皇帝と灰被

積もった埃

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 何か嫌なものを夢に見て意識が浮上する。何かを口走ったような感じがして身体を起こせば、じっとりと張りつく服の気持ち悪さと、部屋の寒さに脳が冴え始め、落ち着きを取り戻した。
 寒さにぶるりと身体を震わせて周りを見回す。自身が目覚めたのは兵舎の自室ほどの広さの独房のようだった。見覚えのない場所での目覚めに困惑しつつも、ここが室内で戦地ではないことを理解して肩の力を抜く。

 手をついたシーツは自分の汗で湿り気を帯びている。そろりとベッドから降りれば軋む音が微かに響くだけで、凍てつくように冷たい床の温度が足裏を伝い、未だ覚醒しきらない意識を呼び起こす。

 確かに自分は戦場に居たはずだ。そして敵兵の魔法使いに心臓を撃ち抜かれた。

 その事実を確認するように胸部に手を当てると、包帯が巻かれていた。塞がっているのか傷口が擦れる痛みもなく、熱もない。状況が飲み込めないまま動かした左肩より先がないことも、あの戦場の出来事が現実だと突きつけてくる。
 誰かが治療したと考えるのが妥当だろうが、そもそも祖国に特攻兵を拾って治療するという余裕は無い。となれば必然的に答えは絞られてくる。

 冷たい空気を吸い、吐き出す行為を数度行ったところで、靴音が聞こえた。履き慣れているのか靴底の摩擦音が僅かに違う。看守かと考えてベッドに戻ってシーツを被る。靴音は次第に近づき、自分の鉄格子の扉の前で止まったようで、鍵を開けて中に入ってくるのが分かった。
 起こしにでも来たのか、と思っていれば、何秒経ってもその気配はない。起きているのがバレているのかとも考えていると、シーツ越しに手を置かれる。微かに布越しに伝わる熱で素手だとわかる。

「ごめん」

 震える声でそう言った友が離れる。何に対する謝罪なのかと思考し、思い当たらず、体を起こして友を呼び止める。
 振り向いた友の表情が一瞬だけ明るくなったかと思えば、ハッとして辛酸をなめたような顔になる。その変わり様で起きたのは良くなかったと判断するのは簡単だった。
 調子はどうかという友の視線は左腕に向いている。

 痛みは無く、熱もない。
 そうか。

 感情の籠らない声で返され、それまでの友とは真逆の口調。間延びした気の抜ける楽観的な雰囲気はどこにもなく、短く淡々とした問い掛けと応答が幾らか続く。そのどれもがこちらの健康状態に関するもので、まるで従軍前に受けた診療のように思えてふ、と笑ってしまう。
 気づいた友が何がおかしいと言う。何もおかしくはない。強いて言うのならば、友が敵として自分を撃ち下し、目覚めてこうして向き合っていることだろうか。

 友は敵国のスパイだった。ただそれだけだ。

 騙されていたのは自分の方なのに、どうしてか酷い顔をしているのは友の方だ。冷徹な言葉に反して、揺れる紫の双眸と強く握ったままの拳を見れば、少なくとも自分に情は持っていたと分かる。
 友の両目を見て視界が不自然に狭いことに気づいた。顔に触れれば右側を覆うようにガーゼが貼られ、頬から顎に沿うように紙が張り付いている。剥がそうと引っ掻くと友に止められた。
 どうやら魔道具のひとつらしく、使用者以外が剥がすと一緒に剥がれるという。そんな殺意高めのものを人の顔面に貼るとは、中々に猟奇的な思考をした人間もいるものだなとボヤくと、呆れた顔で友がため息をついた。

「前々から思っていたけど、あなたは挙動に対して能天気が過ぎる」

 自分の状況が分かっているの?
 何かの素材。良くて捕虜。

 微かに友の身体が強ばったのを見て当たりだと分かる。少し考えれば分かることだろうに。魔力補助がなければ、魔法はおろか魔力操作すらままならない敵国の兵士など都合のいい陵辱対象だ。祖国で何度も見てきた光景を思い返し、まだ人間的な扱いを受けているな。などと考えていると、友の手が首にかかる。
 顔を見れば悲痛そうな顔に歪んでいた。震える手に力が入り、的確に気道と血管を絞める。短時間で死に至らしめる技量とスパイというところで、本来なら暗殺者か傭兵の仕事をしていたのでは無かろうかと思う。

