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黎明編(~8歳)
雪の日の邂逅② 大掃討について
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「おう! トリシア! ──ん? なんだ、シャノン、見送りか? はははっ、早起き頑張ったな」
「おはよう、クリフ」
「……………」
シャノンと同じく、居館側の城郭から出てきたクリフ。こちらも冬仕様だが、マントが少し厚手になった程度で夏や秋とあまり変わらない。
そんなクリフをパトリシアに抱きついたままのシャノンは無言で睨んだ。
クリフは気にする風もなく、近くまでくるとシャノンの頭を帽子ごと撫でる。
「侍女達が探し回ってたぞ? お前、こっそり抜けてきたんじゃないのか」
「──はっ!?」
シャノンがビクゥ!と身を震わせた。
「え? なに?」
「ト、トリシアお姉様! ご、ご無事のお帰りをお待ちしておりますわっ……──では、その……」
名残り惜しそうに手を離してパトリシアの方を向いたまま、後ろ歩きで城郭出入り口へ戻っていくシャノン。
「お、お早いお帰りを! 必ずお出迎えいたしますから……ですから……」
少しずつ城郭に消えていくシャノンとすれ違うように今度はノエルが姿を見せた。
「あれ? シャノン、侍女も執事も探し回ってるよ、何してんの? 早く戻りなよ。また叱られるよ?」
「──はぅ!? わ、わかってますわよ! お兄様のばか!」
それだけ言ってシャノンは城郭内廊下へと走って消えて行った。
「バカって……」
いきなり罵倒されるハメになったノエル。
「──……ええと、シャノンは大丈夫なのかしら?」
「城内なら脱走自体はあんまり問題じゃないのに、あいつ先生が来てる時とか、母上に呼ばれてるタイミングでいなくなるからな。運がないっていうか。分刻みで叱られてるぜ」
隣でクリフは『しょうがない』とでも言いたげに笑って妹を評している。
「おはよう、トリシア、クリフ。今日も冷えるね」
「おう!」
「おはよう、ノエル。二人とも魔獣狩りでしょう? 今日はなにを狩るの?」
ノエルもパトリシア、クリフのところまできて3人で輪になる。
「今日か、今日だと冬眠前の食い溜め遅れで暴れ回ってるやつら、そいつらを狙う地中から出てくる冬型のやつらがメインだな。この真冬の手前が一番暴れまわる。潰し合ってくれりゃいいのに、両方人里に出てくるからな。それにあわせてこの時期、まとめて騎士団の大規模掃討をかけるんだ」
「トリシア、覚えてる? 滝に遠乗りしたとき、途中にあった大食いの森。大掃討はあそこだよ」
「あの大きな森のこと? 魔獣も一つ、二つの種類じゃないのね」
「あ~、んだな。装備がどえらいぞ。俺らはいつも通りだけど、後方の補給部隊はヤバいな。街の城郭の外に二千もう集まってるはずだ。それに領城の隊だけじゃなく、領内、森の四方の城塞から各隊千ずつ騎馬隊がくる」
「一年で一番の狩りだからね。氷のバンフィールド家がこのアルバーン領を与ってる理由でもあるよ。数が多過ぎたら氷封術で森ごと凍らすんだ。十年に一回はあるんだって」
「森ごと!?」
「森ごと。冬中かけて端から溶かして順番に狩るんだよ」
「すごいのね」
「今年はどうなるのかな」
ノエルが少しだけ真剣な面持ちで言えば、後ろから「今年は大丈夫ですよ」と大柄のチャド団長が現れて言った。
「おはようございます、トリシアお嬢様。ノエル様もクリフ様も、調子はいかがです?」
「おはよう、チャド。ねぇ、本当なの?」
「もちろん、本当ですよ。前回、森を大凍結させたのは六年前。まだちょっと早いですね」
「本当に凍らせるのね……魔術ででしょう? 何人くらいで術を使うの?」
「範囲によりますけど、だいたいいつも三百人の魔術の得意な魔導隊があたりますよ」
