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第6話『王女のお仕事』
(047)【3】悲痛という声(2)
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(2)
弟魔術師ブラニスが膝を折り、くぐもった声で呻いた。
「……き……貴様らぁ……!」
「──何度問われても我々に答えられる言葉はひとつもない」
「失敗しても、最終的にあの子供をさらえば問題ないと言ったじゃないか! 何度でもやればいいと……それを、今頃……!」
「我々は条件を出したはずだ、他の人間に知られてはならないと」
「……コマを雇うのはあんた達も了承してくれたはずだろう!」
「アルフィードという魔術師……確かにそれは了承した。あの男は口が堅い。だから了承した。だが……お前達は最も知られてはならない人物に、我々が最も恐れる人物に、あの子供をさらおうとした事を知られてしまったのだ」
「あんた達が、恐れる……だって?」
弟魔術師は左の肩口に真っ赤な血をしたたらせており、痛みに顔をゆがませていた。が、この瞬間、笑った。
「直下のあんた達が何を恐れるっ!?」
「……」
「なんで俺達が殺されなきゃならないんだょぉ!」
弟魔術師は苛立ち、押し黙る彼らにわめいた。
彼ら──全員が黒ずくめ、目深な頭巾で顔の判別もつかない。体格から成人男性である事はわかる。それが五名。
弟魔術師一人と彼らは向かい合う形で立っている。瓦礫の残るフロアの中心で、緊迫した空気をばら撒いていた。
子供をさらうという言葉から、彼らがエナ姫誘拐未遂事件の関係者だと、犯人側だとユリシスは察する。
──この魔術師がエナ姫をさらおうと追ってきた人なのだろうか。この人がアルフィードを雇ったのか。それで、アルフィードとは対決することになったのだろうか……。
岩陰に身を潜めるユリシスは、向かって右手、口を引き結んでフロアを覗き込むアルフィードを見上げ、すぐまた視線をフロアに戻した。
このフロアは数日前にユリシスが幼いエナ姫をつれて逃げ出した場所。その時、弟魔術師が奥の壁を爆裂の術で破壊し、姉魔術師がその粉塵を均す為に風の術を使った場所だ。
その破壊が行われる前は、壁面全てが古代の彫刻や壁画で鮮やかに美しく装飾された、豪奢な空間だった。
ユリシスは下唇の端をゆるく噛んだ。
魔術は──創造されるのに多くが費やされ、長い時あり続けたものさえ、簡単に破壊できる力なのだと改めて思う。失われた技術によって古代の職人達が築いた空間が、たやすく壊されてしまった事に心が痛んだ。
ユリシス、アルフィード、ギルバートの三人は洞窟側からこっそりと、灯りの魔術もずいぶんと前に消して、フロアを覗き込んでいた。
「また黒装束か……入り口に居たのも仲間だな」
アルフィードがボソリと独り言ちた。
言えるものならユリシスも言いたい。「また黒装束か」と。
背格好は違うから同じ人物ではないにしろ、身にまとう黒い服や、頭巾は同じ型だ。森に居たユリシスを襲ってきた三人の黒装束の少年達と、同じ……。
「しかし、直下……てのはどういう意味だ?」
再びアルフィードが呟いた。これはギルバートに対する問いだ。左手側から溜め息の気配がした。
「後でな。お前が声をあげたら大変だろう?」
「驚かねぇから言えよ……あいつは殺られる。次は俺達が対峙する番だぜ。少しでも情報は持っておきたいんだがな」
「……──え?」
ユリシスは音を発した。それをアルフィードはチラリと見ただけで、すぐにギルバートの方を向いた。
一瞬だけ視線を泳がせたものの、ギルバートは「……連中にばれてる、か……」と口元だけで呟いた。
アルフィードは首を縦に小さく振って答え、再びフロアの方へ視線を戻した。
目を見開いたのはユリシス。
フロアに居る黒ずくめに気づかれているなんて、思いもしなかった。連中は振り返りもしていないし、注意だってこちらに向いている様子はない。ユリシスの視線がフロアへ動いた時、ギルバートの低い声が聞こえた。
「……あいつらは、あの黒装束は、王家の忍びの者が着る。その内でも直下と呼ばれる連中は、国王直属の忍び、という意味だ」
「──……」
……同じ型の黒装束を見た。
……同じ型の黒装束を着た連中に会った。
ユリシスの吐く息は途中で止まった。
──……その連中に私は……。
頭は真っ白になって、思考力が激しく低下した。むしろ、低下させた。考えたくない事だった。
──……国王の忍びだという連中と同じ型の黒装束を着た連中に私は……。
考えたくない事だが、昨日自分を襲ってきた連中と、今、目の前で弟魔術師と対峙する黒装束の男たちは、同じ種類の……──。
おおよそながら、ユリシスは自分を狙う存在を把握する事になった。
だが、認めたくない。本当ならば恐ろしすぎる。
頭の中であっても、ユリシスは明確な言葉で考えないようにした。そうして、ゴクリと唾を飲み込む。
──確認……するんだ……!
