しかばね先生の小説教室

島崎町

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第1話 小説を書かないと殺される

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   プロローグ

 これは僕の小説。僕の身に起こったことを、僕が書いてる。これから書くことは、すべて本当のこと。だから信じて読んでほしい。

 僕の名前は白滝しらたきオサム、高校1年生。小説を書かないと殺される。

 そんなバカな、と思うかもしれない。でも本当なんだ。締切は明日、やばいでしょ。1秒でも遅れたら、あの編集者が絶対許さない。間違いなく殺される。

 編集者ってだれなんだって、思うかもしれない。それはあとで説明する。僕の身に起こったことを書いていけば、必ず出てくるんだから。

 それに、あの子もそのうち登場する。僕が小説を書いてる理由は、自分の命だけじゃない、彼女の命のためでもあるんだ。

 だけどまずは、どうしてこんなことになったのか、それから説明しないと。

 そもそものはじまりは、しかばね先生だった。

 いつも死にそうな顔をした病弱な先生。まさか本名だとはだれも思わない「しかばね」なんて名字。本当は「鹿羽根」という、あて字みたいな漢字なのだけど、僕たちは「屍」って漢字を頭に浮かべながら、愛着とからかいまじりで「しかばね先生」と呼んでいた。

 そんなしかばね先生が、ある晴れた日の午後、ふと思いついたように、小説の書き方を教えはじめたんだ。


   1

 トントンと背中がたたかれる。ふり返ると、うしろの席の女の子が、小さな紙を差し出してる。

 どうしよう……。迷ったけど、女の子は、はやく受けとってって顔をしてるんだ。おでこに、光る汗が見える。

 しかたなく、紙を受けとった。

 6月。午後。日差しがふりそそぎ、温度がグングンあがってる。教室には、「四面楚歌しめんそか」を朗読する、今村さやかの声だけが響いてる。

 それは人魚の歌のように、生徒を眠りへといざなう。みんなぞくぞく机に突っぷして、夢の世界に行ったきり帰ってこない。さようなら……。

 紙を渡すと、うしろの女の子も寝はじめた。そのうしろ、教室の右隅にかたまってるスクールカースト上位軍団。リーダー格の新井葉あらいばしょうが、僕に向かって手をふっている。

 前にまわせというジェスチャーだ。新井葉のまわりは笑ってるから、なにかの策略なんだ。
 僕は前に向きなおり、渡された紙を開いてみる。

「しかばね先生の授業つまんねー!さんせーのやつはすぐ寝ろ 読んだら前にまわせ 見つかるなよ・・・」

 ひどい、こんな文章まわしたくないよ!

 たしかに授業はダレてる。陽気と朗読のせいで、だれも授業に集中してないんだ。今村さやかは止めないかぎり、四面楚歌のシーンを読みつづけるよ、きっと。

 顔をあげると、しかばね先生は教壇にいない。黒板周辺にも姿はない。
 いったいどこにいるの? キョロキョロ探すと……

 いた。窓ぎわにイスを置き、この世に未練などない表情で外をながめてる。
 ひょろっとした体に細長い手足。いつも着てる白いYシャツが、日差しをあびて輝いてる。

 風が吹くと先生の黒髪がゆれて、切れ長の目の先を、行ったり来たりする。そのたびに先生は、ものうげにまばたきをする。

 20代なかばでまだ若いはずなのに、しかばね先生にはいつ死んでもおかしくないあやうさがある。それに、人をきつける不思議なあやしさも。

 でも先生、そんな悠長ゆうちょうに死にかけてる場合じゃないですよ。

「おいっ」

 新井葉が呼んでる。ふり返ると、はやくまわせと言っている。新井葉のとなりの山口やまぐち星良せいらも、ネコのような目を見開いて、いまにも飛びかかってきそうな勢いだ。美人なんだけど、怒らせたら怖いタイプだ。

 ほら、星良がノートを丸め、僕に投げてくる!

 そもそも紙をまわすなんて、ほかの授業ならありえないんだ。スマホでこっそりメッセージを送ればいいんだよ。でもしかばね先生の授業だけ、電波が入らなくなるんだ。

 先生は死にかけだから、すでに霊的な力があるんだ、というオカルト説や、妨害電波を出す機械を持ち歩いてるんじゃないか、という科学的意見もあった。なんにせよ、原因は先生にあるわけで……

 コツン。頭に紙があたる。スクールカースト上位組が、僕に向かって投げてくる。紙をまわせと圧力だ。

 だけど僕は、先生をバカにしたこんな紙、まわしたくない。でもまわさないと、あいつらに目の敵《かたき》にされるし……

 ああ……。紙をにぎりしめ、目をつぶる。真っ暗になった世界に、今村さやかの朗読だけが響く。
 なんでこんなことになったんだ。僕の方が四面楚歌じゃないか。

 そのとき、紙がなくなる。スーっと手のなかから、苦しみが消えてしまったように。
 朗読の声も、止まってる。教室が静まりかえってる。

 なんだろう? 僕はゆっくり目を開ける。
 手のなかに、紙がない。

「なんだいこれ?」

 声がした。
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