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[ヴィル]
独房 §2
「こんなことをする男は嫌われます。男の私から見ても、あなたの一連の行動は軽蔑に値する」と、アレンは静かに言った。
彼の説教は一度始まると長い。またアホだクソだと言われるかと思いきや、短くて拍子抜けしてしまった。
閨での話が本当なら、嫌われても仕方がない。しかし、俺は彼女のドレスを楽しみにしていた。じっくり見た後に脱がせたいとは思うが、破きたいなどと、そんなもったいないことは考えもしない。
「晩餐会と舞踏会でのことは、彼女は何も言っていなかった。文句があるなら俺に直接何か言うのではないか?」
アレンが彼女を連れてきた時、特に変わった様子はなかったと記憶している。
「あなたは全然わかっていない」と、彼は言った。
「私は最初の日から言い続けてきました。彼女は神薙ではない。先代と一緒にするな、と。何もかもこの日のためです。聖女の夫は、神薙の夫とはわけが違います。特大の責務を背負う妻を支える存在です。これだけ言っても、あなたはまだ彼女を『ただの女』として扱っている」
彼は初めてリアを見た日に「あれは神薙ではない」と話していた。
「自分の母があんな感じの人だった」とも言った。聖女宮の整備をするよう助言をしたのも彼だった。
「私はあなたの幸福も願っています。それが彼女のためでもあり、国のためでもあると考えていました。聖女の第一夫は王族が最適です。だから協力してきました。あなたは、そういう周りの人間の気持ちも踏みにじったのですよ。『問題のない人物だ』と彼女に勧めた私の立場もない。彼女を外交に使わないと約束したのに、それも反故にされた。あなたは夫として問題がありすぎます」
「待て。俺は外交などやらせていないぞ」
「ならばなぜ、カルセドの大公殿下を相手に、彼女が困る場面があったのですか? 話題は食料自給率だったそうです」
「あのカエルめ……」
「大公のせいではないでしょう。私が動けない状況のときに、あなたがそばを離れたからですよ」
「俺はすぐ近くのテーブルにいたぞ」
「そこで彼女のために何をしましたか?」
「……」
「なぜ当日になって勝手に座席を変更させたのですか?」
「それは、まあ、いろいろと……」
彼はあの場に王太子がいなかったことにも言及した。
国を挙げた催しなのに、なぜ王太子がいないのか。なぜ聖女のそばにいるはずだった自分が、外交に駆り出されて護衛から外されたのかと腹を立てている。
「……それは俺も聞きたいぐらいだ」
叔父とフィリップの間で、どのようなやり取りがあったのかは知らないが、晩餐会の席順は、最初から貴族令息が目立たないように下げられていた。
存在感の薄かった王太子を、この機に乗じて目立たせようと画策していたフシがある。それなのにフィリップは帰ってこなかった。
次の時代を担う者がいなくて格好がつかないからと、叔父はアレンを引っ張り出すことにした。リアの隣にいるはずだった彼の席を変更し、お父上と一緒にフィリップが座る予定だったテーブルに配置したのだ。
面白くないのは俺も同じだ。
王族の息子がいいのなら、代理は俺で差し支えないはずだ。それなのに、俺の席はいつまで経っても、カルセドのカエルとヤキトリじじいの向かいだった。
要らないのなら、ほかの令息たちと一緒に下がっちまえ、という気分にもなる。
「あなたが座席を変えた理由は、聖女になんの関係もなく、人に言えないようなくだらないものでしょう」と、アレンは言った。
「……そうかもしれない」
「この腐れ脳みそが、よくも俺の聖女を愚弄したな!」
「よせ、アレン!」
腹を立ててつかみかかろうとするアレンを、フィデルが体を張って止めてくれた。
「なあ、ヴィルよ」
アレンを後ろに下げ、フィデルは落ち着いた口調で言った。
