愛されすぎて、夜が足りない

ぴょす

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嫉妬魔彼氏の本領発揮

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29歳にして、人生初の「恋人」ができた。
相手は自分より10歳も年下で、しかもどう見てもイケメンってやつ。

なのに、付き合い始めてからというもの、胸の内はずっともやもやしている。仕事をしながら考えているのは、だいたい颯のことばかり。集中できないってレベルじゃない。もう、日常の全方向が颯に引っ張られてる気さえする。

付き合うって、なんなんだ。
付き合ったら、何をすればいいんだ。
そもそも、恋人ってどう接するものなのか。
普通って、なに?

分かんねぇ

分からないから、余計に悩むわけで。

連絡はくれる。律儀に毎日即レスで。
「お疲れさまです」とか「寝る前に声聞かせて」とか、そういう甘いやつ。
寝落ち通話も、なんだかんだで毎晩してる。

でも、会ってない。
1回も。

最初の2日間は、あんなに一緒にいたのに。
付き合うって言葉を交わした途端、ぱたりと会わなくなった。

付き合ったら、会うものなんじゃないのか?
……いや、たった一週間か。
けど、されど一週間。

普通のカップルって、このくらいの期間会わないだけで不安になったりするんだろうか。
それすら分からない自分が、情けない。

「……俺だけ、空回りしてる?」

ふと呟いて、ため息をつく。
スマホの画面をちらりと見れば、颯からの通知がまたひとつ届いている。

「仕事終わったら、ちょっとだけ声聞かせてくださいね」

あの顔が、声が、頭に浮かぶ。
……でも、やっぱり。

「会いたい、なんて……言えないって」

自分から言ったら、負けたみたいで嫌だ。
そんな子供じみた意地が、胸の奥で燻っている。

デスクに向かってはいるが、画面を見つめているだけで何も頭に入ってこない。メールも返したし、タスクも進めてるはずなのに、心はずっとどこか別の場所にある。

「付き合ってるって、こういう感じなんかな」

ぼそっとつぶやいた声を、すぐ近くで拾われた。

「ん?なに。付き合ってる……って?」

顔を上げると、向かいのデスクに立っていたのは、塩野さんだった。

営業部の課長で、俺が新卒で入社したときからの直属の上司。いつだって冷静で、的確で、どこか余裕のあるその姿は、いわば男として憧れる対象だった。身長も高く、無駄のないスーツの着こなしは、今日も例に漏れず完璧だ。

落ち着いたグレイのピンストライプスーツに濃紺のネクタイ。清潔感と品の良さに満ちている。

ああ、やっぱりこの人は格好いい。同性でもそう思ってしまうのだから、女性陣が騒ぐのも頷ける。

ただ、それはあくまで尊敬の延長線上であって、恋愛感情とはまるで別だ。塩野さんは俺にとって“安全圏”にいる、数少ない大人だった。

塩野さんは、ふっと口元だけで笑って、俺のデスクの端に手をついてのぞき込んできた。

「糸川くん、今日ぼーっとしてるからさ。さては、恋か?」

「……っ、いや、ちが……いや、違わないですけど」

「恋なんだ」

肩を竦めて笑う塩野さん。けど、なぜかその笑いはほんの少しだけ、乾いて聞こえた。

「いいじゃん。誰?同期?社外?……まさか後輩?」

「いや……その、まあ……いろいろあって」

ごまかすように言葉を濁すと、それ以上は追及してこなかった。塩野さんの視線が、一瞬だけ真っ直ぐ俺を見て、それからまたふっと逸れて、モニターに戻る。

「今夜、ちょっと飲みに行こうか。」

「え、あ、今日ですか?」

「うん。金曜だし。最近ずっと残業だったからさ、たまには息抜きしたいんだよ。」

一拍遅れて、「……はい」と頷くと、塩野さんはふっと目を細めて笑った。

「じゃあ決まり。18時に上がって、そのまま行こう。」

「……ありがとうございます」

その瞬間、自分でもちょっと驚くくらい、心がじんわりと軽くなった。最近、張り詰めていた胸の内が少しだけ解ける感覚。やっぱり塩野さんといると、落ち着く。長い付き合いだし、何も気を張らなくていい安心感がある。

