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第三章 美少女学園一年目 芽吹き根付く乙女心
【第108話】 懐かしの公園
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「ねぇ、イリス。本当につばさちゃんは、この公園に来るのかしら」
「大丈夫よ、アリス。早紀お姉様の言うことだもの。間違いないわ」
背格好がそっくりな姉妹が、公園のつつじに身を潜めながら、ひそひそと話をしていた。
一目で二人を見分けるのは、困難だ。
まったく同じハスキーボイスで、同じような月形の眉毛と、碧い瞳。西洋と東洋がまじりあった美少女たちだ。
さすが一卵性の双子だけのことはある。
もっともただの双生児ではないのだが。
「それで、あそこに座っている美人さんは?」
「アリス知らないの? 一昔前に引退した大女優、一条香織よ」
「なるほど。だからあんなに気品があるのね」
大きな桜の木の下のベンチで、物憂げに一点を眺める昔の大女優は、何かの亡霊にとらわれているのだろうか。
十年前の夏のある日、一瞬気を抜いた時に、愛息子、世界で一番の宝物を奪われた。
サッカーに夢中で、曇りない笑顔を振りまく息子は、あの日突然自分の人生から姿を消した。
きっと彼女の時計は、十年前で止まっているのだ。
「あっ、アリス。本当に来たわ。午後五時五分。お姉さまの言った通りの時間に」
「ということは、準備した方がよさそうね」
「えぇ、いつ発作が来ちゃうか分からないし」
「そうよね。イリスはちゃんと気絶薬は用意したかしら」
「大丈夫、クロロホルムなんかよりもっと強力なのを、持っているわ」
「じゃあ、後はゆっくり見守るだけね」
「えぇ、ゆっくり見守るだけ」
二人は遠くから近づいてくる背が高めの女子中学生――つぼみのように満開のピンクの花びらに溶け込み始めた美少女――そして、その少女と同じ涼しい目が特徴的な女優の姿を、かたずをのんで見守っていた。
ーーー
つばさはこの日、何かに吸い寄せられるかのように、隣町の公園に向かっていた。
初めてくる場所なのに、なぜか懐かしい。
土の匂いや風の味、桜並木が存在しないはずの記憶を刺激する。
「どうしてあいつが告白してくるのよ」
学校での出来事を思い出して、つばさは独り言を漏らした。
つばさは、混乱していた。
中学はできるだけ知り合いの少ないところを選んだ。
これでいじめから解放される。
そう思っていたのに、一人だけ自分と同じ中学を受験して、ついてきた男子がいた。
口が悪く、オレ様気質の柳楽ケンジだ。
ケンジは、いじめグループの一人だ。
人の給食を横食いしてきたり、男とバレた後も、一人になりたい自分に何度も話しかけてきた。
きっと瞳と一緒になって、自分をいじめようとしているのだ。
直接手を挙げられたことも、周りの生徒のように「男女」と揶揄ってきたことはなかったが、あの目を見ればわかる。あの悪人面を見れば、悪いことを考えているのは一目瞭然だ。
そのくせ、要領がいいのか学業は常に学年トップだし、熱狂的な隠れファンがいる。
「あいつのどこがいいんだか。おじさまと比べれば、ただのガキじゃない」
つばさは毒を吐く。
「あっち行っててよ」
そう冷たく当たっても、何度も懲りずに近づいてきた。
中学だって、ケンジだったら、もっといいところに行けただろう。
昔の親友の瞳と同じ地域のトップ中学に、余裕で合格できたはずだ。
それなのに、まるでついてくるように自分と同じ中学を選んだ。
それがどうにも不可解に感じられた。
「なぁ、つばさ。ちょっと付き合えよ」
そう急に言われて、連れ出された屋上で告白された。
そして不覚にも一瞬「ちょっといいかも」と思ってしまった自分がいた。
(いいえ、違うわ。不意打ちされて混乱しただけよ)
自分が好きなのはおじさま一人だ。
例えこれから一生会えなくても、彼を愛し続ける覚悟と心意気はあった。
親友の彩芽と別れてから、落ち着かずにふらふらと歩いているうちに、見知らぬ公園に来た。
大きな桜の木がシンボルの、町の憩い場だ。
「変だわ。一度も来たことがないはずなのに、なんであたしはここのことをよく覚えているの?」
まるで自分の家の裏庭のように、滑り台や砂場の位置を最初から把握している。
理解できないデジャブが襲ってくる。