ちょっぴり泣いてしまいそうな気持ちをおさえ、決意を固めた。
ユリシスは一般的に、魔術師になる為の第九級試験の予備校に通う、普段は定食屋で働いている平凡な少女にすぎない。ユリシス自身では、独学の魔術がどれほど通用するものなのかわからないでいる。他の魔術師と比較する機会も場所もなく過ごしてきたからだ。
森に住む鬼獣相手なら何度も戦ったが、それらは皆、ただその場限りにユリシスを襲う獣にすぎず、やり過ごしさえすれば怖いものではなかった。危険だと思えば空へ飛び上がり、逃げてしまえばそれで助かった。次の日も次の日も執拗に追いかけてくるという事はなかったのだ。ユリシスをユリシスとして追ってきたのではなく、その日その場の単なる糧食として、おもちゃとして追ってきたにすぎなかった。
しかし……。
昨日、黒装束の少年達に襲撃された際の恐怖が蘇る……。
彼らはユリシスを狙ってきた。
今日、明日、連中がまた襲って来ないとも限らない。
敵は複数居たのに、自分はただの一人だった。
あの時は偶然、あの青衣の魔術師が助けてくれた。
けれど、偶然というからには今後いつもいつもというワケにはいかない。
──……助けてくれたあの魔術師も何かを知っていた。何故狙われているのかも、知っている風だった……──誰が敵か味方かなんて、わからないんだ。
黒装束の目の奥に見えた敵。その裏に、一体どれ程の存在があるのか……それ以外にも存在するのだろうか。
──唇がふるえる……。
考えすぎかもしれない──そう思いもする。不安はよからぬ方よからぬ方へと心を導く。
黒装束のそれは独特で、真っ黒の布を折り重ねたような着方をしていた。一枚の長く大きな布を巻いているようにも見えた。それでいて、布は体にきっちりとフィットしてとても動きやすそうだ。黒装束五名は、短剣やユリシスの知りようもない鉤型の太い針のようなものや、小さな鉄の輪を繰り返した鎖のようなものを足元や腰、それに手首周り、首周りにも下げていた。どれも真っ黒く塗りつぶされている。それらがジャラジャラと音がするということもない。黒の染料に秘密があるのかもしれない。ユリシスには武具の詳しい事はわからない。ただそれらが彼らの武器で、致死の牙なのだという事はたやすく理解できた。
今、目の前にいる五名の『直下の者』達と、同類の者にユリシスは追われている、狙われている。
国王直属の忍びと同類の者に、狙われている……。
ぞくりとして周りの音が消え去った瞬間、左肩にポンッと軽い衝撃があった。
驚いてそちらを見ると、手が置かれていた。視線を上げれば赤い髪の、笑顔のよく似合う男、ギルバート。
彼はユリシスの態度を不審がる事もなく、にっこりと笑みを広げる。
「心配しなさんな。だいじょうぶ。お嬢ちゃんはちゃーんと家に帰してあげるから」
ウィンクで『なっ?』と付け加えた。
暗闇に相応しくない、柔らかい笑顔をユリシスはただ見上げる。肩に乗る、ちょっとごつごつした大きな手は、温かかった。
唐突に、ザラついた粉塵が空気に混じったかと思うと、フロアの中心で火柱が一本立ち、天井を焦がす。
岩陰に隠れていた中でも一番前に立っていたアルフィードの全身に、ゴウッと熱風が吹き付けた。黒髪が揺れて、視界を妨げようとする。
「……クソっ……!」
何事かとそちらを覗き込もうとしたユリシスをギルバートが制した。火柱を睨んだまま、ギルバートはユリシスの腕を掴んで自身の後ろへと引きずった。
「無茶しやがるな……また忍びの技──煉獄の炎か」
「姉も弟も丸焦げじゃぁ、俺は何すりゃいいんだよ……遺体運びなんて仕事、請け負ったつもりはねぇぞこら」
