263 / 390
[リア]
猛獣使い §2
しおりを挟む
くまんつ様は「もっと柔軟に考えてやれよ」と言った。
「字を教えたいなら、教材なんかなんでもいいだろ? 学校じゃないんだから」
彼はカジュアルなジャケットの内ポケットを探り、小さなメモ帳を取り出した。
「リア様、これ、見たことありますか?」
彼は表紙をめくって裏側をこちらに見せた。
「これは……騎士団で作っているメモ帳ですか?」
そこには「騎士の心得十か条」が印刷されていた。
汝、王を信じ、その言葉に従うべし
汝、王国を愛すべし
汝、善を守るべし
汝、法を守るべし
汝、弱き者を守り、常にその守護者であるべし
汝、正義をもって悪と戦うべし
汝、勇敢に敵と戦うべし
汝、敵に背を向けざるべし
汝、貧しき者には進んで施しを与えるべし
汝、信仰を守り、神の守護者であるべし
これは騎士団の理念であり、これをさらに細分化したものが行動規範になっているという。
「騎士科の初等部では、この十か条のなぞり書きから授業が始まる」とくまんつ様は言った。
「一見、暗記させることが目的だと思われがちだが、実際それは『ついで』だ。これにはすべての文字が含まれていて、字を覚えるのにちょうどいいんだよ」
「えっ、そうだったんスか?」と、ニッコリさんが目を丸くして言った。
「意外と知られていないが、初版には文字が二つばかり足りなかった。それを補うために、少し言い回しを変えた」
「教材にするために、わざと?」
「そう。一石二鳥だろ?」と、くまんつ様は控えめに笑った。
「書けば十か条と字が覚えられる。一つの文が短くて達成感もある。初期の学習には最適だ」
「何よりも彼の興味のド真ん中ですよ」
アレンさんの言葉にわたしは何度もうなずいた。こんなにピッタリな教材は、ほかにない気がする。
「まあ任せておけ」と、猛獣使いは余裕の笑みを浮かべた。
☟
宝箱探しをぼんやり眺めているテオに、くまんつ様が声をかけた。
「騎士の心得は覚えたか?」
「ん……半分くらい。書くのが難しいよ」とテオ。
彼のシャツの胸ポケットには、騎士団特製のメモ帳が入っていた。くまんつ様が自ら教会へ行き「騎士になりたいのなら心得を覚えろ」と渡したものだ。
テオは書かれている内容を知りたくて、自ら進んで読み書きを学び始めた。
「それをスラスラ読めて書けるようになったら、次は第三騎士団の紋章入り手帳をやるぞ」
「えっ! うそっ、ほんと!?」
「騎士の決まりがびっしりと書いてある。破るとクビになるから、俺も必死で覚えたものだ」
「騎士様もクビになるんだ……」
「当たり前だろ。しっかり勉強して、言葉をたくさん覚えておくと、あとがラクになるぞ」
「うん! わかった。がんばるよ」
くまんつ様はほかのちびっ子たちを眺めながら言った。
「宝探しもいい練習だ。騎士は意外と『人や物を探す』仕事が多いからな」
「剣で戦ったり、街を護ったりするだけじゃないの?」と、テオがショックを受けている。
「実は、戦うこと以外の仕事のほうが多い」
「うっそ……」
「計算もするし、長い手紙も書く」
「うわっ、そうなんだ。どうしよう……」
「まずは、探し物のコツを教えてやろうか?」
「うんっ」
「最初は少し離れた場所から全体を見ろ。なんとなく気になる場所があったら、そこを重点的に探す。意外と見つかるものだ。俺はもう宝箱を見つけたぞ」
「す、すげぇ!」
「やらないのなら正解を教えてやろうか? 手柄の横取りは規則違反でクビになるが、君はまだ騎士ではないからな」
テオはぶんぶんと首を横に振った。
「ダメだよ! 小さい頃からマジメじゃないとダメだって。ズルしたら騎士になれないって、ニッコロ兄ちゃんが言ってた」
「なら探してくるといい。ただし、自分より弱い者が優先だ。騎士は人を助けるのが仕事だからな」
「大丈夫だよ。汝、弱き者を守り、その……えーと……」
「常にその守護者であるべし」
「そうだ! 常にその守護者であるべし!」
「いい子だ。行ってこい」
テオが走り出すと、慌ててショーンもついていった。
彼は騎士団のメモ帳を受け取った瞬間から、くまんつ様の緩やかなコントロール下に入っていた。
くまんつ様が指さす方向へ自然と進み、騎士の心得を通して、読み書きと友達との関わり方を身につけていく。
きっかけさえあれば、なんでも楽しむことができる子だった。
