戦後復興期、動乱に立ち向かう勇者たち〜 拉致監禁、のち脱出

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彼女たちが経験した苦しみについて、語られる時

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 1866年の春、アーケディア国首都ラシュムア市には未だ冬のような冷たさが残っている。風の冷たさが外を歩く者や車を引く馬たちの頬をたたきつける中、歴史ある白い建物の中は打って変わって静まり返っていた。

 厳粛な空気が漂う議事堂の特別公聴会室。新聞記者、議員、軍関係者、そして少数ながら元奴隷解放運動家たちが詰めかける中、暗い色のドレスに薄いヴェールをかぶった一人の女性が証言台に立っている。

 ミス・カリーナ・ヴァン・レイン。戦地で活躍した看護婦として、著名な将軍の娘としてあまりにも名高い女性。
 そして、戦争の被害者でもある。

 傷ついた自分を守るように、薄布で覆われた貌。証言台に立つには、あまりにも痛みが深すぎたのだと誰もが悟った。



 彼女がほんの半月ほど前まで、南軍の残党に拉致監禁されていたということ。それは国中はおろか、世界中が暗黙の了解で把握している事実だった。
 なぜならば、彼女とその妹アンジェリク・ヴァン・レイン嬢は内戦に傷ついた国内を癒すため、慰問活動のみならず勇敢にも戦地へと赴き看護婦として立ち働いていた著名人だからだ。内戦に苦しむアーケディアだけでなく多くの国が戦争で疲弊する中、誰もが驚き褒め称え、彼女たちの存在はアーケディア国の名声をあげた。

 アーケディア国の北部と南部は全く異なる土地だ。産業革命の発展による資本主義的な商工業の拡充や中央集権への意識が高く存在する北部に、大規模農業の拡大に伴い奴隷制度を広く採用し地方分権をモットーとしていた南部。両者の溝が埋められようがないほど深まり始まった内戦だったが、国は戦に疲弊するばかりだった。
 そんな中、多くの者が国の支えとなるべく立ち上がった。カリーナ嬢たちは、間違いなくその中でも重要な存在だったのだ。

 彼女たちの活躍によって勇気を奮い立たせた兵士たち、潤沢な生産を背景にした絶え間ない攻撃、そして何より大統領の力強い決断の数々によって、北部はかろうじて南部に打ち勝ち内戦を終わった。

 しかし終戦後も一発逆転を狙う南部側の武装勢力は多かった。中でもヴァン・レイン将軍との確執があり以前からカリーナ嬢を付け狙っていたリーヴェルト南軍元大佐率いるパルチザンによって、彼女は連れ去られてしまったのである。



 彼女が体験した被害の状況はまだ公にされていない。が、若くか弱い女性が敵軍にさらわれ一年近くも行方不明となっていた時点で、カリーナ嬢の名誉は地に堕ちたも同然とみなされる。
 外を出歩くことさえはばかられるほどだというのに、その女性を議会へと呼び出し、証人尋問を行うなど前代未聞だった。

 確かにカリーナ嬢は、美しさやたおやかさだけでなく、その勇気によっても知られた女性だった。妹とともに、多くの人々に希望を与えてきた。だからこそ、本来ならすべてを闇に葬り、新たな人生を歩むのが正しい選択であったはずだ。

 だが連邦政府高官たちによってこの場に引っ張り出されたというには、証言台に立つカリーナ嬢はあまりにも誇りに満ちていた。泥まみれの悲しみと同時に、まるで何かを決意した歴戦の戦士のような威厳がそこにはあった。


 傍聴席の最前列には、勇敢で勝ち気な国中の人気者アンジェリク嬢を始めとした面々が並ぶ。
 姉妹の父親ヴァン・レイン将軍。アンジェリク嬢の婚約者である英雄エドモンド・フェアファクス中将、そしてカリーナ嬢の婚約者としても名を馳せたディエゴ・アステカノ少将。

  アステカノ少将は内戦が激化する中、突如現れた北軍の英雄だ。それだけではなく彼は、カリーナ嬢との純愛でも広く知られた存在だった。

 北軍の戦術転換により、戦局は一気に北の勝利へと傾いた。アステカノ少将率いる部隊は、ミレア川流域の要所を次々と制圧し、西部戦線を打開。その名は瞬く間に国内に轟いた。ソルナカとアーケディアの血を引く彼は、単なる戦の英雄ではなかった。多民族国家を目指すという政府の理念の象徴でもあり、現場の兵士や民間人からも深い敬意を受けていた。