「三百人!」
「すげぇな! 見てみたかった!」
テンションの上がる三人に、チャドはさらに愉快そうに笑った。
「確かに魔導隊の魔術展開も見ものですがね、六年前に森を凍らせたジェラルド様お一人の大魔術はもっと凄いものでしたよ」
「伯父上か!」
「一人で!?」
「お父様が??」
チャドは深く頷く。
「なんでも『ちょっと試していいかい?』と魔導隊を下がらせてやらかしたそうです。大量の、有り得ない数の魔力晶石を持ち込んで多重大魔術ですよ。多重打ちだけでも、大魔術だけでも異常なのに、あれだけの出力を制御しきってしまいましたからね……我々のジェラルド様の認識はただの破天荒から規格外、人外と改めましたよね……」
少しだけ遠い目をするチャドの気苦労が忍ばれるところだ。
「すごいな。多重打ちが出来る人なんて王国騎士団魔導部隊にしかいないでしょ」
「大魔術で多重なんてどうやるんだ?」
「──ねぇ、チャド、お父様は今回いらっしゃるの?」
「ええ。遅れるそうですが来てくださいますよ。ノエル様クリフ様の大掃討デビューですし、トリシア様にも遠目に見える場所までご案内しますから、それをお伝えしましたら『私も行く』の一点張りでしたね」
「伯父上がいらっしゃるなら何も心配いらないな。この間、挨拶しそびれたし」
ノエルが言えばクリフはうんうんと頷いている。
「ですから、今回の総大将はジェラルド様になっております。トリシアお嬢様がお会いになれるのは一日目、今日の夜ですね」
「え? 一日目?」
「ええ。大掃討は概ね10日ほどかかります。領城から近いエリアを狩る2日ほどは毎日帰還しますが、3日目からは夜営します。トリシア様は3日目以降は城にて待機していただきます。私もそこから前線に出ますのでね」
「……すごいのね。そんなに大変な魔獣狩りが毎年あったなんて、知らなかったわ」
「魔獣狩りは各領の大きな仕事ではありますが、王都で話題になることではあまりないでしょうな」
「…………」
パトリシアの過去世の読んだ物語は、王都近辺の魔獣狩りばかりだった。今思えば、小規模な小競り合いでしかなかったということだろう。
「──何と申しましょうか、大食いの森の中心には巨大な……大穴が空いているんですよ、トリシア様」
「大穴?」
「ええ。我々人間や動物達と同じように、魔獣も本来は生命の営みとして産み育て増えていたんです。ですが、狩っても狩っても減らない。それで昔、国が調査したところ、大穴から這い出てくる魔獣が多数いて、それが地上で繁殖するため、根絶やしが出来ないと──ですから、地上の魔獣を増やさない為にも大食いの大穴はこの時期、徹底的に叩くんです」
「……そうなのね……初めて知ったわ」
「──あのさ、そもそもその大穴を塞いだ方が早いんじゃないのか?」
「クリフはバカなのか? 塞げないから倒すんだろ」
「俺はバカじゃねぇけど、一回は考えるだろ」
パトリシアがまた双子の喧嘩が始まったと息を吐く横で、チャドが至極真面目な顔をした。
「──ご覧になれば、わかりますよ」
「…………」
「…………」
「…………」
それがすべてを物語っていたと、三人はすぐに知ることになる。
──おまけ──
パトリシアの早朝の走り込みをこっそりと見学して白眼むくシャノン。
「…………なんで、城の鋸壁(矢を放つための凸凹)を走ってますの……お姉様……なんで、なんで塔の外壁を登るんです? どうやったらほとんどない壁石の隙間と窓を使って登れるんですか……お姉様、魔術補助無しで何をして…………??」
身軽な子供のうちからパルクールに励むパトリシア嬢の可能性。
騎士団訓練場のトラックを普通に、ごく普通に走っていると勝手に思っていたシャノンは蒼白。
同じひとときをどうやったらパトリシアと過ごせるのかと思案し、そのルーティーンの隙間を探そうとストーカー行為に励んでみたシャノンだが、肩をがっくりと落とした。