 なあ友よ、君は優しいが過ぎる。人殺しにするにはあまりに可哀想な類の人間だ。
 だからほら、こうして君の目を見て名を呼べば殺せなくなる。

 ゆっくりと離された手を見て膝をつく友を見下ろす。
 凡そのところ、この後の自分に待っているのは非人道的な行為だ。国際条約で決められたものの中にある、殲滅作戦終了時点で兵士である者の扱いはその場その場の高官に委ねられる。
 だからこそ殲滅作戦が決行された時は、あらゆる術で全力で兵士の命を奪う。人として、生命体としての尊厳を守るために。それでも生き残るは、捕虜という名の奴隷になる。

 奴隷とは生易しい表現のように思う程度には、悲惨な末路を迎えることがほとんどだ。国際条約でそうなった者に人権は保証されず、豚の餌にしようが、魔法研究の素材にしようが誰も何も口出し出来ない。文字通り
 もはや人に在らず。そんな自分と関わるのは得策では無いだろう、友よ。ましてや研究素材に手をかけたとなれば、先の戦場でどれほどの武功を挙げたかは知らないが、ある程度の批判を受けることになるのは君だろう。だから少しだけ、なけなしの友を想う心を見せてやった。

 ───友よ。私のことは、

 忘れろ、と全てを口にする前に友が声を荒らげて遮った。滅多に大声を出さない友にビクリと身体が跳ねる。縋るように両肩を掴まれて支えきれずにベッドに押し倒された。悲鳴を上げた薄汚く固いベッドに憐憫を感じる前に、後頭部を打ちつけた痛みで不満を零そうと開いた口に温いものが当たる。
 じわじわと何かが体内に流れ込む感覚に忌避感を覚え、友の身体を押し返す。片腕如きの力でどうにかなる訳もなく、固く握った拳で鳩尾を殴りつけると同時に、友の唇に歯を立てる。ブツと皮膚が切れ、咳き込んだ友が離れると、切れた唇に血が滲んでいるのが見えた。

 口を拭って見れば唾液に血が混じっていた。反射で指を口に突っ込んで胃の中身を吐き出そうとするが、右手と顎を掴まれて唇を押しつけられる。顎を砕くと言わんばかりの力で開かされた口腔に侵入する舌に皮膚が粟立つ。
 明確な嫌悪感。
 嫌だという言葉すらままならず、がっちりと押さえつけられた身体はビクともしない。この行為に果たして何の意味があるのかと思うが、友の金糸の髪と紫水晶の目が目に入る。魔法使いとして約束された色彩。

 一部の魔法使いは自身の魔力を他者に植え付けることが出来るという。絶対的な権能を示す友の髪と目なら、その一部に換算されていてもおかしくはない。
 わざわざそんなことをしてどうするのか。他の魔法使いへの牽制だとか、所有印だとか言われるが、実の所、ただの嫌がらせか気まぐれのように思う。何せ植え付けられた側は死ぬまで自身の魔力が使えなくなるのだから。

 逆に、魔力を持たない者からすれば恩寵に等しい。生憎と自分には生まれてからずっとささやかながら魔力がある。ゆえに格上のものであっても立派な侮辱であり、十分な蹂躙だ。
 ふざけやがって、となりふり構わず自分の舌ごと噛みちぎるつもりで噛み付く。鉄の味と臭いを感じながら、頭を仰け反らせて頭突きしてやった。

 鈍い音と共に床に転がった友を見下ろし、腹を蹴って仰向けになったところで馬乗りになる。口内の血を吐き捨て、胸ぐらを掴んで引き寄せるともう一度頭突きする。息のかかるほど近い距離で見つめた紫水晶は痛みと衝撃で揺れ、魔法使い共通の美しい顔が歪んでいることに優越感を覚えつつ、この鈍感で優しく間抜けな友に冷然と言ってやる。

