メルギゾーク~The other side of...~

江村朋恵

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第6話『王女のお仕事』

(048)【3】悲痛という声(3)

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(3)
 ──空気が……変わった?
 ユリシスは肌にザワザワしたものが走ったような気がしたが、小さく唾を飲み込み、考えを改める。
 ──違う。これは……殺意というものだ。
 ギルバートがユリシスの腕を掴み、素早く二歩下がる。
 ほぼ同時、黒装束五名全員が柄に鎖の付いた短剣を二本づつ構え、飛び込んで来た。
 その距離は三十歩ほど──。
 アルフィードも出遅れる事なく師の十歩先へと駆けつ、両手に掴んだ紺呪石に魔力を込める。手の中で石が弾けたのは、黒装束五名とかち合う寸前だ。
 五名の内二名がアルフィードの両脇から短剣を振り下ろす。
 両手から砕けた紺呪石の欠片を宙空に舞わせながら、アルフィードは二本の短剣を素手のまま掴んだ。手からは青白い光の尾が伸びている。接近戦をもこなすアルフィードは両手の硬化もお手のもの。
 短剣を振り下ろした二名それぞれが顔をしかめ、飛び退ろうとした──が、遅い。
 ガギンと鈍い音をたて、二本の短剣はアルフィードによって無残に折られ、握りつぶされる。二名の黒装束は迷わず短剣を捨て、五足下がると武器を持ち替えた。一名は腕の長さ程の諸刃の剣。もう一名は両の拳の先に手の平の長さの刃──爪のついたナックルを装着した。
 にやりと笑うアルフィードだが、その数秒の間に回れ右で駆け出す。描くルーン文字が後方へ流れる。次の魔術だ。
 二名の黒装束が素直に追ってくる。
 先ほどの紺呪石、両手で二個発動させたものは、一つが瞬間的に手を鋼よりも硬くするもの、もう一つが身体能力を向上させるものだった。
 魔術の記述には時間がかかる事から本来、魔術師は遠距離戦闘に向いており、接近されれば脆い。だが、アルフィードは牽制を込めて先に間合いを詰めつつ、自ら敵の的になる。
 魔術師は近接戦の攻撃射程──敵の間合いまで簡単に潜らせる事はない。アルフィードは戦闘特化の魔術師、ぬかりはない。虚を突くには十分だっただろう。
 そうして二名の黒装束の気を背中に惹きつけつつアルフィードの駆けた先には──。



