皇帝と灰被

積もった埃

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「幻影症候群?」

 なんだその珍奇な病名は。
 書斎にある本を幾らか広げながら言葉を反芻する。疑問を呈すると男が紙束を投げて寄越した。中は見たことのない人体への異常な現象が書き連ねられている。

「これは......」
「罹患者のデータだ。全国の医療機関で確認されただけで81人。全員死亡が確認されている」
「"生体反応の確認不可能により死亡として処理"?死亡確認というより、死亡したと見る他ない状態だったのか?」

 男が頷く。次いで寄越したカルテを見て、症状や進行具合、治療法の結果を見て絶句した。

「いくら魔法社会と言っても医療技術は科学頼り。だがそれは、科学で証明し得る領域のみでしか解決しない」

 医療魔法の発達は地を這うより遅い。というより、魔法自体が不可思議な現象を齎す以上、緊急や応急処置以外の医療行為で魔法を使用するのは、この国の法律上許可されていない。

「こいつに関してはまだ世界魔法管理機関WMCOも公に発表していない。魔法と断定するには、あまりにも異質すぎるからな」
「だからある程度強い魔法使いにってわけか」

 それと自分に何の関係があるのか。

「......まさか"聖女"が関わってるなんて言うなよ」
「惜しいな。まだ関わってない」

 まだ、という言葉に睨めつける。気にしていない男は手元にある一枚の紙をこちらに見せた。
 何かの調査書らしく、斜め読みで内容を掻い摘んで咀嚼する。要は、政府では原因究明とその解決が難しいと判断されたため、幻影症候群の正式な調査依頼をする、というものだった。

「灰被のお前ならコス......無駄な魔力消費が抑えられる」
「コスパって言おうとしただろ今」

 実際問題、幻影症候群の症状に目を通した限りでは、魔法使いといえど手を焼くのは理解出来る。

「肉体が影に変化する奇病か」
「記憶には?」
「ない。そもそも、前例があるなら政府管轄の何某かに記録が残ってるはずだろ。国連お抱えの灰被とかいないのか」
「いるにはいるが、使い物にならない」

 どういう意味だと問えば、欠陥品だからだという。自分のように記録者としての機能がないのか、それとも別の理由があるのか。

「気にする必要はない。もし使えたとしても国連の犬だ、ロクな受け答えはしないさ」

 随分な言い方に何かあるのかと勘繰ったのがバレたのか、それきりその話題に関しては男が口を噤む。誰にでも嫌な話題はあるか、と流して罹患者リストの名前と顔を見比べていると、あることに気がついた。
 幻影症候群の罹患者全員が魔力無しなのである。十人程度ならいざ知らず、これだけの人数が全員となると、一気にきな臭くなる。

 世界人口の少数派になったとはいえ、魔力無しは魔法が台頭してなお科学を発展させてきた文明人たちだ。易々と消費されていいものではない。
 魔力無しという共通点以外は年齢、国籍、性別、経歴その他に共通するものは見受けられない以上、魔力無しを無作為に選んでいると仮定してどう調べるべきか。

「病なら発症する条件は何だ?」
「さてな。俺は魔道具かそれの製造過程か、WMCO未加入の魔法使いが絡んでると見ている」
「アイツらがこんな回りくどいことするとは思えないんだが」
「頭の切れる奴か異端者だろうな。どうであれ、"聖女"が介入したら一切の証拠が消えると思え」

 "聖女"の奇跡なら、この不可解な奇病もたちまちのうちに治るのだろう。そうなれば"聖女"の価値は上がり、同時に魔法の発展の機会を失う。
 魔法を医療に組み込もうとする動きは多い。そのためには科学で解決できない領域に引き上げる必要がある。魔法は奇跡だが万能ではない以上、無用の長物に近いと判断される分野は少なくない。

「じゃ、行くぞ」

 問答無用で男が立ち上がり、先日の外套を投げ渡された。

「今回は黙って立っていればいい。絶対に俺の傍を離れるなよ」

 下手をすれば飼い殺しになるからな、と聞いた気がするが気のせいということで処理した。

 黙って立っていればいい。そう聞いたはずだった。はずだったのだが。
 現在、診察台に転がされているのは何故だろうか。ご丁寧に拘束帯まで施され、身動ぎひとつ取れない。そして先ほどから上機嫌で鼻歌を歌い、ウキウキで何かのデータを処理している白衣の女性は誰なのだろうか。

