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準備編(8~12歳)【1】
めくるめく季節➈ ドッキリ/→常闇の傀儡師
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その日の夕方、パトリシアはガクッと膝をついて四つん這いになった。
──嫌な予感を……返して……。
壁の向こうではなんと、ジェレミーの爆笑が響いていた。
少しだけ時間を遡る。
談話室付の侍女がいることもあり、サニーには一度休憩として退ってもらった。
パトリシアはフレッシュジュースを、祖父ザカリーはミルク入りの温かく香り豊かな紅茶を頼んでいた。
茶菓子もふっくらとした甘い焼き菓子でパトリシアは嬉しくなる。そう、ワガママ放題だった頃を知る侍女達なのでパトリシアの『大好き』や『好み』を完全に把握してくれていたのである。
祖父とは大掃討の時の話や領での普段、最近の欲しいもの、いまの望みは何かなど聞かれ、和やかに会話を終えた。
望みについてはちゃんと鼻息荒く『誰とも婚約しない』と伝えることを忘れない。『したくない』ではなく『しない』という強い意思があることを強調した。
一時間も話した後、ザカリーは仕事に戻る為、一度ジェレミーに声をかけて帰ると部屋を出て行った。
それを──パトリシアはこっそりとつけた。サニーがいないのをいいことに一人で三階にあるジェレミーの部屋まで。
パトリシアとしてはジェレミーの体調も気になっていたし、祖父とジェレミーがどんな話をしているのかも……今のジェレミーが親しくしているという祖父とどう話す子なのか知りたかった。
つまり、壁越しに盗み聞きをしたのだが──。
『ジェレミー、トリシアは本気で心配していたぞ?』
『え? 姉上が? あの姉上が?』
ジェレミーは驚いて聞き返していた。
かなり強めに『あの』が強調されている。
そして──先述の爆笑に至るのだ。
『ははははっ、ははは! 咳も熱も無くなったってちゃんと言ってたのに?? こんなにあっさり騙されるなんて姉上……! ははははっ!』
どうにもこうにも、あの『咳』は演技でジェレミーが部屋を出てすぐのザカリーの一言も『ドッキリ』の一環だったらしい。仕掛け人はジェレミーとザカリー……。
パトリシアは力なく膝をつく。
──良かったと思う……元気になってて良かったって思うことにする……!
口惜しい思いを廊下のカーペットを握ることで誤魔化した。
盗み聞きするにパトリシア、実は魔術を使った。
習い始めて一年以上、キィ・ティアのサポートがあったとはいえ闇の繭やら大規模回復術もドカンドカンと放っており、上限を知った。あれ以来、魔力コントロールが格段に上手くなっていたのだ。
今回も双子の妹シャノンにもらった三連魔晶石の魔力を用いている。効率が悪くて三連石の一つ分を使い切ったが。
使っている術は書物で調べぬいて見つけた闇の支配魔術──なのだが、実験時に使ってみると発動せず、実は可能な範囲で一部パトリシアが組み立て直したもの。
支配魔術は危険な術が多く、また使いこなせるほど闇属性と相性の良い者も稀にしか現れないこともあいまって記録にほとんど残っていない。残っていても他属性魔術師による伝聞記録のみなのだ。
今回は九割近く──そう、過去世の読んだ『物語』の悪役令嬢パトリシア自身が使っていた呪文構文をアレンジして使った。それらしい名前も領城にある図書室にある書物で見つけられず、パトリシアは暫定『根幹干渉・音感』と名付けている。
具体的に何をする魔術かと言うと、室内に居るはずの侍女の聴覚を借りてその場の音を聞いている。
──闇魔術って本当、隠密に向いてる……。
そんなことを思いながら扉から十歩以上離れた壁に張り付いて、室内の侍女に集中する。
祖父の『ふぅ』と息を吐く声……紅茶を一口飲みでもしたのだろう。
ややノイズ、室内音、侍女の吐息や衣擦れの音も交じる。
今は聴覚のみ拝借しているが、視覚までとなると魔力コスパの悪化や、何より対象者──今なら侍女の負担が大きくなる。つまり、害になってしまう。
鮮明な音声として盗み聞いていないのも侍女に負担をかけないためだ。
