メルギゾーク~The other side of...~

江村朋恵

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第4話『少女の見る夢』

(015)【3】少女の見る夢(7)

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(7)
 その日、帰宅したユリシスは、未整理だった鞄の中に一枚のメモ書きを見つける。
 幼い字で“招待状”と書かれている。
 差出人ははす向かいの雑貨屋の次男坊。オルファースの予備校に兄と通っているイワンが書いたものだった。
 いつの間に入れたのかユリシスには疑問だったが、にこりと笑って封を開けた。
 イワンの誕生日会の日時は、今日の夕方五時から六時。この時間の理由が強い筆圧で書かれている。僕は二時までお手伝いなの、とか、お兄ちゃんは三時にならないとお使いから帰らないの、とか。そして、この1時間というのも、ユリシスの休憩時間だ。
 行ってみると宴もたけなわ。
 ユリシスを招待する時間が五時から六時というだけで、実際には昼から行われていたという。
 雑貨屋の奥、イワンの一家の住む、イワン兄弟の部屋で、イワンと兄ヒルカと、驚いた事に『きのこ亭』料理人見習い兄弟シュウとコウも居た。
 四人でワイワイと食事をしながら、イワンの七歳の誕生日を祝っていたようだ。丸テーブルにはイワンの好きそうな甘いお菓子が沢山食い散らかされている。椅子が空いておらず、ユリシスは一番奥の木製の2段ベッドの下に腰を下ろした。
 四人に迎え入れられ、一通り見回した後、ユリシスはイワンを見て思い出す。
 ──あの子も……七歳だっけ。
 正体を知ってしまった。
 けれど、知らない振りは難しくないとユリシスは思っている。自分も隠し事が多いから、言わない。言われたくないから言わない。
 ──ネオが、『様』付で呼ぶ……エナ。
 その名には心当たりがある。この国に、都に九年も住んでいてわからないはずがない。
 ──第二王女、エナディア姫か……。
 おどけて踊るイワンが目に映るが、脳裏にはきりりと背筋を伸ばし、偉そうな言葉遣いでしゃべる赤い髪の少女が浮かぶ。
 泣きそうな顔で姉上に会いたいと言ったエナ姫。姉上──現在第一位王位継承者である、マナディア姫の事だろう。
 ユリシスより3つ年上の、コウの兄シュウが席を立って部屋を出た。すぐに、大きなケーキを持って戻って来る。
「おおおーっ! 美味しそう!!」
 コウ、イワン、ヒルカ、それにユリシスも、揃って両手を叩いて歓声を上げる。
 シュウはテーブルの真ん中に置くと、マッチを擦ってろうそくに火を点した。
 ケーキは、『きのこ亭』の若き料理人シュウの作だと、コウがこっそり耳打ちしてくれた。新しいレパートリーだよ、と。
 嬉しそうに七本のろうそくの火を消したイワンは、満面の笑みでこう告げた。
「じゃあ、次はユリシスの番だよ」
「え?」
 戸惑うユリシスにイワンが走ってきて手を伸ばし、ベッドに深く腰を下ろしていたユリシスを引っ張り出す。今度はコウが部屋を出ていき、やはりすぐ戻った。手には丸い盆があって、その上には──。
「じゃーん! こっちは俺が作ったんだ」
