召喚士の嗜み【本編完結】

江村朋恵

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【Last】Summoner’s Tast

プロローグ~パールフェリカ~

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プロローグ

 気が付いたら、かあさまは居なかったわ。
 ん? 気が付いたらって変な話ね。
 とうさまと、ネフィにいさまと、シュナにいさま。それが私の家族で、後からかあさまという人が居たと聞かされた。元々は5人家族だったって聞かされた。だから、気が付いた時には、かあさまは居なかった。
 みんなには元々かあさまは居たみたいだけど、私には元々かあさまは居なかったから、正直、よくわからない。気には、してないと思う。

 気が付いたら、誰かが傍にいてくれてる。
 でも、ちょっと遠い気がするのは、何故?
 サリアもエステルも。
 私ばっかり一杯笑っていて。一定の、線引きを超えられない。
 ねぇ、それは本当に私の事を見てくれてる?
 かあさまに似ているというパールフェリカ姫の事?
 それとも、ちゃんと“私”の事?

 ミラノ、あなただけが、まっすぐに“私”を見てくれる。
 “私”の呼び声に応えてくれた。
 あなたと私の間だけの、絆。
 “召喚士”と“召喚獣”の絆。
 神様が、私にだけとくれた、あなた。
 ねぇミラノ、何故、あなたが来てくれたの。
 もうどこにもいかないで。

 だってほら、私の声、震えているの。
 暗闇に、一人居るみたい。
 とても、怖いの。
 聞こえてくるの。
 あの声が。
 近く。

 だからわかる。少しだけ、少しずつ、離されていく。
 ミラノ? あなたまで遠くに行かないで。
 私を、一人にしないで。
 おいていかないで。

 ほら。
 聞こえるわ。

 真っ暗闇の中にまた、私は片足を突っ込んでしまうの。

 邪魔を、しないで。
 
 ──……どちらが──
 
 闇の中から、声が響いてくるわ。
 ミラノを、連れて行かないで。

 ──そもそも、わたしのだ──

 この感覚は、覚えがあるわ。
 エステルは──トランスと、言っていたわね。ヘギンス先生が教えてくれたわ。
 危険だからするなって。
 “霊界”に魂を引き抜かれてしまうって。
 でも、好きでこの状態になってるわけじゃないもの。

 ──そろそろ、かえしてもらおう──

 いやよ。だれが、わたすものですか。

 ミラノ、誰かのものに、ならないで。
 私の方をちゃんと見て。

 ミラノ、切ないわ。
 手を離さないで。
 こっちを向いて。
 ぎゅってして。
 触れていて。
 ずっと隣に。
 傍にいて。

 私だけ。
 さみしいの。
 一方通行の、きもち。
 ミラノまで、届いて、気付いて。

 ねぇ、ミラノ、このままじゃ私、泣いちゃうわ。
 ううん、違うわね、もう、泣いてるわ。
 どれだけでもあなたの為に泣くわ。
 ごめんなさい。ごめんなさい。
 いくらでも、謝るわ。
 だから。


 私があなたを還さないことを、許して。


 とても小さな部屋ね、私の寝室の半分も無い。
 ごめんなさい。
 とても、やせ細って倒れているのは、私のせいよね。
 もう、間もなく、といったところなのかしら?
 その“時”は、もうすぐ、なのかしら?
 あなたのかえるところが無くなるのは、もう間近?

 だって。

 まさかあなたが“生霊”だなんて、思わなかったもの。
 本当の体がまだ生きていたなんて、思わなかったもの。
 私があなたをよんで、つれてきてしまったせいよね。
 このまま、あなたがどうなるのか、わかっていても。
 私、どれだけ泣いても止まらない程、つらいのよ?

 でも!

 あなたが死んでも、傍に居てほしいって。
 思っているわ。
 そうよ?
 結局。

 あなたが死んでくれたら、私は、何より幸せなの。




「…………変な夢……」
 いつもの天蓋付きのベッドで目を覚ました。
 上半身を起こして両腕を上げて背伸び。
 欠伸を一つ。
 空虚ね。つまらないわ。
 今日もまた“パールフェリカ”を始めなくちゃならないなんて、本当にだるいわ。
 上掛けを蹴飛ばして、ベッドから降りた。
 馬鹿馬鹿しいったらない。
 でも、お腹は空くのよね、腹も立つわ。
 サリアの笑顔を時々気付かなかったフリで無視をして、エステリオのお小言には軽く気付かれない程度に嫌味で応えるの。それだけがストレス発散。
 ああ、そうそう、もう一つ、面白そうなストレス発散のネタがあるのよね。今はそれが楽しみ。
 でも、そろそろ、ねぇ?
 私だけ置いてけぼりってカンジなのが、気に食わないわ。
 寝室のドアを開ける前に、ノックされる。
 ──面倒ね。寝たふりでも、しておきましょ。
 入ってきたサリアに、寝ぼけたフリで適当に返事をして、食事を持ってこさせる。ああ、笑顔満面ね。目を瞬いておくわ。これでいい?
「まぁ姫様、召し上がるのでしたらしっかり起きてからになさった方がよろしいですわ」
「………………」
 ああ、吐き気がしそう。お腹は空いているのに、なにこの距離感。たまらなく気分が悪いわ。
 ちがう。体はもう元気なのよ。なんでこんなに……“気分”が悪いの。