エムブラ宮殿にいる間は、アレンさんたち第一騎士団員が、彼の背中をそっと押す役割を引き継ぐことになった。
わたしが尊敬のまなざしでくまんつ様を見上げると、彼はゆったり腕を組み、口角をわずかに上げてテオの様子を見ている。
「団長って、子どもの扱い上手いッスね」と、ニッコリさんが言った。
「子どもは素直で可愛いよな。それに比べてうちのややこしい部下は――口は悪いし、言うことは聞かねぇし、アホみたいに食うし、訓練行きたくないッスーとか駄々こねるし……」
「ちょ、待って! それオレぇ?!」
「俺の昼飯は奪って食うし……魔物か猛獣だろ」
「また近々、蒸し鶏を食べに行きたいッスね?」と、ニッコリさんが甘えている。
「なぜ産んだ覚えもねぇのに、猛獣の雛がピーピー鳴いて飯を食わせろと言うのだろう……」
「またまたぁ、カワイイくせに~」
アレンさんも話していたけれど、ニッコリさんは陽気で甘え上手だ。
「……で、いつ行くんだよ」
「今日か明日?」
「来週の訓練、ちゃんと行けよ。いいな?」
「い……行きます。蒸し鶏のためなら!」
「じゃ、予約入れとけ」
「やった! あざーっす!」
アレンさんが小声で「ね? 猛獣使いでしょう?」と言った。
第三騎士団はクセの強い個性的な団員が多いらしい。きっと、そういう部下でも、くまんつ様はきちんと導いてくれるのだろう。
テオに手伝ってもらいながら宝箱を見つけたディーンが「あったぁーー!」と叫ぶと、猛獣は飛んでいって二人をめちゃめちゃに褒めちぎった。
陽気で優しい猛獣と、その猛獣を操るもっと優しい猛獣使いだ。
お菓子の詰まった宝箱を見つけた子どもたちは、庭のお茶会会場に到着し、宝箱を開けて「わーっ! すごーい!」と歓声を上げた。
子どもたちに気を取られていたわたしは――我が家にも大きな猛獣がいることをすっかり忘れていた。
「字を教えたいなら、教材なんかなんでもいいだろ? 学校じゃないんだから」
彼はカジュアルなジャケットの内ポケットを探り、小さなメモ帳を取り出した。
「リア様、これ、見たことありますか?」
彼は表紙をめくって裏側をこちらに見せた。
「これは……騎士団で作っているメモ帳ですか?」
そこには「騎士の心得十か条」が印刷されていた。
汝、王を信じ、その言葉に従うべし
汝、王国を愛すべし
汝、善を守るべし
汝、法を守るべし
汝、弱き者を守り、常にその守護者であるべし
汝、正義をもって悪と戦うべし
汝、勇敢に敵と戦うべし
汝、敵に背を向けざるべし
汝、貧しき者には進んで施しを与えるべし
汝、信仰を守り、神の守護者であるべし
これは騎士団の理念であり、これをさらに細分化したものが行動規範になっているという。
「騎士科の初等部では、この十か条のなぞり書きから授業が始まる」とくまんつ様は言った。
「一見、暗記させることが目的だと思われがちだが、実際それは『ついで』だ。これにはすべての文字が含まれていて、字を覚えるのにちょうどいいんだよ」
「えっ、そうだったんスか?」と、ニッコリさんが目を丸くして言った。
「意外と知られていないが、初版には文字が二つばかり足りなかった。それを補うために、少し言い回しを変えた」
「教材にするために、わざと?」
「そう。一石二鳥だろ?」と、くまんつ様は控えめに笑った。
「書けば十か条と字が覚えられる。一つの文が短くて達成感もある。初期の学習には最適だ」
「何よりも彼の興味のド真ん中ですよ」
アレンさんの言葉にわたしは何度もうなずいた。こんなにピッタリな教材は、ほかにない気がする。
「まあ任せておけ」と、猛獣使いは余裕の笑みを浮かべた。
☟
宝箱探しをぼんやり眺めているテオに、くまんつ様が声をかけた。
「騎士の心得は覚えたか?」
「ん……半分くらい。書くのが難しいよ」とテオ。
彼のシャツの胸ポケットには、騎士団特製のメモ帳が入っていた。くまんつ様が自ら教会へ行き「騎士になりたいのなら心得を覚えろ」と渡したものだ。
テオは書かれている内容を知りたくて、自ら進んで読み書きを学び始めた。
「それをスラスラ読めて書けるようになったら、次は第三騎士団の紋章入り手帳をやるぞ」
「えっ! うそっ、ほんと!?」
「騎士の決まりがびっしりと書いてある。破るとクビになるから、俺も必死で覚えたものだ」
「騎士様もクビになるんだ……」
