ドラゴン・サーカス

水瀬 文祐

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解放、新たなる旅立ち

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「おいらはクソみたいなところで生まれたから。そしてあんたはドラゴンとして生まれたから。こんなくだらない寄り道をさせられてる。でもな、エドゥアルト。おいらは思うんだ。できることの線引きってやつは偉いつもりの人間が決めたもんだ。それなら同じ人間のおいらがその限界を超えられないって根拠にはならないよ。所詮人間の頭で考えたもんだもんな。ましてやドラゴンであるあんたならなおさらだ」
 テッテの手がぼんやりと光を放ち始める。金色の麦穂のようなその暖かな光は、徐々に大きくなっていき、やがてテッテの体とエドゥアルトの体まで覆うような巨大なものとなった。
「テッテ、やはり君は」
 エドゥアルトが納得している反面、テッテは困惑して、「どうなってんだ、エドゥアルト」と顔を見上げた。
 リオが男たちをいなして離れ、ステージの上に上がって朗々と歌い始める。
「白き竜 天より落ちしとき みなしご一人ありて 時を告げる塔にて眠る
 空駆ける竜の年 金色を纏いしみなしご 白き竜の前に立ちて 彼の者らの王とならん
 白き竜と王 古き契約によりて 人の造りし欺瞞を打ち払いたもう よって楽土の礎となさん」
 歌い終えるとリオはにっこりと笑って、「あなたたちが出会うため。あたしは生きていたんだわ」と満足そうに言った。そのリオの腹を、団長の刃が刺し貫いた。
「そんな手垢のついたおとぎ話のようなこと。我らがさせるとでも」
 テッテはリオの名を叫ぶ。膝を突き、倒れ伏したリオの腹部の辺りから夥しい血だまりが広がった。モルガンは、と見ると、槌を支えにしながら膝をつき、肩で息をしていた。
 テッテの叫びに呼応するように、エドゥアルトは吠えながら首輪に爪をかけると、渾身の力で引っ張った。するとドラゴンでさえ歪めることのできないはずの鋼鉄の首輪はぐにゃりと引き延ばされて、やがて延伸性の限界に達し、引きちぎれた。
「エドゥアルト、リオが」と狼狽するテッテに、エドゥアルトは穏やかに諭すように言う。
「大丈夫だ、テッテ。ドラゴンの血は命の源となる」
「させませんよ、そんなことは」
 立ちはだかった団長を目にして、テッテの心は不思議と冷えていった。憎しみでも、怒りでもなく、ただ純粋に目の前の存在を破壊する。その冷徹な意志だけが研ぎ澄まされ、刃となったようだった。
「伝承の通りに未来をなぞるなら、人間は滅ぶしかありません。そんな未来を良しとするのですか、君は」
「おいらが滅ぼすとしたら、それは未来じゃない。この世の中に蔓延る病原菌みたいな不平等だ!」
 団長は高らかに笑う。それにつられて団員たちも一斉に哄笑する。
「子どもの理屈ですね。生物の世界に平等なんてありえないんです。食うか食われるか。弱者に甘んじるか強者に昇り詰めるか。その二種類の生き方しかないんですよ」
「それは勝手に世界を、人間の可能性を諦めた大人の理屈だ。おいらは諦めて切り捨てたりしないぞ。エドゥアルトと一緒に、世界の可能性を信じてどこまでも突き進んでやる」
 テッテは無手でエドゥアルトの首から団長に向かって飛び降りる。「飛んで火にいる、というやつですね! あなたなど、私にとっては虫です」と団長はテッテの浅慮を嘲笑う。
 テッテが右手を掲げると、体を包んでいた光が右手に凝縮し、細長い形状を形成し、眩い光を閃光のように放つと、彼の手には黄金に輝く長剣が握られていた。
 団長がテッテに向かって剣を払うと同時に、テッテは金色の剣を両手で持ち、団長に向けて振り下ろした。
 テッテの剣は団長の剣と衝突し、団長の剣は紙でも切るように斬り飛ばされた。そのままテッテの剣は振り下ろされて、団長の体を袈裟斬りに斬って落とす。
「ば、かな。こんな小僧に」
 団長は血の塊を吐きだすと、その場にうつぶせに倒れた。
 エドゥアルト、とテッテが叫ぶと、エドゥアルトも「分かっている」と答えて頷き、リオの傍へと寄って行く。
「リオ。君のおかげだ。君の私への優しさが、テッテと出会わせてくれた」
 エドゥアルトは指先に牙をたてると、滲んで溢れた血をリオの体に垂らした。すると見る間に腹部の穴は塞がり、蒼白だったリオの顔に赤みが差し、ゆっくりと起き上がる。
「どういうこと? あたしは団長に刺されて、それで」
「エドゥアルトが助けてくれたのさ」
 テッテはリオを助け起こして立ち上がらせてやると、エドゥアルトを見上げて自分の手柄のように自慢げに言った。
「そう……。ありがとう、エドゥアルト。でも、これでお別れなのね」
 エドゥアルトは翼まで枯れた樹のようにしおらせながら、「そうなるな」と心底寂しそうに言った。
 エドゥアルトはテッテを摘まみ上げると自分の背に乗せる。
「テッテ、君は我らの王となるべく生まれてきた。そして私はその王の隣に立つべく生まれてきた」
 テッテは憑き物が落ちたような晴れやかな顔でエドゥアルトを見上げると、うっすらと笑み、首を振った。
「いいや。おいらが生まれてきたことに意味なんかない。大事なのは、おいらが今ここに、あんたといる。その事実さ、エドゥアルト。あんたにとってもな」
 そうだな、とエドゥアルトは頷くと、天井に向かって咆哮し、空気の塊を吐きだした。それは天井を吹き飛ばし、粉々に砕いた。破片は風に乗って遠く運ばれ、落ちてきたのは粉のような木くずばかりだった。
「では行くとしようか。この檻の中は、私たちには狭すぎる」
 ああ、と朗らかに応えて、テッテはモルガンやリオに向かって手を振る。「悪いな、モルガン、リオ。おいら行くよ」
「行ってこい。お主は儂らの誇りだ」「また会えるよね、エドゥアルト、テッテ!」
「ああ。いつか必ず。またここに帰って来る。行こう、エドゥアルト」
 エドゥアルトは飛び上がる。その場にいた全員が厳かな儀式を前にしているかのように、ただ物音を立てないようにじっとしていた。翼の起こす風だけがそこに響き、それもやがて遠ざかっていった。
 ――なあ、ガルアン。おいらドラゴンの背にいるんだぜ。
 嘘つけ、という皮肉な笑みが目の前に浮かぶようだった。
 少年が天井の染みに見つけた空駆けるドラゴンの背に、少年はいる。今は唯その自由と喜びを噛みしめる、それでいいのかもしれない。少年の物語はまだ続くが、それはまた別のお話。
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