 だが、その勝利の裏にあったのは容赦ない戦争の現実だった。

 焦土作戦。南部の農地は踏み荒らされ、納屋も牧場も焼かれ、食糧は兵士の胃袋か軍の補給物資となった。奴隷制度の象徴として使役されていた大農園も、兵士たちの手によって破壊された。これは復讐でも報復でもない。南部の戦力を根本から断つ、冷徹で計算された軍事行動だった。

 そしてその地獄の中、カリーナ・ヴァン・レイン嬢たちはいた。

 戦線にて傷ついた兵士たちを看病し、黒人の逃亡奴隷や疲弊した民間人の子どもたちにさえ手を差し伸べた。彼女の母がタイノ国出身であること、そして自身が黒人の血を引くことを、誰よりも自覚していたからだ。

「かつて私の母が、そして私の義理の母でありアンジェリクの実の母がそうしたように命を救いたい。ただそれだけを、私と妹は願っているのです」

 そう語ったという彼女の言葉は、戦場にいた兵士の証言によって新聞を通じて広まった。美しく勇敢な看護婦、そして
「国家が分断されたこの時代に、もっとも崇高な愛を示した少女たち」
 として、彼女らの名は称えられた。

 カリーナ嬢たちは戦地の衛生環境の劣悪さに耐え、倒れゆく兵士たちに清潔な包帯を巻き、飲み水を確保し、手を取り祈りを捧げ、時には看護婦としての枠を超えて負傷者を抱え戦火の中を駆け抜けた。その姿は新聞記者たちによって何度も取り上げられ、民衆の涙を誘った。

 一方のアステカノ少将は、故郷ソルナカの文化を胸に、黒髪黒瞳の北部軍人として、絶えず最前線に立ち続けた。彼の戦い方は果敢で、ある時は数百の敵兵を相手にたった数十人の部下と共に防衛線を守り切り、ある時は疲弊する農村に食料を分け与えて民の信頼を得た。戦の鬼でも、暴虐の権化でもなく、知略と慈悲を併せ持つ将として彼は讃えられた。

 そして彼らは出会い、惹かれ合った。
 看護婦と将軍。黒人と混血。かつてなら交わることのなかった二人は、戦場という極限状態の中で、互いの痛みを知り、弱さを分け合い、深く愛し合うようになった。