この師弟の眼前で、火柱は瞬く間に消える。先ほどの姉魔術師同様、炭の塊となった弟魔術師がブスブスと煙をくすぶらせていた。
その周囲に黒装束の男が五人。
立ち位置からして中心人物らしき男がこちらを向く。他の四人もそれにならった。
ギルバートがカリカリと髪をかく横で、アルフィードはザラリと地面を鳴らして岩陰から歩み出た。
気だるげに五歩ほど進み出ると、あごを軽く持ち上げた。
「それ、俺の獲物なんだけど……? 丸焦げにされちゃぁ困っちゃうんだけどなぁ──なぁ!?」
黒装束をギラリと見下ろす長身のアルフィードの瞳に、好戦的な光が宿る。
ギルバートはふぅとため息をついた後、状況がイマイチ掴めていないユリシスを振り返った。
「お嬢ちゃんは俺が守るから、俺の手の届くところに居るようにな。余計に逃げ回らないでくれな?」
怯えきってでもいるかと思えば意外にも彼女の紫の瞳はキラキラ、いやむしろギラギラとしている。ギルバートはふっと微笑って、一言付け加える。
「余計な“事”も、しなくていいからな?」
「──……え?」
ユリシスの反応は捨て置いて、ギルバートはアルフィードの横、半歩後ろについた。そのさらに後ろ、ユリシスがくっついている。
明かりの灯ったその空間は、今はもう亡い姉弟魔術師に破壊されたままで、壁のあちこちがはがれている。アルフィードもギルバートも対峙した黒装束に意識を集中していて気付かなかったが、ユリシスには見えた。剥がれ落ちた壁の奥、何か……形が彫られているのではないだろうか……。
──……文字か……絵……それとも壁が崩れ落ちた時のショックで入っただけのヒビ?
「我々の知った事ではない。後ろにいるのは……オルファース魔術機関副総監が一人、ギルバート・グレイニーか」
「え!?」
黒装束の声を聞いて驚きの声を発したのはユリシス。彼女が改めてギルバートの顔を見ようと彼の前に進み出た瞬間、黒装束五名に一瞬の動揺が走る。
「──え?」
紫紺の瞳が黒装束に向いた瞬間、ギルバートが厳しい声音で「下がっていろ」と言い、ユリシスを再び後ろへ押しやった。
アルフィードは眉間に皺を寄せる。
動揺と緊張と疑問符が一瞬で飛び交う中、黒装束の中心人物がギルバートを睨み付ける。真っ向から受け止めるギルバートは、下唇を軽く噛んだ。
しばし、沈黙が流れる。
アルフィードも、連中のリーダーとこちらのリーダーとも言えるギルバートが睨み合っているのには気付いていたし、そこに並々ならぬ空気が存在する事も察した。自分の知らない何かで、激しい対立がそこにある。いかな第一級魔術師のアルフィードとはいえ、黒装束五名を、王家の忍びをまいて逃げるには分が悪い。足手まといまでいる。そんな中で自分の知らない事情が行き交うなら、今すぐは手を出さない方がいい。それでも、アルフィードは左手を上衣のポケットにしのばせ、既に魔術の込められた紺呪石を無言のまま、指で転がした。
睨み合う黒装束とギルバート。
「──“それ”はどこで見つけた?」
「教えてやる理由はないね」
「……副総監を殺してはマズイと考えていたが……」
アルフィードは魔術を組む準備を始め、黒装束の残り四名が音なく武器を構えた。
「──ものがものだ。やむを得ない。紫紺の瞳は、すんなりと渡してはもらえない……のだろう?」
トレードマークの笑顔を浮かべ、ギルバートは応えた──肯定。
弟魔術師ブラニスが膝を折り、くぐもった声で呻いた。
「……き……貴様らぁ……!」
「──何度問われても我々に答えられる言葉はひとつもない」
「失敗しても、最終的にあの子供をさらえば問題ないと言ったじゃないか! 何度でもやればいいと……それを、今頃……!」
「我々は条件を出したはずだ、他の人間に知られてはならないと」
