昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
251 / 385
[リア]

山積する課題 §1

 王都にある孤児院は、いずれも教会に併設されていて、どこも定員を超えている。
 一般家庭が里親となって面倒を見ている場合、補助金をもらえる支援制度があるそうだ。
「王宮に申請を出して、許可が下りればもらえる」と、ヴィルさんは言った。

「定期的に子どもの様子を確認しに行くのですか? それとも事前の調査を入念にする感じですか?」
 わたしはその支援制度がどのように機能しているのかを軽く尋ねた。
 彼の顔がサッと曇り、血の気が引くように青ざめていく。彼は決まりが悪そうにアレンさんと視線を交わし、言葉を詰まらせて口元を引き締めた。
「ものすごく言いにくいのだが、そこまでは、していないと思う」
「えっ……うそでしょう?」

 彼が言うには、申請が承認されたあとで子どもを放り出したり、奴隷のように使ったり、不適切な扱いをしそうな人でも簡単に里親になれて、その子が亡くなっていたとしても、毎月ちゃっかりとお金だけはもらえるオバカ制度のようだ。

 湧き上がってくる負の感情を必死に抑えていたら、頬の筋肉が硬直してヒクヒクと引きつった。
 王宮のずさんな仕事ぶりには、わたしも苦い経験がある。
 勝手に拉致しておきながら「帰りたがるとは想定外」などと言われたり、お見合いに悪党が入り込んで人質にされたり……すでに食傷気味だった。
「もし、これが失敗したら」「もし、悪用されたら」など、負の観点から物事を考えようとしないのが王宮の特徴だ。どのような悲劇や損害が生まれるかを想像しようともしない人々が、積み木の家のようにもろい計画を作り、結果的に危機管理のなっていない施策ばかりになる。

 里親への補助金制度も、おおかた頭がお花畑の文官が考え、陛下がろくに確認もせず承認したであろうヘッポコ制度だ。
 ヴィルさんも日頃から「法が不完全だ」と口では言うものの、神薙法の改定以降、王族としてそれらを改めるようなアクションを起こしている様子はなかった。

「不正受給している家庭は、相当多いでしょうね」と、わたしはため息交じりに言った。
「その結果が目の前にあるのではないかと思って、さっきから変な動悸どうきが止まらない。早急に叔父と話をしよう」と、ヴィルさんは少し焦った表情を見せている。
「帰りに王宮へ寄りませんか? この服で行ったらマズイでしょうか」
「いいや、そうも言っていられない」
 彼は王宮へ先触れを出し、裏口から密かに入れてもらえるよう頼んでくれた。

 教会の事務所に入ってみると、古びた鉄製の金庫があった。表面には長年のホコリがこびりついていて、ところどころ塗装がげてサビている。扉を開けようとしたものの、ダイヤル式のロックがかかっていて開かない。
「中に何か入っているなら、取り出しに戻ってくる可能性があるな」
 彼は管理人らしき人物についても調べるつもりでいるようだ。
 やることが次々と見つかり、それらを書き留めていくアレンさんのペンは走り続けている。

「よし、まずは山積した課題を分類するぞ」と、ヴィルさんは腰に手を当てた。
 多くの問題が絡み合っている。わたしたちは混沌こんとんに足を突っ込まないよう、起きている問題と、やるべきことを大きく四つに分けて優先順位をつけた。

 一つ目は、今日動けば明日にでも解決できる直近の課題。
 食べ物、水、薪のライフラインと、衣類や靴の調達だ。
 これらはわたしとヴィルさんのポケットマネーで賄うことにした。

 二つ目は、彼らの新しい住まいに関する課題。
 王宮主導で保護施設を作るべく、陛下に相談をするつもりだ。
 財源の確保など、やることが多いため、実現には最速でも数か月、一年以上かかることも視野に入れなければならない。
 それまでの間、わたしの家で彼らを保護するつもりだ。ただ、うちの従業員は王命で神薙に仕えている人たちで、見ず知らずの子どもの世話は想定外かつ契約外だ。まずは彼らに事情を説明し、協力してもらえるか確認をしなくてはならない。協力が得られなければ人を雇う。いずれにせよ陛下の許可が必要だ。

 三つ目は、過ぎてしまった日々の課題。
 子どもが消えた怪しい孤児院の実態調査。この寂れた教会を管理していた人物の調査と捜索。ポンコツ補助金制度の見直し。補助金を受給している世帯の実態調査と、不正受給への対応。
 王都内にテオたちと似た境遇の子どもが、ほかにもいる可能性は高い。その子たちの保護と調査も必要だ。これらはすべて王宮が責任をもって対応すべきだろう。

 四つ目は、六人の子どもの調査だった。
 神薙と同じ屋根の下にいる騎士や従業員は、親戚まですべてを対象とした厳しい調査を経て採用された人たちだ。
 わたしが保護した子どもとは言え、同じ宮殿に住まわせる以上、この厳しいルールは彼らにも適用される。
 しかし、その過程で出自がわかる可能性が高いので、むしろ好都合だ。じっくりと調査していただこう。

「すべてを自分でやろうとは思わないことだ」とヴィルさんは言った。
「時間がかかることは、王宮や調査機関、あるいは部下たちに働きかけ、きっかけを与えて動かす。我々は頻繁に進捗確認をし、全体の動きを止めないよう監視する」
 わたしはうなずいた。
「急ぎの件と、我々にしかできないことを優先的に対応しよう」
「わかりました」
「今やるべきことは大至急、王宮へ向かうことだ。そのためには、一時的にここを誰かに任せなくてはならない」
「わたしが残ろうかと思うのですが」と言うと、彼は「それはダメだよ」と首を振った。
「神薙が自ら王宮へ出向くから大勢の人間を迅速に動かせる。それに、古い教会は警護がしづらい。ここを狙われたらお終いだ。あの子たちのためにも、リアはここにいるべきではない」
「でも……騎士の皆に子どもの世話を頼むのは申し訳なくて」
「まあな、確かに任務外だし、雑用ばかりではあるが、神薙の代理とあらば尊――」
 ヴィルさんは急に話すのをやめて黙り込んでしまった。
「どうしました?」と、彼をのぞき込んだ。
「ああ、いや、この間、クリスが何かゴチャゴチャ言っていたような……」
「ん? ……あっ!」
「雑用でもいいから、神薙の仕事を手伝いたい」と言っている人がいた。
「第三騎士団だ!」「第三騎士団!」
 わたしとヴィルさんは、互いに指をさし合った。
感想 11

あなたにおすすめの小説

「どうせ私は妾の子だから」と呑気にしていたら、何故か公爵家次期当主として据えられることになりました。

木山楽斗
恋愛
父親であるオルガント公爵が大病を患った、その知らせを聞いた妾の子のヘレーナは、いい気味であるとさえ思っていた。 自分と母を捨てた父のことなど、彼女にとっては忌むべき存在でしかなかったのだ。ただ同時にヘレーナは、多くの子がいるオルガント公爵家で後継者争いが起こることを予感していた。 ただヘレーナは、それは自分には関係がないことだと思っていた。 そもそも興味もなかったし、妾の子の中でも特に存在感もない自分にはそんな話も回ってこないだろうと考えていたのだ。 他の兄弟達も、わざわざ自分に声をかけることもない。そう考えていたヘレーナは、後継者争いを気にせず暮らすことにした。 しかしヘレーナは、オルガント公爵家の次期当主として据えられることになった。 彼の兄姉、その他兄弟達が彼女を祭り上げたのだ。 ヘレーナはそれに困惑していた。何故自分が、そう思いながらも彼女は次期当主として務めることになったのだった。

気がつけば異世界

蝋梅
恋愛
 芹沢 ゆら(27)は、いつものように事務仕事を終え帰宅してみれば、母に小さい段ボールの箱を渡される。  それは、つい最近亡くなった骨董屋を営んでいた叔父からの品だった。  その段ボールから最後に取り出した小さなオルゴールの箱の中には指輪が1つ。やっと合う小指にはめてみたら、部屋にいたはずが円柱のてっぺんにいた。 これは現実なのだろうか?  私は、まだ事の重大さに気づいていなかった。

【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸
恋愛
竜神都市アーガストに三人の聖女が召喚されました。バツイチ社会人が竜神のお手当てをしてさっくり日本に帰るつもりだったのに、竜の神官二人に溺愛されて帰れなくなっちゃう話。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。