転生悪役令嬢の本懐vs二周目道化王子の本気【連載版】

江村朋恵

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黎明編(~8歳)

冬の前に (5/18追加)

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 夏の終わり、初秋、パトリシアは8歳になった。
 昨年同様、パトリシアは日々の学習や鍛錬を優先した。家族の居る王都の別邸タウンハウスへは帰らず、送られてきた山ほどの誕生日プレゼントの片付けに苦労することにはなったが。
 双子が呆れて手伝ってくれたことはパトリシアも素直に嬉しく感じた。
 クリフとノエルからはほっそりとした拍車をもらった。馬を扱うときに靴の踵に装着する馬具だ。
 子供用でもパトリシアのブーツに後付けすると大きすぎて不格好だったから……。
 昔のようにお洒落なアクセサリーやドレスではなく、実用的なものを好むようになっていたことは、双子にはしっかりと伝わっていたらしい。



 それからの日々は、あまりに目まぐるしい毎日と言えた。
 パトリシアは『嫌なこと』を考える暇もなかった。父のアドバイス通り、もしかしたら『したくないことをしてる暇なんてなくせばいい』を実行していたのかもしれない。

 双子は再び朝の早朝修練を再開。
 同じ時間、パトリシアは半分を体力づくりのために走り込み、もう半分の時間で魔王について調べた。とにかく片っ端から読める本を読んで、既読リストを作った。難しくて読めない本はいつか読む未読リストとして後回しにして、次々と読む──。

 朝食をとるとクリフの乗馬訓練に混ぜてもらったが、なぜかノエルも同じ時間に変わっていて、3人一緒に練習をした。これが午前一つ目。

 午前二つ目はそれぞれ主室に帰りマンツーマンの勉強時間。
 お昼を食べ、午後前半もそれぞれ個別にマナーや国内情勢を学ぶ。パトリシアは地理を少しずつ覚えていっているところだ。

 ここでお茶の休憩時間。3人が集まる。
 魔術について、双子は復習を兼ねてパトリシアに少しずつ教えた。実技として覚えることができないながら、パトリシアは将来、対戦相手が魔術を使ってくることを想定して呪文も頭に入れていく。

 午後後半、双子はまとめて師について剣技を磨く。パトリシアはサポートで来ている師の内弟子に習った。まだ令嬢のお遊びと思われているとパトリシアは憤慨している。

 夕飯までが長めの休憩や自由時間として設定されているが、ここでも3人一緒に過ごした。
 剣や魔術、実戦的なこと、乗馬で確認したいこと──毎日話して、ある日はパトリシアがしたいことを、別の日はクリフが、ノエルがしたいことを三人で挑戦していく。

 日が暮れる頃、へとへとになって、いつの間にか夕食まで三人揃ってとるようになっていた。
 朝が早いこともあり、そのあとはそれぞれ自室へ戻ると風呂を済ませてすぐに眠る。

 たまに領地各所で催されるお茶会に顔を出すが、とにかく三人はいつも一緒だった。

 それに異を唱えたのは、双子の妹シャノンである。

「おにいさまがた!」

 それは過ごしやすい秋の中庭でのこと。
 午後1と午後2の間のお茶休憩をしながら魔術についてパトリシアが双子から学んでいたときのことだ。

 中庭の東屋ガゼボの白いテーブルセットに教本やノートを持ち込んで教師役のノエルが一つずつ説明していたのだが、そこへ侍女二名を引き連れた少女が仁王立ちで現れた──というわけである。

 ひらひらピンクのドレスワンピースは以前のパトリシアが好きだったようなリボンがたっぷり。スカート部分はパニエでばっちり膨らませ、子供ながらにネックレスと耳に挟むイヤリングでキラキラと飾りたてている。
 ちょこんと乗った頭は、バンフィールド家の金髪に可愛らしいお顔。つんとつり上がり気味の目はクリフと同じく父似だろう。

「なんだ、シャノン、邪魔するな」
「シャノンはお部屋にいなさい?」
 すかさずクリフとノエルがたたみかけるが、シャノンはさらにすずいっと前へきた。

「いい加減、ズルいんですわ!!」
 兄二人を指差すシャノン。このパトリシアより一つ年下のシャノンはお怒りのようである。

「ど、どうしたの? シャノン」
 見かねてパトリシアが問えば、シャノンは眉をハの字にした。

「トリシアおねぇさまぁー! なんでシャノンとは遊んでくださらないのー??」
 甘えた声で椅子に座るパトリシアの膝にすがりつく。

「シャノン、スカートが汚れるわよ?」
「構いません! トリシアお姉さま、どうしたらお姉さまは『忙しいのでまた今度』以外のお返事をくださいますの?? なんでお兄様達とばかり一緒なんですの?? 前みたいな、シャノンが大好きなキラキラのふわふわを着てくださらないの???」
 唾も飛ぶほどにまくし立てたシャノン。

「え、えーと……」
 思わず目を逸らすパトリシア。今日もシンプルに、白ブラウスに黒のボウタイ、ミント色のスカートという落ち着いたコーディネートでまとめている。

 広い城内だとあらかじめ約束でもしていないとなかなか会えない。
 6歳でこの領城へ来てから、一緒にお茶はいかがと誘われ続けること一年半、剣や馬術、魔術の勉強、調べものに奔走し、気付けばシャノンからの誘いは一度も受けたことがなかった。反面、兄である双子とは毎日毎日飽きもせず顔を突き合わせているのだ。

「トリシアのしたいことはシャノンと全然違うんだよ、ほら、邪魔だから部屋に行ってろ」
「クリフお兄様こそ私とトリシアお姉さまの語らいの時間を奪いすぎなのです! そろそろ返してください!」
 ばっと立ち上がり、肩をあげてクリフを睨みつけるシャノン。