でも。

スマホを手に取った。
颯に、「飲みに行くから帰りが遅くなる」と伝えなきゃ、という意識が、ふと胸の奥をざわつかせる。

付き合ってるんだから、そういうのは当然だと思う。
でも、なんとなく気が引ける。

颯はあれだけ情熱的だったのに、結局この一週間、一度も会ってない。連絡はくれるけど、少しずつ距離が遠ざかってるような不安がある。そんな中で、「会社の飲み会で遅くなる」なんて言ったら、嫌がられるんじゃないか?

でも、ちゃんと伝えないのも、もっとよくない気がする。

悩みながら、スマホの画面に文字を打ち始める。

「今日、会社の飲み会行ってくる。帰り、たぶんちょっと遅い」

一度消して、また同じような文を打って、その繰り返しを経て、ようやく「送信」のボタンを押した。

連絡を入れただけなのに、なんだか心臓が妙に忙しい。

メッセージを送って、スマホを伏せて数秒。

バイブがすぐに震えた。その速さに、むしろ一瞬身構えてしまう。画面を見ると、確かに颯からの返信だった。

「へー、そうなんですね」

短っ!句読点も絵文字もない。
しかも「へー」って。
そんだけ?

俺は思わず画面を二度見した。冗談かと思ったが、どう見ても本気の温度だ。

……これ、怒ってる……よな?

ついさっきまで「ただの飲み会」と思っていたのに、今は何か重大な局面に立たされているような気がしてならない。恋人って、こういう時どう返すのが正解なんだ?まったく分からない。

 「いや、会社の付き合いでさ……」とフォローを入れかけて、でも“言い訳っぽくなるかも”と考え直して消す。「すぐ帰るから」も“気を遣いすぎてて逆に嘘くさい”気がしてまた消す。

うだうだしてるうちに、時間だけが過ぎていく。

塩野さんの「資料確認してもらえる?」という声に背を押されるように、ようやくスマホをポケットにしまった。 





そして数時間後、居酒屋の個室。

気がつけば、一緒に着いてきた後輩や同僚たちは次々と帰っていき、残っているのは俺と塩野さんだけになっていた。

けっこう飲んだ。ビールもハイボールも、レモンサワーも。ぐるぐると回る視界に、うっかり頭を預けそうになる。

「久しぶりに仕事絡んだよな。最近あんまり話す機会なかったけど、元気にしてた?」

ジョッキを片手に、塩野さんがふと視線を向けてくる。変わらず涼しげで落ち着いた声。新卒時代からずっと見てきたこの人は、どこか父親のような、兄のような。でもまったく違う、特別な安心感をくれる存在だった。

「はい。あ、でも塩野さんがいないと部署の女子たちがやたら寂しそうですよ」

「なんだよそれー。俺は女受けがいいタイプじゃないよ」

そう言いながらも、塩野さんはうっすら笑ってグラスを傾ける。その横顔に、俺はなんとなく気が緩んでしまって、首元のネクタイを片手で緩めた。

そのときだった。

「……それ、」

少し声が低くなった気がした。

「……?」

「首、どうした?」

「……え?」

言われて指先で無意識に触れた首筋に、ひやりとした違和感が走った。

あっ、と思ったときにはもう遅くて。きっと、あの夜。いや、あれは朝方だったか……。

「……ああ。いや、ちょっと……」

酔ってるせいか頭が回らず、変な笑いが漏れる。ごまかすようにウーロンハイを口に運ぶけど、喉に引っかかった感じが取れない。

「糸川は、そういうの……隠すの下手だな」

優しく笑うその顔は、さっきまでよりずっと近くて。俺の酔った頭でも、ギリギリ気づく距離だった。でもそれが、ただの“気遣い”に思えてしまったのは俺があまりに無自覚すぎるせいかもしれない。

「ていうか大丈夫か?顔、真っ赤じゃん。」

「へーきっす……全然……っ、あれ?みなさん、どこ……?」

「ほら、立てる?タクシー拾って送るから」

「え……いいですって、俺、駅まで……」

「この足で、駅まで歩けんの?無理でしょ。ほら、捕まって」

塩野さんの腕に支えられて、俺はふらふらと立ち上がる。なんか、こうやって支えられるの、昔からだったな……と、ぼんやり考えた。

新人の頃、終電逃して家まで送ってくれたこともあった。二日酔いで倒れたとき、水を買ってきてくれたのも塩野さんだった。ずっと、頼れる存在だった。

タクシーの中で、車窓の向こうに流れる雨粒を見ながら、思わず口を開く。

「塩野さん、優しいっすよね」

「なんだよ急に。酔ってんの?」

「……なんか、誰かにちゃんと大事にされるって、どういうことなんかなって」

無意識に出た言葉に、塩野さんが少しだけ目を細めた。

「難しく考えなくていいんじゃない?糸川は大事にされていいやつだよ」

その言葉が、妙に深く胸に刺さった。でも、言葉の奥にある何かを、今の俺はまだ気づけないままなのだけど。

タクシーを降りると、雨は止んでいて夜風が顔を撫でた。どう頑張ってもふらついてしまう俺の腕を支える塩野さんは、「部屋まで送るよ」と軽い口調で言った。

「俺、平気ですから……」

「平気そうに見えないから言ってんの。ほら、まっすぐ歩けてないし」

俺は酔いのせいで視界がぼやけ、スマホが何度も震えていることにも気づいていなかった。ポケットの中で通知が鳴り続けている。メッセージ、そして着信も何度も。すべて颯から来ていたというのに。

エントランスに着いたころ、塩野さんは俺を軽く壁に預けるようにして立たせた。

「はあ……なんか、すみません」

「謝ることじゃないよ。ほら、ちゃんと鍵出して。でないとずっとここに立ってなきゃいけない」

塩野さんは笑ってた。俺はそんなふわふわした塩野さんに甘えてしまったんだと思う。だから余計な事を……

「……俺、恋人できたんですよ」

「うん。……そうなんだ」

「めちゃくちゃ綺麗で、歳下で、すげーかっこいいんです。なんか、俺なんかが一緒にいていいのかって思うくらい」

「……へぇ」

塩野さんの返事は短かった。なのに止まらなかった。本人に言えば良いものを、素直になれないからって。

「一緒にいると、何もかもどうでもよくなるっていうか……なんか、ふとした瞬間にこっちが息止めてんの、バレてんじゃないかって思うくらい見つめてくるんですよ、あいつ」

「……そう」

「俺、もうなんか、ずるずる惚れてて、怖くなってきてるんです。もし飽きられたらって……」

語尾が崩れた瞬間、塩野さんの顔が近付いた。
それで、たぶん、唇が触れる、その瞬間だった。





「ちょっといいですか」

くぐもった声に振り返ると、すぐそこから、1人の男がゆっくりと歩いてきた。

金髪をくしゃっと無造作にまとめた頭。黒いパーカーのフードをかぶったまま、片手でスマホをいじっている。足元はスニーカー、パンツは黒のジャージ。治安の悪過ぎるその風貌……

それは、颯だった。

前髪を上げているせいか、フードを脱ぐと整いすぎた輪郭に、涼しげな目元がよく見える。肌は透けるように白く、あどけなさと計算された色気が同居している。なにより、その態度。この場の最悪なシチュエーションを楽しんでいるようにもみえる、その軽さ。

「侑成さん、なんで連絡返さないの?」

「颯……?」

ぼんやりとしてる、でも、確かに颯だ。颯はゆっくり近づいてきて、俺の腕を自分に引き寄せる。その仕草はどこまでも冷静で、けれど確かな所有の意志を含んでいた気がする。

「帰りましょう」

「……ああ、うん…って…え…なんでお前ここに…」

「いいから」

颯に片腕を取られたまま、背中をしっかり支えられている。塩野さんのほうを振り返ろうとしたけれど無理だった。まるで「見るな」と言わんばかりの力で、自分の身体は家の中へと押し込まれていく。そして、言い訳を挟む余地すら与えられないまま、ドアはぴしゃりと閉まった。

静かな空間に、やけに心音が響く。

やばい。これは……やばい。

酔いが、音を立てて引いていく。
俺の知ってる颯はどこか気だるげで飄々としていて、口調も挑発的なのにどこか軽やかで。だけど今の颯は違う。

言葉ひとつ発していないのに、空気が重い。
温度は変わらないのに、ひたすら寒気がした。

「……ごめん、颯」

謝った。でも、返事はなかった。

「誤解させるようなこと……ほんとに、ないから。塩野さんは、上司で、それだけで、」

それでも、沈黙。

「ほんとに、ほんとにごめん」

それでも無視。

ソファに俺を座らせたまま、颯はその場に立ち尽くしている。ただの無言じゃない。怒っているわけでもない。だけど明らかに、”怒り”以上の何かを、こちらに浴びせてくる。

そんな視線が、降ってきた。

身体がぴくりと震えた。
颯の眼差しが、ゆっくりと自分を捉える。

その黒目の奥にある感情は、ひとことで言い表せるものじゃなかった。怒りでも、悲しみでもない。だけど本能が叫ぶ。

こいつ、本気で怒ってる。

目が、怖かった。人を黙らせるためだけに鍛えられたような、静かな狂気すら感じるほどの目。口は一切動いてない。言葉もひとつもない。だけど圧がすごい。立っているだけなのに、壁に押しつけられているみたいに呼吸が詰まる。

男同士なのに、いや、男同士だからこそ、分かる。

勝てない、と思った。

「ごめん、ごめんって、颯……ほんとに、悪気はなくて……っ」

何度目かの「ごめん」を繰り返しているうちに、自分でも言葉の重みがわからなくなっていた。頭の奥がまだ少しふわふわしていて、でも颯の機嫌が最悪なのは、そんな酔いでもはっきり分かる。

颯は無言のまま、部屋のカーテンを淡々と閉めにかかった。ギシ、とレールの音がして、部屋の明かりだけがやけに際立つ。この静けさが、一番怖い。

俺はソファの縁に座ったまま、じっと動けずにいた。

颯がこちらに歩いてくる気配に、背筋が凍る。足音ひとつ立てず、けれど確実に近づいてくる気配。鼓動がうるさい。喉が鳴りそうで、でも声を出す勇気なんてなかった。

次の瞬間、すっと手が伸びてきて

「……っ」

顎を持ち上げられたかと思うと、ぬるりとした熱を帯びた手が俺の首元に添えられた。

ぐっと力が入るわけじゃない。ただ、逃げられない程度に、しっかりと包み込まれる感覚。

「……颯……」

名前を呼ぶ声が、情けなく震える。

その瞳が、怖かった。

ただ、じっと、深く見据えている。そこにあるのは明らかな“支配”だった。

行動ひとつで、颯がどれだけ不機嫌で、どれだけ怒っていて、どれだけ俺を「自分のもの」だと強く思っているか。全部、伝わってくる。

「……俺、そんな……なにも…してない…」

やっとのことで絞り出した言葉も、全然、説得力なんてない。

「……他の人になんか、全然……興味、ないし……」

反射的に言い訳が漏れる。そうでも言わなきゃ、この手が次に何をするのか、分からなかったから。でも颯は、何も言わなかった。ただ、手のひらで、俺の鼓動を確かめるように、首に触れ続けていた。

ああ、俺、ほんとに怒らせたんだ。

ようやく実感が追いついたときには、もうすっかり酔いも冷めた。


「酔い覚ましに、セックスしましょうか。」

「え……?」

ほぼクリアな頭でも、一瞬その言葉の意味が分からなかった。
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