 男について行った。離れないよう傍にもいた。
 そうして会合だか何だか分からないものがあるらしいと歩きがてら聞いて、護衛をすればいいと判断して向かった結果がこれだ。正直、何が起きたか全く分かっていない。
 確かなのは、会合前に幻影症候群を診療した医師のいる病院へ向かい、話を聞こうと診察室に入った直後からここで目覚めるまでの記憶がないことだ。

「灰被の子たちは沢山目にしてきたけど、実際に調べるのは初めてだわ~」

 嬉々として振り向いた女性の手にはハサミが握られている。照明の光を浴びて鈍く光る刃に薄ら血痕のようなものが付着しているのが見えた。
 口か耳でも切られるかと眺めていると、手始めに服を断ち切られた。驚くほどの切れ味に薄く皮膚に赤い線が走る。直ぐに治癒する様を見て女性は満足気に笑う。

「やっぱり不思議~。どうなってるの?」

 知るわけないだろ。
 切られた衣類が虚しく床に散らばる。下着くらいは残すかと思ったがそんなことは無く、無事すべてひん剥かれて全裸になる。

「服の上からでも思っていたけど、とっても鍛えてるのね。無駄のない完成された肉体......」

 値踏みする視線と触り方に悪寒が走る。どこか血走ったような目がぎょろぎょろと魚の目のように動く様が正気でないことを明らかにしていた。
 表皮を滑る女性の手が爪を立てて皮膚を裂く。

「灰被の一部を接種しても不死身になるわけじゃないのよ~。灰被はそもそも人類に生み出されはしても、人の胎から産まれるものじゃないから」

 だから、人として扱わなくていい。

 ハサミが左目に突き刺さった。眼孔を抜けて脳まで到達したハサミの柄を持ち、ゆっくりと開かれる異物感に身体が跳ねる。肉が押し開かれる音と、神経か血管が切れる音が聴覚を蹂躙する。
 開ききったハサミを更に押し込まれ、その度に喉の奥から喃語のような声が漏れる。歪む視界で女性が笑う。何事かを口にするが聞き取れず、音として認識する前に鉄の擦り合う音とハサミ特有の切断音だけが響く。

 それを皮切りに、女性が力任せに切り、刺し、捻る度、診察台が揺れ、肉片が飛び散る。眼孔弄りに飽きた次は鼻を切断され、口を頬骨に沿うように切っていく。
 喉に差し掛かったところで女性が手を止めた。

「あら、もう治ってるわね~。顔を飾るくらいの時間はあると思ったのだけど」

 残念そうに女性が左瞼を撫で、眼球を押し潰すように指先に力を入れる。

「痛覚はあるようだけど、知覚する前に治癒するのかしら~?それとも、あなたが痛覚と認識していないだけかしら~」

 食いしばった歯の隙間から息が漏れる。拘束帯が軋み、腕に食い込む。
 獣のように爪を立てて力を込めた瞬間、拘束帯が弾けるように外れる。勢いのまま飛び起きて他の拘束帯も引きちぎり、女性の首を掴んで絞めあげる。しかし掴んだはずの手は無く、床に転がっていた。

「これは予想外だったわ~。あなた、他の灰被より強いのね」

 女性の手に持つハサミが形状を変え、杖となったのを見て診察台を引き倒して女性に向かって蹴り飛ばす。近くのカーテンを掴んで引き裂いて腕に巻く。その間に再生した手で近くの医療器具を持ち、女性に向かって投擲しながら距離をとる。
 布を巻いた手に魔力を込めて壁に向かって拳を振るう。鈍い破壊音と共に崩れ、瓦礫と化す壁を一瞥して部屋の外へ一歩踏み出した足が力なく膝をつく。

 目線を下ろせば、膝から下は両足とも切り落とされていた。次いで背後からの艶やかな声に、壊れた蝶番が鳴らす耳障りな金属音でも立てるように振り向くと、一切の無傷で立つ女性がいた。

「酷い子ね。とぉっても私の好みだわ」

 足元の瓦礫を掴んだ指先が切れる。死角からの魔法かと視線で女性の周りを見るが、魔法行使の痕跡である金色の粒子は見当たらない。魔道具らしきものは確認できない。なら今のは何だ。
 両足が生え終わる前に再び、今度は両腕を切り刻まれる。魔力の流れすら感知できなかったことに気づき、立ち上がったところで首に何かが当たった。

