昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[リア]

猛獣使い §2

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 くまんつ様は「もっと柔軟に考えてやれよ」と言った。
「字を教えたいなら、教材なんかなんでもいいだろ? 学校じゃないんだから」
 彼はカジュアルなジャケットの内ポケットを探り、小さなメモ帳を取り出した。
「リア様、これ、見たことありますか?」

 彼は表紙をめくって裏側をこちらに見せた。
「これは……騎士団で作っているメモ帳ですか?」
 そこには「騎士の心得十か条」が印刷されていた。

汝、王を信じ、その言葉に従うべし
汝、王国を愛すべし
汝、善を守るべし
汝、法を守るべし
汝、弱き者を守り、常にその守護者であるべし
汝、正義をもって悪と戦うべし
汝、勇敢に敵と戦うべし
汝、敵に背を向けざるべし
汝、貧しき者には進んで施しを与えるべし
汝、信仰を守り、神の守護者であるべし

 これは騎士団の理念であり、これをさらに細分化したものが行動規範になっているという。
「騎士科の初等部では、この十か条のなぞり書きから授業が始まる」とくまんつ様は言った。
「一見、暗記させることが目的だと思われがちだが、実際それは『ついで』だ。これにはすべての文字が含まれていて、字を覚えるのにちょうどいいんだよ」
「えっ、そうだったんスか?」と、ニッコリさんが目を丸くして言った。

「意外と知られていないが、初版には文字が二つばかり足りなかった。それを補うために、少し言い回しを変えた」
「教材にするために、わざと?」
「そう。一石二鳥だろ?」と、くまんつ様は控えめに笑った。
「書けば十か条と字が覚えられる。一つの文が短くて達成感もある。初期の学習には最適だ」

「何よりも彼の興味のド真ん中ですよ」
 アレンさんの言葉にわたしは何度もうなずいた。こんなにピッタリな教材は、ほかにない気がする。

「まあ任せておけ」と、猛獣使いは余裕の笑みを浮かべた。



 宝箱探しをぼんやり眺めているテオに、くまんつ様が声をかけた。
「騎士の心得は覚えたか?」
「ん……半分くらい。書くのが難しいよ」とテオ。

 彼のシャツの胸ポケットには、騎士団特製のメモ帳が入っていた。くまんつ様が自ら教会へ行き「騎士になりたいのなら心得を覚えろ」と渡したものだ。
 テオは書かれている内容を知りたくて、自ら進んで読み書きを学び始めた。

「それをスラスラ読めて書けるようになったら、次は第三騎士団の紋章入り手帳をやるぞ」
「えっ! うそっ、ほんと!?」
「騎士の決まりがびっしりと書いてある。破るとクビになるから、俺も必死で覚えたものだ」
「騎士様もクビになるんだ……」
「当たり前だろ。しっかり勉強して、言葉をたくさん覚えておくと、あとがラクになるぞ」
「うん! わかった。がんばるよ」

 くまんつ様はほかのちびっ子たちを眺めながら言った。
「宝探しもいい練習だ。騎士は意外と『人や物を探す』仕事が多いからな」
「剣で戦ったり、街を護ったりするだけじゃないの?」と、テオがショックを受けている。
「実は、戦うこと以外の仕事のほうが多い」
「うっそ……」
「計算もするし、長い手紙も書く」
「うわっ、そうなんだ。どうしよう……」

「まずは、探し物のコツを教えてやろうか?」
「うんっ」
「最初は少し離れた場所から全体を見ろ。なんとなく気になる場所があったら、そこを重点的に探す。意外と見つかるものだ。俺はもう宝箱を見つけたぞ」
「す、すげぇ!」
「やらないのなら正解を教えてやろうか? 手柄の横取りは規則違反でクビになるが、君はまだ騎士ではないからな」

 テオはぶんぶんと首を横に振った。
「ダメだよ! 小さい頃からマジメじゃないとダメだって。ズルしたら騎士になれないって、ニッコロ兄ちゃんが言ってた」
「なら探してくるといい。ただし、自分より弱い者が優先だ。騎士は人を助けるのが仕事だからな」
「大丈夫だよ。なんじ、弱き者を守り、その……えーと……」
「常にその守護者であるべし」
「そうだ! 常にその守護者であるべし!」
「いい子だ。行ってこい」
 テオが走り出すと、慌ててショーンもついていった。

 彼は騎士団のメモ帳を受け取った瞬間から、くまんつ様の緩やかなコントロール下に入っていた。
 くまんつ様が指さす方向へ自然と進み、騎士の心得を通して、読み書きと友達との関わり方を身につけていく。
 きっかけさえあれば、なんでも楽しむことができる子だった。
 エムブラ宮殿にいる間は、アレンさんたち第一騎士団員が、彼の背中をそっと押す役割を引き継ぐことになった。

 わたしが尊敬のまなざしでくまんつ様を見上げると、彼はゆったり腕を組み、口角をわずかに上げてテオの様子を見ている。
「団長って、子どもの扱い上手いッスね」と、ニッコリさんが言った。
「子どもは素直で可愛いよな。それに比べてうちのややこしい部下は――口は悪いし、言うことは聞かねぇし、アホみたいに食うし、訓練行きたくないッスーとか駄々こねるし……」
「ちょ、待って! それオレぇ?!」
「俺の昼飯は奪って食うし……魔物か猛獣だろ」

「また近々、蒸し鶏を食べに行きたいッスね?」と、ニッコリさんが甘えている。
「なぜ産んだ覚えもねぇのに、猛獣の雛がピーピー鳴いて飯を食わせろと言うのだろう……」
「またまたぁ、カワイイくせに~」
 アレンさんも話していたけれど、ニッコリさんは陽気で甘え上手だ。

「……で、いつ行くんだよ」
「今日か明日?」
「来週の訓練、ちゃんと行けよ。いいな?」
「い……行きます。蒸し鶏のためなら!」
「じゃ、予約入れとけ」
「やった! あざーっす!」

 アレンさんが小声で「ね? 猛獣使いでしょう?」と言った。
 第三騎士団はクセの強い個性的な団員が多いらしい。きっと、そういう部下でも、くまんつ様はきちんと導いてくれるのだろう。

 テオに手伝ってもらいながら宝箱を見つけたディーンが「あったぁーー!」と叫ぶと、猛獣は飛んでいって二人をめちゃめちゃに褒めちぎった。
 陽気で優しい猛獣と、その猛獣を操るもっと優しい猛獣使いだ。

 お菓子の詰まった宝箱を見つけた子どもたちは、庭のお茶会会場に到着し、宝箱を開けて「わーっ! すごーい!」と歓声を上げた。

 子どもたちに気を取られていたわたしは――我が家にも大きな猛獣がいることをすっかり忘れていた。
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