「ここは彼女にとって、拉致されて仕方なく暮らしている国だ。初めて会うジジイと話すのも気が進まないのに、それが隣国の王族たちだ。頼りにしていた夫は逃げ出し、遠くでお友達とおしゃべりをしている。そういう状況に置かれた人の気持ちを考えたことがあるか?」
「彼女なら平気だろう。隣国の連中だって、俺より聖女と話すほうがいい」と、俺は答えた。
しかし彼は「質問に答えろ。あるのか、ないのか」と、俺に詰め寄る。
「ない……」渋々返事をした。
「やはり、自分より身分の高い聖女を見下しているな」
「そんなことはない……つもりだが」
「騎士団長が下向いてモゴモゴ言ってんじゃねえよ。お前は初めて親戚に会った三歳児か」
まずい。今度はフィデルがキレそうだ。『氷結の狂犬』を怒らせると、永久凍土に埋められて殺される。
「違う。俺はただ、自分の結婚披露ぐらい自由にしたいと思――」
「お前の結婚披露は聖女の結婚披露でもあるのだが?」
「そ……、うん……確かにそれは、そうだが……」
「あのな? 我々はお前に二つ用があってここに来ている。一つは仕事で、もう一つは私事だ」
彼は人差し指と中指を出した。
「一つ目、お前の自由の代償として、聖女は何度も傷ついた。それについての釈明を賜りたい。お前が身の程をわきまえず、好き勝手な行動を取るのはなぜだ?」
「傷ついた? ははっ、その言い方は大げさだろう」
俺が笑った瞬間、強烈な張り手が飛んできた。目から星が飛び出し、視界の中でチラチラと瞬いた。
「二度目の警告だ。質問に答えろ。三度目はない。次は貴様を永遠に溶けない氷の柱にして王宮正面の窓からつるすぞ」
永久凍土よりひどかった。しかも、つるされる場所が、ものすごく目立つ位置に変わっている……。
「そ、それが事実なら、悪かったとは思う」
「その言い方だと『でも自分を改める気はない』ということになるが?」
改めろと言われても、もう過ぎてしまったことだ。
もう一度ダンスの選曲をするとしても、俺は同じ曲を選ぶ。難易度が高いのは知っているが、あの曲以上にリアが美しく見える曲はないからだ。
それに、再び独身最後の夜があったなら、俺は同じように食事に出かけるだろう。
恋愛結婚は若い世代の貴族にとって夢であり希望だ。俺たちが国を動かす時代になったら、仕事と家庭は切り離して考える風潮を広めたいと、常々話し合ってきた。
その時々の所感を伝えるのは、先陣を切る者の使命だ。
一時的な融資や土地の権利欲しさに、この幸福を諦めるなんてもったいない。それを今、俺が言わなくて誰が言う? 浮かれた顔を見せるのも、それが幸せであることを知ってもらいたいからだ。
仮に別の晩餐会で、カルセドのカエルとヤキトリくそジジイの二人が同じテーブルだと知ったら、俺は席を変えさせるか欠席する。
あの二人は会を台無しにする常習犯だ。カエルは食事中でも仕事の話ばかりをする。ヤキトリじじいは若いのをつかまえて説教を垂れるのが常だった。
料理人たちがその日のために考えた豪華なメニューが、あの二人にかかると味のない無機物と化す。
だから俺は「あの二人はマナーが悪いから晩餐会に呼ぶな」と言ったのだ。それがいつの間にか、相性が悪いから席を離すという話に変わった。
俺が黙っていると、フィデルはため息をついた。
「我々も上に報告を上げよう。お前は自己中心的で聖女の夫にはふさわしくない。一般の貴族ならここで粛清するところだが、王族だから上に判断を委ねる。残りは王宮で、カール殿下からこってりと説教を受けるがいい」
「待ってくれ、フィデル。それは困る」
「お前以外は一昨日から困りっぱなしだ。一つ目の話は以上だ。二つ目の私事についてはアレンから話す」
しばらく王宮へ行くのはやめたほうがいいかもしれない。騎士団の執務室に引きこもるのが妥当だろうか。この状況で父や叔父に会ったら、何を言われるかわかったものではない。
