その一言。間近で聞かされると、余計に重くのしかかる。やばいって思った側から全身が反応してしまう。そんな俺の反応を、黒川は見逃さない。
「……なぁ渡瀬」
名前を呼ばれて、びくっと肩が震えたのは、黒川の指が、さっきよりも更に強く、ネクタイをたぐったから。
「溜まってんの、渡瀬に全部ぶつけていい?」
揶揄いながらも、確かめるように。
目を細め、真っ直ぐに。
熱に浮かされたみたいな視線に、言葉を失った。
「……」
俺は、そっと拳を握りしめて、小さく頷いた。声で答える代わりに反応で示す。その反応に黒川の唇が、微かに動いた気がした。それが微笑みなのか、嗤いなのかは分からないまま。
「じゃ、俺……シャワー、浴びてくる」
とにかく、まずは準備しないと。黒川の気が変わってしまう前に。そう思って立ち上がろうとした俺の腕を、黒川がすっと掴んだ。
「……なに?」
反射的に振り返った瞬間、黒川の手は俺の手首を離さず、逆にぐっと引き寄せてきた。
そのまま、洗面台の方へと追い込まれる。腰が冷たい大理石の縁に当たる。気づけば、俺はその縁に腰を下ろす形になっていた。
「ちょ、なんだよ……」
困惑する間もなく、黒川が目の前に立つ。距離はゼロだった。見下ろしてくる顔は、いつもの黒川じゃなかった。どこか慈しむようでいやらしくも見える。
「一緒に入んねーの?」
「は?入んねーよ」
なんとか強気を装って、口を開く。
「俺はヤれればいいから。そういうのは別にいい…」
言い切る前に、黒川の手が俺の顔に添えられた。指先が、頬に触れる。親指が、唇の端に触れそうで触れないところを、なぞる。
「黒川は、男とイチャイチャしたって楽しくないだろ」
「そんな情緒のないタイプじゃないんだけどな。」
「てか近い…」
「今からもっと近くなんのに?」
「う゛…っせ…」
「可愛いね、渡瀬って」
歯の浮くような甘ったるい台詞。こんなのでドキドキするわけないってずっと思ってたのに。悔しい…けど、今めちゃくちゃドキドキしてる。
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