「私にとって君は無二の友だが、君にとって私はそうではないらしいな。心底軽蔑したよ、ニール・ネモ」

 突き飛ばすように手を離して立ち上がる。シーツを掴んで足で押さえつけて引き裂くと、右手に巻き付けて何度か握り開く。

 自分の魔力は脆弱かつ少量だ。だから魔法としてではなく、直接物に流して自身の体内とで循環させる方が効率がいい。
 外界に組成や要素を構築して発現する魔法は、体内と体外で魔力を循環させる必要がある。循環する魔力は当然として、体力と魔法の素質がものを言う世界だ。

 端的に言えば、自分のようなタイプはブーストして殴った方が早い。

 大きく踏み込み、鉄格子に向かって拳を振り抜く。凄まじい轟音と破壊音と共に舞い上がった砂埃を若干吸い込んで咳き込む。音を立てて崩れた鉄格子を眺めながら、じんわりと痛みを感じる右手を擦って友を見やる。
 頭突きで額を切ったのか顔を真っ赤に染めながら杖を手に取った。金髪をかきあげ、額に手を当てると光の粒子が舞い、傷口に集約すると瞬く間に塞がる。

「相変わらず手先が器用だな、君」
「あなたこそ。的確に監視カメラだけを破壊してるくせに~」

 あっけらかんと笑う友がゴメンネと言いながら右頬の紙を剥がす。

「裏切り者」
「最初からボクはあなたの味方だよぉ」

 剥がした紙が燃え上がり、包帯に血が滲んで頬を伝う。そのまま床に滴った血が金色の粒子を吸収し、蔦や葉、おおよそ植物と分類されるものが血の中から現れ育ち始める。血を流す右目からも同様に植物が生え、こちらは花が幾らか咲き誇っては枯れていく。まるで生命を吸い上げているかのように傷が治癒し、散っていく花弁は霧散していった。
 完全に植物が枯れ失せ、塵となってその残滓が漂うのを眺める友が左肩の包帯を解くと、同様に塞がっているはずの傷口が蠢き、ひとりでに癒着した皮膚が開くと木の枝が生え、小さな花がいくつも咲いては散っていく。やがて腕の形を象った枝の隙間から人肌が覗き、枝が零れるように崩れ落ちる。血管に沿うように細い蔦や茎が生え、その先に花を咲かせた。

 爪先を彩るように咲いた白い花弁は、粒子に触れて弾けるように散って霧散する。完全に植物の気配もなくなった頃には、元の人間の腕だけが残っていた。

「うーん、意味わかんないねぇ。それ」

 じっと見つめる友の目は魔力の流れを見ているのか、金色を追う。

「そりゃ魔法じゃないからな」
「そっかぁ」
「あと初見で見抜けたら君が化け物すぎる」

 この世の魔法使いが恐れる紫眼による解析すら通らない再生能力は、一種の呪いに近い。もはや呪いの原型といっても差し支えないところにある。

 ───汝、死ぬこと能わず。

 歴史書や教育の場で語られる太古の偉大な魔法使いが残したとされる、現在に至るまで解読されていない魔法分野におけるミレニアム問題のひとつ。不死性と呼ばれるそれは、人類の終点だとか究極の個体だとか持て囃されるが、実の所はそこまで万能でもなければ強力でもない。
 それに加えて、不死性は何も自分だけが獲得しているものではない。再生方法に個体差はあるものの、確認されているだけで世界に六人現存する。未開の地や人の身では立ち入れない汚染領域含めて、総人口が四十億人程度とされるのならもっといてもおかしくない。

「私はこの後どうなるんだ?優しき友よ」
「拷問と実験を受けることになるかなあ」
「そうか。痛いのは勘弁して欲しいが」
「無茶言うねぇ~」
「ただの愚痴だぞ」

 身体を動かし、違和感がないことを確認して破壊した鉄格子を掴む。鉄棒程度の長さのそれを軽く振り回し、魔力耐性があることを確認する。

「まぁこれならいいか」
「ちょっと待って何する気」

 牢獄から出て周りを確認する。幸い警報は作動しておらず、騒ぎとも思われていないのか人の気配はない。後ろから友の静止の声が聞こえるが聞いている暇はない。
 敵国の捕虜となったのなら早々に脱走するに限る。あの戦争の最後を鑑みるに、どうせ祖国は跡形もなく消し飛ばされたに違いない。