「特務師がどういう任務でここにいるか、ご存知ですよね?」と、アレンが聞いてきた。
「ああ。知っている」
特務師も聖女の護衛の一種ではあるが、騎士とは根本的に考え方が違う。
「命を懸けて聖女の盾となれ」と王命を受けているのが騎士で「聖女を害する者を消せ」と兵部の命令を受けているのが特務師だ。
彼らは使用人と騎士団員を監視し、悪事を働いた者を粛清するためにいる。
「つい先ほど、ミストが武器を携えてあなたの居場所を聞きに来ました。あなたは特務師団でも粛清の対象になったようです」
「げ……」
「私が教えるまでもなく、彼女はあなたの居場所を知っています。私にあなたを助ける時間をくれたのです。こうして逃がすのは、今回限りだと思ってください」
「アレン……」
ベッドに水をまいて使えなくしたのも、宮殿から出ろと言っているのも、俺を逃がすためだった。
「執事長と庭師長に伝えるのは『一時間後ぐらい』だそうです」
「意味わかるか? 庭番衆を敵に回したら、もうこの宮殿からは出られないということだぞ」と、フィデルが補足をした。
落ち着き払った顔で恐ろしいことを言う奴らだ。
ミストだけでも危ないのに、ヘルマンなんかと組まれたら、護衛を付けていても殺される。いったい俺の人生はどうなってしまったのだろう。
「わかった。すぐにここを出る……」
水で重くなった布団をのろのろとめくった。
「騎士団員に護ってもらえば、時間稼ぎはできるかもしれません」と、アレンは言った。
「アレン、一緒に王宮まで――」
「私はお断りです」
彼はぴしゃりと言った。
「あなたを逃がすのは、この中で何かあると俺の聖女が悲しむからです」
彼は床に転がっていたバケツを拾った。メイドが使っているネズミ色の掃除用バケツだ。
「また生きて会えるといいですね」と言うと、彼は振り返りもせずに出ていった。
小言にいつものキレがない。
口は悪いが、彼は本来優しい人間だ。その証拠に、こんな真冬の朝に水をぶっ掛けられたにも関わらず、俺はあまり寒くなかった。
彼が汲んできたのは風呂の温泉水だった。
彼の説教は一度始まると長い。またアホだクソだと言われるかと思いきや、短くて拍子抜けしてしまった。
閨での話が本当なら、嫌われても仕方がない。しかし、俺は彼女のドレスを楽しみにしていた。じっくり見た後に脱がせたいとは思うが、破きたいなどと、そんなもったいないことは考えもしない。
「晩餐会と舞踏会でのことは、彼女は何も言っていなかった。文句があるなら俺に直接何か言うのではないか?」
アレンが彼女を連れてきた時、特に変わった様子はなかったと記憶している。
「あなたは全然わかっていない」と、彼は言った。
「私は最初の日から言い続けてきました。彼女は神薙ではない。先代と一緒にするな、と。何もかもこの日のためです。聖女の夫は、神薙の夫とはわけが違います。特大の責務を背負う妻を支える存在です。これだけ言っても、あなたはまだ彼女を『ただの女』として扱っている」
彼は初めてリアを見た日に「あれは神薙ではない」と話していた。
「自分の母があんな感じの人だった」とも言った。聖女宮の整備をするよう助言をしたのも彼だった。
「私はあなたの幸福も願っています。それが彼女のためでもあり、国のためでもあると考えていました。聖女の第一夫は王族が最適です。だから協力してきました。あなたは、そういう周りの人間の気持ちも踏みにじったのですよ。『問題のない人物だ』と彼女に勧めた私の立場もない。彼女を外交に使わないと約束したのに、それも反故にされた。あなたは夫として問題がありすぎます」
「待て。俺は外交などやらせていないぞ」
「ならばなぜ、カルセドの大公殿下を相手に、彼女が困る場面があったのですか? 話題は食料自給率だったそうです」
「あのカエルめ……」
