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1.運命の分岐点_実兄との別れ
しおりを挟む豪奢な建物の脇に続く小道を、黒髪で茶色の瞳をした端正な顔立ちの少年が、小脇に小さなかごを抱えて足早に歩いていく。
「ま……待ってください、マティアス様!」
その後ろから、茶色のメイド服に白いエプロンをつけた、少年より少し年上の赤茶色の髪を束ねた少女が、慌てて追いかけてきた。
少年は仕方なく立ち止まり、声をかけてきた少女を待った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「マティアス様、そこまで慌てなくても大丈夫ですよ。」
「ごめん。今日が……今日がたぶん、イチカに会える最後だから……だから……」
マティアスはかごを抱えたまま、しばらくその場でうなだれた。
「マティアス様……」
赤茶色の髪を束ねた、そばかすの少女――アンは、マティアスがかごを抱えていない方の腕を取ると、力いっぱいその腕に抱きつきながら叫んだ。
「だ……大丈夫です。このアンが、必ず、かならずマティアス様の妹であられるイチカ様をお守りしますから……だから、心配しないでください!」
アンはそう言うと、今度はマティアスの腕を掴んで、小道をぐんぐんと進んでいった。
二人がしばらく歩くと、小道の先にこぢんまりとした白い建屋が現れた。
アンはすぐにその白い建物のドアの前に行き、少年が通りやすいように開けた。
マティアスはそのまま中に入ると、奥の窓近くに小さな寝台が置かれているのが見えた。
「イチカ!」
マティアスは寝台に近づくと、そばにある小さなテーブルに、脇に抱えてきたかごを置いた。
その音で、そこに寝ていた白髪の少女が目を開けた。
少女の瞳は、かつて漆黒だった。
瞳だけでなく、彼と同じような黒髪だった少女を見ると、マティアスは思わず抱きしめた。
「イチカ!」
マティアスに抱きしめられた少女は、驚いた顔で彼を見ると、茶色い瞳を見開き、弱々しい力で抱きしめ返した。
(マティアス兄さま……)
イチカは心の中で呼んだ。
「ごめん、イチカ。ごめん。明日からしばらくここに来られなくなる。王都に行くことになったんだ。」
(王都……?)
イチカは唇をゆっくりと動かした。
「うん。父上と義母と、それから……異母妹のリーナと……」
マティアスは、声が出なくなったイチカの口元を読み取りながら、泣きながら何度も謝った。
「ごめん。父上には何度もお願いしたんだ。でも、イチカ……イチカは……」
イチカは、泣きながら自分を見る兄の顔に小さな手で触れると、弱々しい笑みを浮かべた。
(マティアス兄さま。わかっています。私の体では、まだ無理だって。気にしないでください)
イチカは先ほどと同じように、ゆっくりと唇を動かした。
「イチカ……」
マティアスはイチカの口元の動きを読み取ると、また何度もイチカを抱きしめた。
だが、しばらくすると、マティアスを迎えに来た使用人に引きずられるようにして、彼はイチカが寝ている建物から去っていった。
(マティアス兄さま……)
イチカは誰もいなくなったのを確認してから、そっと寝ていたベッドから上半身を起こすと、マティアスが持ってきたかごから小さなパンをつかんで、それを食べた。
(おいしい……!)
焼きたてのパンは、マティアスが来た時にしか食べられない。
彼らの母が亡くなってしばらくすると、父は再婚し、亡き母とは正反対の女性と、イチカより二つほど年下の異母妹を連れてきた。
使用人も入れ替わり、そこから急に二人の待遇は変わった。
今まで住んでいた本館には、父と再婚した義母と異母妹が住み、マティアスとイチカは、今イチカが寝ている離れの建物に追いやられた。
数年は二人でここに住んでいたが、イチカが体調を崩した頃、マティアスに病がうつらないようにと、本館に仕えていた使用人たちが決死の覚悟で訴えてくれたのが功を奏したのか、彼だけは本館に戻ることになった。
それからこの一年ほどは、マティアスが勉強の合間を縫って、食事をここまで運んできてくれた。
でも、それも今日で終わりのようだ。
イチカは、この一年の間に起きたことを、ぼんやりと思い出していた。
マティアスが本館に引っ越してから、三度の食事は二度になり、最後はマティアスが持ってくる食事だけになった。
その彼が王都に行くということは、もうここに食事が届くことはないだろう。
イチカは、最後の食事をゆっくりと噛みしめながら食べた。
――もう、今生はここで終わりだろうか。
そんなことをぼんやりと思いながら、マティアスが持ってきてくれたパンを食べ終えると、彼が最後に本棚から取ってくれた本を手に取った。
あともう少しで、この本も読み終える。
なんとか、自分が死ぬ前に最後の結末まで読みたい。
そう思って本を開いた瞬間、イチカは落胆した。
どうやらマティアスは、最後の巻と間違えて、違う本を本棚から取ってきたようだ。
イチカは本をベッド脇のサイドテーブルに置くと、重い体を起こして、なんとかベッドから降り、すぐ横にある本棚へ這うように近づいた。
ただそれだけなのに、イチカの息はゼイゼイとひどい音を立てた。
前世に比べて動けない自分が、もどかしかった。
それでも、どうしても読みかけの本の続きを読みたい。
イチカは本棚に手をかけながら重い体を起こし、最終巻が置かれている場所に手を伸ばした。
その時、急にめまいがして、イチカは本能的に倒れまいと、目の前にあった本棚の本を掴んだ。
本ではイチカを支えられないはずなのに――何をやっているのだろう。
イチカは掴んだ本とともに、派手な音を立てて床に倒れ込んだ。
ぶわっと、あまり掃除されていない本棚から、ほこりが舞い上がった。
――やれやれ
――また最終巻を取るために、最初からやり直しだ。
イチカはそろりと体を起こすと、横に落ちた本を拾い上げた。
なんとも古めかしいその本を、床に置いたままにしておくのも気になって、本棚に戻そうと手に持って立ち上がろうとした――その時。
急に、本が光り出した。
「……光?」
なんで……?
真っ白な光が、周囲を眩しく照らす。
イチカは目を細める間もなく、そのまま意識を手放した。
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