157 / 392
4[リア]
緊急事態宣言
しおりを挟む
さて、どうしましょうか。
死の病が、実は死の病ではないかも知れない、という状況は飲み込めました。
本を全部読むのは後にして、まずは自分の行動を決めなくてはですねぇ……。
全員がここから逃げ出したとしても、物資と食料さえあればわたし一人で看病できるかも知れない。
少し心配なのは日本に比べて家電が少ないこと。特にお洗濯が一番大変で、基本は手洗い。大きいものは足で踏み踏みして洗うことになる。脱水機も二つのローラーの間に洗濯物を通す絞り機だ。
できることなら皆にいてほしいけれども、贅沢は言えない。
メイドの皆が洗濯をする様子は見ていたし、こっそり手伝ったこともある。やろうと思えばできるはず。
本を読んだかぎりでは、感冒性胃腸炎(いわゆるオナカの風邪)が結構ひどくなったもの、という印象が強かった。
経験したことがある人には分かるあの辛さ。
オナカの不調を抱えつつ高熱で寝込むのはめちゃくちゃキツい。
でも大丈夫。
アレンさん、大丈夫ですよ。
わたし頑張りますっ。
フゥと吐息をついて顔を上げると、皆がこちらを見ていた。
「あのぅ、いくつか用意して頂きたいものがあるのですが、お買い物をお願いしてもよろしいでしょうか? 今、メモをしますね」
まずは感染防止グッズを早急に手に入れたい。
ざっとお買い物メモを書いて渡し、お使いを頼んだ。
「アレンさんの部屋の左隣は空き部屋でしたよね? そこをわたし専用の部屋とさせて頂きます。部屋に運び入れて頂きたいものがあるので、それもメモしますね?」
メモを書いて執事長に渡すと、彼は内容を確認してから部下に指示を出した。
腹は決まったし、やることも決まった。
必要最小限の準備さえしてもらえれば、皆が一斉にいなくなってもどうにかなる。
準備をしてもらっている間に、皆にもそれぞれ行動を決めてもらおう。
本を閉じ、よいしょ、と立ち上がる。
手に入れたばかりの本は折り目だらけになっていた。
ふと表紙を見ると、『ヘルグリン病から逃げるな!』というタイトルだった。
まったく売れないというそのタイトルに指を滑らせる。
今日からこの本は神薙様の推薦図書だ。
すべての国民に読んで頂きたい。そして願わくはこの国の医科学をもっと発展させて頂きたい。
コホンと咳払いを一つした。
「では……この宮殿に緊急事態を宣言いたしますね」
エムブラ宮殿の管理マニュアルに則って、緊急事態宣言をしてみた。
「リア様、何をする気ですか」と、フィデルさんが言った。
「わたしは今からアレンさんを助けるために行動します。あ、でも、皆さんは自由ですので」
「自由? 自由とは?」
「ここから避難したい方は、上長に申し出たうえで宮殿を出ること。その際、連絡先を必ず伝えて出るようにしてください。ここに残ってくださる方には感染予防の方法をお伝えしますので、次の指示を待つこと。ただし絶対に感染しないというお約束はできません。ここに残るのは自己責任です」
皆が戸惑っていたので少し付け加えることにした。
「避難をした場合も、基本的なお給料は出すよう陛下にお伝えします。皆さん、部下を集めてこのことを周知し、避難する人の連絡先一覧を作ってください。それと同時に、ここに残る人員の把握をお願いします。休暇中の人にも連絡をしてくださいね」
「お待ちください。逃げても給金が出るなら皆逃げるのではありませんか? 主を置いて逃げるなど……」と、執事長が言った。
「でも、この国の常識は『逃げる』なのですよね?」
「あ……」
「逃げるのが正解なのかな、と」
「そ、そうでした。すみません、先程の話で治る気がして、少し頭が混乱しています」
「わたしが非常識なことをしているだけなので、無理に付き合う必要はないのです。忠誠心や同調圧力のせいで逃げたいのに逃げられないような状況は困るので、より常識的なほうへ行きやすいようお給料を出したいと思います」
「なる、ほど……」
「それで、残ってくださった方には危険手当をお出しするのですが、それはまだ伝えないでください。より皆が逃げやすいように話してあげて頂きたいのです」
「はい……いや、しかしリア様は? 恐ろしくないのですか?」