「当たり前だろ。しっかり勉強して、言葉をたくさん覚えておくと、あとがラクになるぞ」
「うん! わかった。がんばるよ」
くまんつ様はほかのちびっ子たちを眺めながら言った。
「宝探しもいい練習だ。騎士は意外と『人や物を探す』仕事が多いからな」
「剣で戦ったり、街を護ったりするだけじゃないの?」と、テオがショックを受けている。
「実は、戦うこと以外の仕事のほうが多い」
「うっそ……」
「計算もするし、長い手紙も書く」
「うわっ、そうなんだ。どうしよう……」
「まずは、探し物のコツを教えてやろうか?」
「うんっ」
「最初は少し離れた場所から全体を見ろ。なんとなく気になる場所があったら、そこを重点的に探す。意外と見つかるものだ。俺はもう宝箱を見つけたぞ」
「す、すげぇ!」
「やらないのなら正解を教えてやろうか? 手柄の横取りは規則違反でクビになるが、君はまだ騎士ではないからな」
テオはぶんぶんと首を横に振った。
「ダメだよ! 小さい頃からマジメじゃないとダメだって。ズルしたら騎士になれないって、ニッコロ兄ちゃんが言ってた」
「なら探してくるといい。ただし、自分より弱い者が優先だ。騎士は人を助けるのが仕事だからな」
「大丈夫だよ。汝、弱き者を守り、その……えーと……」
「常にその守護者であるべし」
「そうだ! 常にその守護者であるべし!」
「いい子だ。行ってこい」
テオが走り出すと、慌ててショーンもついていった。
彼は騎士団のメモ帳を受け取った瞬間から、くまんつ様の緩やかなコントロール下に入っていた。
くまんつ様が指さす方向へ自然と進み、騎士の心得を通して、読み書きと友達との関わり方を身につけていく。
きっかけさえあれば、なんでも楽しむことができる子だった。
エムブラ宮殿にいる間は、アレンさんたち第一騎士団員が、彼の背中をそっと押す役割を引き継ぐことになった。
わたしが尊敬のまなざしでくまんつ様を見上げると、彼はゆったり腕を組み、口角をわずかに上げてテオの様子を見ている。
「団長って、子どもの扱い上手いッスね」と、ニッコリさんが言った。
「子どもは素直で可愛いよな。それに比べてうちのややこしい部下は――口は悪いし、言うことは聞かねぇし、アホみたいに食うし、訓練行きたくないッスーとか駄々こねるし……」
「ちょ、待って! それオレぇ?!」
「俺の昼飯は奪って食うし……魔物か猛獣だろ」
「また近々、蒸し鶏を食べに行きたいッスね?」と、ニッコリさんが甘えている。
「なぜ産んだ覚えもねぇのに、猛獣の雛がピーピー鳴いて飯を食わせろと言うのだろう……」
「またまたぁ、カワイイくせに~」
アレンさんも話していたけれど、ニッコリさんは陽気で甘え上手だ。
「……で、いつ行くんだよ」
「今日か明日?」
「来週の訓練、ちゃんと行けよ。いいな?」
「い……行きます。蒸し鶏のためなら!」
「じゃ、予約入れとけ」
「やった! あざーっす!」
アレンさんが小声で「ね? 猛獣使いでしょう?」と言った。
第三騎士団はクセの強い個性的な団員が多いらしい。きっと、そういう部下でも、くまんつ様はきちんと導いてくれるのだろう。
テオに手伝ってもらいながら宝箱を見つけたディーンが「あったぁーー!」と叫ぶと、猛獣は飛んでいって二人をめちゃめちゃに褒めちぎった。
陽気で優しい猛獣と、その猛獣を操るもっと優しい猛獣使いだ。
お菓子の詰まった宝箱を見つけた子どもたちは、庭のお茶会会場に到着し、宝箱を開けて「わーっ! すごーい!」と歓声を上げた。
子どもたちに気を取られていたわたしは――我が家にも大きな猛獣がいることをすっかり忘れていた。
97
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーレムです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
聖女じゃなかったので、カフェで働きます
風音悠鈴
恋愛
光魔法が使えず「聖女失格」と追放された大学生・藍里。
聖女じゃないと城を追い出されたけど、実は闇属性+女神の加護持ちのチートだった⁉︎
望みはカフェでのスローライフだけ。
乙女ゲーム世界の歪みから大切な日常を守ります!
全30話予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる