メルギゾーク~The other side of...~

江村朋恵

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第5話『……だから』

(025)【2】愚かなる(4)

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(4)
 ギルバートはオルファース本部へ向かう途中、カイ・シアーズの部屋に寄ったが、ノックをしても返事が無かった。丁度通りかかった、同じく第一級魔術師、金髪褐色の肌のワレッシュ女史から、昼に旅行へ出掛けたと教えられた。旅行に行く、そのような事を聞いていたような、聞いていなかったような。
 たいした用でもなかった事から、ギルバートは笑顔で麗しのワレッシュと別れて本部の建物へ向かった。
 総監の部屋はオルファース本部の最上階全て。
 だだっ広い部屋というのは、貧乏性のギルバートにはちょっと耐え難い。総監の部屋はあまり好きではないのだ。だが呼ばれて行かないという事は出来ない。本部の建物に入り、受付の魔術師に総監の部屋に上がる事を告げ、静かすぎる建物内の深い青の絨毯の上を歩く。色の違う毛で模様の描かれた絨毯は、階段にも敷かれていて、それに導かれるように登り、総監の部屋の入り口に立った。
 ギルバートの身長の二倍はある巨大な両開きのドアは、樫。
 ──贅沢なことで……。
 ギルバートは意識する事もなく笑顔を作ってから、ノックをした。
 返事はすぐ『待っていましたよ、お入りなさい』と、耳元で聞こえた。声を飛ばす魔術を使ったらしい。驚く事ではないが、本当に待たれていたようで、何を言われるのかとギクリとした。弟子の行儀が良くないだけに、不安もよぎる。
 開けるのに、ドアはとても重かった。


 口火を切ったのは弟魔術師の火炎の術。
 洞窟で逃げるユリシス達を襲ったものと同じ術だ。殺意に満ちた攻撃魔術である。
 両者の距離は二十歩もない。その火炎球はスピードにのって短い距離をアルフィードに迫る。が、アルフィードの右手の指先と腕のリストバンドが青白く光る──魔力の煌めき。
 素早くかざされた右手の傍で、金属音のようなキンと軽い音が響いて、火炎球はアルフィードの足元に凍り付いて芝の上に落ちた。火炎が凍ったわけではなく、火をかき消して余りある魔力が凍ったのだ。
 タイミングを合わせて駆け寄ってきていた三人の剣士は、先制の火炎が消えた事に一瞬躊躇いつつも、一斉にアルフィードへ斬りかかる。すでに、アルフィードの左手は青白い光を放ち、いくつもの紺呪石を発動させる文字を書ききっていた。
 三本の刃がアルフィードに襲い掛かる直前、切っ先は寸での所で押し留められた。手の平に似た青白い壁が三枚、生まれていた。
 防がれた事に剣士らが目を見開いた瞬間、アルフィードから向かって右端の剣士へ、その拳が唸る。みぞおちに差し込んだ拳をすぐに引っ込めながら手を開き、アルフィードは次の術の記述を始める。右端の剣士は気を失ってその場に崩れた。
 左端にいた剣士がアルフィードの腹を薙ぎにかかるも、アルフィードの右手の記述が早い。同じくリストバンドの別の石が、瞬時に青白く眩い光を発する。
 刃を防いだ魔術を描きかざしたままの左腕の真下から、右手で書いたつららの術が発動する。
 白い蒸気とともに三本の、手刀サイズの氷の刃が現れ、剣がアルフィードに届くよりも早く、左端の剣士の開いた体に飛び込む。つららの一本は薙ぎに来ていた左腕に、一本は右手首を貫いてそのまま右手を引きちぎって飛び、脇腹に深く突き刺さる。最後の一本は、剣士の頬をかるく削いで後方へ飛び、ポトリと地面に落ちた。三本目は照準があわなかったようだ。
 剣士は左手の剣を取り落とし、その手で手首から先の無くなった右手をつかんで絶叫をあげながら膝をつくと、真っ青な顔色で落ちた手の先を拾う。
 真正面に居た剣士は二歩退き、突きを繰り出そうとしている。アルフィードの目線は既にそちらへ、鳶色の瞳はぎらりと動いている。
 両者の視界を奪うように、左側の剣士の右手からは血が噴き出ている。
 アルフィードも一旦、後ろへステップを踏んで退がる。追いかけるように剣士は突きを数回繰り出してくる。
 剣士から間合いを取ったアルフィードの目線は、向こうにいる二人の姉弟魔術師。目の前の剣士の読みやすい動きをかわし、三級と四級の魔術師の動きを警戒する。そろそろ何かしら術が書き終わるはずだ。
 戦闘には不向きに見えるスリットのある長いスカートが、魔力波動で緩く揺れている。この姉魔術師、戦闘開始からずっと何かの術を描き続けている。一方、弟魔術師の二撃目が完成しそうだ。
 目の前の剣士が剣を下からすくいあげるように振るが、途中でがつっと音を立てて止められる。
 後ろへ退がるばかりであったアルフィードの視線が戻り、剣は彼のブーツで踏みつけれられた。 
 呆気に取られた剣士は、口を半開きにしてアルフィードの顔を見た。
 片方の口角を上げた嫌味ったらしい笑み──。
「すまんな、このブーツ、剣じゃあ切れねぇん──っだ!」
 語尾にあわせ、アルフィードは剣をさらに踏みつけ、もう一方のの足で姿勢の下がった剣士の顎を蹴り砕いた。剣士は悲鳴も無く、手を口元へ当て、仰け反り後退し、うずくまった。
 再びアルフィードの両手がせわしなく術を記述を始める。
 ──アルフィードの強みは、やはりユリシスと闘った時に見せる暇も無かった、両手での術の記述である。
 元々両利きであったアルフィードは、コツを師に教わり、両手で全く違う術を同時に記述できるように訓練を重ねた。これこそが、アルフィードを最短で第一級の魔術師に押し上げた技術。
 現代ルーン魔術では同時に二つの術を記述する事はできない。一度に書く術に込められる効果は一つまでという制限が、ルーン自体にあるせいだ。記述の始めと終わりには定型文が来る、その為一つを発動させて、二つ目は別に書き始める必要がある。これをすり抜けて二つのルーンを同時に動かすには、別々に記述しなければならない、すなわち、右手と左手、両方で描く方法をとるしか無い。
 両手それぞれがそれぞれに定型接頭文を書き、本文を記述し、それぞれに終わりの一文を書く事が出来れば問題なく、二つの術は発動するのである。
 両手で別の文章を書きながら、別の精霊にそれぞれ語りかけるのだ、必要とされる集中力も並々ではない。ただ書けてたとしても、それぞれの術に込める魔力のバランス調整が非常に難しい、下手をすれば術が暴走を始める。
 アルフィードはそれを笑いながらやってのける。農民出身であっても、多少の悪さをしても、誰もが認めざるを得ない、類まれな後天的スキル。
 右手の術が早い。腿の横辺りから書き始めた文字は、頭の上辺りまで続いている。ぐっと握りこぶしを作って魔力を叩き込むと文字に青白い光が走り、それは勢い良く地面に潜ってゆく。
 右手はすぐにその位置から再び腿の辺りに向け、次の術の記述に入っている。場所は移動しない。
 魔術師同士の、完全な魔術戦に突入したからだ。
 すぐに、今右手で放った術が効果として現れる。二十歩と少し離れた所で、術を書いていた姉、弟魔術師へ、地面から怒涛の如く先の尖った氷柱が四本、飛び出した。氷柱の太さは人の胴まわり程ある。
 しかし、これを大雑把にでも読んでいたのか、弟魔術師の炎を孕む防護魔術が発動、氷柱が地面から頭を出したところで押し留め、溶かして消し去り、術そのものを無効化させた。防護魔術の魔力が余り、芝を焼き焦がして、こちらも終了する。
「やってくれる」
 アルフィードの左手の術が完成したが発動はまだ。これは防護術。姉魔術師の方の術に対抗する為書いていたのだが、あちらが遅い。右手の術もまだ書き終わらない。姉魔術師もまだ、弟魔術師も防護魔術を終えたばかりで、新たに術を書いている。
 ほんのしばし、沈黙が広がる。



「え?」
 一つ目の演目の盛り上がりが最高潮を迎え、観客席から大きな声援が、盆に送られた。
 体を張ったアクロバティックな技の数々に観客は魅了され、手に汗を握りながら見守った。国民公園は時計塔、その下に組まれた巨大なテントの中は熱気に包まれていた。
 その中で、ユリシスは拍手する手を止めた。
 その様子に気付いたのは、隣に座っていたネオだけだった。
「どうした?」
「あ、あ、えと、何でもないよ」
 曖昧に笑いつつ、胸の前で開いて止めた形のままだった手を、左右に振った。そろそろと無理矢理ネオから視線を外し、舞台に熱中するシャリーやイワン達と同じように立ち上がり、盆を見下ろして拍手をした。
 座ったままのネオはユリシスをいぶかしんだ。
 あのタイミングでギクリとしたのは、異変に気付いたのは、ユリシスだけではない。
 ネオも気付いていた。
 だがもし、ユリシスも“ソレ”だと分かっているのなら……。
 腰掛けたまま盆に拍手を送りつつ、ネオはユリシスの背中をちらりと見上げて、すぐまた盆に顔を向けた。
 外は既に闇に覆われているだろう。
 この時間なら、魔術師見習い達が明かりの術を紺呪棒にかけて回っている頃だから、多少の魔力波動は感じても当たり前。──それが、シャリーの感じた事であり、国民公園周辺に居て、その魔力波動に気づいた魔術師達の答えだった。
 だがそれは、国民公園の林の中で戦いを始めたアルフィード達の魔力波動。
 ──濃度も精度も、安定性も高い魔力波動。
 さらに一番初めに放たれた魔力波動、そこには殺意がひらめいていた。それに気付いたのが、ユリシスとネオの二人だけだったのだ。
 ユリシスは自分が予備校生である事を、ネオ達にはっきりとは伝えていない。その為、ネオやシャリーは自分と同年代でオルファースに出入りしているという点から、上級ではないにしろ魔術師だろうと思っている。この年齢なら予備校生である事はまずないと考える。休日の日にしか来ないといった事情は、イワンや兄ヒルカの迎えか何かかと思っていた。
 だから、先ほどの魔力波動に反応した事にも、ネオは特に違和感を覚えていない。
 だが、その魔力波動には殺意が込められていたのだ。
 距離が離れればそういう、魔力波動の持つ諸属性は著しく薄れる。目の前にするならば、魔術師なら誰でも容易く感じられるが、遠く離れると微かにも感じ取るのも難しい。
 ネオは、自分のその感覚が他の魔術師よりも幾分か鋭いと、把握している。
 この感覚は、魔力波動を伴っていなければならないという条件があるものの、誰とも知れない魔術師の感情が否応なくぶつけられてくる事で、日常化すると苦痛になる。目の前の魔術師の感情がわかる程度なら良いのだが、遠くどこに居る男だか女だか、若いのから年寄りまでの喜怒哀楽が魔力波動を感知した時点で自分の中に飛び込んでくるのは、イライラして貧乏揺すりを続け、不機嫌に舌打ちまで繰り返すような人がすぐ隣にいるようなもので、酷く気分が悪い。
 その感覚をユリシスも持っているのだろうか。彼女も自分と同程度の魔力感度の持ち主なのか。
 ネオは驚きと共に、妙に嬉しいと感じる自分がいる事に気付いた。急速に親近感が沸いてきたのだ。尋ねてみようか、今もなお動きのあるこの魔力波動について。今まで誰とも共有出来なかった、この感覚について。
 彼女は何でもないと言ったが、気付いていて、いつもの自分と同じように、言っても誰もわからないから黙っているだけではないのだろうか。
 テント内の拍手が引いていく。次の演目の準備が始まったのだ。
 客達が波のように座り、シャリーらも腰を下ろした。客席はざわざわと『さっきのあれはすごかった』だの『次は何が出るのかしら』だのと囁き合っているいる。
「ユリシス」
 席についてすぐのユリシスにネオは声をかけた。
 ネオらの席はテントの中段、ステージをほぼ正面から見下ろす事ができる場所だった。そこで端からシャリー、イワン、兄ヒルカ、ユリシス、ネオの順で座っていた。テント内に入った順だ。隣に座るユリシスにだけ聞こえる声でネオは問う。
「気付いた? さっきの魔力波動……その、殺意」


 その囁きにユリシスはギクリとしてネオを見た。
 ネオはステージを見下ろしている。今、準備が進むだけのステージを見ている者は少ない。恐らく目に入っていない。
 テントの中で、自分達の周りだけ静まりかえったように感じられた。
「この近くで、誰かが魔術戦をしている事」
 低い声でネオはそう言い、こちらを振り返った。
 他の魔術師がどれほどに、魔力波動の属性を感じ取る事が出来るのか、ユリシスにはわからなかった。少なくとも、あの殺意にシャリーは気付いていない。そして、ネオは気付いている。
 ここで「そうだね」と言ってはいけない。ユリシスは、予備校生で、魔術の基礎を知識として学んでいても、実践的な技術は無いという事になっていなければならない。予備校生であるという事は、遠からず必ず知られる事なのだから。魔術を既に使える事、それらにまつわる能力が備わっている事を、気付かれてはならない。
 魔力波動を感じ取れるという事は、逆を言えば、魔力を自ら放出出来ることを示す。則ち、魔術を使う事が出来る証。第九級以上の資格を有している魔術師の徴。
 ユリシスはゴクリと唾を飲んだ。
 ──そうだね。
 そう言ったならば、どうなるのだろう。
 言いたい。自分にもわかった、と。魔術を使える事を、知っていてもらいたい。秘密を、持っていたくない。
 だが……けれども……。
 でも。
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