恐ろしくないと言えば嘘になるけれども、わたしが恐れているものは皆が恐れているものとは少し違う気がする。
「うーん……怖いもの知らずだと思われると困るのですけれども、実は少し前に、わたしの世界でも治療法のない感染症が猛威をふるって、たくさんの人が亡くなる出来事がありました。それで少し慣れてしまっているというか、若干マヒしていると言いますか……」
「その際は逃げなかったのですか?」
「世界中で流行したので逃げ場はなくて。でも、その時にお医者様たちは『正しく恐れろ』と言いました」
「恐れに正しさがあるのですか?」
「要は正しい知識を持ちなさいという意味なのです。そのうえで恐れなさい、正しい予防と正しい選択をしなさいという意味ですねぇ」
「正しい選択ですか……しかし、もはや何が正しいのか……」
多分、彼らは不慣れなのだと思う。
誰かが作ったマニュアルやルール通りに振る舞うことが良き紳士淑女の証なので、死の病に関して常識的とされる振る舞いに疑問が湧いたとき、どうしたら良いかがすぐに判断できない。
言うことを聞き、従うことに慣れ過ぎていて、自分のためだけに自由に道を選んで良いと言われると、どうすればいいのか、そしてそれをどう部下に伝えたら良いのか迷ってしまうようだ。
死の病が、実は死の病ではないかも知れない、という状況は飲み込めました。
本を全部読むのは後にして、まずは自分の行動を決めなくてはですねぇ……。
全員がここから逃げ出したとしても、物資と食料さえあればわたし一人で看病できるかも知れない。
少し心配なのは日本に比べて家電が少ないこと。特にお洗濯が一番大変で、基本は手洗い。大きいものは足で踏み踏みして洗うことになる。脱水機も二つのローラーの間に洗濯物を通す絞り機だ。
できることなら皆にいてほしいけれども、贅沢は言えない。
メイドの皆が洗濯をする様子は見ていたし、こっそり手伝ったこともある。やろうと思えばできるはず。
本を読んだかぎりでは、感冒性胃腸炎(いわゆるオナカの風邪)が結構ひどくなったもの、という印象が強かった。
経験したことがある人には分かるあの辛さ。
オナカの不調を抱えつつ高熱で寝込むのはめちゃくちゃキツい。
でも大丈夫。
アレンさん、大丈夫ですよ。
わたし頑張りますっ。
フゥと吐息をついて顔を上げると、皆がこちらを見ていた。
「あのぅ、いくつか用意して頂きたいものがあるのですが、お買い物をお願いしてもよろしいでしょうか? 今、メモをしますね」
まずは感染防止グッズを早急に手に入れたい。
ざっとお買い物メモを書いて渡し、お使いを頼んだ。
「アレンさんの部屋の左隣は空き部屋でしたよね? そこをわたし専用の部屋とさせて頂きます。部屋に運び入れて頂きたいものがあるので、それもメモしますね?」
メモを書いて執事長に渡すと、彼は内容を確認してから部下に指示を出した。
腹は決まったし、やることも決まった。
必要最小限の準備さえしてもらえれば、皆が一斉にいなくなってもどうにかなる。
準備をしてもらっている間に、皆にもそれぞれ行動を決めてもらおう。
本を閉じ、よいしょ、と立ち上がる。
手に入れたばかりの本は折り目だらけになっていた。
ふと表紙を見ると、『ヘルグリン病から逃げるな!』というタイトルだった。
まったく売れないというそのタイトルに指を滑らせる。
今日からこの本は神薙様の推薦図書だ。
すべての国民に読んで頂きたい。そして願わくはこの国の医科学をもっと発展させて頂きたい。
コホンと咳払いを一つした。
「では……この宮殿に緊急事態を宣言いたしますね」
エムブラ宮殿の管理マニュアルに則って、緊急事態宣言をしてみた。
「リア様、何をする気ですか」と、フィデルさんが言った。
「わたしは今からアレンさんを助けるために行動します。あ、でも、皆さんは自由ですので」
「自由? 自由とは?」
「ここから避難したい方は、上長に申し出たうえで宮殿を出ること。その際、連絡先を必ず伝えて出るようにしてください。ここに残ってくださる方には感染予防の方法をお伝えしますので、次の指示を待つこと。ただし絶対に感染しないというお約束はできません。ここに残るのは自己責任です」
皆が戸惑っていたので少し付け加えることにした。