「……コマを雇うのはあんた達も了承してくれたはずだろう!」
「アルフィードという魔術師……確かにそれは了承した。あの男は口が堅い。だから了承した。だが……お前達は最も知られてはならない人物に、我々が最も恐れる人物に、あの子供をさらおうとした事を知られてしまったのだ」
「あんた達が、恐れる……だって?」
弟魔術師は左の肩口に真っ赤な血をしたたらせており、痛みに顔をゆがませていた。が、この瞬間、笑った。
「直下のあんた達が何を恐れるっ!?」
「……」
「なんで俺達が殺されなきゃならないんだょぉ!」
弟魔術師は苛立ち、押し黙る彼らにわめいた。
彼ら──全員が黒ずくめ、目深な頭巾で顔の判別もつかない。体格から成人男性である事はわかる。それが五名。
弟魔術師一人と彼らは向かい合う形で立っている。瓦礫の残るフロアの中心で、緊迫した空気をばら撒いていた。
子供をさらうという言葉から、彼らがエナ姫誘拐未遂事件の関係者だと、犯人側だとユリシスは察する。
──この魔術師がエナ姫をさらおうと追ってきた人なのだろうか。この人がアルフィードを雇ったのか。それで、アルフィードとは対決することになったのだろうか……。
岩陰に身を潜めるユリシスは、向かって右手、口を引き結んでフロアを覗き込むアルフィードを見上げ、すぐまた視線をフロアに戻した。
このフロアは数日前にユリシスが幼いエナ姫をつれて逃げ出した場所。その時、弟魔術師が奥の壁を爆裂の術で破壊し、姉魔術師がその粉塵を均す為に風の術を使った場所だ。
その破壊が行われる前は、壁面全てが古代の彫刻や壁画で鮮やかに美しく装飾された、豪奢な空間だった。
ユリシスは下唇の端をゆるく噛んだ。
魔術は──創造されるのに多くが費やされ、長い時あり続けたものさえ、簡単に破壊できる力なのだと改めて思う。失われた技術によって古代の職人達が築いた空間が、たやすく壊されてしまった事に心が痛んだ。
ユリシス、アルフィード、ギルバートの三人は洞窟側からこっそりと、灯りの魔術もずいぶんと前に消して、フロアを覗き込んでいた。
「また黒装束か……入り口に居たのも仲間だな」
アルフィードがボソリと独り言ちた。
言えるものならユリシスも言いたい。「また黒装束か」と。
背格好は違うから同じ人物ではないにしろ、身にまとう黒い服や、頭巾は同じ型だ。森に居たユリシスを襲ってきた三人の黒装束の少年達と、同じ……。
「しかし、直下……てのはどういう意味だ?」
再びアルフィードが呟いた。これはギルバートに対する問いだ。左手側から溜め息の気配がした。
「後でな。お前が声をあげたら大変だろう?」
「驚かねぇから言えよ……あいつは殺られる。次は俺達が対峙する番だぜ。少しでも情報は持っておきたいんだがな」
「……──え?」
ユリシスは音を発した。それをアルフィードはチラリと見ただけで、すぐにギルバートの方を向いた。
一瞬だけ視線を泳がせたものの、ギルバートは「……連中にばれてる、か……」と口元だけで呟いた。
アルフィードは首を縦に小さく振って答え、再びフロアの方へ視線を戻した。
目を見開いたのはユリシス。
フロアに居る黒ずくめに気づかれているなんて、思いもしなかった。連中は振り返りもしていないし、注意だってこちらに向いている様子はない。ユリシスの視線がフロアへ動いた時、ギルバートの低い声が聞こえた。
「……あいつらは、あの黒装束は、王家の忍びの者が着る。その内でも直下と呼ばれる連中は、国王直属の忍び、という意味だ」
「──……」
……同じ型の黒装束を見た。
……同じ型の黒装束を着た連中に会った。
ユリシスの吐く息は途中で止まった。
──……その連中に私は……。
頭は真っ白になって、思考力が激しく低下した。むしろ、低下させた。考えたくない事だった。
──……国王の忍びだという連中と同じ型の黒装束を着た連中に私は……。
考えたくない事だが、昨日自分を襲ってきた連中と、今、目の前で弟魔術師と対峙する黒装束の男たちは、同じ種類の……──。
おおよそながら、ユリシスは自分を狙う存在を把握する事になった。
だが、認めたくない。本当ならば恐ろしすぎる。
頭の中であっても、ユリシスは明確な言葉で考えないようにした。そうして、ゴクリと唾を飲み込む。
──確認……するんだ……!
ちょっぴり泣いてしまいそうな気持ちをおさえ、決意を固めた。
ユリシスは一般的に、魔術師になる為の第九級試験の予備校に通う、普段は定食屋で働いている平凡な少女にすぎない。ユリシス自身では、独学の魔術がどれほど通用するものなのかわからないでいる。他の魔術師と比較する機会も場所もなく過ごしてきたからだ。
森に住む鬼獣相手なら何度も戦ったが、それらは皆、ただその場限りにユリシスを襲う獣にすぎず、やり過ごしさえすれば怖いものではなかった。危険だと思えば空へ飛び上がり、逃げてしまえばそれで助かった。次の日も次の日も執拗に追いかけてくるという事はなかったのだ。ユリシスをユリシスとして追ってきたのではなく、その日その場の単なる糧食として、おもちゃとして追ってきたにすぎなかった。
しかし……。
昨日、黒装束の少年達に襲撃された際の恐怖が蘇る……。
彼らはユリシスを狙ってきた。
今日、明日、連中がまた襲って来ないとも限らない。
敵は複数居たのに、自分はただの一人だった。
あの時は偶然、あの青衣の魔術師が助けてくれた。
けれど、偶然というからには今後いつもいつもというワケにはいかない。
──……助けてくれたあの魔術師も何かを知っていた。何故狙われているのかも、知っている風だった……──誰が敵か味方かなんて、わからないんだ。
黒装束の目の奥に見えた敵。その裏に、一体どれ程の存在があるのか……それ以外にも存在するのだろうか。
──唇がふるえる……。
考えすぎかもしれない──そう思いもする。不安はよからぬ方よからぬ方へと心を導く。
黒装束のそれは独特で、真っ黒の布を折り重ねたような着方をしていた。一枚の長く大きな布を巻いているようにも見えた。それでいて、布は体にきっちりとフィットしてとても動きやすそうだ。黒装束五名は、短剣やユリシスの知りようもない鉤型の太い針のようなものや、小さな鉄の輪を繰り返した鎖のようなものを足元や腰、それに手首周り、首周りにも下げていた。どれも真っ黒く塗りつぶされている。それらがジャラジャラと音がするということもない。黒の染料に秘密があるのかもしれない。ユリシスには武具の詳しい事はわからない。ただそれらが彼らの武器で、致死の牙なのだという事はたやすく理解できた。
今、目の前にいる五名の『直下の者』達と、同類の者にユリシスは追われている、狙われている。
国王直属の忍びと同類の者に、狙われている……。
ぞくりとして周りの音が消え去った瞬間、左肩にポンッと軽い衝撃があった。
驚いてそちらを見ると、手が置かれていた。視線を上げれば赤い髪の、笑顔のよく似合う男、ギルバート。
彼はユリシスの態度を不審がる事もなく、にっこりと笑みを広げる。
「心配しなさんな。だいじょうぶ。お嬢ちゃんはちゃーんと家に帰してあげるから」
ウィンクで『なっ?』と付け加えた。
暗闇に相応しくない、柔らかい笑顔をユリシスはただ見上げる。肩に乗る、ちょっとごつごつした大きな手は、温かかった。
唐突に、ザラついた粉塵が空気に混じったかと思うと、フロアの中心で火柱が一本立ち、天井を焦がす。