そんなつばさの後ろから、また不思議なほど懐かしい声が飛んできた。
「翔ちゃん?」
つばさは、ゆっくりと後ろを振り返った。
「大丈夫よ、アリス。早紀お姉様の言うことだもの。間違いないわ」
背格好がそっくりな姉妹が、公園のつつじに身を潜めながら、ひそひそと話をしていた。
一目で二人を見分けるのは、困難だ。
まったく同じハスキーボイスで、同じような月形の眉毛と、碧い瞳。西洋と東洋がまじりあった美少女たちだ。
さすが一卵性の双子だけのことはある。
もっともただの双生児ではないのだが。
「それで、あそこに座っている美人さんは?」
「アリス知らないの? 一昔前に引退した大女優、一条香織よ」
「なるほど。だからあんなに気品があるのね」
大きな桜の木の下のベンチで、物憂げに一点を眺める昔の大女優は、何かの亡霊にとらわれているのだろうか。
十年前の夏のある日、一瞬気を抜いた時に、愛息子、世界で一番の宝物を奪われた。
サッカーに夢中で、曇りない笑顔を振りまく息子は、あの日突然自分の人生から姿を消した。
きっと彼女の時計は、十年前で止まっているのだ。
「あっ、アリス。本当に来たわ。午後五時五分。お姉さまの言った通りの時間に」
「ということは、準備した方がよさそうね」
「えぇ、いつ発作が来ちゃうか分からないし」
「そうよね。イリスはちゃんと気絶薬は用意したかしら」
「大丈夫、クロロホルムなんかよりもっと強力なのを、持っているわ」
「じゃあ、後はゆっくり見守るだけね」
「えぇ、ゆっくり見守るだけ」
二人は遠くから近づいてくる背が高めの女子中学生――つぼみのように満開のピンクの花びらに溶け込み始めた美少女――そして、その少女と同じ涼しい目が特徴的な女優の姿を、かたずをのんで見守っていた。
ーーー
つばさはこの日、何かに吸い寄せられるかのように、隣町の公園に向かっていた。
初めてくる場所なのに、なぜか懐かしい。
土の匂いや風の味、桜並木が存在しないはずの記憶を刺激する。
「どうしてあいつが告白してくるのよ」
学校での出来事を思い出して、つばさは独り言を漏らした。
つばさは、混乱していた。
中学はできるだけ知り合いの少ないところを選んだ。
これでいじめから解放される。
そう思っていたのに、一人だけ自分と同じ中学を受験して、ついてきた男子がいた。
口が悪く、オレ様気質の柳楽ケンジだ。
ケンジは、いじめグループの一人だ。
人の給食を横食いしてきたり、男とバレた後も、一人になりたい自分に何度も話しかけてきた。
きっと瞳と一緒になって、自分をいじめようとしているのだ。
直接手を挙げられたことも、周りの生徒のように「男女」と揶揄ってきたことはなかったが、あの目を見ればわかる。あの悪人面を見れば、悪いことを考えているのは一目瞭然だ。
そのくせ、要領がいいのか学業は常に学年トップだし、熱狂的な隠れファンがいる。
「あいつのどこがいいんだか。おじさまと比べれば、ただのガキじゃない」
つばさは毒を吐く。
「あっち行っててよ」
そう冷たく当たっても、何度も懲りずに近づいてきた。
中学だって、ケンジだったら、もっといいところに行けただろう。
昔の親友の瞳と同じ地域のトップ中学に、余裕で合格できたはずだ。
それなのに、まるでついてくるように自分と同じ中学を選んだ。
それがどうにも不可解に感じられた。
「なぁ、つばさ。ちょっと付き合えよ」
そう急に言われて、連れ出された屋上で告白された。
そして不覚にも一瞬「ちょっといいかも」と思ってしまった自分がいた。
(いいえ、違うわ。不意打ちされて混乱しただけよ)
自分が好きなのはおじさま一人だ。
例えこれから一生会えなくても、彼を愛し続ける覚悟と心意気はあった。
親友の彩芽と別れてから、落ち着かずにふらふらと歩いているうちに、見知らぬ公園に来た。
大きな桜の木がシンボルの、町の憩い場だ。
「変だわ。一度も来たことがないはずなのに、なんであたしはここのことをよく覚えているの?」
まるで自分の家の裏庭のように、滑り台や砂場の位置を最初から把握している。
理解できないデジャブが襲ってくる。
そんなつばさの後ろから、また不思議なほど懐かしい声が飛んできた。
「翔ちゃん?」
つばさは、ゆっくりと後ろを振り返った。
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