「避難をした場合も、基本的なお給料は出すよう陛下にお伝えします。皆さん、部下を集めてこのことを周知し、避難する人の連絡先一覧を作ってください。それと同時に、ここに残る人員の把握をお願いします。休暇中の人にも連絡をしてくださいね」
「お待ちください。逃げても給金が出るなら皆逃げるのではありませんか? 主を置いて逃げるなど……」と、執事長が言った。
「でも、この国の常識は『逃げる』なのですよね?」
「あ……」
「逃げるのが正解なのかな、と」
「そ、そうでした。すみません、先程の話で治る気がして、少し頭が混乱しています」
「わたしが非常識なことをしているだけなので、無理に付き合う必要はないのです。忠誠心や同調圧力のせいで逃げたいのに逃げられないような状況は困るので、より常識的なほうへ行きやすいようお給料を出したいと思います」
「なる、ほど……」
「それで、残ってくださった方には危険手当をお出しするのですが、それはまだ伝えないでください。より皆が逃げやすいように話してあげて頂きたいのです」
「はい……いや、しかしリア様は? 恐ろしくないのですか?」
恐ろしくないと言えば嘘になるけれども、わたしが恐れているものは皆が恐れているものとは少し違う気がする。
「うーん……怖いもの知らずだと思われると困るのですけれども、実は少し前に、わたしの世界でも治療法のない感染症が猛威をふるって、たくさんの人が亡くなる出来事がありました。それで少し慣れてしまっているというか、若干マヒしていると言いますか……」
「その際は逃げなかったのですか?」
「世界中で流行したので逃げ場はなくて。でも、その時にお医者様たちは『正しく恐れろ』と言いました」
「恐れに正しさがあるのですか?」
「要は正しい知識を持ちなさいという意味なのです。そのうえで恐れなさい、正しい予防と正しい選択をしなさいという意味ですねぇ」
「正しい選択ですか……しかし、もはや何が正しいのか……」
多分、彼らは不慣れなのだと思う。
誰かが作ったマニュアルやルール通りに振る舞うことが良き紳士淑女の証なので、死の病に関して常識的とされる振る舞いに疑問が湧いたとき、どうしたら良いかがすぐに判断できない。
言うことを聞き、従うことに慣れ過ぎていて、自分のためだけに自由に道を選んで良いと言われると、どうすればいいのか、そしてそれをどう部下に伝えたら良いのか迷ってしまうようだ。
62
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた
いに。
恋愛
"佐久良 麗"
これが私の名前。
名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。
両親は他界
好きなものも特にない
将来の夢なんてない
好きな人なんてもっといない
本当になにも持っていない。
0(れい)な人間。
これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。
そんな人生だったはずだ。
「ここ、、どこ?」
瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。
_______________....
「レイ、何をしている早くいくぞ」
「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」
「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」
「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」
えっと……?
なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう?
※ただ主人公が愛でられる物語です
※シリアスたまにあり
※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です
※ど素人作品です、温かい目で見てください
どうぞよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる