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美形彼氏が無防備すぎる
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翌朝
目が覚めた瞬間、まず感じたのは、隣に誰もいないという現実だった。いつも通りの寝室、いつも通りの枕、けれど、颯の香りだけが、シーツにまだ微かに残っている気がする。
「……はぁ……」
静かに吐いた息は、どうしようもなく重たい。
何度か頬を叩いて目を覚まし、重たい身体を持ち上げる。
コーヒーを淹れ、顔を洗って、身支度を整えて、いつものように部屋を出る。だけど足取りはやけに遅い。
駅のホームでも、満員電車の中でも、PCの起動音の中でも。何をしていても、頭の片隅には颯のことばかり。
あの熱っぽいキスとか、肌の感触とか、フラッシュバックして、ひとりデスクで顔が熱くなってしまう。
バカすぎる、俺
少しだけ頭を振って自分を冷静に戻したその矢先。
「糸川さんっ、大変ですっ!」
慌てた様子で駆け寄ってきたのは、新人の柏木。俺のチームに配属されたばかりの、新卒だ。
「今朝納品したデータなんですけど、クライアント先でファイルが全部破損してたって連絡が……!」
「……は?」
思わず目を細めた。
「バックアップは?」
「一応ありますけど……そっちもなぜか同じ状態で……」
次の瞬間、社内の空気が一気に冷え込む。
部長が呼ばれ、謝罪の準備が進み、社外との緊急連絡網が回されていく。気づけば、俺は問題のデータを手に、自分のデスクでキーボードを叩いていた。
最悪……
どれだけ頭の中が颯で埋め尽くされていようと、
どれだけ昨夜の余韻が身体に残っていようと、
この瞬間だけは、現実が容赦なく叩き込まれる。
きっと俺は焦っていたんだと思う。
ふと背後から塩野さんが俺の肩に手を置いた。
「柏木は、先方への謝罪対応を。糸川は正規データの確認と差し替え準備。俺は進行スケジュールと影響範囲の洗い出しをして、報告書の骨子を作っておくから」
その声は淡々としていた。強くも、怒気を含んでもいない。だが、その一言一言が的確で、空気の張りつめ方を変えた。
「……了解です」
自然と返事をしていた。さっきまで心の中に浮かんでいた焦りが、少しずつ沈んでいく。
やっぱ、すげぇな。塩野さん
何年も一緒に働いてきたのに、改めて感心してしまう。どんな時でも冷静で、的を射た判断をする。それが当たり前のようにできる人。
それでも。
……話すとやっぱ、気まずい
一瞬だけ、塩野さんの横顔を盗み見た。いつも通りの表情。だけどなんとなく、目が合わないような気がした。言葉を交わすことに支障はない。仕事上は何も問題なく、きっと今まで通り。でも、だからこそ妙な距離があるのがわかる。
こっちの勝手な後ろめたさ、なんだろうけど
そう思いながら、俺は柏木を呼ぶ。
「柏木、夜までには俺がなんとかするから、柏木は報告まわり頼むわ。変に動かなくていいから。余計にややこしくなる」
「すみません……ほんとすみません……!」
「あとで怒るから今はいい。急いで」
背中越しに言い捨てて、俺は再び画面に向かう。
颯からのメッセージは、まだない。悶々としたまま、冷たいオフィスの空気に包まれながら、今日が容赦なくただ忙しく過ぎていく——。
深夜に差しかかったオフィス。
複合機の音も鳴り止み、残るキーボードのタイピング音もまばらになっていた。
「……あと少し…」
斜め向かいの席で小声が聞こえた。顛末書を書く柏木だ。
俺はその気配を感じながらも、ようやくスマホを手に取った。もう何時間も見ていなかった画面。ロックを解除すると、数件の着信履歴とともに、通知が一気に流れ込む。
「……」
未読無視ひどいです、そう可愛く文句を言うメッセージ。
そして何枚かの画像。
夜の照明の中で、ふわっと前髪をかき上げた颯が、ちょっと不機嫌そうな顔をしてカメラを見ていた。
その後ろは、たぶん颯の部屋。ベッドの縁にもたれて、斜めから見下ろすような構図も混じっていて。
いや、顔良すぎだろ……
思わずスマホを口元に押し当てて笑いを噛み殺す。だってどの写真も「かまってよ」「寂しいよ」と言いたげで、そのくせビジュアルの破壊力が高すぎて、癒しどころか爆撃級の威力だったから。