 召喚術の度に体がつらいのは、我慢出来るわ。
 ミラノをこの世界に止めておく代償だもの、気になんか、しないわ。

 詰め込むように朝食を食べて寝室を出たら、ソファにミラノが座って、絵本を見ていた。
 いつの間にか“うさぎのぬいぐるみ”の姿で、あれは、時々耳の先がひくって動くの。
 部屋の中央側のソファ。一番奥の席。
 いつの間にかそこが、ミラノの指定席。
 窓から注ぐ朝と昼の間の光。それは差し込んで、白い“うさぎののぬいぐるみ”の頬にゆらゆらとゆれる眩しさを生むの。真っ赤の目は下を向いていて、なんだか鼻歌でも歌っているみたいに、時々頷いてる。見てるだけで、内容わかってないくせに。
 暑くも無く、寒くも無く、窓の外の陽光でちょっぴりポカポカする部屋の中。
 もしも、かあさまが生きていたら、そうやって佇んでる姿を、私はやっぱりこんな風に眩しく見つめるのかしら。
「ミラノ! おはよ!」
 笑顔の声を張ってみると、耳がまずひくっと動いてから、その顔がゆっくりとこちらを向く。表情なんて無いわ、だけど。
「おはよう、パール」
 私には、ちゃんと笑顔が見えるわ。くすぐったくて、あったかくって、居ても立っても居られない私は、ダッシュでミラノに抱きつくの。
「ミラノォ! かっわいい! 足、でこぼこじゃなーい!」
 “人”の時に自分で直していたみたいだけど、クッションの抜けた足の裏の先はちょっとだけペコペコになってるの。布が余ってへこんでる。
「そう? そんなにひどいかしら?」
 私に首をぎゅっとされたまま、ミラノは膝を曲げると足裏の縫い目を見て、平坦な声で言った。
 私じゃとても出来ない位に、綺麗に几帳面に縫ってある。なんだか、それがまたかわいい! 一生懸命がんばったのよね!
「私はかわいいって言ってるのよ?」
「……」
 ミラノの顔を覗き込むけど、表情は無くて、でもなんだかむっとしてるのよ。わかるわよ、私には!
「クライスラー、呼ぶ?」
「そうね……呼んでもらえるのなら」
「わかったわ。 サリア! クライスラー呼んどいて!」
「はい、かしこまりました」
 寝室から出てきたばかりのサリアに言うと、膝を追ってお辞儀をして、サリアは部屋を出て行く。
 …………。
「ミラノ、“人”になる?」
「いいえ、必要がないわ」
「…………」
 いいわよ、何度でも聞いてやるから。
 私はミラノをぎゅっとしたまま、ソファに腰を下ろす。そのまま振り回すように“うさぎののぬいぐるみ”を自分の膝にのっけた。
 耳が時間差でひゅんひゅんと飛んできた。かたっぽは“うさぎのぬいぐるみ”の顔面にミラクルヒット! こそっと覗いたら、鼻の上に残ったままの耳をミラノはゆっくりと下ろして位置を整え、手に持っていた絵本をもう一度自分の膝の上に置いて、目を通し始める。
 皆私の言う事を聞くのに、ミラノはちっとも聞かないの。そのクセ、されるがまま。
 近くに居るとね、なんだかふわってするの。
 大好きよ、ミラノ。
 にいさまたちがミラノを好きなの、わかるもの。
 ただあるがまま受け入れて、そのまま振舞うミラノの強さとあったかさに、にいさまたちもきっと、気付いちゃったんだわ。
 ミラノが、ミラノだから、どうにもならない、気持ちが生まれる。


「パール様。ネフィリム様とシュナヴィッツ様がお見えです」
 エステリオの声に、私は後ろへ簡単に手をピラピラと振る。にいさま達の行動を阻める身分じゃ、無いもの。
 でも、ちょっとイジメる位、いいわよね? ミラノの困ってるところも、なんだか見たいんだもん。
 にいさまたちとミラノの三角関係?
 まさか!
 ミラノは、誰にも、渡さないわ。
 かえしてあげる気も、私には、さらさらないわ。
 ごめんね? ミラノ。
 大好きよ。
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