英雄たる父ジェラルド級に精神負荷耐久値が高ければ視覚聴覚乗っ取ろうがその『精神』は壊れないだろうが、それほどの相手になると今度は逆に術に気付かれて反撃──反発あるいは反射攻撃を受けることになるだろう。
逆に言うならば、闇属性でジェラルド並に耐精神負荷が高いパトリシアは本人に魔力はないというのにもかかわらず、精神系干渉魔術や支配魔術を食らわない──と言える。
『……ジェレミー、もう少し優しく接してあげなさい』
『なぜです? みんな姉上にばかり甘い』
『……トリシアには魔力がない』
『だったら何です? 魔力が無いのはほとんどの庶民だって同じですよ、お爺様』
『ジェレミー、お前ももし魔力なく産まれていたらと考えてみなさい』
『…………そうだとしても、僕は姉上を見逃すつもりはありません。父上も母上も、お爺様もこうして日々心を砕いているのに何が女騎士? 公爵家の令嬢として生を受けながら逃げ回っているだけにしか思えません。魔獣討伐では倒れ、大掃討では戦場で行方不明に……酷すぎる。それに…………姉上は生まれてからずっと健康そのものじゃないですか。僕は四歳までいつもいつも、いつもずっとベッドに横になって窓から眺める世界しか知らなかったんですよ?』
『…………ジェレミー。いつかすべて話すから、お前のただ一人の姉だろう? 頼むから』
『何故です、お爺様……』
『トリシアは………………いや、とにかく、ジェレミー』
『嫌です。どうせ姉上は明後日の謁見の後、すぐ領地へ戻るのでしょう? 僕はもう関わりません。知りません。好きにすればいい。従兄弟のノエルやクリフ達と遊んでいればいいんです』
『そうか……わかった。だが、いずれバンフィールド家の男児として──』
「!?」
気配にパトリシアはハッと顔を上げた。同時に意識を遮断して発動していた魔術は強制終了する。
「トリシアお嬢様? なぜこんなところに……?」
真横からホラー演出さながら覗き込んで来ていたのは侍女のサニーだった。
「…………な、なんでもないの」
立ち上がり、スカートを払って整え、サニーを見上げる。
「サニー、一緒に厨房に行ってくれる? お菓子が食べたいの!」
「え……はぁ」
怪しさ満載だがパトリシアはサニーの手をとって無理矢理ひっぱり、邸宅中央の螺旋階段へ誘う。
「あ、待って、やっぱり蔵書室がいい!」
「ぇええ??」
そう言って東階段から一気に一階まで駆け下りる。
今の気持ちをパトリシアはうまく言い表せる気がしない。
おそらくジェレミーが祖父ザカリーをそそのかしてパトリシアに『咳き込みドッキリ』を仕掛けてきた。
慌てたパトリシアをジェレミーは滑稽だと笑ったのだろう。
だが、その後ジェレミーがザカリーに話したことは……。
──びっくり……びっくりだわ……。
過去世の読んだ『物語』のジェレミーは賢く優秀、感情の起伏乏しい美貌の公爵令息。
眼差しは氷蒼にしてニコリともしない氷の貴公子。
それが、いくら幼い時分とはいえ大爆笑。
きっと口を大きく開き、目は弓なりにして涙なんかをはみ出させて身体をくの字にして笑っていたことだろう。
しかも言った言葉は……パトリシアの解釈が正しければ確かに贔屓されていて『ズルい』と聞こえた気がする。
が、それ以上に『心配だ』とか『自分が構ってもらえず寂しい』と……聞こえた気がした。
──私、自意識過剰かしら???
サニーの手を引きながら、アルバーン公爵家蔵書室に目的の書物が無ければ王都内にあるという国内最大蔵書数を誇ると言われる王立図書館へ行こうかなと、邸宅の塀の向こうを眺めるパトリシアだった。
~ ◇ ~ ◇ ~ ◇ ~
パトリシアが目線を送った高い塀の裏側、少しばかり暗くなった路地で一人の少女がパニックに陥っていた。
手元に置いていた小さな車輪付きの鞄をバタンと蹴り倒し──かけて、足を伸ばしてつま先で器用にキャッチ、元に戻してしまう。パニックな割に冷静な行動……。
片目を眼帯で覆う薄い作りの顔面、残る片目は鋭い切れ長の目の十代前半と思しき少女──ありきたりな町娘のワンピースだが、靴は足音を消しきる柔らかな布製のもの。
見る者が見れば、慌てふためいているのに気配が僅かもしないことに気付くだろう。
──ままままままままままずい……!! まずぃぃいいい!!! 見失った!! 見失った!!! ヤッバイ!! オヤジに折檻られる…!!!