 前方でアルフィードと二名の黒装束がぶつかった。
 ──まずいな……俺が三人か。
 ギルバートはやる気に握り拳を作るユリシスの腕を離す。
 右手で術を描きつつ、左手はポケットから紺呪石を三つ取り出して魔力を込めつつ放りなげた。
 紺呪石の存在に気付きながらも減速できずに突っ込んで来る残り三名の黒装束は、床を転げ来た紺呪石を跨いだ。石は彼らの足元で煌めくと鋭い音を立て、起動する。
 紺呪石はぶわりと黒い煙のような濃いオーラを放つと黒装束三名を飲み込み、砕けた。
 放たれたオーラは、黒装束らの動きを常人以下のスピードへ落とし込んだ。魔術の泥沼がその足を絡め取ったのだ。
 その隙に、ギルバートは右手の術のエンドマークを記し、ユリシスをぐるりと包む防護結界として完成させる。念の為の魔術。
 また、石を投げたあと、数瞬遅れで術の記述を始めていた左手の魔術も描きあがる。青く煌くルーン文字は形を変えながらギルバートの前方へ舞い、黒装束らとの間に綺麗に並んだ。
 当然の事だが、アルフィードの両手で同時に魔術を描く技は、師たるギルバートに由来している。ギルバートもあっさりと両手で術を描ききる。
 黒装束三名を掴んで絡めていたオーラが設定時間を超え、消滅した。
 紺呪石に込められる力はそれほど大きくはない。使い方次第で、設定時間は短くても効果を強力にするか、長時間弱い力を発揮する術にするか考慮する必要がある。先ほどの三つの紺呪石は効果を強め、時間を短くしたものだった。
 黒装束らは泥沼の魔術から逃れると、再び速度を上げてギルバートへ突進する。
 魔術師を相手にする場合、とにもかくにも、素早く攻め込む事が重要だ。
 魔術は確かに強力だが、発動させるにはルーン文字の記述や、特殊な呼吸法による魔力の蓄積、さらに精霊も集めなければならない。魔術師は接戦には向かない。接近さえしてしまえば、肉弾戦を得意とする忍びにとって魔術師を打ち滅ぼす事は可能だ。逆に、接近できなければ術を描く時間を与える事になり、致命的な魔術をくらう事になりかねず、一層接近するのが困難になっていく。
 一番最初、ファーストアタックが何よりも重要となる。
 黒装束三名の内、リーダー格は両手の短剣を捨て、腰に佩いた細身の長剣を片手で抜き、ギルバートへ迫る。
 彼ら──国王直属の忍びのファーストアタックを邪魔出来る魔術師などそうそう居ないが、ギルバートは二段、邪魔を入れてきている。
 一つ目はスピードダウンをさせる紺呪石に込められた泥沼の術。
 さらに今、眼前でその形を変化させているルーン文字、それは人間三人分ほどの大きさの炎の塊。両者を遮るように燃え上がり、狙いを定めて三名の黒装束に襲いかかる。
 片手に長剣を振り上げたリーダー格は、足を緩めない。もう一方の手で腰に下げた道具袋から小瓶を取り出し、眼前の魔術の炎に投げ込んだ。
 炎の中で小瓶の割れる音がするや、投げ込まれた場所にポッカリ大穴が口が開く。小瓶から噴出した黒い煙が魔術を飲み込み、精霊を散らし、炎という形を消し去っていく。
 魔術師と相対あいたいする事も多々あるこのリーダー格には備えがあった。
 魔術が閉じ込められた小瓶、彼らはそのまま魔術瓶と呼んでいる。魔術を込めてからの使用期限は半日、それ以上の時間が経てば瓶の中の精霊が逃げて空になる。割るだけで発動する、魔力要らずの魔術の小瓶。紺呪石と違い、簡単に扱えるが融通は利かない上、込められる力もずっと小さい。また、小瓶に魔術を詰めるにあたり、貴重な古代の道具を使用せねばならず、国王直属の彼らだからこそ所持出来る代物と言えた。
 リーダー格は炎の真ん中にぽっかりと開いた大穴から、ギルバートの新たな魔術がある事を悟ると大きく跳躍した。人の背丈十人分程の高さがある天井まで垂直に飛び上がり、そこに蜘蛛のようにひたりと張り付く。
 遅れた残る二名、さらにその後方にはアルフィードと彼を追う二名、リーダー格を除く黒装束四名は何も気付いていない。
 ──そうして、ほんの数十秒で戦闘は終わりを告げる。
 ギルバートに接近してきていた二名は、後ろから来ていたアルフィードによって放たれた真空の刃十数本に気付かず、胴と言わず喉と言わず、あちこちを寸断され絶命する。
 その刃はギルバートが新たに編んでいた魔術によって弾き返された。真空の刃は、黒装束のリーダー同様、天井付近まで飛び上がったアルフィードの足のずっと下を勢いよく飛んで──その段階でアルフィードを追っていた黒装束二名も気付いた。とっさに各々の武器、諸刃の剣やナックルをかざして真空刃の魔術をしのごうとした。が、徒労に終わる。
 アルフィードが放ち、ギルバートが方向を修正した真空の刃は合計四名の黒装束らの武器ごと体を裂き、容赦なくその命を奪った。
 真空の刃は向こうの壁面に突き刺さり、十数の断裂の痕跡を残して、消えた。
 それは一分に満たない時間──。
 ギルバートの後ろで、何があったか見えなかったユリシスの鼻腔を、強い血の匂いが刺激した。
「……………………」
 知らず、握った拳が弛緩する。



「……良い……収穫はあった」
 小さく呟き、天井に張り付いていたリーダー格はそのまま黒い霧のように掻き消え、天井に黒い染みを残して消えた。
 魔術師も他者から見れば十分異能者だが、秘された忍びの技は不明な点も多く、一層不気味な後味を三人に残した。
 その天井を、未だ殺気に満ちた暗い目でギロリと睨んだの音もなく着地したアルフィード。
「すばしっこいわ、何をしかけてくるかわからないわ…………厄介な相手だな、魔術師の天敵。不意をつけたからまともに攻撃されなかったが──どうなってたやら……」
 アルフィードは溜め息を混ぜて静かに言った。同時に殺気も消え失せている。気持ちを切り替えるように視線をクルリと回転させ、ギルバートを見た。
「で、ギルバート。あんた何かと知ってるんだろ?」
 全部吐いてもらうぜと言わんばかりに、ギルバートに歩み寄るアルフィード。ギルバートは「また今度な」と眉だけ上げて言った。いつもの笑顔を見せる事は無かった。
 不満ではあるが、アルフィードは黙る事にした。今、執拗に聞いたところでこの師は口を割らないだろう。長い付き合いで知っている。
 ──それに……。
 アルフィードはちらりと、俯く紫紺色の瞳をした少女を見下ろした。
 ──ここに、全くの部外者がいる。
 細かい話は師弟二人になれるまで待つ事にする。
 ただ、紫紺の瞳の少女を部外者だと思っている限り、アルフィードこそが部外者で終わる事に気づくはずもなかった。
 ギルバートはアルフィードのリアクションには見向きもせず、紫紺の瞳の少女の前でそっとしゃがんだ。下から彼女の顔をのぞきこみ、微かな笑みを浮かべる。
「──大丈夫。大丈夫だぞ」
 部外者とは言えない少女は、ただ小さくかぶりを振るのみ。
「大丈夫」
 ギルバートが深く青に近い紫の瞳をしっかと見据えて言うと、彼女のそこがゆっくりと波打った。
 ギルバートは目を細め、立ち上がる。少女の肩を引き寄せて胸に抱き、頭をぽんぽんと大きな手で撫でてやったのだった。
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