「これは単なる恋愛ではない。新しい時代の象徴だ」
 と評する論者もいた。


~~~~~~~~~~~~~~~



 1865年4月の その年の春は、かつてないほどに冷たく、そして静かだった。

 戦は、終わりを告げようとしていた。
 長く続いた内戦は、南部の抵抗力をすでに失わせ、各地の拠点が次々と北軍の手に落ちていく。
 しかし勝利の鐘はまだ遠く、最前線に立つ者たちの手には、血と泥と、数えきれぬ喪失の重みが残っていた。

 ディエゴ・アステカノ少将もまた、その中にいた。

 彼の部隊はこの数週間、西部境界の森林地帯を抜け、湿地帯の村落を転戦しながら南部の補給路を遮断していた。
 疲弊した民兵、飢えた農民、そして投降した少年兵たち。
 彼は剣を抜くたび、心に重くのしかかるものを感じていた。

 焦土作戦。
 それは軍としての勝利を意味していたが、彼にとっては決して誇れる栄光ではなかった。
 焼け落ちた家々、燃え尽きた畑。
 幼子を抱えた母親が、泣きながら彼の部隊を見送った日の光景が、彼の眠りを何度も浅くした。

 だが、彼は戦いを止めることはなかった。
 彼の背には、守るべき国があり、信じる理念があり、そして——彼女からの手紙があった。

 後方の軍病院にいるカリーナ・ヴァン・レイン嬢から、彼のもとには定期的に便りが届いた。
 封を解くことは、部下には見せない私的な儀式だった。
 誰にも読ませることなく、彼はただ、静かに文字を追い、やがて目を閉じた。

 ある日、部下の一人がそっと言った。
「司令官……最近、少し顔が和らがれましたね」
 それに対し、ディエゴは何も言わず、ただ遠くを見つめた。

 その眼差しの先にあったのは、戦の果てに見えるかすかな春光と、彼の心に咲くひとひらの希望——彼女の存在だった。



 一方、ラムシュア市近郊の臨時軍病院。
 瓦礫を片付けた旧教会の礼拝堂が、いまは傷病兵と看護婦たちの安息の場となっていた。
 その中に、白い衣を纏い、ひときわ静かに動く影がある。
 カリーナ・ヴァン・レイン。

 戦の報せが届くたび、彼女は祈るように目を閉じ、耳を澄ました。
 ディエゴがどこで戦っているのか、何を感じているのか、彼の手紙に書かれていないことを、心で知ろうとするかのように。

 彼女が手を動かすたび、包帯がほどよく締められ、傷ついた兵士のうめき声が小さくなっていく。
 老軍医がそっと彼女に告げたことがある。

「君の指先には、奇跡があるな。兵士たちは皆、君の手に触れるときだけ、静かに泣くのだよ」

 だが、彼女はその言葉に微笑みもしなかった。
 奇跡ではなく、ただの責務。
 命を救うこと。
 それが、彼女の母が、義母が、そして自分自身が受け継いだ誓いだった。

 そして、彼女の胸にもまた、手紙があった。
 夜、蝋燭の明かりのもと、その文字に指を這わせるように読むのが習慣だった。
 ディエゴの筆跡。言葉の端々に宿る、理性と情熱の混在。

 だが、手紙の内容を誰も知らないまま、カリーナはただ静かに、夜ごと祈りを重ねていた。
 彼が戻るその日まで。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 人々は彼らを、英雄と呼んだ。
 新聞記者は「国家の象徴」「解放の使徒」と讃え、自由黒人の集会ではその名が高らかに唱えられた。
 だが、それでも彼ら自身は——ただ、ひとつの信念を生きる者たちだった。

 傷ついた国のために、癒やす者と戦う者。
 ふたりの若き恋人たちは、遠く離れた地で、それぞれのやり方で同じ未来を見ていた。

 それは、まだ来ぬ春を信じるということだった。




 しかし、そんな彼らの絆を心から祝福するには時代が早すぎたのだ。
 愛の結晶とも言うべき二人の婚約は、自由黒人たちや進歩派の新聞によって英雄譚として華々しく報じられたものの、保守的な社会層や一部の軍高官、そして旧南部の影を色濃く残す地方の人々の間では、反発の声も少なくなかった。

「混血の将校が誇り高き北軍を率いるなど、笑止千万だ」
「カリーナ嬢は純白の天使ではなかったのか?」

 そんな声が、まことしやかに広まった。

 とりわけ、妹アンジェリク嬢の母が名門貴族の血を引く由緒ある令嬢であったことが知られていたため、対照的にカリーナ嬢が表舞台に立つことへの反感が、余計に彼女への悪意を煽る形となった。

 そうした偏見と敵意の矛先は、婚約の公表とともにカリーナ嬢に集中した。
 その最たる現れが、彼女の拉致事件だったのだ。

 終戦間際、南部の武装残党によって彼女が拉致されたという報は国中に衝撃を与えた。

 南軍の元大佐であり、徹底抗戦を続けていたリーヴェルトは、ヴァン・レイン将軍への私怨と、北部の象徴であるカリーナ嬢を貶めることで「敗北」の意味を変えるべく、冷酷な計画を実行に移した。彼女は激戦地であるルイゼナ州近郊で行方をくらまし、そのまま一年近く消息を絶った。

 それは内戦の終結という祝福の裏で、誰もが目を伏せたくなる現実だった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 ──そして今、彼女は帰ってきた。

 その体には、拉致中に受けた数々の傷跡が残されている。だが、カリーナ嬢はただの被害者として、この場に立っているのではない。彼女の声が必要なのだ。かつて内戦を越えてなお残る、暗い怨恨と暴力を語るために。そう、彼女の証言は単なる事件の記録ではなく、
「この国が何を守るべきなのか」
 を突きつける問いそのものだった。

「ミス・カリーナ・ヴァン・レイン、あなたの証言をお願いいたします」

 議長の言葉に、公聴会室の空気が張り詰めた緊張の音を孕む。
 まるで息すらも許されないほどに、聴衆は彼女の一言を待っていた。

 ヴェールの奥、うつむく彼女の顔ははっきりと見えない。
 だが、次の瞬間。

 その肩が、ふと上がった。

 それは、泣いていたからではない。
 怒りでもない。

 決意、いや、それ以上の何か。真実を語る者だけが持つ、静かで、そして圧倒的な覚悟の証だった。

 この国は、変われるのだろうか。

 血と悲しみに塗れた歴史の上に、果たして希望を築くことはできるのか。



 それは、彼女自身の受けた傷だけでなく、南部の荒野に放置されたままの遺体たちのこと、破壊された農地に取り残された人々のこと、そして「解放」という名のもとに、なお放置される黒人たちの未来についての証言でもあった──。
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