「大恩ある英雄の娘──絶対、殺させない……!」
ギリッと奥歯を噛み、少女は鞄を肩に背負うと暗闇に溶け込むように姿を消した。
──嫌な予感を……返して……。
壁の向こうではなんと、ジェレミーの爆笑が響いていた。
少しだけ時間を遡る。
談話室付の侍女がいることもあり、サニーには一度休憩として退ってもらった。
パトリシアはフレッシュジュースを、祖父ザカリーはミルク入りの温かく香り豊かな紅茶を頼んでいた。
茶菓子もふっくらとした甘い焼き菓子でパトリシアは嬉しくなる。そう、ワガママ放題だった頃を知る侍女達なのでパトリシアの『大好き』や『好み』を完全に把握してくれていたのである。
祖父とは大掃討の時の話や領での普段、最近の欲しいもの、いまの望みは何かなど聞かれ、和やかに会話を終えた。
望みについてはちゃんと鼻息荒く『誰とも婚約しない』と伝えることを忘れない。『したくない』ではなく『しない』という強い意思があることを強調した。
一時間も話した後、ザカリーは仕事に戻る為、一度ジェレミーに声をかけて帰ると部屋を出て行った。
それを──パトリシアはこっそりとつけた。サニーがいないのをいいことに一人で三階にあるジェレミーの部屋まで。
パトリシアとしてはジェレミーの体調も気になっていたし、祖父とジェレミーがどんな話をしているのかも……今のジェレミーが親しくしているという祖父とどう話す子なのか知りたかった。
つまり、壁越しに盗み聞きをしたのだが──。
『ジェレミー、トリシアは本気で心配していたぞ?』
『え? 姉上が? あの姉上が?』
ジェレミーは驚いて聞き返していた。
かなり強めに『あの』が強調されている。
そして──先述の爆笑に至るのだ。
『ははははっ、ははは! 咳も熱も無くなったってちゃんと言ってたのに?? こんなにあっさり騙されるなんて姉上……! ははははっ!』
どうにもこうにも、あの『咳』は演技でジェレミーが部屋を出てすぐのザカリーの一言も『ドッキリ』の一環だったらしい。仕掛け人はジェレミーとザカリー……。
パトリシアは力なく膝をつく。
──良かったと思う……元気になってて良かったって思うことにする……!
口惜しい思いを廊下のカーペットを握ることで誤魔化した。
盗み聞きするにパトリシア、実は魔術を使った。
習い始めて一年以上、キィ・ティアのサポートがあったとはいえ闇の繭やら大規模回復術もドカンドカンと放っており、上限を知った。あれ以来、魔力コントロールが格段に上手くなっていたのだ。
今回も双子の妹シャノンにもらった三連魔晶石の魔力を用いている。効率が悪くて三連石の一つ分を使い切ったが。
使っている術は書物で調べぬいて見つけた闇の支配魔術──なのだが、実験時に使ってみると発動せず、実は可能な範囲で一部パトリシアが組み立て直したもの。
支配魔術は危険な術が多く、また使いこなせるほど闇属性と相性の良い者も稀にしか現れないこともあいまって記録にほとんど残っていない。残っていても他属性魔術師による伝聞記録のみなのだ。
今回は九割近く──そう、過去世の読んだ『物語』の悪役令嬢パトリシア自身が使っていた呪文構文をアレンジして使った。それらしい名前も領城にある図書室にある書物で見つけられず、パトリシアは暫定『根幹干渉・音感』と名付けている。
具体的に何をする魔術かと言うと、室内に居るはずの侍女の聴覚を借りてその場の音を聞いている。
──闇魔術って本当、隠密に向いてる……。
そんなことを思いながら扉から十歩以上離れた壁に張り付いて、室内の侍女に集中する。
祖父の『ふぅ』と息を吐く声……紅茶を一口飲みでもしたのだろう。
ややノイズ、室内音、侍女の吐息や衣擦れの音も交じる。
今は聴覚のみ拝借しているが、視覚までとなると魔力コスパの悪化や、何より対象者──今なら侍女の負担が大きくなる。つまり、害になってしまう。
鮮明な音声として盗み聞いていないのも侍女に負担をかけないためだ。
英雄たる父ジェラルド級に精神負荷耐久値が高ければ視覚聴覚乗っ取ろうがその『精神』は壊れないだろうが、それほどの相手になると今度は逆に術に気付かれて反撃──反発あるいは反射攻撃を受けることになるだろう。