岩陰に隠れていた中でも一番前に立っていたアルフィードの全身に、ゴウッと熱風が吹き付けた。黒髪が揺れて、視界を妨げようとする。
「……クソっ……!」
何事かとそちらを覗き込もうとしたユリシスをギルバートが制した。火柱を睨んだまま、ギルバートはユリシスの腕を掴んで自身の後ろへと引きずった。
「無茶しやがるな……また忍びの技──煉獄の炎か」
「姉も弟も丸焦げじゃぁ、俺は何すりゃいいんだよ……遺体運びなんて仕事、請け負ったつもりはねぇぞこら」
この師弟の眼前で、火柱は瞬く間に消える。先ほどの姉魔術師同様、炭の塊となった弟魔術師がブスブスと煙をくすぶらせていた。
その周囲に黒装束の男が五人。
立ち位置からして中心人物らしき男がこちらを向く。他の四人もそれにならった。
ギルバートがカリカリと髪をかく横で、アルフィードはザラリと地面を鳴らして岩陰から歩み出た。
気だるげに五歩ほど進み出ると、あごを軽く持ち上げた。
「それ、俺の獲物なんだけど……? 丸焦げにされちゃぁ困っちゃうんだけどなぁ──なぁ!?」
黒装束をギラリと見下ろす長身のアルフィードの瞳に、好戦的な光が宿る。
ギルバートはふぅとため息をついた後、状況がイマイチ掴めていないユリシスを振り返った。
「お嬢ちゃんは俺が守るから、俺の手の届くところに居るようにな。余計に逃げ回らないでくれな?」
怯えきってでもいるかと思えば意外にも彼女の紫の瞳はキラキラ、いやむしろギラギラとしている。ギルバートはふっと微笑って、一言付け加える。
「余計な“事”も、しなくていいからな?」
「──……え?」
ユリシスの反応は捨て置いて、ギルバートはアルフィードの横、半歩後ろについた。そのさらに後ろ、ユリシスがくっついている。
明かりの灯ったその空間は、今はもう亡い姉弟魔術師に破壊されたままで、壁のあちこちがはがれている。アルフィードもギルバートも対峙した黒装束に意識を集中していて気付かなかったが、ユリシスには見えた。剥がれ落ちた壁の奥、何か……形が彫られているのではないだろうか……。
──……文字か……絵……それとも壁が崩れ落ちた時のショックで入っただけのヒビ?
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「え!?」
黒装束の声を聞いて驚きの声を発したのはユリシス。彼女が改めてギルバートの顔を見ようと彼の前に進み出た瞬間、黒装束五名に一瞬の動揺が走る。
「──え?」
紫紺の瞳が黒装束に向いた瞬間、ギルバートが厳しい声音で「下がっていろ」と言い、ユリシスを再び後ろへ押しやった。
アルフィードは眉間に皺を寄せる。
動揺と緊張と疑問符が一瞬で飛び交う中、黒装束の中心人物がギルバートを睨み付ける。真っ向から受け止めるギルバートは、下唇を軽く噛んだ。
しばし、沈黙が流れる。
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睨み合う黒装束とギルバート。
「──“それ”はどこで見つけた?」
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「……副総監を殺してはマズイと考えていたが……」
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「──ものがものだ。やむを得ない。紫紺の瞳は、すんなりと渡してはもらえない……のだろう?」
トレードマークの笑顔を浮かべ、ギルバートは応えた──肯定。
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