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第三章 美少女学園一年目 芽吹き根付く乙女心
【第109話】 香織とつばさ
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「翔ちゃん?」
つばさは振り返り、声の主を探す。
驚きと必死さが同居した声は、他人のものとは思えないほど懐かしく感じられた。
後ろのベンチに座っていたのは、質素な服に身を包みながらも、顔つきに上品さを漂わせた美しい女の人だった。
あの人が声の主だろうか。
第一印象は、冷たい表情の奥に温かさ、優しさが感じられる不思議な人、だった。
つばさは、引き寄せられるように、ベンチに一歩一歩近づいていく。
それが、なぜか必要に感じられたから。
彼女にとって、そして不思議と自分にとっても、重要に感じられたから。
「誰か、お探しですか?」
無視してもいいはずなのに、悲壮感を漂させた彼女に、声をかけずにはいられなかった。
ゆっくりとベンチに近づいて、隣に腰を下ろす。
桜の花びらを丁寧に払って、スカート越しに腰掛ける。
「えっ、いいえっ。ごめんなさいね。私、どうしちゃったのかしら。何を勘違いしてたのかしら。だけど、あなたを見て、何故かあの子のことを思い出して」
香織は混乱しつつ、自分に生じた不思議な感覚を説明しようとする。
女子中学生を見て、確かに息子の翔のことを真っ先に思い出したのだ。
まるでずっと探していた翔本人を、見つけたかの如く。
そこにいるのは、性別すら異なる女子中学生なのに。
「大丈夫ですよ。もしあたしでよければお話を聞きますよ」
つばさは、悲しそうな女性に寄り添うように、朗らかな微笑を浮かべた。
そこにいるのは、会ったことのない赤の他人のはずなのに。
どうしてだろうか。
美女と美少女の二人は、肩を並べながら公園の一点を眺めていた。
「ありがとね。なんででしょう。あなたのこと、どうしても他人とは思えないわ。私には一人息子がいてね。翔って言うんだけど」
普段はこんなこと、話さない。
だが、女子中学生の澄んだ瞳と穏やかなえくぼを見ていると、なぜか語りたくなった。
話せば話すほど、止まらなくなった。
夢中で話続けること十五分。
真剣に相槌を打ってくれる彼女に甘えて、一方的に話まくってしまった。
いかに可愛い男の子だったかを。
その無邪気な姿にどれだけ救われたかを。
それなのに、四歳の誕生日をお祝いすることすら叶わなかった。
あの日、公園の隅々、近隣の家々を探し回って、それでも見つからなかった。
何度季節が変わっても、雨の日も風の日も、雪が積もって周りが真っ白に染まった日も欠かさずこの公園に来た。
今でも毎日ここに来て、帰ってきてくれるのを待っている。
それが叶わない夢だとしても、単なる意地だとしても、翔の幻覚を求めてここに来ずにはいられなかった。
「ごめんなさい。あなたには関係のない話なのに」
「そんなことないですよ。こんなこと言うのは変ですけど、その翔ちゃんは幸せですね、香織さんのような母親を持てて」
「えっ」
「きっと、翔ちゃんは愛情をいっぱい受けてたんだろうなって。見ていて分かります。だから許せないわ、その誘拐犯が。香織さんから翔ちゃんを奪った、非道な犯人が」
つばさは香織の話を聞いて、他人事ではない不思議な感情を覚えた。
そしてどうしてか、話を聞けば聞くほど、考えれば考えるほど頭のズキズキしてきた。
自分の大切な人がいなくなる。
その心の痛みのせいだろうか。
いや、それにしては変だ。
自分の中に自分以外の何がいる。
それが頭の中で暴れている。
そんな感じがした。
――――
後ろの茂みから、ひそひそと小さな声がしていた。
獲物を虎視眈々と狙う肉食獣のように、母娘の様子を窺っている。
「ねぇ、イリス。つばさちゃん、そろそろ限界かしら」
「そうね、アリス。これでも結構もった方だと思うわ」
「早妃お姉様のいう通り、まだあの娘の中に翔ちゃんがいるのね」
「苦しみだしたってことは、その証拠ね」
「ということは、そろそろあたしたちの出番かしら」
「そうね、アリス。あたしたちの出番だわ」