 死への直感というよりは、死そのものへの知覚反応に近い感覚だった。女性を見る。手に持つ杖を見る。先ほどまでの挙動の一切を思い返し、自身の身体に起きたことを分析する。
 再生の遅延はない。遅延の起きるほどの負傷は、灰燼に帰すほどの火力かそういう類の魔法や技術によるものに限られる。死角からの切断攻撃だけだ。であれば、この身体の性能で避けられる。

「魔法使い」

 女性が嬉しそうに笑みを浮かべる。その眼を見て確信した。

「やっと認識してくれたのね」

 何か言っているが聞くほどのものではない。これは呼び水のための言葉だ。意味はない。
 記憶は持たずとも身体が使い方を心得ている。伊達に長生きしている訳ではないのだろう、粗末にもほどがある手法で本来呼び出される側が呼び出す強引なやり方に、きっと後で散々に言われるなと考えながら名を呼ぶ。

「サクラ」

 その名を聞いた女性が僅かに動く。その手が杖を振るのと同時に天井が崩落する。流石に天井が崩れるとは思わなかったのか、対応に意識が持っていかれた女性の隙をついて懐に飛び込む。
 握った拳に魔力を込め、防壁を貼られるより早く顔面に打ち込んだ。受け身を取る余裕もないまま吹っ飛んだ女性は降り注ぐ瓦礫の雨に当たることなく壁に打ちつけられ、力なく床に倒れ伏した。

 暫くして、抜けた天井から男が瓦礫の山に降り立つ。辺りを見回して女性を一瞥し、こちらを認めると、悠然とした歩きで近づいてきた。

「絶対に俺の傍を離れるな、と言ったはずだが」
「んな無茶な」
「やはり鼻が利く相手にこれは雑だったか」

 切り裂かれボロボロになった外套を眺めた男が杖を振るうと外套は瞬く間に塵となる。瓦礫に潰された身体を起こして動かすが、行われた惨状に対して特に違和感はない。
 脳に突っ込まれたハサミのせいで微かに鉄臭いような気はするが、ただの錯覚に過ぎないと思えば気にするほどのことでもなかった。

「それより聞きたいことがある」
「何だ」
「灰被って人権適用外なのか?」

 ......えっ今更?
 信じられないものを見る目を向けられ、数秒何かを考えるように視線が明後日の方向を泳ぎ、納得したようにため息をつく。

「あるわけないだろう。お前はその辺に生えた雑草に人権があると思うのか?」
「少なくとも草ほど人間離れはしてないだろ!」
「俺からしたら一緒だ。寧ろ人語を介し、自己意識を持ち、人類と大差ない尺度でその辺を好き勝手動く不死者の方が厄介だと思うがな」

 正論を繰り出されて押し黙る。灰被がある種の差別対象なのは、そもそもその生まれが人類のそれと大いに異なるからだ。
 有史以来、文明が滅びた末に残った灰の中から発生する人型実体。それが灰被の正体であり、真実だ。

 一昔前ならヒューマノイドに人権はあるだの感情はどうのだの騒がれていたのと同じように、現在は灰被たちを人として扱いながら、不死者としての性能を活かして死の伴う危険地帯に放り込む事業が活発化しつつあるのだという。
 記憶がさほどなくても分かる。人類が一番の害悪では。

「俺は灰被お前を人間とは思わないし扱わない。取引はしたが、それは灰被としてのお前であって、お前個人との取引ではない」
「皆まで言わずとも分かる。人権を主張する気はないが、雑草以下の扱いを受けるのは御免だ。それこそ取引したのなら、その辺は担保しろ」
「しているだろう。勝手に動いて事を起こしてるのはお前の責任だ」

 ぐうの音も出ない言葉に口を噤む。

「俺の命令に従え。不可能と分かったら即座に離脱しろ」
「それはいっぺん死ねってこと?戦略的撤退?」
「自己判断」
「現場判断か。文句言うなよ」

 魔法使いの一人や二人、そう簡単にくたばったりはしないだろう。捨て台詞のような言葉を吐いたところで女性が呻きながら起き上がる。手加減したとはいえ脳震盪くらいは起きていても良いほどの打撃だったはずだ。
 それを見た男が女性の前まで歩み寄り、髪を掴んで壁に叩きつけた。うわっと反射的に声をあげる。

