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この世界には吸血鬼が存在する。
いや、それだけじゃない。魔法だって使えるし、精霊すら姿を見せる。
俺は数回この世界の地図を眺めたことがある。だが、日本人だった頃の感覚のせいか、そこに記されている地名はどれも馴染みのない音ばかりで、土地の距離感すらさっぱり掴めなかった。
それでも確かなのは、ここが前世の世界とはまるで別物だということだ。
そして俺も、もはや人間ではなかった。
吸血鬼──それが、この世界で与えられた種族。
だが、生まれつき牙が一つだけ欠けている俺は、同族の間でも「欠陥品」と囁かれている。
血を吸うための牙が揃っていない吸血鬼など、もはや存在理由すら危うい。
それでも俺は、血を飲むことを拒んだ。
前世の記憶……日本で人間として生きていたときの感覚は、今となっては霞のように薄れている。
もしそれすらなければ、きっと抵抗などなく人の血も同族の血も、平然と受け入れていたのだろう。
だが俺は覚えている。
生きていた頃の“人間”という生き物の姿を。
その記憶が、未だに俺の選択を縛り続けている。
だから俺は、ここから出て人間が住む場所へ行くと決めた。
手始めに、捉えられた人間を逃がすため地下室へと訪れた。
薄暗い階段を降りると手足に枷をつけられ横たわる人影が見えた。
「……起きて、動ける?」
檻の前にかがみ込み声をかける。男の子が三人と、女の子が二人囚われている様だ。
「あまり大きな声を出さないで」
「ひいっ!」
一番近くにいた女の子が、引きつった声を上げて後ずさる。
視線は合わなかったが、俺の声に驚いたのだろう。
吸血鬼は夜目がきくが、人間はそこまでではないだろう。
「落ち着いて。敵じゃない。君たちを助けに来たんだ」
「助けに?」
「うそだ!そうやって騙して酷いことをするんだろう!」
「近寄るな!」
「…………」
「ちょ!小さい声で話して!そんなに音を立てたら気付かれる!」
小声で焦りながら注意を促すも、余計に大きくなる声。
「触るな!」
ガシャンとけたたましい金属音が響く。
「ちょ、やばいから!ほんとにやめて!」
「何をしている」
「ひいっ!な、何も!」
しゃがみこんでいた体制から勢いよく立ち上がり振り向けば、端正な顔を歪め、咎めるような視線が突き刺さる。
「これは、その……」
「牙無しの癖に、餌の様子見か?はっ!そんな訳ないよな?だってお前は血が吸えない出来損ない。……そうだろう?」
青い髪を肩から振り払い、踵を響かせて近付いて来る男──ルクス・サールス。
視線をそらした顔はがっちりと捕まれ、ぐっと引き寄せられる。
「……牙はある」
「使えなければ意味が無い。そうだろう?シーノ・マイテイル」
ツーと伝う感覚に背筋が泡立ち、距離を取るため踵を下げれば檻にぶつかった。
逃がさないというように掴まれた腕がぎしりと痛む。
「いっっ!ル、ルクス!嫌だ!それは嫌だ!」
「これは食事だ」
冷たい言葉が耳元に落とされ、容赦なく首筋に牙が突き刺さる。
「んっ!ぐっん……うっあっ!」
ゴクリと血を飲み込む音がやけに響いて聞こえる。
ドクドクと脈打っているのは誰の音だろうか。
鼻につく鉄の匂いに吐き気を覚える。それなのに牙から伝う体液が麻酔となり、鈍い痛みと共に快感を刺激する。
「だ、めっ!ひゃっ!」
ペロリと舐め取られた感覚に悲鳴をあげる。
傷口をぐりっと押し込むように舌が往復する。
牙を抜かれた穴はあっという間に塞がり、元の白い肌へと戻った。
「ふっ、餌としては上出来だ」
アイスブルーの瞳が怪しくひかり、口元が楽しげに歪められる。
「離せ!」
掴まれた手を振り払うも、力で敵わずに引き戻される。
「お前も少しぐらい飲まないと、もたないぞ?どれ、後ろから好きな餌を選べばいい」
「つ!いらない!俺は血なんて必要ない!」
ぐわんぐわんと揺れる視界を堪えながら声を張り上げ、威嚇するように睨みつける。
そして──