 あの規模の魔法は何度か目にしたことはあるが、たった一人で発動しているのは初めて見た。しかも威力は大人数のそれより高いと来たものだから、あの魔法使いは天才であり、魔法に愛された何かだろう。
 そんな存在がいる国がまともなわけは無いのだ。友をスパイとして取り扱える程度には技術的飛躍をしていると考えるならば。

 はた、とそこでおかしな事に気づいて振り向く。キョトンとした顔の友が首を傾げる。

「......友よ。一つ聞いておきたいのだが」
「答えられることなら良いよぉ」

 気前良さげに笑った友を見て確信した。
 通りで気持ち悪いわけだ。

「君はニール・ネモ優しき友ではないな」

 数秒の間。微かな風の音が聞こえる程度の静けさを破ったのは眼前の魔法使いだ。

「流石に気づくか」

 後にも先にも、この時の出会いを忘れることはないと断言出来る。旧世界の遺産を巡る争いの果てに滅び、未だ世界に禁忌として名を連ねる領域に立ち入った事より、魔法の真理を知った事より、明確に記憶に残り続けると言いきれる。

「やっと会えたな、不死者」

 金色の髪は黒へ変わり、紫水晶のような双眸は深く濁った紫となる。忌避感すら覚える美しい顔立ちで人好きのする笑みをたたえる様は異質そのものでしかなく、背筋に寒気が走る。

「わざわざ何の用?」
「取引だ」

 魔法使いが杖を振るう。周囲の景色が歪み、絵の具を水に溶かしたように撹拌され、瞬きの後には開けた場所に立っていた。
 高い天井に描かれた宗教画と空間を照らすには十分な魔道具による灯りで視界がやけに明るく感じる。絢爛豪華に彩られた室内は、まるで絵画に描かれた貴族階級の大広間や教会における大聖堂のようだ。

「こんな場所で取引する理由は?」
「幾つかある。例えば......」

 杖を振るったのが見えた瞬間、首元に何かが食い込む。視線だけ向ければ、磨き抜かれた銀色が反射した。

「お前を逃がさないため」

 指先一つ動かせば首を絶たれるだろう。他には?と聞けば、両足の膝裏を切られ、その場に膝をつくとすかさずに足の腱がまとめて串刺しにされる。

「ひとつは、俺の目的達成のため」

 大理石の床に広がる血に金色が引き寄せられる。

「あとは興味だな」

 魔法使いが杖を手放すと同時に首元に触れたままのそれと腱を串刺しにした刃が金色の粒子となって消える。その直後、何かが内側から身体を突き破った。
 体組織を変換しているのか、それともそういう魔法なのか。動かそうとした身体が軋み、そこで周りに人間が居ることに気がつく。品定めをするような不快な視線を向けるのは、総じて顔を隠す者たちのようだ。

「なんだ、見えるのか。魔力探知の阻害も施してあるはずだったが」

 無理やり顔を動かせば、首の皮膚がねじ切れて血飛沫が飛ぶ。体内から生えるそれに固定されているのか、上手く動かすこともままならない。

「人間ならとっくに死んでいる頃だが、ちゃんと意識もあれば反射でなく自分の意思で身体も動くのか」

 興味深そうに分析する魔法使いが顔を覗き込む。その瞬間、腕を振り抜いて顔面に拳をぶち当てた。しかし防壁に阻まれ、魔法使いの顔に寸での所で届かない。
 深紫の目がうっそりと笑う。

「はははは!良いなぁ、お前。無駄口を叩かず、隙を窺い、

 何がおかしいのか大笑いする魔法使いが手を振るうと身体から突き出たそれらが霧散する。支えを失って床に崩れ落ちた端から植物が発生して治癒していく。

「貴様らも目にしただろう。これが不死者───魔法史で云うところの灰被はいかぶりだ」

 治癒しかけの身体で周囲を確認すれば、品定めするような目を向けていた者たちは畏怖と好奇、忌避の色へと変わった視線を寄越す。反吐が出る、と吐き捨てて立ち上がれば️、魔法使いが手袋を外した手を差し伸べていた。
 魔法使いが素手で触れるのは、魔法か、それにまつわるものか、取引の時だけ。つまり、目の前の魔法使いは本気で取引をする気だということ。

