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第14話 図書室で彼女と出会うということ
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B階段をかけあがる。1階に出ると、廊下はまだ放課後のにぎわいがある。
階段の正面に、隠れ家みたいなドアがひとつ。そこは本好き以外、訪れる人はほとんどいないと言われてる、秘境のような場所……
図書室だ。
家に帰るより、ここで書いた方がいいいんじゃない? 先生に教わったばかり、ほかほかの状態なら、なんだか書けるような気がするよ。
僕はそっと、ドアを開ける。生徒が7~8人、離れて座り、静かに本を読んでいる。僕がなかに入ると、何人かこっちを見るけど、なにも言わずにまた視線を落とす。
いい雰囲気。ここなら落ちついて書けそうだ。
でも、こんなところでペンを走らせたら、うるさいって言われそう。
きっと人がいない場所があるはずだよ。僕はオアシスを求める探検家のように、図書室を奥へと歩いていく。
読書広場をぬけると、日が遮られ、暗くなる。天井までそびえ立つ本棚地帯に入ったんだ。
そこはまるで、本が生い茂るジャングル。本棚から本の実をもいでる希少動物もいるぞ。あ、違った。本を探してる生徒だった。
さらに奥へと進んでいく。本棚が途切れた。
明かりが見える。
ついに僕は、図書室のいちばん奥にたどりついた。そこは窓ぎわのひらけた場所で、長机があり、まわりを4つのイスが囲んでる。
図書室のいちばん奥に、こんな場所があったんだね。まるで秘密の聖地だ。
いちばん奥のイスに座る。窓の外にはグラウンドがひろがり、遠くに生徒たちの姿が見える。ここは、グラウンドの裏というか奥なんだ。人もめったに通らないみたいだし、いい場所を見つけたよ。書くには最高の環境じゃない?
「よし、書こう!」
カバンから、原稿用紙を取り出そうとしたとき、
「あっ」
声がした。
見ると、長机の向こうに女の子がいる。小さな体に丸い顔。飾り気のない黒髪は、まるでジャングルに住む部族の、かわいい女の子。
女の子は、細い腕に本をたくさん抱えて、きっといま、本棚から収穫してきたものだろう。
そうか! ようやく僕は気がついた。イスにリュックサックが置いてある。僕より先に来てたんだ。
女の子は、とまどいながら僕を見てる。まるで、いつも遊んでいる部族の聖地に、別の部族の少年が迷いこんでしまったような困惑で。
どうしよう、イスは4つあるけど、机は、相席するには気をつかう大きさだ。
困っていると、彼女は机に本を置く。それから、リュックをとなりに移して、イスに座る。僕と対角の席に。
彼女は僕の存在を意識しつつも、リュックサックからなにか取り出した。
原稿用紙だ!
30枚ほどの束を机に置く。一番上の紙に、名前が見えた。
「北条かな」
それが彼女の名前なんだ。
北条かな……さんは、書きかけのページまで原稿をめくる。もう10枚以上書いてる。すごいなあ。
彼女が鉛筆を持って、前かがみになる。まるで原稿用紙に覆い被さるようだ。鉛筆を、白い原稿用紙の上に、すーっとレコードの針のようにおろして、
カリカリカリ……
書きはじめる。すごい勢いだ。すばやく手を動かし、つぎつぎ文字を刻んでいく。まばたきもせず、書くたびに前髪がゆれる。
すごい……見入っていると突然、彼女の手が止まる。
なんだろう? 彼女は原稿用紙を見つめながら、かぼそい声で、
「見ないでください」
「あっ! ごめん!」
あわててそっぽを向く。まずい、見とれてた。だって……ねえ。
外を見てるふりをしてると、うしろからまた音が聞こえてくる。
カリカリ、カリカリ……。
音だけ聞いていると、想像がふくらむよね。どんな文章を書いてるんだろう? 1カリ1カリごとに、世界が創られていくんだ。1カリって変な表現だけど。
カリカリ、カリカリ……。
執筆はずっとつづいてる。やむ気配はない。あの小さな体の、どこにこんな力があるんだろう。
見ないでと言われたけど……だけど……。
そっと、音の方に顔を向ける。
彼女が、見える。
前かがみの姿勢のまま、夕陽をあびて、輝いてる。1文字書いて、つぎの文字へ。熱心に、一心不乱に。上気した彼女のひたいから、ひとすじ、汗が落ちた。
ああ、なんて……。
心の底から思った。
書く人は、美しい。
彼女が僕を見る。
あっ! 顔を窓にもどす。
背後でまた、カリカリと音が鳴る。鉛筆という楽器で奏でられる、美しい楽曲。執筆という名の最高の演奏。
赤く染まったグラウンドでは、野球部の練習はまだつづいてて、大きな飛球が夕暮れに弧を描く。外野手が、ずいぶん走ってきてようやく球を拾う。ここから数十メートル先のできごとだ。
下界から隔絶された図書室の片隅で、僕たちふたりはつかのま、おなじ時間を共有して……
じーっという耳鳴りのような音がしたかと思うと、下校をうながすアナウンスが流れはじめる。
彼女の演奏もやんでいた。ふり返ると、原稿用紙をカバンにしまい、本をかかえて歩いてく。
「あ……」
僕の声は、ほとんど息が漏れた程度、彼女に聞こえるわけがない。たとえ聞こえたとしても、
「あ」だけじゃなにもはじまらないよ!
どうしよう……でも……
ようやく僕は、追いかける決意をする。
遅いって言われるだろう。でも行動しないよりはマシじゃないか。
彼女のあとを追う。本棚ジャングルをかきわけてたら、まずい、カバンを忘れてた!
あわててさっきのスペースにもどる。なにやってんだ! すごろくで最初の1投が「ふりだしにもどる」だったときの気分だ。
カバンを持って、ふたたび本棚スペースを駆けぬける。
図書室を出ると、廊下に彼女が見えた。玄関に入っていく。
どのくらい遅れたんだろう、僕も玄関にたどりつき、靴を履き替える。
外に飛び出し彼女を探す。
だけど、彼女の姿は、どこにももう、見あたらない。
*
とぼとぼ、夕暮れの街を帰る。
必死に追ったけど、考えてみたら、追いついたとして、なにを話せばよかったんだろう? そんなことすら考えないままの、まったく無謀な追跡劇。
道ゆく人はいそがしく、帰る家に向かってる。
夕陽がいま、地平線に沈んだ。
今日も終わっていくんだ。
今日が終われば、残るのはあと1日。
僕の命もあと……
ドン! ぶつかった。
「いてえじゃねえか」
その声は……。
階段の正面に、隠れ家みたいなドアがひとつ。そこは本好き以外、訪れる人はほとんどいないと言われてる、秘境のような場所……
図書室だ。
家に帰るより、ここで書いた方がいいいんじゃない? 先生に教わったばかり、ほかほかの状態なら、なんだか書けるような気がするよ。
僕はそっと、ドアを開ける。生徒が7~8人、離れて座り、静かに本を読んでいる。僕がなかに入ると、何人かこっちを見るけど、なにも言わずにまた視線を落とす。
いい雰囲気。ここなら落ちついて書けそうだ。
でも、こんなところでペンを走らせたら、うるさいって言われそう。
きっと人がいない場所があるはずだよ。僕はオアシスを求める探検家のように、図書室を奥へと歩いていく。
読書広場をぬけると、日が遮られ、暗くなる。天井までそびえ立つ本棚地帯に入ったんだ。
そこはまるで、本が生い茂るジャングル。本棚から本の実をもいでる希少動物もいるぞ。あ、違った。本を探してる生徒だった。
さらに奥へと進んでいく。本棚が途切れた。
明かりが見える。
ついに僕は、図書室のいちばん奥にたどりついた。そこは窓ぎわのひらけた場所で、長机があり、まわりを4つのイスが囲んでる。
図書室のいちばん奥に、こんな場所があったんだね。まるで秘密の聖地だ。
いちばん奥のイスに座る。窓の外にはグラウンドがひろがり、遠くに生徒たちの姿が見える。ここは、グラウンドの裏というか奥なんだ。人もめったに通らないみたいだし、いい場所を見つけたよ。書くには最高の環境じゃない?