「聞いたことだけ答えろ。医者はどうした」
「......死んだわ。五日前くらいかしら~」

 その言葉に一言だけそうかと反応したが、何事かを考えているようだった。

「用は済んだ。行くぞ」
「もうお話はお終い?魔法使いさん」

 女性の手が杖を握っているのを見て男を呼ぶ。両足に魔力を回して地を蹴り、男の服の襟を掴んで引くと共に、男と女性の間に割り込む。脇腹を抉った斬撃は逸れ、近くの柱を切断する。
 咄嗟に被弾箇所を計算して魔力で受け流さなかったら男ごと真っ二つになっていたところだった。並の魔法使いより遥かに戦い慣れている上に、魔法を理解している。

「魔法の軌道が見えてるのかしら~。というよりは経験則?」

 危機感によるただの反射。だが経験則に基づくものだ。
 自身の反射による行動をして、戦闘経験自体はかなり積んできたと見ていい。記憶もなければ記録もないが。こんなタイミングで知りたくなかったと思いながら、女性の動きを凝視する。
 呼吸、視線、空気の振動、あらゆる行動への予備動作に至る反応が身体に染みついた対応を引き出す。思考がついていくわけではない。勝手に動いている。

「試してみましょうか、灰被さん」

 女性が杖を振るう。瓦礫が持ち上がり、砕け、砂塵になったものが周囲を舞う。

「魔法による副次的効果を灰被は魔法と認識するのか?」

 良い研究結果を期待させてね~と笑った女性がひらりと一枚の布を羽織ると、視界が砂塵で塞がれて次に晴れた時には布だけがその場に残されていた。逃げられたと思った矢先、足元に何かの気配を感じてその場から飛び退く。
 床を食い破るようにして現れたそれを見てゾッと背筋が冷えた。揺らぎ、歪み、毎秒毎瞬形を変え続ける何か。床から現れた勢いのまま壁へぶつかり、液体のように弾けてうねり、蠢きながら塊の姿となる。

 流動性の塊としか言いようのないそれは、つい先日に会った、光を吸収する影と同じものだった。しかし、あの時のような不格好さもなければ、人の気配もしない。
 神話の怪物にでも会ったら同じような恐怖を感じるのだろう。それ以上に本能が目の前のそれを拒絶している。

「退くぞ。室内はマズい」

 窓ガラスが割れた音と身体が宙に浮いたのはほぼ同時だった。視界に入るガラス片に映った男がいつもの短い杖ではなく長い形状の、杖というには鉄製の光沢と直線を持つ、細長い円錐に見える、ともすればニードルに近いそれを地面に向かって投擲する。

「こんなことで詠唱すしゃべることになるとはな」

 吐き捨てるように呟いた男に掴まれ、杖を投擲したように蹴り落とされた。

「な、ああああっ!?」

 見上げると男の深紫の目に金色が宿る。魔眼ではない。魔法使いたちが本来扱うべき魔法の在り方。魔法自体の出力を上げ、文字通り奇跡をも簡単に引き起こす災害のための祝詞。一言一句の間違いは許されず、常に魔力を循環させる集中力と胆力、魔力操作の実力を要するもの。
 詠唱。そう呼ばれるものを、空中で、落下中に、杖もなしにやるというのだ。

「───告げる。」

 男の言葉に呼応するように金色の粒子が互いに反応する。黒い電撃が迸ったのが見えてまさか、と空を見上げた。いつの間にか分厚い雨雲に覆われ、その中で光を発するもの。

「之は祝福である。之は神罰である。之は星を正す為の宿願である。神解けを以て黒白を下さん」

 魔法陣が展開され、魔法が起動する。巨大な魔力の流れに皮膚が痺れる。
 雷とは神鳴とも云うと古い本で読んだことがある。神が鳴らすと信じられてきた自然現象を、人の手で呼び起こすことを可能とした今では子供騙しの戯言と笑う者は少なくない。
 電流が迸る。それだけで命は尽きる。それだけのエネルギーを一束にし、男が最後の詠唱を命令を下した。

