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第一章 ぶつかり合う感情
決心は強く、揺らがず
しおりを挟む刀身が光を浴び、思わず目を細めて真上の太陽を仰ぎ見る。
鍛錬に励んでいたら、もう真昼になっていたようだ。
でも、まだ頑張らなきゃ。
――もっと、もっと強くならなきゃ。
近くに置いていた水を一気に飲み干し、木陰で腰を下ろした。
今年から待ち侘びていた催しにやっと参加できる。
「姉さん」
目の前に影が落ちたので見上げれば、我が愛しの弟が涼しげな表情で見下ろしてきた。
「・・・ああ、リク。もう授業は終わったの?」
「うん。姉さんこそ根を詰めすぎじゃない?
流石に体力切れたでしょ。」
「あ、やっぱり分かっちゃう?リクにはお見通しのようね。
―ふぅ、でも少し休んだし、もう再開す―――あ」
パラッ
立ち上がろうとしたら、髪飾りを木に引っ掛けてしまったようだ。
一つ結びにしていたのを解き、髪飾りを手に乗せる。
(まだ使えるわね。良かった、壊れてなくて)
青い鉱石のついた髪飾り。
決して高価でないが、とても大切な物。
これがある限り、私はもっと強くなれる。
『強くなって、どうしたいの?純粋に強さだけを求めるのには限界があるんだ。君はその強さを得て、何がしたい?』
そうだ、そう教えられていたはず。
また見失う所だった。
いかんな、つい目先の事だけになるのは私の悪い癖だ。
「リク、すまないが、コルデミッド殿を呼んできてもらえるか?」
「いいけど、」
リクは一旦区切ると、私に手を伸ばした。
(こういう時、リクの方が年上のように見えるのよね。私がお姉ちゃんなのに)
私もその手を掴み、その勢いで立ち上がった。
「まずは昼食を取ろうね、ナル」
圧のかかった口調で言われ、思わず目を丸くしてみせた。
一歩も引く気がないみたいだな。それに、
「ああ、そうだな。お腹がすいてたみたいだ」
「もう、姉さんは没頭していると寝食も忘れるんだから、やっぱり僕がいないと、だね」
「悪いな、リク」
「・・・悪いと思っているなら、母上や父上とも話そうね?」
「考えとく」
一週間後に、年に一度の大きな行事―闘技祭が行われる。
種目は剣術、魔術、弓術、体術の四つ。其々トーナメント形式で勝ち進んでいき、上位に上がれば上がるほど軍や騎士団からのスカウトされる確率が高い。しかも、勝者は国王直々に称号を与えられる。これ程名誉と言えるものはないだろう。
私は剣術で参加する。魔術も行けるところまで行くけど、イオフィエル殿には勝てるかどうか・・・、いかんいかん。妥協なんて闘技祭で一番してはいけないことだわ。
この日の為に、私はコルデミッド殿と剣術を、イオフィエル殿と魔術を磨いてきた。
やれる事は全てやった。
後やるべきことと言ったら、
「参加者の対策よね・・・」
有力候補を確認するのは勿論、流派や特技、性格等徹底的に調べる必要がある。
まあ、視察は無理があるから、情報なんてそんなに集められないけどね。
「いきますよ。――はああぁッ!!!」
カキィイイイン――
コルデミッドの剣を、中段の構えから受け止め、上手く力を逃がす。コルデミッドも次の動きを予測し、身体を反転させる。反転させた勢いで、ナーロレイの脇腹に狙いを定めて剣を振るう。
ナーロレイはコルデミッドの剣筋を見極め、剣に添わせていた片手を外し、
ガツッ
懐から取り出した短剣でコルデミッドの剣をはじいた。
重心が後ろに行きそうになるのを踏ん張り、今度はナーロレイの首めがけて剣を振り下ろす。ナーロレイは懐刀を手放し、手刀で剣を落とさせる。相手の手が痙攣し握力が落ちた瞬間を狙い、ナーロレイはコルデミッドの首に剣の切っ先を向けた。
「はあ、完敗です。・・・やはり強いな、惚れ惚れするよ」
降参と言うように剣から手を放し、コルデミッドは胡坐をかいて座り込んだ。
私も短剣を拾って、その横に腰を下ろした。
「光栄ですが、コルデミッド殿の重い一撃は一級品だと思いますよ。私はどうにも小手先になってしまうので羨ましいです・・・」
「そうか。では、私の合図で始めた時の一撃はどうでしたか。私は先制攻撃で相手をなすのが苦手なんですよ。」
「あの場合だと、十分にいい切り出しだったが、踏み込みすぎなように感じたな・・・。その後の一撃は戦法に入れていたのか?正攻法が駄目というわけではないが、何でもありの闘技祭では通用しないと、私は思うぞ」
「っ、はあ~、やっぱりそう思うか?ナーロレイ嬢のおかげで速い剣筋を目で追えるようになったが、まだまだ隙だらけの構えというか、俺が動き出している時にはもう次の一手が読まれちまうんだよな~」
「コルデミッド殿は真っすぐですからね。偽ることができないとも言えますけど?」
「ナーロレイ嬢は俺と真逆のタイプですよね。全く読めない。こうやって話してても多くは語らないですよね。でも・・・」
「でも?」
「剣術が心から好きだってのは伝わってくる。・・・そろそろこの道に進んだ理由、教えてくれないか?」
コルデミッドの真剣な顔つきに、誤魔化すのは無理だと悟る。
故人が切っ掛けという訳でないから尚恥ずかしいのだが。
「誰にも言わないと約束してくれるか?」
「ああ、言わないさ。友人との約束はきちんと守る男だからな。」
「頼もしいな。実はな、―――――」
どれくらい話していたか。
一時間は経っただろう。
「今日はもう失礼するよ。明日はフォーカス殿との戦闘、だろう?」
「あながち間違いではないから否定できないわね」
「まあ、当日見れるわけだし楽しみとして取っておくよ。それじゃ」
「ええ、気を付けて」
私、ナーロレイは一つ、いや二つ悩みがある。
一つは口調。
母と父の前や社交の場では令嬢口調なのだけど、リクや最近仲良くしているコルデミッド殿とイオフィエル殿とウェンディの前ではガサツ・・・男前な口調になってしまうのだ。
いい加減直さないと、とは思っているのだけど、完全に直すのも嫌で。
この口調も憧れのあの人から受け継いだようなもので。
今まで寂しかった時や心細かった時はこの口調で自分を奮い立たせたから。
うん、悩みとしてはもう諦めよう。
二つ目は筋肉が出来てきたことだ。
ドレス姿でも、この二の腕の筋肉は目立ってしまうだろうな。
腹筋も逞しくなりすぎて・・・、ウエストが少し、こうシルエットがよろしくない。
コルセットで誤魔化せるんだけど、女性としては悲しい。
矛盾してるよね。強く逞しくなりたいけど、女性らしさも捨てたくないって。
「私はいつからこんな強欲な女になってしまったのかしら・・・」
「姉さん、誤解を生むような心の声は閉まっておいてね」
いつの間に寝室に入ってきたのか、ベッド脇の椅子にリクが居座っていた。
この、困ったような顔に癒やされるんだから、私は弟に依存しすぎね。
でも、双子ってこんなものよね・・・。
「リクも、もう部屋に戻りなさい。」
「うん、姉さんの顔見たら安心した。おやすみ」
「ふふ、おやすみ」
互いにおでこにキスを送り合い、眠りについた。
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