巻き込まれ転生

もふりす

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2章 神と魔の悪戯

ココロを守る呪縛

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新しいワイシャツに着替え直して、お忍びから客人をもてなすモードに切り替えた。

白シャツの上に深緑色のベストを羽織り、裾が広がった薄茶の半ズボンを履いている…のは、完全にバロンさんの趣味だ。
屋敷に着くなりムキムキ兄弟に連行され、向かった衣裳部屋で用意されていたのがコレだ。合法ショタを彷彿とさせる、可愛らしい服が一式。

私のショタ姿に大変喜んでいるバロンさんと手を繋ぎ、客間に続く廊下を歩いていたら。


「――ミリア様、いけません!」


続けてガタンと何かがぶつかる音が辺りに響いた。

示し合わさなくてもバロンさんと目が合い、声がする方、客間へ急いだ。

・・・客間には何も危ない物を置いてなかった筈だけど。

その名の通り客人をもてなす場なので、研究中の魔道具を放置したり、展開中の魔法を他人が安易に触れるようにはしていない。

少し開きかけの扉に手を掛け、中の様子を見て唖然とした。


「…バロンさん、の知り合い、なんですよね?」
「まあ、うん。…身内としてはかなり恥ずかしいけど、そうだよ。」


身内。…ああ、噂のお姉様ですか。
やたらと縁談話を持ち掛けてくるという、バロンさんのお姉……似ているわね。

涼やかな色合いの銀髪と碧色の大きな瞳。
色こそ違うけど、顔のパーツ、何より纏う雰囲気が酷似している。

バロンさんが清涼感のある人誑しな好青年なら、彼女は少女と女性の狭間を永遠に生き続ける美魔女といったところだろうか。

――いや、それよりもだ。


彼女の正体が分かって安心した所で、目の前の状況はどう捉えたらいいのか。

可憐な少女のような彼女が、頬を赤らめ、潤んだ瞳を侍女に向けている。
彼女から視線を逸らせずにいる侍女は何だか息が弾んでいる。

ちらと見る。

侍女の襟元と赤い痕。妙にぷっくらと腫れている唇。
そして、女性特有の香りが部屋全体に充満している。

執事長の話だと、私達が邸に着く1時間前には訪ねてきていたそう。
まあ、そういう事をしていたのだろう。


「オッホン!!」


隣から発せられた咳払いにやっと甘い空気が霧散され、バロンさんに続いて胸に手を当て挨拶をした。

何だろう。
女性にじっと見つめられる事に慣れている訳もなく、目が合った瞬間背中をゾワゾワァッと何かが駆け上がった。
・・・ああ、これが武者震――いや違う。鳥肌だよ。


「まあ、しっかりとした立ち居振る舞いね。貴方が、巷で噂のセレスの弟子なのよね?レンドバールの編入に受かるだなんて本当に凄いわ!うちの息子も通っているのだけど、今年の一学年は有望な令息令嬢が多いと聞いているの。きっと楽しい学園生活になると思うわ!」
「ありがとうございます。…ところで失礼ですが、お名前を聞かせていただいても?」
「!あら、言ってなかったわね。
――私はミリア・グレンヴィル。現グレンヴィル侯爵イグナートの妻です。あ、息子はアキムと言うの。よろしくして頂戴。」


…………ん?

アキム?どこかで聞いた事があるような。

ここに来てからの知り合いには居ないと思うのだけど。
魔術省の人とかは顔見知りだけど違うよね。

そんな風に考えて、ふといつかの時の記憶が呼び起こされた。

…………。

あ、ああ!!思い出した。
バロンさんに拾われるより前に見た、結局誰の夢か記憶なのかよく分からなかったあの映像。…それにしても映像の頃より年齢を重ねているような?時系列どうなってるんだろ。