「雷公・鉄槌」

 空が咆哮し、魔法陣に反応して一筋の黒い雷が落ちた先には地面に突き刺さったままの杖がある。眩い閃光に視界が明滅し、そのまま地面に打ち付けられ、脳と血液を周囲に撒き散らす。
 再生する中で数メートル先の杖が黒い電撃を帯びているのが見えた。気分を害する気配で起き上がると、外壁に沿ってそれが地に降り立つ。

 轟音を聞いたのか、人払いのされていない路上に人間が集まる。それが人の声に反応し、そちらに意識を向ける。それを見た人間が悲鳴を上げ、パニックを起こし、逃げ出す。周りに逃げ込めるような道も建物もない、直線一本の路上では逃げられるわけがない。
 蘇生しながら起き上がり、ガラス片を握ってそれに接近する。流動性なら物理は効果がないと見て魔力を込めた拳を振り抜くが、液状なのかそれをすり抜けた。

 そのまま一直線に人間に向かったそれを引き止める手段はないかと考える。万能なものはこの世には存在しない。全て何かしらの欠陥がある。生物が死ぬように、魔法が奇跡であるように、灰被が人ではないように。
 ふと、建物内でのそれの行動を思い出す。効果がないかは分からないが、選んでいるほど選択肢はない。

「アインス、使え!」

 飛来したのは黒い電撃を纏う男の杖。悩むほどの余裕もなく、言葉のまま掴んで地面を蹴る。次の瞬間には、人間とそれの間に立っていることも気にならなず、ごく自然に杖から流れる魔力で全身の筋肉をブーストし、一歩踏み込んでソレを掴む。
 黒い電撃が拳に宿り、腕の魔力路を拡張する。素手で触れたことで皮膚が爛れ、再生する端から焼け焦げるが、やがて両腕に馴染み形を成す。

 魔法で編まれた篭手が完成した瞬間、眼前に迫ったそれが花開くように形を変える。全身を包むと同時にそれに渾身の力で打ち込む。
 触れた皮膚が溶解し、溶けた組織がそれと混ざるのがわかる。

「ッああああ!!」

 咆哮し、篭手に宿る魔法を暴発させんと魔力を一点に集める。何かが砕ける音と共に断末魔の絶叫が響き、流動性のそれが苦痛を訴えるように激しく暴れ、身体を溶かしにかかる。
 だが、篭手に残る魔法が焼き焦がし、それを炭へと変えた。残った部分は泥のように路上に広がるばかりで、それまでの動きが嘘のように沈黙していた。
 それを見てやっと呼吸が戻る。肩で呼吸していると名を呼ばれて振り返る。杖を手に歩いてきた男が足元のそれを一瞥して両手の篭手に視線を向けた。

「突貫だったが上手くいったな」
「なんだよ、これ」
「ただの魔道具だ。出力は全て使用者の耐久性に合わせて上がる」

 灰被で良かったな?と笑う男に顔を顰める。男の言う通りだとして、毎回同じレベルの出力を扱うことになるのは嫌すぎる。返却しようと篭手を外しにかかるが、驚くほど密着しており、まるで肉体の一部のように外れない。

「外れないんだが」
「だろうな」
「外したいんだが」
「残念だが不可能だ」

 どういう意味だと胸糞を掴むと、バチンと音を立てて手が弾かれた。その際に黒い電撃が生じたのを見て男を睨む。

「それは魔法を汲み取って使用者自体をブーストする。生身の人間には扱えない骨董品ガラクタのひとつだ。身につけたら最後、破壊するか使用者が死ぬまでその身を離れることはない呪いの魔道具」

 ついでにという言葉に頭を殴られた。つまり、誰それを殴るとかそういった行為すべてに反応するということだった。
 害意なく戦闘行為をするなというのは不可能だ。良くて対魔法特化の防衛くらいなものではないか。呆然としていると、男が周りを見回す。

「それよりあの女は......逃げたか」
「......あれは何だ?魔法性生物でもない、純正魔族でもない、まるで......」

 まるで。そう、まるでのような。

「あれが幻影症候群罹患者だ。末期も末期だがな」

 考えたくなかった可能性が断定され、閉口する。カルテと罹患者の諸症状の資料を見てすぐに分かった。本能が拒絶したのは、アレを人間だと思いたくないからだということも。
 空かさず次に男から発せられた言葉に追い打ちをかけられる。

「これからお前には幻影症候群罹患者を殺してもらう」

 友よ。私は社畜の道を歩むことになりそうだ。
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