「返せもなにも、トリシアはシャノンのものじゃないだろ」
「いいえ! シャノンのものです!」
「…………」
 断言されて当のパトリシアは半笑いするしかない。

「シャノン、トリシアはトリシアのものだよ。僕らも、もちろんシャノンもトリシアのことは決めつけちゃいけないね」
「ノエルお兄様! 半年前まではあまりトリシアお姉さまと一緒じゃなかったのに、一体どうやったんですの?? 一体何を使ったらお姉さまのお側に置いていただけたの??」

「えーと、シャノン? 誤解があると思うのよ? 私が一緒にいてもらっていて、それでいろんなことを教えてもらっているのよ?」
「そんなことは聞いていません、お姉さま!! どうしてシャノンを呼んでくれませんの??」
 きっぱりと言われてたじろぐパトリシア。
 こういう強引な令嬢と対面するのは久しぶり──というよりも、以前のパトリシアとよく似た態度にはどう対処すべきか思い悩む。
 シャノンが以前の、おそらく過去世の記憶を知るまでのパトリシアに憧れているらしいことはわかる。
 ならば、発動する我が儘はひっこまないはずなのだ。

「わ、わかったわ。そうね、どうしましょう……次の叔母様主催のお茶会の時に──」
「ついでだなんて嫌ですわ!!」
 秒でバレてしまい、パトリシアは小さな声で「……あら、そう?」と呟いた。

「そ、そうなると……ええと……ええと……」
 とにかく何かしら望みを軽くでも叶えてやれば落ち着くはずとパトリシアは直近のスケジュールを思い浮かべ、空いている時間を探す。

「──トリシアを困らせるのはいいんだ?」
 ノエルが言えばシャノンは一瞬だけ泣きそうな顔をしたあと、ぎゅっと踏みとどまった。

「だから、ズルいって言ってるの! ノエルお兄様! 私がそれで引き下がるわけないわ! ズルい! ズルいズルいズルい!! お兄様がただけ、ズルいのよ!!!」
 拳を作って叫ぶと、シャノンはばっと踵を返して立ち去った。侍女達が後を追っている。

「──シャノン……!」
 立ち上がろうとするパトリシアの肩をクリフの手が触れて押しとどめた。
「トリシアはさっきの続きやっとけ」
「え、でも」
「これは俺ら兄弟の問題だからな」
 それだけ笑みを交えて言い、クリフはシャノンを追った。

「…………」
「トリシア」
「……ええ……」
 パトリシアは椅子から浮きかけていた腰を下ろす。

「心配ないよ。シャノンの癇癪は昨日今日始まったわけじゃないし」
「でも、私も自分のことばっかりで」
「普通はそうだよ」
 そう言ってノエルは風でめくれた教本のページを戻す。

「1日にしたいことが出来る時間は決まってるから、僕らは選ぶんだ。トリシアも選んでて、それで今は僕とクリフと居るんでしょ? トリシアが令嬢らしいことを選んでたらきっとシャノンと居た。これから先もしたいことが交わらないなら、変に手を差し伸べなくていいよ。とくに、シャノンみたいな我が儘をぐいっと押し付けちゃうお子ちゃまにはね」
 シャノンを責めるのでもなく、パトリシアの選択を非難するのでもなく、ノエルはとても平坦な言い方で表現した。

「でも──」
「シャノンがトリシアと一緒に居たいっていうなら、シャノンがトリシアにあわせなきゃ。例えば、早朝のトリシアの走り込みに参加するとかね」
「…………そういうもの?」
「そういうものだよ、ほら、さっきの続き、ここからかな」
 ノエルは教本を指差した。

「…………」

 沈黙して手元を見て考え込むパトリシアに、ノエルは言う。
「……きっとクリフも似たようなことをシャノンに言ってる。自分がどうしたいかってなった時、人を操作する類の押し付けは良くない。シャノンがこれから生きてくのに、そんな事を覚えさせたらいけないからね。クリフも僕ら兄弟の問題って言ったろ? シャノンにはちょっと、僕らお兄様が教えておかないといけない事なだけ。だからトリシアは──」
「私は、どうすればいいの?」

 前のめりのパトリシアに、困ったような、ほっとしたような笑みでノエルは言った。
「シャノンが、例えばさっき言ったみたいに一緒に走りたいって言ってきたら、受け入れてやってくれたら嬉しいな」
 それは紛れもなく兄の顔だ。

 過去世の中の物語のパトリシアにはそんなことを教えてくれる兄も誰もおらず、暴走するばかりの我が儘を振りかざしていた。
 我が儘に対するのでも、求められて答えるばかりが正しさでも優しさでもなかった。剣術や魔術だけでなく、一人の人としてどうあるべきかまで教えられたようだ。

 パトリシアは『ふふふっ』と笑った。
「ノエルもクリフもお兄様なのね」
「あ、ちょっと、トリシアは僕のことお兄様なんて呼ばないでよね」
「あら……そうなの」
 妹のいないパトリシア、実はシャノンに『お姉さま』と呼ばれて悪い気はせず、むしろ微笑ましく嬉しく感じていた。ならばと自分もシャノンを真似て2歳年上の双子を兄と呼ぼうとしたのだ。

 ガッカリなんてしてくれるなと言わんばかりに、ノエルは教本をトントンと指差した。
「そうなんだよ。ほら、続き、この詠唱。バンフィールド家は氷! まず氷の基本的なの覚えちゃうよ」
 なぜかプリプリしだしたノエルに困惑しつつも、パトリシアは魔力がなくて使えもしない魔術の詠唱を覚えていく。
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