「むりー……」
静かに自室へ帰り、無断不在を叱られるシャノンだった。
「おはよう、クリフ」
「……………」
シャノンと同じく、居館側の城郭から出てきたクリフ。こちらも冬仕様だが、マントが少し厚手になった程度で夏や秋とあまり変わらない。
そんなクリフをパトリシアに抱きついたままのシャノンは無言で睨んだ。
クリフは気にする風もなく、近くまでくるとシャノンの頭を帽子ごと撫でる。
「侍女達が探し回ってたぞ? お前、こっそり抜けてきたんじゃないのか」
「──はっ!?」
シャノンがビクゥ!と身を震わせた。
「え? なに?」
「ト、トリシアお姉様! ご、ご無事のお帰りをお待ちしておりますわっ……──では、その……」
名残り惜しそうに手を離してパトリシアの方を向いたまま、後ろ歩きで城郭出入り口へ戻っていくシャノン。
「お、お早いお帰りを! 必ずお出迎えいたしますから……ですから……」
少しずつ城郭に消えていくシャノンとすれ違うように今度はノエルが姿を見せた。
「あれ? シャノン、侍女も執事も探し回ってるよ、何してんの? 早く戻りなよ。また叱られるよ?」
「──はぅ!? わ、わかってますわよ! お兄様のばか!」
それだけ言ってシャノンは城郭内廊下へと走って消えて行った。
「バカって……」
いきなり罵倒されるハメになったノエル。
「──……ええと、シャノンは大丈夫なのかしら?」
「城内なら脱走自体はあんまり問題じゃないのに、あいつ先生が来てる時とか、母上に呼ばれてるタイミングでいなくなるからな。運がないっていうか。分刻みで叱られてるぜ」
隣でクリフは『しょうがない』とでも言いたげに笑って妹を評している。
「おはよう、トリシア、クリフ。今日も冷えるね」
「おう!」
「おはよう、ノエル。二人とも魔獣狩りでしょう? 今日はなにを狩るの?」
ノエルもパトリシア、クリフのところまできて3人で輪になる。
「今日か、今日だと冬眠前の食い溜め遅れで暴れ回ってるやつら、そいつらを狙う地中から出てくる冬型のやつらがメインだな。この真冬の手前が一番暴れまわる。潰し合ってくれりゃいいのに、両方人里に出てくるからな。それにあわせてこの時期、まとめて騎士団の大規模掃討をかけるんだ」
「トリシア、覚えてる? 滝に遠乗りしたとき、途中にあった大食いの森。大掃討はあそこだよ」
「あの大きな森のこと? 魔獣も一つ、二つの種類じゃないのね」
「あ~、んだな。装備がどえらいぞ。俺らはいつも通りだけど、後方の補給部隊はヤバいな。街の城郭の外に二千もう集まってるはずだ。それに領城の隊だけじゃなく、領内、森の四方の城塞から各隊千ずつ騎馬隊がくる」
「一年で一番の狩りだからね。氷のバンフィールド家がこのアルバーン領を与ってる理由でもあるよ。数が多過ぎたら氷封術で森ごと凍らすんだ。十年に一回はあるんだって」
「森ごと!?」
「森ごと。冬中かけて端から溶かして順番に狩るんだよ」
「すごいのね」
「今年はどうなるのかな」
ノエルが少しだけ真剣な面持ちで言えば、後ろから「今年は大丈夫ですよ」と大柄のチャド団長が現れて言った。
「おはようございます、トリシアお嬢様。ノエル様もクリフ様も、調子はいかがです?」
「おはよう、チャド。ねぇ、本当なの?」
「もちろん、本当ですよ。前回、森を大凍結させたのは六年前。まだちょっと早いですね」
「本当に凍らせるのね……魔術ででしょう? 何人くらいで術を使うの?」
「範囲によりますけど、だいたいいつも三百人の魔術の得意な魔導隊があたりますよ」
「三百人!」
「すげぇな! 見てみたかった!」
テンションの上がる三人に、チャドはさらに愉快そうに笑った。
「確かに魔導隊の魔術展開も見ものですがね、六年前に森を凍らせたジェラルド様お一人の大魔術はもっと凄いものでしたよ」
