昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

聖女様

 神薙様が、聖女様に進化した。
 しかし、肝心の本人がそれにピンと来ていない。なぜなら、昨日のわたしと今日のわたしは一ミリも変わっていないからだ。
「わたしは聖女様ではございません」
「いいえ、あなたは聖女になったのですよ」
 アレンさんは上機嫌でわたしにニンジンを手渡した。
「聖女様は馬にニンジンをあげる暇なんてないのでしょう? とてもお忙しい職業だと聞きました」
「それは人それぞれですよ。あなたは馬にニンジンをやる聖女です」

 芦毛あしげのスロウ号が、ポリポリと美味しそうな音を立ててニンジンを食べていた。鈍足っぽいのは名前だけで、我が家では最も足の速いお馬さんだ。
 わたしがスロウの鼻をなでていると、アレンさんはわたしの髪をなでていた。ナデナデが連なる厩舎きゅうしゃである。
 ほかの大陸の聖女様も、こうして護衛からデロデロに甘やかされて生きているのだろうか。
 彼は馬になめ回されてベソをかくフェンリルにも浄化魔法をかけてくれている。人間が小さきものを愛でるように、大型動物である馬も、小さなフェンリルを愛でるのだ。

 自称オオカミのフェンリルは、神狼と呼ばれる大変ありがたいレア生物だった。
 それはこの大陸で信仰されている東方聖教において「大地の龍」と並ぶ神の遣い。名前こそ知られていないけれども、教会にまつられている神狼はフェンリルなのだと言う。 

 神力しんりきによって神獣とつながっている人型の生き物を「聖人」と呼ぶそうだ。それが女性の場合は呼び方が「聖女」になる。
 フェンリルとおでこを合わせたことが、神力をつなげる儀式に該当するようだった。だから彼は「頬ずりだと格好がつかない」と言ったのだろう。

 では、神力とはなんでしょうか。
 意外にも、この質問に上手く答えられる人がいない。
 頼みの綱のフェンリルは「え、神力って言ったら、神力だけどぉ?」と、めちゃくちゃ適当な答えを返してくる。身近すぎて上手く説明ができないらしい。
 そうなると頼れるのはユミール大先生、一択だ。
「ん~~……」
 さすがのフォトジェニックも苦悩していた。
「どうして神狼と聖女がそれを聞きにくるのだ。いろいろ聞きたいのはこちらなのに」と顔に書いてある(申し訳ない)
「魔法学的に説明のつかない作用を起こしているのが、神力もしくはそれに近い力ではないか」と彼は言った。
 泣くと雨が降る、ハッピーだと豊作・豊漁になる、近づいたら解呪される……。
 先生の説明にフェンリルも納得してフンフンと鼻を鳴らした。

 要するに、もともと神力はあったわけだ。単に、フェンリルとのつながりができて、神薙から聖女に呼び方が変わっただけ。中の人は何も変わっていない。
 クッションを抱っこして眉間にシワを寄せていると、ヴィルさんがやって来た。
「聖女になったお祝いだよ」と言って、オルランディア蜜イチゴを山盛りにしたお皿を持っている。陛下が外交に使っている超入手困難の高級イチゴだ。
「庭の畑で俺が作ったんだ」
 ヴィルさん農園には布を掛けて立ち入り禁止にしている一角があり、そこでコソコソ作っていたと言う。さすが畑の神だ。
「ほら、あーんして」
「あーん……」
「どうだ?」
「うっ……美味しすぎて震えますわっ」
「ずっとこうしていたいのだが、残念ながら時間がない。あとはアレンに任せるよ」

 彼はイチゴ味の口づけをすると、お皿をアレンさんに託して足早に出ていった。
 王都第一騎士団は名称がオルランディア聖騎士団に変わり、ヴィルさんとフィデルさんは連日バタついている。
 皆と最高級イチゴを食べてキャッキャしているわたしは、まだ自分が聖女になったことの重大さがよくわかっていなかった。



 新しい家族フェンリルを迎えて以来、彼の生活環境を整えながら、わたしは平常通りの予定をこなしていた。
 空き時間はフェンリルのお部屋を作ったり、王命でやって来た「神獣番」と呼ばれる新スタッフとの顔合わせをしたり。彼のお世話やお手入れの仕方を相談する相手ができて助かっている。

 聖女になると神力が増えると言われていたけれども、大きく変わったところは特になかった。
 強いて言うなら、ちょっと普段よりも暑く感じるくらい。しかし、季節は夏だ。この暑さがすべて神力のせいかと言ったら違うだろう。
 王都の夏は最高気温が二十八度くらいで湿度も低い。体温を超えてくる東京の蒸し暑さに比べたら、こんなのは夏のうちに入らない。ちょっと木陰に入れば涼しいし、アレンさんがちょうどよい風を送ってくれるので問題はなかった。

 わたし自身の暑さよりもむしろ販売しているチョコレートが溶けることのほうが心配で保冷剤を導入した。
 兼ねてからノルドとスードの天才コンビに頼んで開発してもらっていた魔道具で、魔力の再充填じゅうてんにより何度でも使える便利グッズだ。この国では最新の技術になる。
 店舗まで返却してくれれば、代金の一部を返金するシステムにした。王都に建ち並ぶ商店では、パッケージの瓶や袋などを回収してリユースするのはごく普通のこと。次の来店時に持ってきてくれたり、通りがかった際に返してくれたり、お客さんたちは慣れたものだ。
 おかげで暑さにも負けず、お店は連日繁盛していた。期間限定フレーバーや数量限定商品など、新しい企画も目白押し。わたしの暮らしは相変わらず「商人」だった。



 しばらくして、聖女様復活の第一報が王都民へ届くことになった。
 新聞の一面トップに、超特大フォントで「聖女様 大復活!!」と書いてある。これは「オルランディアあるある」なのだけど、聖女と神薙のニュースは、姿絵を載せられない都合上、どうしてもフォントが大きくなりがちだ。

 テオは塾から戻ると顔を真っ赤にしてアレンさんのところに飛び込んできた。
 皆の前では聞けないと言って、男子二人で密室にこもり、何やら話し込んでいる。十歳の彼には大事件が立て続けに起きていた。
「リア姉ちゃんが神薙だった事件」の後、さほど経っていないというのに、今度は「リア姉ちゃんが聖女様になっちゃった事件」勃発である。
 部屋から出てきたテオは余計に興奮していた。彼はアレンさんに頭をなでられながら、わたしに向かって親指を立てた。「やったね」なのか「秘密は守っているよ」なのか、意味はわからないけれども、彼は満足そうに自分の部屋へ走っていった。

 あとから思えば、この新聞報道が様々な変化のトリガーになっていた気がする。けれども、記事が出るという話は事前に聞いていたので、当日は「あ、出たんだな」程度にしか思わなかった。
 わたしは「復活!」という表現に首をかしげていた。わたしがどこも変わっていないせいか、復活と言われても何か違う気がしたのだ。
 しかし、聖女復活はヴィルさんたちのような大人の男性が、涙を流してまで歓喜する出来事だった。
 彼らがそこまで喜ぶ理由を聞いたけれども、はっきりとした答えは返ってこなかった。
 そもそもどうして東大陸にだけ聖女がいなかったのだろう……。



 新聞発表の後、せき止めていた川がどっとあふれたかのように、次々と使者や関係者がやって来た。そこでようやく「あ、これは大変だ」と実感がわいた。
 法的なことからそうでないことまで、神薙が聖女へ変わったことにより、あらゆることが変わってゆく。

 『神薙の厨房』『神薙のショコラ』『神薙御用達』『神薙の家』といった『神薙のホニャララ』も、あちらこちらで問題になっていて、名称を『聖女のホニャララ』へ改めたいと言ってきた。
 かつて勤め先の社名変更を経験したことがあるわたしは、それがどれほど大変なことか身をもって知っている。
 たかが名前と言うなかれ。新しい名前に生まれ変わってゆく裏側では、様々なものが旧社名であることを理由にゴミにされている。看板も封筒も、たくさん作ってしまったノベルティーグッズも。

 人の都合で資源を無駄にするのは、あまり好ましいことではない。
 王宮がやっているプロジェクトは仕方がないけれども、お店のほうは長めの移行期間を設けてゆっくりと変えていくことにした。
 看板は変わるけれども、ロゴ入り紙袋などは無駄にしないよう、すべて使い切らせていただく。それが「聖女様の方針」だと理解を求めるコメントをお店に貼る予定だ。
 経費削減。資源は大切に。古いロゴの紙袋がほしい方はお早めに。



 行列をなしていた使者をさばき終えてホッとしていると、また一階が騒がしくなっていた。
「リア! リアはどこだ!」
 急に帰ってきて玄関でワンワンしている人がいる。
「はぁ、もう……今度はなんでしょうねぇ」
 肩を落としてため息をついていると、アレンさんがそっと背中に触れて「まずは話を聞いてみましょうか」と笑った。
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