「よし、書こう!」
カバンから、原稿用紙を取り出そうとしたとき、
「あっ」
声がした。
見ると、長机の向こうに女の子がいる。小さな体に丸い顔。飾り気のない黒髪は、まるでジャングルに住む部族の、かわいい女の子。
女の子は、細い腕に本をたくさん抱えて、きっといま、本棚から収穫してきたものだろう。
そうか! ようやく僕は気がついた。イスにリュックサックが置いてある。僕より先に来てたんだ。
女の子は、とまどいながら僕を見てる。まるで、いつも遊んでいる部族の聖地に、別の部族の少年が迷いこんでしまったような困惑で。
どうしよう、イスは4つあるけど、机は、相席するには気をつかう大きさだ。
困っていると、彼女は机に本を置く。それから、リュックをとなりに移して、イスに座る。僕と対角の席に。
彼女は僕の存在を意識しつつも、リュックサックからなにか取り出した。
原稿用紙だ!
30枚ほどの束を机に置く。一番上の紙に、名前が見えた。
「北条かな」
それが彼女の名前なんだ。
北条かな……さんは、書きかけのページまで原稿をめくる。もう10枚以上書いてる。すごいなあ。
彼女が鉛筆を持って、前かがみになる。まるで原稿用紙に覆い被さるようだ。鉛筆を、白い原稿用紙の上に、すーっとレコードの針のようにおろして、
カリカリカリ……
書きはじめる。すごい勢いだ。すばやく手を動かし、つぎつぎ文字を刻んでいく。まばたきもせず、書くたびに前髪がゆれる。
すごい……見入っていると突然、彼女の手が止まる。
なんだろう? 彼女は原稿用紙を見つめながら、かぼそい声で、
「見ないでください」
「あっ! ごめん!」
あわててそっぽを向く。まずい、見とれてた。だって……ねえ。
外を見てるふりをしてると、うしろからまた音が聞こえてくる。
カリカリ、カリカリ……。
音だけ聞いていると、想像がふくらむよね。どんな文章を書いてるんだろう? 1カリ1カリごとに、世界が創られていくんだ。1カリって変な表現だけど。
カリカリ、カリカリ……。
執筆はずっとつづいてる。やむ気配はない。あの小さな体の、どこにこんな力があるんだろう。
見ないでと言われたけど……だけど……。
そっと、音の方に顔を向ける。
彼女が、見える。
前かがみの姿勢のまま、夕陽をあびて、輝いてる。1文字書いて、つぎの文字へ。熱心に、一心不乱に。上気した彼女のひたいから、ひとすじ、汗が落ちた。
ああ、なんて……。
心の底から思った。
書く人は、美しい。
彼女が僕を見る。
あっ! 顔を窓にもどす。
背後でまた、カリカリと音が鳴る。鉛筆という楽器で奏でられる、美しい楽曲。執筆という名の最高の演奏。
赤く染まったグラウンドでは、野球部の練習はまだつづいてて、大きな飛球が夕暮れに弧を描く。外野手が、ずいぶん走ってきてようやく球を拾う。ここから数十メートル先のできごとだ。
下界から隔絶された図書室の片隅で、僕たちふたりはつかのま、おなじ時間を共有して……
じーっという耳鳴りのような音がしたかと思うと、下校をうながすアナウンスが流れはじめる。
彼女の演奏もやんでいた。ふり返ると、原稿用紙をカバンにしまい、本をかかえて歩いてく。
「あ……」
僕の声は、ほとんど息が漏れた程度、彼女に聞こえるわけがない。たとえ聞こえたとしても、
「あ」だけじゃなにもはじまらないよ!
どうしよう……でも……
ようやく僕は、追いかける決意をする。
遅いって言われるだろう。でも行動しないよりはマシじゃないか。
彼女のあとを追う。本棚ジャングルをかきわけてたら、まずい、カバンを忘れてた!
あわててさっきのスペースにもどる。なにやってんだ! すごろくで最初の1投が「ふりだしにもどる」だったときの気分だ。
カバンを持って、ふたたび本棚スペースを駆けぬける。
図書室を出ると、廊下に彼女が見えた。玄関に入っていく。
どのくらい遅れたんだろう、僕も玄関にたどりつき、靴を履き替える。
外に飛び出し彼女を探す。
だけど、彼女の姿は、どこにももう、見あたらない。
*
とぼとぼ、夕暮れの街を帰る。
必死に追ったけど、考えてみたら、追いついたとして、なにを話せばよかったんだろう? そんなことすら考えないままの、まったく無謀な追跡劇。
道ゆく人はいそがしく、帰る家に向かってる。
夕陽がいま、地平線に沈んだ。
今日も終わっていくんだ。
今日が終われば、残るのはあと1日。
僕の命もあと……
ドン! ぶつかった。
「いてえじゃねえか」
その声は……。
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