「伯父上か!」
「一人で!?」
「お父様が??」
チャドは深く頷く。
「なんでも『ちょっと試していいかい?』と魔導隊を下がらせてやらかしたそうです。大量の、有り得ない数の魔力晶石を持ち込んで多重大魔術ですよ。多重打ちだけでも、大魔術だけでも異常なのに、あれだけの出力を制御しきってしまいましたからね……我々のジェラルド様の認識はただの破天荒から規格外、人外と改めましたよね……」
少しだけ遠い目をするチャドの気苦労が忍ばれるところだ。
「すごいな。多重打ちが出来る人なんて王国騎士団魔導部隊にしかいないでしょ」
「大魔術で多重なんてどうやるんだ?」
「──ねぇ、チャド、お父様は今回いらっしゃるの?」
「ええ。遅れるそうですが来てくださいますよ。ノエル様クリフ様の大掃討デビューですし、トリシア様にも遠目に見える場所までご案内しますから、それをお伝えしましたら『私も行く』の一点張りでしたね」
「伯父上がいらっしゃるなら何も心配いらないな。この間、挨拶しそびれたし」
ノエルが言えばクリフはうんうんと頷いている。
「ですから、今回の総大将はジェラルド様になっております。トリシアお嬢様がお会いになれるのは一日目、今日の夜ですね」
「え? 一日目?」
「ええ。大掃討は概ね10日ほどかかります。領城から近いエリアを狩る2日ほどは毎日帰還しますが、3日目からは夜営します。トリシア様は3日目以降は城にて待機していただきます。私もそこから前線に出ますのでね」
「……すごいのね。そんなに大変な魔獣狩りが毎年あったなんて、知らなかったわ」
「魔獣狩りは各領の大きな仕事ではありますが、王都で話題になることではあまりないでしょうな」
「…………」
パトリシアの過去世の読んだ物語は、王都近辺の魔獣狩りばかりだった。今思えば、小規模な小競り合いでしかなかったということだろう。
「──何と申しましょうか、大食いの森の中心には巨大な……大穴が空いているんですよ、トリシア様」
「大穴?」
「ええ。我々人間や動物達と同じように、魔獣も本来は生命の営みとして産み育て増えていたんです。ですが、狩っても狩っても減らない。それで昔、国が調査したところ、大穴から這い出てくる魔獣が多数いて、それが地上で繁殖するため、根絶やしが出来ないと──ですから、地上の魔獣を増やさない為にも大食いの大穴はこの時期、徹底的に叩くんです」
「……そうなのね……初めて知ったわ」
「──あのさ、そもそもその大穴を塞いだ方が早いんじゃないのか?」
「クリフはバカなのか? 塞げないから倒すんだろ」
「俺はバカじゃねぇけど、一回は考えるだろ」
パトリシアがまた双子の喧嘩が始まったと息を吐く横で、チャドが至極真面目な顔をした。
「──ご覧になれば、わかりますよ」
「…………」
「…………」
「…………」
それがすべてを物語っていたと、三人はすぐに知ることになる。
──おまけ──
パトリシアの早朝の走り込みをこっそりと見学して白眼むくシャノン。
「…………なんで、城の鋸壁(矢を放つための凸凹)を走ってますの……お姉様……なんで、なんで塔の外壁を登るんです? どうやったらほとんどない壁石の隙間と窓を使って登れるんですか……お姉様、魔術補助無しで何をして…………??」
身軽な子供のうちからパルクールに励むパトリシア嬢の可能性。
騎士団訓練場のトラックを普通に、ごく普通に走っていると勝手に思っていたシャノンは蒼白。
同じひとときをどうやったらパトリシアと過ごせるのかと思案し、そのルーティーンの隙間を探そうとストーカー行為に励んでみたシャノンだが、肩をがっくりと落とした。
「むりー……」
静かに自室へ帰り、無断不在を叱られるシャノンだった。
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