……が、次の瞬間。
「糸川さん、あの……顛末書できました…これ、見ていただけますか?」
現実に引き戻すような柏木の声。
反射的にスマホを伏せて、表情を引き締める。
「……ん、じゃあ会議室行くか」
一瞬ビクッと肩を揺らした柏木を連れて、俺はフロアの隅にあるミーティングルームへと向かう。
扉が閉まり、周囲の視線が完全に遮られると、柏木は緊張に強張った顔で俺を見上げた。
「……怒られるって、分かってます、から、怒鳴ってくださっても、」
「いや、怒んないよ」
「……えっ?」
「もう済んだ事だろ、どうにかなったし」
ぽん、と軽く柏木の肩を叩く俺に、柏木は膝から崩れ落ちて目を潤ませた。
「でも周りには、めちゃくちゃ怒られてるように見えてんだからそれでいいんだよ。あのタイミングで、俺に別室呼び出されたんだから」
「あ……確かに……」
「そういうのだけで、十分なんだよ。人前で萎縮させるより、ちゃんと反省してくれて、次ミスしなきゃいい」
優しく微笑むその顔には、若手だった頃の記憶が重なる。
昔、同じようなことをやらかして、落ち込んで、でも誰にも言い訳できなかったあの日。塩野さんに呼び出されて、同じように「大丈夫」って、笑われたあの時の感情を、俺は今でも覚えている。
「ちゃんと次から気をつけろよ。ていうか、確認は基本だぞ」
「はい……すみません……っ」
「俺も、もっと気を付けるよ。」
ぎゅっと拳を握った柏木は、少しだけ顔を上げた。
「……ありがとうございます、糸川さん。マジで、俺頑張ります!」
そう言った柏木に、「頑張れ」とだけ返して、俺は部屋を出た。そのままデスクに戻り、誰にも見られないようにスマホをそっと開く。
ロック画面には通知がいくつか。
「お疲れ様です。」
「終わったら連絡ください」
「さみしー」
思わず笑いそうになるけど、それと同時に、胸が締めつけられるような感覚もあった。すぐに返事をする。けれど今は、もう既読がつかない。
「もう帰る」
「寝た?」
「おやすみ」
送ってみる。けど、沈黙のままのトークルームは変わらない。
たぶん寝落ちしたんだろう。会いたいな、と思った。颯の声も、手の温度も、唇の感触も、鮮明に思い出せるのに。今ここにいないだけで、こんなに恋しくなる。
俺は颯への恋しさを噛み殺したまま、静かにスマホを胸ポケットにしまい込んだ。
翌日
「では、こちらの件につきましては、また改めてご連絡いたします」
取引先の担当者を丁寧に見送り、柏木と一緒にビルのエントランスへと出たところで、侑成は違和感に気づいた。
なんとなく、いや、かなり強い“視線”を感じたのだ。
しかもその視線は、悪意のあるものではなく、なぜかやけに……甘ったるい。
まさかな
と思いながら視線を巡らせると——そこに、いた。
颯だ。
帽子もマスクもしていない。どストレートに、あの美形フェイスが全開。
しかも今日はなぜか、モノトーンのシャツにゆるめのスラックスという、ちょっと大人っぽい今風のモード系スタイル。ただ突っ立ってるだけで周囲の空気を支配するタイプのイケメンが、ニコニコと小さく手を振ってきた。
……ッッッ!!
心臓が喉から飛び出そうになるのを必死に堪える。が、すでに顔には変な汗。視線は泳ぎ、口元が引きつる。足も少しつまずいた。
「え、どうしたんすか糸川さん。足くじきました?」
「いや、ちが、え? 何でもない、ない……っ」
慌ててごまかすが、颯は数メートル先から無邪気にこっちを見て笑っている。
なにその顔、ずるい……!
あの、ちょっと見下ろすような角度からの笑顔。まつ毛、長すぎじゃない?ただでさえ目立つ顔立ちなのに、こんなところでマスクもせずに立ってるとか、もはや不審者じゃなくて美形テロだろあれ。
「で、ですね、この前の資料の再チェックですが……」
横で柏木がまじめに話し始めているのに、俺の視線は全然違う方向を向いていた。というか、視線が引っ張られる。物理的に。
やばいやばいばかやばい。なんで来てるの?いや嬉しいけど、いやダメ、ここ会社、社会人、柏木目の前……
混乱する侑成をよそに、颯は首を傾げ、視線で「早く来てくださいよ」とでも言いたげにアイコンタクトを送ってくる。
はやくどっか行けって……いや、いてほしい……けど、てかほんとにいるな、夢じゃないなこれ……ッ!
