昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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3[ヴィル]

青天の霹靂

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「なんだこれは」
「これ、分からないですけど……、解呪されたとか?」
「解呪? 何もしていないのに、解呪などされるわけがない」

 「それもそうですね」と言いかけたアレンがハッとした。そして、俺が座っていたソファーを指差した。

「そういえば、ついさきほどまでそこにリア様が……」
「リアが?」
「星を見ながら眠ってしまったようなので、部屋へ運びました」
「まさか、わずかに漂っていた何かに呪符が触れたのか? しかし、彼女から漏れている魔力は治癒の効果だったはずだ」
「確かに。ただ、それしか考えられません」
「相変わらず神薙は……いや、彼女は謎だらけだ」

 俺は手に残った呪符のカスを払うと、一旦下の階に戻った。
 使用人が丁寧に拭いていたグラスを二つもらって氷を放り込むと、バーに用意されていた舶来物の珍しい蒸留酒を二種類選んで注いだ。
 手伝ってくれた使用人に礼を言うと、嬉しそうに笑顔を見せる。
 リアと出会うまで、俺は使用人に礼を言った記憶はほとんどなかった。しかし、礼に始まり礼で終わる彼女の人心掌握術を見るにつけ、俺も少々考え方が変わってきた。

 グラスを二つ持って上階へ戻ると、今日の出来事をアレンと共有した。

 「郵便の記録は追えそうですか?」と、彼は言った。

「呪符が届いた日の記録を洗わせているが、荷物ならまだしも普通の郵便は難しいだろうな」
「ここは外国からの郵便も多いですからね」
「王都に戻ったら、呪符の専門家に話を聞きにいくつもりだ」
「あの見たこともない図柄、気になります」
「悪戯にしては少々やり過ぎだよな」
「隣国とか、他の大陸からですかね? 異国だか異教徒だか分かりませんが、そういう得体の知れないものを見ているようで不気味ですよ」
「俺も正直、気持ち悪い」
「手掛かりが我々の記憶だけですね……」

 リアはアレンや侍女達と一緒に観光に出かけ、楽しそうにしていたらしい。
 バーに行き、珍しく酒も飲んだとか。
 おかしな呪符のせいで、俺はこの旅最大の催しに参加できなかったようだ。
 旅先でほろ酔いになったリアの隣にいたかったが致し方ない。

 アレンが部屋に戻った後、リアがいたというソファーに寝転んでみると、吸い込まれるような満天の星空が見えた。


 結局、翌日も早朝から宿を出てしまったため、俺が彼女の顔を見られたのは午後になってからだった。

 リアと合流して市場へ行くと、面倒な女がいた。
 昔、ランドルフ家の使用人をしていた平民女だ。
 態度が図々しく、口から生まれたようにギャアギャアとうるさいので、学生の頃、父に何度もクビにするよう頼んだ。しかし、日中ほとんど家にいない父に女の勤務態度など分かるわけもなく、女が執事長の前ではおとなしくしていたこともあってクビにならなかった。結婚を機に自主退職する日まで何年も居座っていた。
 学校の長期休暇に入っても、父の暮らす家に近寄らなくなった一つの要因でもある。寮生活でなかったら気が狂っていただろう。

 久々に会ったその女の口から、ひどい噂を聞いた。
 父が大の神薙嫌いゆえに、俺がヒト族の女と婚姻を結ぶという根も葉もない噂だった。
 本当に面倒臭い女だ。
 不敬罪で縛り上げてやりたいが、この噂が領内で広まっているのだとしたら、女を一人捕らえてどうこうなるものではない。もっと先にやらなければならないことがある。
 そもそも不敬罪は手間がかかるうえ、印象が良くない。よほどの効果が見込めないかぎりは使わないに限る。

 よりにもよって、その噂話をリアに聞かれてしまった。
 しっかり訂正しておかねばならないと思ったが、話を終えて彼女の顔を見ると真っ青だった。
 貼り付けたような笑顔を浮かべ、俺が何を言っても「大丈夫」「平気」「なんでもない」のどれかを返すだけになってしまった。

 慌てた様子のアレンが、俺に何かの書類を押し付けた。
 リアのことは自分に任せて急いでそれを見ろと言う。今夜にでも話をしようと思っていたが間に合わなかったとも言った。
 彼は急いでリアと侍女達を馬車に乗せると、宿へ向けて出発した。

 取り残された俺は書類を開こうとしたが、大きく「神薙」という文字が見え、外で迂闊に開けられないものだと分かった。馬を走らせ、彼らの後を追った。
 リアの馬車に追いつくと、アレンが手振りで「追い越して先に行け」と合図した。

 俺は先に宿に入り、資料を確認した。
 それはリアの見合い相手、つまり夫候補になっている男の一覧だった。
 王宮で作成しており、更新するたびリアに届けられていたものだ。
 並び順は『序列順』と書かれていた。
 彼が「一番上にあるべきものがない」と言ったのを思い出し、一番上を見た。

「え……?」

 一番上にあるはずの、俺の名がない。
 念のため、最初のページを舐めるように上から下へと見た。
 次のページも、そのまた次も見た。
 次々めくり、すべてのページを確認した。

「嘘だろ? いつ作った資料だ?」

 日付を見て血の気が引いた。
 見合いで事件が起こる二日前に更新されたものだった。

 最悪だ。
 最悪なことが起きている。
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