昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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2[リア]

しばふペースト

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 事件翌日の朝はさすがに調子が悪かった。

 時折、思い出したように身体がプルプル震えた。
 もう安全なのだと頭では理解できているのだけれども、身体が前日の不安を思い出しているような感じだった。これは思い出し笑いならぬ、「思い出しコワイ」だ。
 生活に支障はないけれども、念のため侍女には話しておくことにした。

 無理をして部屋を出ていくと周りに気を使わせてしまうし、おそらくわたし自身も疲れてしまう。一日だけ神薙様をお休みさせて頂くことにした。

 食事は簡単なものを部屋まで運んでもらい、寝巻きでゆっくりと過ごした。
 久々の「おひとり様」だ。
 本を読んだり、横になったり、ヴィルさんにもらったオルランディア・チェスの教本を見ながらショボショボ対戦を一人でやってみたり、貴族街の化粧品屋さんで貰った化粧水サンプルでローションパックをしてみたり、自由気ままに過ごした。

 侍女長が薬師の先生に状況を伝えてくれたらしく、お薬を持ってきてくれた。
 上品なカップに入った「気持ちが落ち着く薬湯」を見て驚愕した。
 それは某バーガーショップのシェイクくらいにドロッとした流動体で、抹茶を音速で通り越したような濃い緑色だった。
 匂いは草。混じりっけなし、百パーセントの草。刈ったばかりの芝生のような匂いがする。

 こ、この異次元のグリーンスムージーもどきを飲めと……?

 「薬湯」と言いつつ液状になっていないので、「しばふペースト」と呼ぶほうが自然だ。
 手首を怪我したときにスゴイ味の痛み止めを飲んだけれども、あれがもうワンランク進化してしまった感じだ。
 しかし、薬なので飲む以外の選択肢はない。
 気合いを入れ、カップに口につけて傾けた。

「あ、あれ??」

 粘度が高すぎて、お薬が落ちてこないのですが?(笑)

 さすがにスプーンを突っ込んで食べる勇気は出ない。お湯を足してグルグルと混ぜ、液状にしてから再挑戦だ。
 ごきゅり……と喉が鳴った。

「ぐ……お……ぉ……ぉ……お……」

 よく動画投稿サイトで見ていた毒舌で有名な某イギリス人シェフをここに呼びたい。
 彼なら「オーマイゴッシュ、クレイジーだ、クソマズイ、ナイトメアだ、もはや人災でしかない、これは犬のエサ以下だ」と、NGワードを連発しながらゴミ箱に捨てさせるだろう。
 息が止まるような芝生の味わいは、クレイジーかつナイトメアだ。

 言われたとおりに一日分を飲みきったときは、マラソン大会で完走したぐらいの達成感があった。
 思わず「っしゃぁぁぁぁ!」と、ガッツポーズが出る。 

 お休みを頂いておいてなんだけれど、このナイトメアな薬湯と戦っていたせいか、手がプルプルする以外は結構元気だった。


 ──事件翌々日。

 目が覚めると、前日より明らかに調子が良くなっていた。
 あのクレイジーな「しばふペースト」は、もしかしたら凄いお薬なのかも知れない。薬師の先生、ありがとうございます。

 一日ぶりに部屋を出ると、いつもどおりの光景がそこにあった。
 おはようからおやすみまで、わたしの暮らしを見つめる彼がいる。

「リア様!」
「アレンさんっ」

 同時に歩み寄った。
 イケ仏様、ありがたやー、ありがたや。

 出会った当初、無表情な仏像だったアレンさんは、最近、表情豊かな仏像になっている。
 以前は常に自動音声案内のような喋り方だったけれど、近頃はたまにそうなる程度で、ほとんど普通だった。
 彼は徐々に石化を解いているのだろう。
 器用な人なので、そのまま柔らかくなってゴム人間にもなれそうな気がする。

「一昨日は本当にありがとうございました」
「お加減は?」
「時々ちょっと手がプルプルしますけれど、もう大丈夫です」
「あんな毒のような薬を飲まされて……」
「なかなかすごいお薬ですねぇ。この国では色々と新しい経験をさせて頂いています」

 わたし達はひとしきり薬湯の話で盛り上がった。

 朝食の後、前日の分から新聞を確認した。
 お見合いの場で神薙に刃を向けた子爵の息子(ペロリストさん)と、その一味が捕縛されたこと。それから、彼らの簡単な供述内容などが書かれていた。

 わたしが泣いたせいで大雨などの災害が起きていないか心配だったけれども、特にそういうニュースは載っていないようだ。

「あの、大雨とか洪水とか、なかったですか?」
「そういうのはないですね」
「ご迷惑をかけたのではと……」
「大丈夫、雨がさらっと降っただけです。乾燥していましたからちょうど良かったと思いますよ」
「そうなのですねぇ。良かった」

 新聞には「神薙様の涙雨」と同情的に書かれていたので、ひとまずホッと胸をなでおろした。

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