「……その話、あとでも大丈夫そ?」
俺は苦笑いを浮かべながら柏木にそう言い、チラッと視線を遠くの“爆弾”に向けた。
「え?あ、ああ……了解っす……」
何かを察した柏木は眉をひそめつつ、頭を下げて一人でオフィスへと戻っていく。そして、俺は颯のもとへとダッシュ寸前の早歩きで向かう。
「おい、颯、何やって……」
言い終わる前に、両腕が開かれた。
「侑成さんっ」
「やめろバカ!!」
颯の華麗な抱きつきモーションをひらりとかわし、俺は小声でキレた。
「ここ会社!!」
「そういうの気にするんですか?」
「いや気にしろさすがに」
ひとまず颯の腕を引いて、人目の少ない裏通りへと連れて行く。が、気づいてしまった。すれ違った女子社員たちが、ちらちらと振り返ってヒソヒソ言ってるのを。
うわ、やっぱ見られてた……
「なにしに来たんだよ、マジで……」
俺は眉をひそめながら低く詰める。すると颯は、全然悪びれた様子もなく、めちゃくちゃ爽やかな笑顔を向けた。
「授業、午後からなんですよ。暇だったんで」
「……いやいやいやいや。そんなんで職場に来んなよ。帰れって」
「やです。昨日の夜、寂しかったんですから」
「はあ?」
「寝落ちしたのは僕ですけど家着いたなら電話くれれば良かったのに」
「……それは、仕事してたんだって。残業で帰ったの深夜だったし、起こしたくなかったし…」
「じゃあなんで今朝は何も連絡くれなかったんですか」
ちょっと拗ねた声音に、俺は「う……」と口をつぐんだ。仕事が嫌すぎて現実逃避つってオナってたら遅刻ギリだったから、とは言えない。
すると颯は前髪を軽くかきあげながら一歩俺に寄った。
「じゃあ、お昼一緒に食べたいです」
「……っ、えぇ……」
「なんで。せっかく来たのに……」
「いい……けど」
「やった」
と、イケメンスマイル100%増量モードで甘える颯。
その顔が眩しすぎて俺は目を閉じた。
「……ちょっと準備だけしてくるからそこのカフェにいて」
「はーい」
両手を上げて喜ぶ颯に、またも通りすがりの女子社員が足を止める。
「だから!目立つなって言ってんだろ……!」
“バレたくない”俺と颯の“構ってほしい”のせめぎ合い。
颯が可愛すぎて…
俺はもう心臓がもたない……早死にしそうだ………
目が覚めた瞬間、まず感じたのは、隣に誰もいないという現実だった。いつも通りの寝室、いつも通りの枕、けれど、颯の香りだけが、シーツにまだ微かに残っている気がする。
「……はぁ……」
静かに吐いた息は、どうしようもなく重たい。
何度か頬を叩いて目を覚まし、重たい身体を持ち上げる。
コーヒーを淹れ、顔を洗って、身支度を整えて、いつものように部屋を出る。だけど足取りはやけに遅い。
駅のホームでも、満員電車の中でも、PCの起動音の中でも。何をしていても、頭の片隅には颯のことばかり。
あの熱っぽいキスとか、肌の感触とか、フラッシュバックして、ひとりデスクで顔が熱くなってしまう。
バカすぎる、俺
少しだけ頭を振って自分を冷静に戻したその矢先。
「糸川さんっ、大変ですっ!」
慌てた様子で駆け寄ってきたのは、新人の柏木。俺のチームに配属されたばかりの、新卒だ。
「今朝納品したデータなんですけど、クライアント先でファイルが全部破損してたって連絡が……!」
「……は?」
思わず目を細めた。
「バックアップは?」
「一応ありますけど……そっちもなぜか同じ状態で……」
次の瞬間、社内の空気が一気に冷え込む。
部長が呼ばれ、謝罪の準備が進み、社外との緊急連絡網が回されていく。気づけば、俺は問題のデータを手に、自分のデスクでキーボードを叩いていた。
最悪……
どれだけ頭の中が颯で埋め尽くされていようと、
どれだけ昨夜の余韻が身体に残っていようと、
この瞬間だけは、現実が容赦なく叩き込まれる。
きっと俺は焦っていたんだと思う。
ふと背後から塩野さんが俺の肩に手を置いた。
「柏木は、先方への謝罪対応を。糸川は正規データの確認と差し替え準備。俺は進行スケジュールと影響範囲の洗い出しをして、報告書の骨子を作っておくから」
その声は淡々としていた。強くも、怒気を含んでもいない。だが、その一言一言が的確で、空気の張りつめ方を変えた。
「……了解です」
自然と返事をしていた。さっきまで心の中に浮かんでいた焦りが、少しずつ沈んでいく。
やっぱ、すげぇな。塩野さん
何年も一緒に働いてきたのに、改めて感心してしまう。どんな時でも冷静で、的を射た判断をする。それが当たり前のようにできる人。
それでも。
……話すとやっぱ、気まずい
一瞬だけ、塩野さんの横顔を盗み見た。いつも通りの表情。だけどなんとなく、目が合わないような気がした。言葉を交わすことに支障はない。仕事上は何も問題なく、きっと今まで通り。でも、だからこそ妙な距離があるのがわかる。