そうっと頭を下げる私を見て満足したのか、ミリアは話題を変えた。


「セレス。爵位を気にしない清楚なイメージの令嬢を数人見つけてきたの。どの子も男性を立てるのが上手で貴方自身を見てくれる筈よ。顔合わせの場はセッティングしてあるから、ちゃんと顔を出すのよ?」
「――姉上。そういう余計な事は止めてくれ。姉上だって他人に口出しされるのを嫌うように、俺にだって他人に干渉されず相手を選ぶ権利はある。」
「…何を言うかと思えば。私はセレスを心配して言ってるのよ?夜会にも酒場や人の集まる場所にも顔を出さない貴方が言っても説得力がないわね。――彼が居る所で言うつもりなかったけど…」


彼女の碧い目が力強くこちらに向けられる。
人懐っこく柔らかい印象だった眼差しは、鋭く、腹の底を探るように深いものに一変した。


「セレス。シリル君はこれから沢山の出会いが待っている身なのよ。貴方が彼を縛り付けたら、彼は今以上にどんどん離れていくわ。貴方の執着が行く先は何処でしょうね。――身を滅ぼすわ、そう遠くないうちに。」

「貴方が特定の誰かを傍に置いている噂を聞きつけて来てみたけど、合点がいったわ。」
「…………」
「今の貴方には好み関係なく人との交流が必要だわ。詳しい日時は後日伝えるから、足を運んで頂戴。」


ミリアの独壇場。バロンさんは完全に言葉を失ったようだ。
彼の様子が気になるも、彼の表情を確認しようとは思えなかった。


彼女は、最初に会った時と同じ、瑞々しい花のような笑みを浮かべて邸を後にした。

完全に姿が見えなくなり、踵を返すと。

――バロンさんの手が、私の方へ差し伸べられていた。


「バロンさん?」
「!…すまない。今は、…ッ、暫らく一人にしてくれ。」


無意識の動作だったのか、私の声に反応して顔から血の気が引いていく様が見て取れた。

こちらに目も向けず、足を引きずるように一歩一歩廊下の奥に進んでいく。
弱弱しい背中は助けを求めているようで、何層にも張られた結界が、決して触れてくれるなと拒んでいる。


「……彼の愛情の上で胡坐をかいてちゃだめだよね。」


バロンさんに情がないわけじゃない。

命尽きそうな私を拾ってくれた恩人。
名をくれて居場所をくれた。
この世界の常識を、興味のあった魔術を教えてくれた。
いつまでも居てくれていいと、言ってくれた。

彼が、私に向ける感情が何であろうと、私には関係なかった。

初めて与えられた優しさに、私も少なからず恩を返したいと思えていたから。
同じ気持ちを返せなくても、傍にいられる気でいた。

できれば、バロンさんの愛情を手放したくないと思う。
バロンさんを悲しませたくないし、自分に出来る事があるなら返したい。

そう考えても、思考は勝手に同じ問いと答えに行きついてしまう。

私は、私に向けられる好意がもし複数あった場合、はたして選べるのだろうか。
答えは否だ。

他者に縛られたくないし、私も人に執着したくない。


私は身をもって知っている。


執着して勝ち得たものは何一つないのだから。


…多分、私が思っている以上に私は長生きしていて、何度も後悔を重ねているのだろう。


ここで過ごす事1ヶ月、改めて実感した。

私は私利私欲を禁じられた、自身より特定の他者の為に動く事を義務付けられた前世が、何よりも楽で、心地よかったのだと。

前世では、物心つく前から幼馴染である連を守るように、補佐するように言われていたおかげで、心の奥深くに根付く何かに気付かずに済んでいた。



”決してココロの内を晒すな。”



恐怖のように、一生消せないトラウマのように。

私には、守らければならない誓いのように思えた。

その言葉を思い出すだけで、戸惑いはたちまち消え、私は平静でいられる。


「誰かの唯一にならないと得られないものなら、私は喜んで手放そう。」


その結果、誰かが傷つくんだとしても、私も諦めるのだから卑怯ではないはず。


過去の記憶は前世のみだけど、きっとそれより前から切り離せない呪縛。

それが、私を守ってくれると本気でそう思っていた。
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