「お前には""を探す手伝いをしてもらう」
「探してどうするつもり?」

 その問いかけに、魔法使いは顔色一つ変えずに答える。

「この手で殺す」

 あっけらかんと言って除けた魔法使いに言葉を失う。何も言わない自分に、納得がいかないと思ったのか、続けてこう言った。

「"聖女"はあらゆる奇跡を齎す。だから殺す。それだけだ」

 疑うまでもなく本気だと分かる魔法使いの様子に、うわ、と思わず後退った。

「"聖女"が見つかり次第取引は完了となる。お前の望みは?」
「拒否権は」
「この状況を見てあると思うのか」

 魔法使いの性質を正しく持っている眼前の男は、ただ自分の取引内容を待っている。
 周囲の視線の中に幾つか殺気に近いものを感じるように、迂闊な行動で事態が好転するとは到底思えなかった。顎に手を当てて考える素振りをする。

 魔法使い相手の取引で望むとすれば、無いことはないが、あったとしてもメリットにはならない。ふと先ほどの牢獄でのやり取りを思い出した。
 不愉快極まりない行為が過ぎり、唇を指先で触れる。温い人肌の体温に皮膚が粟立った。

「何があっても君から私に触るな」

 意外そうな顔をした魔法使いがいたずらっぽく笑う。

「ただの仕返しのつもりだったんだがな」
「それなら余計に。気持ち悪い」

  魔法使いの手を掴んで握り返す。微かに覗く手首には幾つかの傷痕と真新しい切り傷があるのが見えた。
 取引の成立を示すように両者の手首に黒い痣のようなものが浮かび上がり、皮膚に解けるように消える。

「あぁ、そうだ。自己紹介がまだだったな」
「必要?」
「呼び名が必要だろ。お前の為人に興味は無い」
「それもそうか」

 魔法使いでは誰を呼んでいるのか分からないものなと言えばそういう事だと返される。

「俺はサクラ。見ての通り、そこそこ顔の利く魔法使いだ」
「私は......」

 そこで自分の名前がないことを思い出した。友が呼んでいたのは名ではなくあだ名であったし、上官には数字で呼ばれていたのだった。

「呼ばれる名は持っていない。好きに呼べ」

 その言葉に数回瞬き、そうか、と何かを考える素振りをした魔法使いが周りを見回して適当な人間を指さす。指された人間の身体が膨れ上がり、声を出す間もなく破裂した。
 飛び散った肉片で汚れた室内に悲鳴が響く。弾かれたように逃げ惑う彼らを魔法使いの指先が追いかけ、一人、また一人と風船のように弾け飛ぶ。

 最後の一人が命乞いをして縋ると同時に膨張して醜く形を変えていく。ひしゃげた声をあげ、やがて声も出せなくなって力の抜けた腕がぶら下がる様子は、まるでセンスの悪い肉団子に手足を取ってつけたようであった。

「ふむ、良い名を思いついた」

 グッと握った手に力が入る。仄かに流れる魔力の熱源に手を引こうとしたがそれ以上の力で掴まれた。
 驚いて魔法使いの顔を見れば、深紫の眼が金色を宿すのが見えた。

「お前の名は      だ」

 魔法使いが拳を握れば、肉団子となったものが潰れたのが見えた。血と肉片で飾られた部屋で生きているのは、今や魔法使いと自分のみとなっている。
 邪魔者は何もないと言わんばかりに、魔法使いが名を呼ぶ。それに答えれば、すとんと何かが落ちた。確かめるが特に身体的な変化はなく、何だったのかと思う。

ではアインスと名乗るといい。旧西洋圏の言語で一を意味する言葉だ」
「分かった。君のことはサクラ......でいいのか?」
「ああ。安心しろ、本名じゃない」

 名は他者に明かしてはならない。魔法使いの暗黙のルールの中でも最も遵守されるもの。

「なら、サクラと」
「これからよろしく頼むよ。アインス」

 再度強く握られた手には魔力は感じられず、知らずと強ばっていた肩の力を抜いて素直に握り返した。
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