こっちの勝手な後ろめたさ、なんだろうけど
そう思いながら、俺は柏木を呼ぶ。
「柏木、夜までには俺がなんとかするから、柏木は報告まわり頼むわ。変に動かなくていいから。余計にややこしくなる」
「すみません……ほんとすみません……!」
「あとで怒るから今はいい。急いで」
背中越しに言い捨てて、俺は再び画面に向かう。
颯からのメッセージは、まだない。悶々としたまま、冷たいオフィスの空気に包まれながら、今日が容赦なくただ忙しく過ぎていく——。
深夜に差しかかったオフィス。
複合機の音も鳴り止み、残るキーボードのタイピング音もまばらになっていた。
「……あと少し…」
斜め向かいの席で小声が聞こえた。顛末書を書く柏木だ。
俺はその気配を感じながらも、ようやくスマホを手に取った。もう何時間も見ていなかった画面。ロックを解除すると、数件の着信履歴とともに、通知が一気に流れ込む。
「……」
未読無視ひどいです、そう可愛く文句を言うメッセージ。
そして何枚かの画像。
夜の照明の中で、ふわっと前髪をかき上げた颯が、ちょっと不機嫌そうな顔をしてカメラを見ていた。
その後ろは、たぶん颯の部屋。ベッドの縁にもたれて、斜めから見下ろすような構図も混じっていて。
いや、顔良すぎだろ……
思わずスマホを口元に押し当てて笑いを噛み殺す。だってどの写真も「かまってよ」「寂しいよ」と言いたげで、そのくせビジュアルの破壊力が高すぎて、癒しどころか爆撃級の威力だったから。
……が、次の瞬間。
「糸川さん、あの……顛末書できました…これ、見ていただけますか?」
現実に引き戻すような柏木の声。
反射的にスマホを伏せて、表情を引き締める。
「……ん、じゃあ会議室行くか」
一瞬ビクッと肩を揺らした柏木を連れて、俺はフロアの隅にあるミーティングルームへと向かう。
扉が閉まり、周囲の視線が完全に遮られると、柏木は緊張に強張った顔で俺を見上げた。
「……怒られるって、分かってます、から、怒鳴ってくださっても、」
「いや、怒んないよ」
「……えっ?」
「もう済んだ事だろ、どうにかなったし」
ぽん、と軽く柏木の肩を叩く俺に、柏木は膝から崩れ落ちて目を潤ませた。
「でも周りには、めちゃくちゃ怒られてるように見えてんだからそれでいいんだよ。あのタイミングで、俺に別室呼び出されたんだから」
「あ……確かに……」
「そういうのだけで、十分なんだよ。人前で萎縮させるより、ちゃんと反省してくれて、次ミスしなきゃいい」
優しく微笑むその顔には、若手だった頃の記憶が重なる。
昔、同じようなことをやらかして、落ち込んで、でも誰にも言い訳できなかったあの日。塩野さんに呼び出されて、同じように「大丈夫」って、笑われたあの時の感情を、俺は今でも覚えている。
「ちゃんと次から気をつけろよ。ていうか、確認は基本だぞ」
「はい……すみません……っ」
「俺も、もっと気を付けるよ。」
ぎゅっと拳を握った柏木は、少しだけ顔を上げた。
「……ありがとうございます、糸川さん。マジで、俺頑張ります!」
そう言った柏木に、「頑張れ」とだけ返して、俺は部屋を出た。そのままデスクに戻り、誰にも見られないようにスマホをそっと開く。
ロック画面には通知がいくつか。
「お疲れ様です。」
「終わったら連絡ください」
「さみしー」
思わず笑いそうになるけど、それと同時に、胸が締めつけられるような感覚もあった。すぐに返事をする。けれど今は、もう既読がつかない。
「もう帰る」
「寝た?」
「おやすみ」
送ってみる。けど、沈黙のままのトークルームは変わらない。
たぶん寝落ちしたんだろう。会いたいな、と思った。颯の声も、手の温度も、唇の感触も、鮮明に思い出せるのに。今ここにいないだけで、こんなに恋しくなる。
俺は颯への恋しさを噛み殺したまま、静かにスマホを胸ポケットにしまい込んだ。
翌日
「では、こちらの件につきましては、また改めてご連絡いたします」
取引先の担当者を丁寧に見送り、柏木と一緒にビルのエントランスへと出たところで、侑成は違和感に気づいた。
なんとなく、いや、かなり強い“視線”を感じたのだ。
しかもその視線は、悪意のあるものではなく、なぜかやけに……甘ったるい。
まさかな
と思いながら視線を巡らせると——そこに、いた。
颯だ。
帽子もマスクもしていない。どストレートに、あの美形フェイスが全開。
しかも今日はなぜか、モノトーンのシャツにゆるめのスラックスという、ちょっと大人っぽい今風のモード系スタイル。ただ突っ立ってるだけで周囲の空気を支配するタイプのイケメンが、ニコニコと小さく手を振ってきた。
……ッッッ!!