 盆の上には、甘そうなクリームがふんだんに使われていて、かわいく盛りつけられたケーキ。その上には十七本のろうそくが立っていた。
 呆気に取られたユリシスは、その場に居たイワン、ヒルカ、シュウ、そしてコウの顔を一つ一つ、しげしげと見た。
「少し、遅れちゃったけど。当日はどうかと思って避けたんだ。だから今日にしたんだけど……」
 シュウがやんわりと微笑んだ。
「お誕生日おめでとう! ユリシス!」
 イワン兄弟が声を揃えた。
 息を飲んで、ユリシスは部屋の入口で立ったままのコウを見上げた。
「合格発表の日、誕生日だったろ? 自分の誕生日じゃん、何忘れてたって顔してんの?」
 コウも笑顔を浮かべてユリシスに言った。お菓子のお皿をシュウがまとめ、空いた場所にコウは盆を置いた。テーブルの上に並ぶ2個のケーキ。
 コウが作ったというケーキの方の十七本のろうそくに、シュウが火をひとつひとつ、灯した。
 ──ユリシスは、忘れていた。
 同時に、沢山の事を思い出した。
 十七歳だって事も、『きのこ亭』に来て九年目だって事も、予備校に通ってる年数も、シュウ、コウの母メルに十七なんだからと言われても違和感なく言葉を受けていた。けれど、その日がいつだったかなんて、すっぽぬけていた。
 誕生日なんて、どうでも良かったから。早く、早く、魔術師になりたいとしか、思っていなかったから。
 隠し事をしていく事は苦しくなっていた。
 誰とも喜びも辛さも分かち合えない事は、寂寥感がとても強かった。堂々と魔術を使いたかった。隠し事が隠し事ではなくなればいいと思って、魔術を使えるなら魔術師に早くなってしまうんだと、思っていた。
 たった一人、孤独に秘密を抱えて走っていた。
 いつから、そうなっていたんだろう。
 ユリシスは笑顔のイワンらに囲まれ、まだ表情を変えられず、手を胸に当て、早くなりそうな呼吸を押さえた。
 ──そもそも、実家の農村を飛び出した理由は何だった?
 雨に乏しく、枯れた農村。
 貧しく狭い家に、疲れきった両親とうつろな目をした六人の兄弟達。日々食べていくのも大変だった。弟を背負って、妹の手を引いて、七歳のユリシスがその面倒を見ていた。よれよれのお古の服、靴は無かった。
 そんなユリシスの耳に、奇跡を起こせる人間がいるという話が飛び込んで来た。その人間達は『魔術師』と呼ばれている事、都に行ってなるものだとすぐに知った。
 ユリシスが、貧しい家に、村に奇跡を起こしたいと願って、何もかも捨てて飛び出して、九年経っていた。九年の間にすっかりと忘れていた。
 魔術を使えるようになりたくて覚えて、今度はそれがいけない事だとわかると、隠すために『魔術師』という肩書になるのに必死になった。
 ──自分の夢は、なんだったろう……。
 ポロリと、涙が零れた事に、ユリシスは気付かなかった。
 目の前で揺れる十七本のろうそくの火。
 十七年生きてきた自分。
 でも、何だったろう。魔術師になりたかった理由は。
 大切な家族だったのに、貧しくても、いつもお腹が空いていても、両親も兄弟達も大好きだった。
 それでも、だから、家を出た。
 ──こんなつらい生活、私が奇跡を起こして変えてみせるよ!
 幼い声で叫んだ日は……遠い記憶になってしまっていたのだ。