二人は、つばさの異変を敏感に察知しながら、すぐに行動を起こせるように準備を進めていた。
つばさは振り返り、声の主を探す。
驚きと必死さが同居した声は、他人のものとは思えないほど懐かしく感じられた。
後ろのベンチに座っていたのは、質素な服に身を包みながらも、顔つきに上品さを漂わせた美しい女の人だった。
あの人が声の主だろうか。
第一印象は、冷たい表情の奥に温かさ、優しさが感じられる不思議な人、だった。
つばさは、引き寄せられるように、ベンチに一歩一歩近づいていく。
それが、なぜか必要に感じられたから。
彼女にとって、そして不思議と自分にとっても、重要に感じられたから。
「誰か、お探しですか?」
無視してもいいはずなのに、悲壮感を漂させた彼女に、声をかけずにはいられなかった。
ゆっくりとベンチに近づいて、隣に腰を下ろす。
桜の花びらを丁寧に払って、スカート越しに腰掛ける。
「えっ、いいえっ。ごめんなさいね。私、どうしちゃったのかしら。何を勘違いしてたのかしら。だけど、あなたを見て、何故かあの子のことを思い出して」
香織は混乱しつつ、自分に生じた不思議な感覚を説明しようとする。
女子中学生を見て、確かに息子の翔のことを真っ先に思い出したのだ。
まるでずっと探していた翔本人を、見つけたかの如く。
そこにいるのは、性別すら異なる女子中学生なのに。
「大丈夫ですよ。もしあたしでよければお話を聞きますよ」
つばさは、悲しそうな女性に寄り添うように、朗らかな微笑を浮かべた。
そこにいるのは、会ったことのない赤の他人のはずなのに。
どうしてだろうか。
美女と美少女の二人は、肩を並べながら公園の一点を眺めていた。
「ありがとね。なんででしょう。あなたのこと、どうしても他人とは思えないわ。私には一人息子がいてね。翔って言うんだけど」
普段はこんなこと、話さない。
だが、女子中学生の澄んだ瞳と穏やかなえくぼを見ていると、なぜか語りたくなった。
話せば話すほど、止まらなくなった。
夢中で話続けること十五分。
真剣に相槌を打ってくれる彼女に甘えて、一方的に話まくってしまった。
いかに可愛い男の子だったかを。
その無邪気な姿にどれだけ救われたかを。
それなのに、四歳の誕生日をお祝いすることすら叶わなかった。
あの日、公園の隅々、近隣の家々を探し回って、それでも見つからなかった。
何度季節が変わっても、雨の日も風の日も、雪が積もって周りが真っ白に染まった日も欠かさずこの公園に来た。
今でも毎日ここに来て、帰ってきてくれるのを待っている。
それが叶わない夢だとしても、単なる意地だとしても、翔の幻覚を求めてここに来ずにはいられなかった。
「ごめんなさい。あなたには関係のない話なのに」
「そんなことないですよ。こんなこと言うのは変ですけど、その翔ちゃんは幸せですね、香織さんのような母親を持てて」
「えっ」
「きっと、翔ちゃんは愛情をいっぱい受けてたんだろうなって。見ていて分かります。だから許せないわ、その誘拐犯が。香織さんから翔ちゃんを奪った、非道な犯人が」
つばさは香織の話を聞いて、他人事ではない不思議な感情を覚えた。
そしてどうしてか、話を聞けば聞くほど、考えれば考えるほど頭のズキズキしてきた。
自分の大切な人がいなくなる。
その心の痛みのせいだろうか。
いや、それにしては変だ。
自分の中に自分以外の何がいる。
それが頭の中で暴れている。
そんな感じがした。
――――
後ろの茂みから、ひそひそと小さな声がしていた。
獲物を虎視眈々と狙う肉食獣のように、母娘の様子を窺っている。
「ねぇ、イリス。つばさちゃん、そろそろ限界かしら」
「そうね、アリス。これでも結構もった方だと思うわ」
「早妃お姉様のいう通り、まだあの娘の中に翔ちゃんがいるのね」
「苦しみだしたってことは、その証拠ね」
「ということは、そろそろあたしたちの出番かしら」
「そうね、アリス。あたしたちの出番だわ」
二人は、つばさの異変を敏感に察知しながら、すぐに行動を起こせるように準備を進めていた。
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