心臓が喉から飛び出そうになるのを必死に堪える。が、すでに顔には変な汗。視線は泳ぎ、口元が引きつる。足も少しつまずいた。
「え、どうしたんすか糸川さん。足くじきました?」
「いや、ちが、え? 何でもない、ない……っ」
慌ててごまかすが、颯は数メートル先から無邪気にこっちを見て笑っている。
なにその顔、ずるい……!
あの、ちょっと見下ろすような角度からの笑顔。まつ毛、長すぎじゃない?ただでさえ目立つ顔立ちなのに、こんなところでマスクもせずに立ってるとか、もはや不審者じゃなくて美形テロだろあれ。
「で、ですね、この前の資料の再チェックですが……」
横で柏木がまじめに話し始めているのに、俺の視線は全然違う方向を向いていた。というか、視線が引っ張られる。物理的に。
やばいやばいばかやばい。なんで来てるの?いや嬉しいけど、いやダメ、ここ会社、社会人、柏木目の前……
混乱する侑成をよそに、颯は首を傾げ、視線で「早く来てくださいよ」とでも言いたげにアイコンタクトを送ってくる。
はやくどっか行けって……いや、いてほしい……けど、てかほんとにいるな、夢じゃないなこれ……ッ!
「……その話、あとでも大丈夫そ?」
俺は苦笑いを浮かべながら柏木にそう言い、チラッと視線を遠くの“爆弾”に向けた。
「え?あ、ああ……了解っす……」
何かを察した柏木は眉をひそめつつ、頭を下げて一人でオフィスへと戻っていく。そして、俺は颯のもとへとダッシュ寸前の早歩きで向かう。
「おい、颯、何やって……」
言い終わる前に、両腕が開かれた。
「侑成さんっ」
「やめろバカ!!」
颯の華麗な抱きつきモーションをひらりとかわし、俺は小声でキレた。
「ここ会社!!」
「そういうの気にするんですか?」
「いや気にしろさすがに」
ひとまず颯の腕を引いて、人目の少ない裏通りへと連れて行く。が、気づいてしまった。すれ違った女子社員たちが、ちらちらと振り返ってヒソヒソ言ってるのを。
うわ、やっぱ見られてた……
「なにしに来たんだよ、マジで……」
俺は眉をひそめながら低く詰める。すると颯は、全然悪びれた様子もなく、めちゃくちゃ爽やかな笑顔を向けた。
「授業、午後からなんですよ。暇だったんで」
「……いやいやいやいや。そんなんで職場に来んなよ。帰れって」
「やです。昨日の夜、寂しかったんですから」
「はあ?」
「寝落ちしたのは僕ですけど家着いたなら電話くれれば良かったのに」
「……それは、仕事してたんだって。残業で帰ったの深夜だったし、起こしたくなかったし…」
「じゃあなんで今朝は何も連絡くれなかったんですか」
ちょっと拗ねた声音に、俺は「う……」と口をつぐんだ。仕事が嫌すぎて現実逃避つってオナってたら遅刻ギリだったから、とは言えない。
すると颯は前髪を軽くかきあげながら一歩俺に寄った。
「じゃあ、お昼一緒に食べたいです」
「……っ、えぇ……」
「なんで。せっかく来たのに……」
「いい……けど」
「やった」
と、イケメンスマイル100%増量モードで甘える颯。
その顔が眩しすぎて俺は目を閉じた。
「……ちょっと準備だけしてくるからそこのカフェにいて」
「はーい」
両手を上げて喜ぶ颯に、またも通りすがりの女子社員が足を止める。
「だから!目立つなって言ってんだろ……!」
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