「大公のせいではないでしょう。私が動けない状況のときに、あなたがそばを離れたからですよ」
「俺はすぐ近くのテーブルにいたぞ」
「そこで彼女のために何をしましたか?」
「……」
「なぜ当日になって勝手に座席を変更させたのですか?」
「それは、まあ、いろいろと……」
彼はあの場に王太子がいなかったことにも言及した。
国を挙げた催しなのに、なぜ王太子がいないのか。なぜ聖女のそばにいるはずだった自分が、外交に駆り出されて護衛から外されたのかと腹を立てている。
「……それは俺も聞きたいぐらいだ」
叔父とフィリップの間で、どのようなやり取りがあったのかは知らないが、晩餐会の席順は、最初から貴族令息が目立たないように下げられていた。
存在感の薄かった王太子を、この機に乗じて目立たせようと画策していたフシがある。それなのにフィリップは帰ってこなかった。
次の時代を担う者がいなくて格好がつかないからと、叔父はアレンを引っ張り出すことにした。リアの隣にいるはずだった彼の席を変更し、お父上と一緒にフィリップが座る予定だったテーブルに配置したのだ。
面白くないのは俺も同じだ。
王族の息子がいいのなら、代理は俺で差し支えないはずだ。それなのに、俺の席はいつまで経っても、カルセドのカエルとヤキトリじじいの向かいだった。
要らないのなら、ほかの令息たちと一緒に下がっちまえ、という気分にもなる。
「あなたが座席を変えた理由は、聖女になんの関係もなく、人に言えないようなくだらないものでしょう」と、アレンは言った。
「……そうかもしれない」
「この腐れ脳みそが、よくも俺の聖女を愚弄したな!」
「よせ、アレン!」
腹を立ててつかみかかろうとするアレンを、フィデルが体を張って止めてくれた。
「なあ、ヴィルよ」
アレンを後ろに下げ、フィデルは落ち着いた口調で言った。
「ここは彼女にとって、拉致されて仕方なく暮らしている国だ。初めて会うジジイと話すのも気が進まないのに、それが隣国の王族たちだ。頼りにしていた夫は逃げ出し、遠くでお友達とおしゃべりをしている。そういう状況に置かれた人の気持ちを考えたことがあるか?」
「彼女なら平気だろう。隣国の連中だって、俺より聖女と話すほうがいい」と、俺は答えた。
しかし彼は「質問に答えろ。あるのか、ないのか」と、俺に詰め寄る。
「ない……」渋々返事をした。
「やはり、自分より身分の高い聖女を見下しているな」
「そんなことはない……つもりだが」
「騎士団長が下向いてモゴモゴ言ってんじゃねえよ。お前は初めて親戚に会った三歳児か」
まずい。今度はフィデルがキレそうだ。『氷結の狂犬』を怒らせると、永久凍土に埋められて殺される。
「違う。俺はただ、自分の結婚披露ぐらい自由にしたいと思――」
「お前の結婚披露は聖女の結婚披露でもあるのだが?」
「そ……、うん……確かにそれは、そうだが……」
「あのな? 我々はお前に二つ用があってここに来ている。一つは仕事で、もう一つは私事だ」
彼は人差し指と中指を出した。
「一つ目、お前の自由の代償として、聖女は何度も傷ついた。それについての釈明を賜りたい。お前が身の程をわきまえず、好き勝手な行動を取るのはなぜだ?」
「傷ついた? ははっ、その言い方は大げさだろう」
俺が笑った瞬間、強烈な張り手が飛んできた。目から星が飛び出し、視界の中でチラチラと瞬いた。
「二度目の警告だ。質問に答えろ。三度目はない。次は貴様を永遠に溶けない氷の柱にして王宮正面の窓からつるすぞ」
永久凍土よりひどかった。しかも、つるされる場所が、ものすごく目立つ位置に変わっている……。
「そ、それが事実なら、悪かったとは思う」
「その言い方だと『でも自分を改める気はない』ということになるが?」
改めろと言われても、もう過ぎてしまったことだ。