逆に言うならば、闇属性でジェラルド並に耐精神負荷が高いパトリシアは本人に魔力はないというのにもかかわらず、精神系干渉魔術や支配魔術を食らわない──と言える。
『……ジェレミー、もう少し優しく接してあげなさい』
『なぜです? みんな姉上にばかり甘い』
『……トリシアには魔力がない』
『だったら何です? 魔力が無いのはほとんどの庶民だって同じですよ、お爺様』
『ジェレミー、お前ももし魔力なく産まれていたらと考えてみなさい』
『…………そうだとしても、僕は姉上を見逃すつもりはありません。父上も母上も、お爺様もこうして日々心を砕いているのに何が女騎士? 公爵家の令嬢として生を受けながら逃げ回っているだけにしか思えません。魔獣討伐では倒れ、大掃討では戦場で行方不明に……酷すぎる。それに…………姉上は生まれてからずっと健康そのものじゃないですか。僕は四歳までいつもいつも、いつもずっとベッドに横になって窓から眺める世界しか知らなかったんですよ?』
『…………ジェレミー。いつかすべて話すから、お前のただ一人の姉だろう? 頼むから』
『何故です、お爺様……』
『トリシアは………………いや、とにかく、ジェレミー』
『嫌です。どうせ姉上は明後日の謁見の後、すぐ領地へ戻るのでしょう? 僕はもう関わりません。知りません。好きにすればいい。従兄弟のノエルやクリフ達と遊んでいればいいんです』
『そうか……わかった。だが、いずれバンフィールド家の男児として──』
「!?」
気配にパトリシアはハッと顔を上げた。同時に意識を遮断して発動していた魔術は強制終了する。
「トリシアお嬢様? なぜこんなところに……?」
真横からホラー演出さながら覗き込んで来ていたのは侍女のサニーだった。
「…………な、なんでもないの」
立ち上がり、スカートを払って整え、サニーを見上げる。
「サニー、一緒に厨房に行ってくれる? お菓子が食べたいの!」
「え……はぁ」
怪しさ満載だがパトリシアはサニーの手をとって無理矢理ひっぱり、邸宅中央の螺旋階段へ誘う。
「あ、待って、やっぱり蔵書室がいい!」
「ぇええ??」
そう言って東階段から一気に一階まで駆け下りる。
今の気持ちをパトリシアはうまく言い表せる気がしない。
おそらくジェレミーが祖父ザカリーをそそのかしてパトリシアに『咳き込みドッキリ』を仕掛けてきた。
慌てたパトリシアをジェレミーは滑稽だと笑ったのだろう。
だが、その後ジェレミーがザカリーに話したことは……。
──びっくり……びっくりだわ……。
過去世の読んだ『物語』のジェレミーは賢く優秀、感情の起伏乏しい美貌の公爵令息。
眼差しは氷蒼にしてニコリともしない氷の貴公子。
それが、いくら幼い時分とはいえ大爆笑。
きっと口を大きく開き、目は弓なりにして涙なんかをはみ出させて身体をくの字にして笑っていたことだろう。
しかも言った言葉は……パトリシアの解釈が正しければ確かに贔屓されていて『ズルい』と聞こえた気がする。
が、それ以上に『心配だ』とか『自分が構ってもらえず寂しい』と……聞こえた気がした。
──私、自意識過剰かしら???
サニーの手を引きながら、アルバーン公爵家蔵書室に目的の書物が無ければ王都内にあるという国内最大蔵書数を誇ると言われる王立図書館へ行こうかなと、邸宅の塀の向こうを眺めるパトリシアだった。
~ ◇ ~ ◇ ~ ◇ ~
パトリシアが目線を送った高い塀の裏側、少しばかり暗くなった路地で一人の少女がパニックに陥っていた。
手元に置いていた小さな車輪付きの鞄をバタンと蹴り倒し──かけて、足を伸ばしてつま先で器用にキャッチ、元に戻してしまう。パニックな割に冷静な行動……。
片目を眼帯で覆う薄い作りの顔面、残る片目は鋭い切れ長の目の十代前半と思しき少女──ありきたりな町娘のワンピースだが、靴は足音を消しきる柔らかな布製のもの。
見る者が見れば、慌てふためいているのに気配が僅かもしないことに気付くだろう。
──ままままままままままずい……!! まずぃぃいいい!!! 見失った!! 見失った!!! ヤッバイ!! オヤジに折檻られる…!!!
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