愛されすぎて、夜が足りない

ぴょす

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終わりのない最後の恋を

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ヨーロッパの古い街の外れ。


人通りもまばらな静かな通りを抜けて辿り着いた、小さな教会。颯がかつて、俺と来たいと言ってくれた場所──

ステンドグラス越しに落ちてくる柔らかな光が、石畳の床を染めている。

俺たちは並んで、その長椅子に腰を下ろしていた。

肩と肩をそっと寄せ合うその距離は、もう言葉すらいらないくらい、穏やかで自然だった。

視線を横に向けると、すぐ隣に颯の姿がある。

紺のタキシード風のジャケット。
束感のあるオールバックの髪は、どこまでも大人びていて、それでもどこか、俺だけが知っている無邪気さも残っている。

俺のこの姿は、颯が選んでくれたものだ。

「どうせなら、揃えましょうよ」と笑いながら言った颯は、俺のために細部まで考えてくれた。

俺のスーツは、颯と同じトーンの紺。
颯よりやや落ち着いたカットの細身のジャケットに、白いシャツとタイを合わせてくれた。

“似合ってるよ、侑成さん”

その一言だけで、今日のこの姿が、更に特別なものに変わったんだ。思い出してニヤけそうになる、その瞬間。ふと、隣の颯が小さく笑った。

「……あのさ、SNSとかの反応、思ったよりも全然優しくて、びっくりしましたよね」

「うん。正直……もっと、いろいろ言われると思ってた」

「……言えて、良かったです」

ゆるく頷くと、颯が俺の顔を覗き込んでくる。

その仕草はずっと昔から変わらないのに、今日のそれはなぜか、すごく大人びて見えた。

「僕の覚悟、……ちゃんと伝わってますか?」

言葉は柔らかくても、その瞳にはまっすぐな光があった。



──覚悟は俺だってしてきたんだ



俺は、ポケットにそっと手を伸ばした。
そして、深く息を吸ってから、その小さな箱を颯の膝の上に置いた。

「……伝わってるよ。ずっと、前から。」

颯が、目を見開く。
箱の中にあるのは、シンプルな銀の指輪。

「颯……俺は、ずっと颯の隣にいたい。誰に何を言われても、颯と一緒にいることを、誇りに思ってる。だからこれは、俺なりの……覚悟の形」

颯は、指先をじっと見つめていた。
薬指に収まったそれは、小さな光を帯びて、まるでこの瞬間の意味を語っているようだった。

何か言おうとして、言葉にはならなかったのだろう。唇が一度だけ微かに震えて、けれどすぐに閉じられる。そのまま、瞳の奥に浮かんだ光が、ゆっくりと頬をすべって落ちていく……その瞬間があまりにも儚く美しくて。

やがて、細く息を吐いたあと、ぽつりと呟く。

「……かっこよすぎます、侑成さん」

声はかすかに震えていた。
けれど、微笑みながらそう言うその顔は、どこまでも優しくて、どこまでもまっすぐだった。

「そんなサプライズ……反則ですよ、ここに連れて来てくれたことだけでも僕、幸せすぎて死にそうなのに。また好きになっちゃうじゃないですか。っていうか……もう、今、すっごく恋してる」

視線をそらすように天井を仰いで、それからまた、こちらを見つめ直す。

「ほんとに、……侑成さんで、よかった」

その言葉の端々には、いつになく感情の揺れがにじんでいた。普段なら少し茶化してしまうようなことも、今は何も包まずそのまま、颯の口から零れていく。

「……死ぬまで一緒にいてほしいとか、侑成さん以上なんて考えられないとか、そんなの、重いって思われるかなって思ってたけど……」

言いながら、自分でも笑ってしまったのか、少し照れたように頬に手をあてる。

「でももう、言っちゃいます。……侑成さんがいい。ずっと、侑成さんだけがいい」

指先が、ゆっくりと俺の手を握った。
その手はかすかに熱く、微かに震えていた。

「こんなふうに、誰かを信じられるようになるなんて、思わなかった……侑成さんが、全部変えてくれたんですね」

颯の言葉に、息が止まりそうになった。

颯の目を見ていられなくて、一瞬だけ視線を落とす。それでも、指先は離せなかった。颯の熱を、今だけは手放したくなかった。

──あなたがいい。

そんなふうに想われることが、こんなにも幸福で、怖いくらいに嬉しいなんて。きっと、若いころの俺には想像もできなかった。

「……俺も同じ気持ちだよ。どれだけ時間が経っても、誰がなんと言っても、颯がいてくれたら、それでいい。……それだけで、全てがうまくいくから」

少しだけ颯の手を引き寄せて、指先に口づけた。

「俺はね、もう奇跡みたいな恋は信じてなかったの。でも、颯に出会って、それが現実になって、今、こうして隣にいて……こんなにも満たされてる」

再び颯を見つめる。その目は真っ直ぐで、ただただ静かに燃えていた。

「どれだけ時が過ぎても、愛してるって言い続けるから。飽きられても、呆れられても、それでも、毎日言うから。………颯が、俺にくれた全部に、命ごとちゃんと返していきたい」

最後の言葉は、誓いのように、心の奥から溢れていた。

ふと、颯が立ち上がる。

そして教会の中央、かつて式が執り行われたであろう場所に、真っ直ぐ歩いていって、振り返る。

「……侑成さん」

そう言ってから、颯が俺に向かって片手を差し出した。
指輪をつけたばかりのその手が、やわらかく開かれて、俺を迎えている。

「こっちに来てください」

「……え?」

「せっかく指輪をもらったんです。だったらちゃんと、ここで、僕と向き合ってほしい」

まるで、誰もいない教会でふたりきりの式を始めようとでもするように。

「……なんか緊張すんだけど」

柔らかく光が差し込む中、俺たちは互いに向き合った。古びた石造りの教会。ただふたりの鼓動だけが聴こえてるみたいに静かで。

「“僕と死ぬまで添い遂げることを誓いますか”的な?」

思わず笑ってしまう。
声を堪えきれず、俺は口元を覆ったまま肩を震わせた。

「的なってなんだよっ」

「もーっ、本気ですよ」

どこまでも冗談めかして言うのに、なぜかその言葉の奥にある真っ直ぐさに、胸がじんとあたたかくなった。

「じゃあ、俺から言おうかな」

目の前には、何もいない。けれど確かに、そこに神さまがいるような気がして背筋が伸びる。

「颯…………と、この先ずっと、どんな日も隣にいると誓います。苦しい時も、嬉しい時も、笑う時も、泣く時も──愛してるって、誓います」

ふざけ半分のつもりだったのに、いつの間にか言葉は本気になっていた。照れ臭くて堪らないはずなのに、頬が自然と熱くなる。

笑いかけた颯の目が、その瞬間、すっと変わった。
深く、真面目なまなざし。

彼は立ち上がると、俺の前で跪き、そっと手を取った。

「僕も、誓います。侑成さんと生きて、侑成さんを守って、何があっても、侑成さんを好きでい続けること──」

声は静かで、けれど揺るがなかった。まるで、誰よりも強く祈っているような、真剣な眼差しだった。

どちらからともなく顔が近づき、自然と重なった唇は、儀式のようで、告白のようで、そして、これまでのすべての愛を封じ込める、確かなキスみたいで。

静寂の中、ただステンドグラスの色彩だけがふたりを照らしている。

ふたりだけの、誓いの時間。

誰もいない空間に、確かに刻まれたその愛のかたちは、世界のどこよりも純粋で、美しいと信じてたい。

俺たちの背中に、これから始まる未来の気配が重なって、甘い空気に溶けていった。
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