 いつから──。
 魔術を覚えると、自分に“あっている”と感じた。
 楽しくて、罪に問われる事も忘れて貪った。でも、試験には一向に受からず、魔術師になれなかった。
 日々募るジレンマに──魔術を使えるのに魔術師になれないのは何故? 魔術を使えるのに使ってはいけないなんて……! ──何度も頭を抱え、膝をつき、地に伏して苦しんだ。試験に受からなくて否定される事、自分からも隠さなければならない事に、悔し涙を飲んだ。
 だが、唐突に。
 ──今、思う事は……わかる事は……。
 ユリシスは、両の手を広げて胸の中心に置いた。自分の鼓動がはっきりと己に伝わる。顔を上げて、見渡す。
 ユリシスは、自分の中の色々なモノが、すうっと、透き通っていくのを感じた。
 唾を飲み込んで、少し揺れる息を吸い込んだ。
 十七本のろうそくに、吹きかける。
 全部消える頃には、ユリシスの頬は、涙に濡れていた。
「おめでとう! ユリシス!」
 四人の声が聞こえた。ユリシスは喉の奥がつまったように、ひくひくと泣きべそをかいた。
 ──自分はここにいた、支えられていた。自分を知っている人達は、ちゃんといた。
 自分は、どんな存在だったか。
 幼い頃に家を出た、大好きな人達を楽にしてあげたかった。
 笑顔にしてあげたかったの。
 魔術を覚えた。とても楽しかった。
 その魔術を使って、助けになりたい!
 大切な人達を。自分の出きる範囲でいいから。
 ──夢は、魔術師になりたい事なんかじゃなかった。
 今日、偉そうな女の子を見て、すがられて、あの時、自分の妹を思い出していた。
 女の子を助けたいと思った気持ちがきたところ──自分の妹や弟を思い出した事、大好きな家族を、助けたかった事。
 今日、アルフィードとか名乗ってきた人と、魔術でぶつかった。でも、殺意なんてなくて、闘ったというよりゲームを、魔術を使って駆け引きを遊んだような気がした。楽しかった。隠さずに、魔術を使い合えた事。存分に、自分でいられた事。
 あの子を助けられた事、魔術を誰かに使った事。
 ユリシスの最もしたかった事、自分を開放してやれた事。
 泣きべそのまま、ユリシスはその場に居た四人にVサインを、顔の前に掲げて見せた。
「来年はこのパーティ、私達の合格祝いにしようね!」
 イワン兄弟も目指す第九級魔術師資格取得試験の、合格祝い。
 ユリシスの夢は魔術師になりたい事じゃない。
 好きな魔術を使って誰かの笑顔を呼びたい、それだけだ。
 だが、この世には試験があるから、それに受からなきゃいけない。けどそれは、目的じゃない。夢じゃない。それは、手段。魔術を使える人になる為の手段のひとつだから。試験は魔術師になる為の全てではないから。現に、自分は既に魔術を使えている。
 ──夢は……。
 目の前が明るくなった気がした。
 涙でぬるぬるの頬をつりあげて笑みを浮かべる。しょっぱい味が口角から滲んでくるが、なんだか妙に心地良かった。
 やっと、女将メルの言葉の意味がわかった気がしたのだ。
 まだ漠然として、ユリシスにははっきりとした言葉では言い表せなかったが、勇気のようなモノが、自分の中に広がっていくのを感じた。
 夢を諦めるのか、どうするのか。
 魔術師になりたいのになれない、魔術を使えるのに魔術師になれない。不安と矛盾がユリシスを腐らせかけていた。
 それでも、純粋な夢を持って家を出た頃の気持ちを、思い出せた。夢を思い出せた。
 ──私はただ、つらい思いをする人を、大切な人を笑顔にしてあげたかっただけなんだ。
 試験に振りまわされて、夢がわからなくなって、勝手に劣等感を感じて、身分のせいや何かのせいに頼ろうと探したり、試験に受からないのが『認めてもらえない』証拠だと思い込んでいた。
 ──いらないんだよ、本当は。合格なんて。
 だって、魔術師になりたいのではなくて、魔術を使いたいだけだもん。
 だったら、もうほとんど夢は、随分と前に叶ってるんだよ。
 けどやっぱり、堂々としたいから。実家に帰って、堂々と、貧しい家族のやつれた顔を、笑顔にしたいから。その笑顔が、誰にも文句言われない、私が呼び出すものにしたいから。
 ──だから、試験に受かりたいと、私は思うんだ。
 試験に受かる事は“夢”じゃなかった。何を、落ち込んでいたんだろう。
 同年代の第一級の魔術師にも会った。何を落ち込んでいたんだろう。
 関係ないのに。彼らは資格を持っていて、自分は持っていない。けれど、資格なんて欲しいものじゃなかった。
 ──私の見る夢は、魔術を使う人として、誰にも文句を言われないで、大切な人達に笑顔をあげる事。
 ユリシスの招待された一時間は、あっという間に過ぎ去った。
 過去数年間分の笑顔を全部あわせた位、笑ったような気がした。それ程、ユリシスは自分が、本当に笑ってこなかった事を思った。自分が笑顔でなくて、なぜ人を笑顔にしてやれるのか。いかに自分が“夢”を忘れていたのか、思い知った。
 その誕生日会も終わりに近付き、片付けを始める彼ら一人一人にユリシスは礼を言った。
 シュウとコウは八時からのシフトで『きのこ亭』で働く。昼間は寝ていたい時間だったはずなのに。
「喜んでもらえて何より。俺の目標は美味しい料理で人を笑顔にする事だしね」
 シュウの言葉は、ユリシスの胸に染みた。
 ──シュウの夢は料理人になる事だったよね、それは叶っているんだね。コウも、同じなんだよね。
「元気? ユリシス?」
「うん!」
 コウの問いも、嬉しかった。とても単純な事。温かかった。
 見えていなかった。
 こんなにも優しい人達に自分は囲まれていた。そこで夢を見れる自分はなんて幸せ者なんだろう。全然わかっていなかった。
 劣等感も何もいらない。
 自分には“夢”がある。支えてくれる人達も居る。
 胸を張って走れるんじゃないか、何で気付かなかったの?
 ──馬鹿な私。
 今まで、何に、なんで落ち込んでいたんだろう。
 笑顔でコウに返事をして、ユリシスは『きのこ亭』へ先に帰った。ユリシスのシフトはまだ残っていたから。
 その日の晩、ユリシスは驚く程ぐっすりと眠った。寝顔も笑顔でゆるみっぱなしだった。
 ユリシスが見た、その“夢”は……。
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