もう一度ダンスの選曲をするとしても、俺は同じ曲を選ぶ。難易度が高いのは知っているが、あの曲以上にリアが美しく見える曲はないからだ。
それに、再び独身最後の夜があったなら、俺は同じように食事に出かけるだろう。
恋愛結婚は若い世代の貴族にとって夢であり希望だ。俺たちが国を動かす時代になったら、仕事と家庭は切り離して考える風潮を広めたいと、常々話し合ってきた。
その時々の所感を伝えるのは、先陣を切る者の使命だ。
一時的な融資や土地の権利欲しさに、この幸福を諦めるなんてもったいない。それを今、俺が言わなくて誰が言う? 浮かれた顔を見せるのも、それが幸せであることを知ってもらいたいからだ。
仮に別の晩餐会で、カルセドのカエルとヤキトリくそジジイの二人が同じテーブルだと知ったら、俺は席を変えさせるか欠席する。
あの二人は会を台無しにする常習犯だ。カエルは食事中でも仕事の話ばかりをする。ヤキトリじじいは若いのをつかまえて説教を垂れるのが常だった。
料理人たちがその日のために考えた豪華なメニューが、あの二人にかかると味のない無機物と化す。
だから俺は「あの二人はマナーが悪いから晩餐会に呼ぶな」と言ったのだ。それがいつの間にか、相性が悪いから席を離すという話に変わった。
俺が黙っていると、フィデルはため息をついた。
「我々も上に報告を上げよう。お前は自己中心的で聖女の夫にはふさわしくない。一般の貴族ならここで粛清するところだが、王族だから上に判断を委ねる。残りは王宮で、カール殿下からこってりと説教を受けるがいい」
「待ってくれ、フィデル。それは困る」
「お前以外は一昨日から困りっぱなしだ。一つ目の話は以上だ。二つ目の私事についてはアレンから話す」
しばらく王宮へ行くのはやめたほうがいいかもしれない。騎士団の執務室に引きこもるのが妥当だろうか。この状況で父や叔父に会ったら、何を言われるかわかったものではない。
「特務師がどういう任務でここにいるか、ご存知ですよね?」と、アレンが聞いてきた。
「ああ。知っている」
特務師も聖女の護衛の一種ではあるが、騎士とは根本的に考え方が違う。
「命を懸けて聖女の盾となれ」と王命を受けているのが騎士で「聖女を害する者を消せ」と兵部の命令を受けているのが特務師だ。
彼らは使用人と騎士団員を監視し、悪事を働いた者を粛清するためにいる。
「つい先ほど、ミストが武器を携えてあなたの居場所を聞きに来ました。あなたは特務師団でも粛清の対象になったようです」
「げ……」
「私が教えるまでもなく、彼女はあなたの居場所を知っています。私にあなたを助ける時間をくれたのです。こうして逃がすのは、今回限りだと思ってください」
「アレン……」
ベッドに水をまいて使えなくしたのも、宮殿から出ろと言っているのも、俺を逃がすためだった。
「執事長と庭師長に伝えるのは『一時間後ぐらい』だそうです」
「意味わかるか? 庭番衆を敵に回したら、もうこの宮殿からは出られないということだぞ」と、フィデルが補足をした。
落ち着き払った顔で恐ろしいことを言う奴らだ。
ミストだけでも危ないのに、ヘルマンなんかと組まれたら、護衛を付けていても殺される。いったい俺の人生はどうなってしまったのだろう。
「わかった。すぐにここを出る……」
水で重くなった布団をのろのろとめくった。
「騎士団員に護ってもらえば、時間稼ぎはできるかもしれません」と、アレンは言った。
「アレン、一緒に王宮まで――」
「私はお断りです」
彼はぴしゃりと言った。
「あなたを逃がすのは、この中で何かあると俺の聖女が悲しむからです」
彼は床に転がっていたバケツを拾った。メイドが使っているネズミ色の掃除用バケツだ。
「また生きて会えるといいですね」と言うと、彼は振り返りもせずに出ていった。
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