意識がプツリと切れた。
いや、それだけじゃない。魔法だって使えるし、精霊すら姿を見せる。
俺は数回この世界の地図を眺めたことがある。だが、日本人だった頃の感覚のせいか、そこに記されている地名はどれも馴染みのない音ばかりで、土地の距離感すらさっぱり掴めなかった。
それでも確かなのは、ここが前世の世界とはまるで別物だということだ。
そして俺も、もはや人間ではなかった。
吸血鬼──それが、この世界で与えられた種族。
だが、生まれつき牙が一つだけ欠けている俺は、同族の間でも「欠陥品」と囁かれている。
血を吸うための牙が揃っていない吸血鬼など、もはや存在理由すら危うい。
それでも俺は、血を飲むことを拒んだ。
前世の記憶……日本で人間として生きていたときの感覚は、今となっては霞のように薄れている。
もしそれすらなければ、きっと抵抗などなく人の血も同族の血も、平然と受け入れていたのだろう。
だが俺は覚えている。
生きていた頃の“人間”という生き物の姿を。
その記憶が、未だに俺の選択を縛り続けている。
だから俺は、ここから出て人間が住む場所へ行くと決めた。
手始めに、捉えられた人間を逃がすため地下室へと訪れた。
薄暗い階段を降りると手足に枷をつけられ横たわる人影が見えた。
「……起きて、動ける?」
檻の前にかがみ込み声をかける。男の子が三人と、女の子が二人囚われている様だ。
「あまり大きな声を出さないで」
「ひいっ!」
一番近くにいた女の子が、引きつった声を上げて後ずさる。
視線は合わなかったが、俺の声に驚いたのだろう。
吸血鬼は夜目がきくが、人間はそこまでではないだろう。
「落ち着いて。敵じゃない。君たちを助けに来たんだ」
「助けに?」
「うそだ!そうやって騙して酷いことをするんだろう!」
「近寄るな!」
「…………」
「ちょ!小さい声で話して!そんなに音を立てたら気付かれる!」
小声で焦りながら注意を促すも、余計に大きくなる声。
「触るな!」
ガシャンとけたたましい金属音が響く。
「ちょ、やばいから!ほんとにやめて!」
「何をしている」
「ひいっ!な、何も!」
しゃがみこんでいた体制から勢いよく立ち上がり振り向けば、端正な顔を歪め、咎めるような視線が突き刺さる。
「これは、その……」
「牙無しの癖に、餌の様子見か?はっ!そんな訳ないよな?だってお前は血が吸えない出来損ない。……そうだろう?」
青い髪を肩から振り払い、踵を響かせて近付いて来る男──ルクス・サールス。
視線をそらした顔はがっちりと捕まれ、ぐっと引き寄せられる。
「……牙はある」
「使えなければ意味が無い。そうだろう?シーノ・マイテイル」
ツーと伝う感覚に背筋が泡立ち、距離を取るため踵を下げれば檻にぶつかった。
逃がさないというように掴まれた腕がぎしりと痛む。
「いっっ!ル、ルクス!嫌だ!それは嫌だ!」
「これは食事だ」
冷たい言葉が耳元に落とされ、容赦なく首筋に牙が突き刺さる。
「んっ!ぐっん……うっあっ!」
ゴクリと血を飲み込む音がやけに響いて聞こえる。
ドクドクと脈打っているのは誰の音だろうか。
鼻につく鉄の匂いに吐き気を覚える。それなのに牙から伝う体液が麻酔となり、鈍い痛みと共に快感を刺激する。
「だ、めっ!ひゃっ!」
ペロリと舐め取られた感覚に悲鳴をあげる。
傷口をぐりっと押し込むように舌が往復する。
牙を抜かれた穴はあっという間に塞がり、元の白い肌へと戻った。
「ふっ、餌としては上出来だ」
アイスブルーの瞳が怪しくひかり、口元が楽しげに歪められる。
「離せ!」
掴まれた手を振り払うも、力で敵わずに引き戻される。
「お前も少しぐらい飲まないと、もたないぞ?どれ、後ろから好きな餌を選べばいい」
「つ!いらない!俺は血なんて必要ない!」
ぐわんぐわんと揺れる視界を堪えながら声を張り上げ、威嚇するように睨みつける。
そして──
意識がプツリと切れた。
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