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3:親友と恋人(真央視点)
しおりを挟む聡はいつも誰よりも早く登校している。
どうしてそんなに早く学校に行くのかと聞いてみると、どうやら今年小学生になったばかりの聡の妹が家を出る時に一緒に出るからだそうだ。
実はその質問をした時に初めて聡に兄弟がいることを知り、よくわからないが何故かとても絶望したのを覚えている。
最近席替えをした為、俺たちの席は前のように前後ではなくなってしまった。誠に残念ではあるのだが、それはそれとして悪いことばかりではないなと最近思っている。
今回の俺の席は最後列の一番左側であり、教室のほぼ全てを見渡せる席と言っても過言ではないほどの良い席だ。対して聡は前から三列目、左から二番目に位置する席なので、俺の席からはよく見える。最近は授業中に真剣な聡の横顔を見るのが日課になっていた。
「……?」
今日も意気揚々と教室の扉を開けてすぐ、俺は異変に気づいて足を止めた。元気よくおはようと言いかけた口は結局何かを発することはなく、ただぽかんと間抜けに開けたままだ。
教室をいくら見回しても、聡がいない。教室を間違えたのかと思って再び廊下に出てクラス表記を確認するが、やはりそこには俺たちが所属するクラスが書かれている。トイレに行っているだけかもしれない、と聡の席に目を向けると本人は愚か鞄すらもないことに気づき、俺は呆然と立ち尽くした。
「おはよう、真央。そんな入り口で突っ立ってどうしたんだ?ほら、話なら席で聞いてやるから中入ろうぜ」
訝しりながらも教室の入り口で暗雲を背負いながら突っ立っている俺に声を掛けてきたのは、俺と聡の友人でありクラスメイトでもある小牧直だった。
小牧は絶望に打ち拉がれる俺の手を取って教室の席まで連れて行き、俺を席に座らせた後自身も前の席にこっちを向いて座った。
「おはよう……なぁ小牧」
「ん?ああ、聡なら今日は風邪で休みだって」
俺が聞くよりも早く小牧はそう言った。なんで俺が知らないことをお前が知ってるんだとも思わないでもないが、聡の幼馴染でもある小牧なら聡以外の情報源もありそうだと無理やり自分を納得させる。そうでもしないと嫉妬に狂いそうだ。
「桜ちゃん……ええっと桜ちゃんは聡の妹なんだけど、一昨日から風邪引いてるんだよね。多分それが移ったんだろうなって今朝……真央?」
突然俯いて黙り込んでしまった俺を不思議に思ったのか、小牧は首を傾げるようにして顔を覗き込んでくる。初めは心配そうだったその顔は徐々ににこやかな笑顔へと変わっていき、最終的にはにんまりとした笑顔になって俺を見ていた。
対する俺はぶすくれた表情のまま、この黒く澱んだ感情を知られないように小牧から顔を背ける。
俺の知らない聡を知っている小牧が羨ましい。
俺が知らない聡がいることが嫌だ。
俺以外の奴が知っているのが、腹立たしい。
そんな子ども染みた独りよがりで独占欲丸出しな醜い感情を押し殺そうとするが、どうにも上手くいかない。
今日だけではない。俺は聡のこととなるとこんな風に感情を抑えられなくなることが度々あった。寧ろよく今まで聡以外の前では抑えられていたと感心するところなのかもしれない。聡のことでは感情の起伏が激しいにも関わらず、聡以外のこととなると感情が出にくいらしいので、要するに俺が聡を好きすぎる結果なのだろう。
「ぷっ……くくっ……」
押し殺したような小さな笑い声にはっとして頭を上げると、小牧は腹を抱えながら笑い声を必死に押し殺そうとしている姿が目に入った。必死さのあまりその目尻には涙が浮かんでいる。呆気に取られながら、なぜ笑われているのか分からずに首を傾げるとさらに小牧は全身を小刻みに震わせて笑い始めた。
「……ほ、本当、お前って……ははっ」
「……な、なんだよ」
「くくっ……いや、お前って本当に聡のことしか考えてねーのなって」
笑いを必死に堪えながら紡がれた言葉に、俺は軽く目を見開いた。「はあ、笑った笑った」と言いながら手の甲で涙を拭う小牧は、おもむろに制服のスラックスのポケットから取り出した自身のスマートフォンを俺に差し出してきた。見てもいいのかと確認するように視線を向けると爽やかな笑顔と頷きが返ってきたので、素直にスマホを受け取り表示された画面を見てみることにした。
表示されていたのは俺もよく使うメッセージアプリの画面。一番上には聡の名前がフルネームで書かれており、それが聡と小牧のトークルームであることがわかる。小牧はデフォルト画面のまま使っているようで、聡からのメッセージは白色の吹き出し、小牧自身が聡に送ったメッセージは緑色の吹き出しで表示されていた。
無意識にごくりと喉が鳴る。他人のスマホを見ることは勿論、自分以外のトークルームを覗く見ることに柄にもなく緊張しているらしい。小牧のスマホを持つ手が少し震えていることに気付いて、慌てて落とさないように両手でそっと持ち直した。
『桜の風邪うつったから今日休む』
今日の日付下にある白色の吹き出しに書かれていたのは、絵文字も顔文字も句読点すらないそんな簡素な一文だけだった。
「本当に要件だけだろ?……お前とのやりとりがどんなのかは知らないが、俺には大体こんな感じだよ」
たった一行、そこには確かに要件しか書かれていないかもしれないが、俺にとってはそんなことよりも何よりも聡からメッセージが来ること自体に意味があるんだと悔しさに唇を噛み締めた。
俺と聡は中学校に入ってから仲良くなったのだが、小牧と聡は違う。二人は幼稚園の頃からの仲で親友とも呼べる間柄、つまり俺の何倍もの時間を聡と一緒に過ごしていることなのだ。今の俺は聡の恋人という誰よりも近くにいられる立ち位置にいるが、何に対してなのかは俺にもわからないけれどこれからも親友の小牧には勝てないのだろうとぼんやりと思った。
「ばーか」
「……いってぇ」
不意に頭を前から叩かれ、俯きながら少し痛む箇所を抑えた。じとっとした目を向ければ小牧が困ったような呆れたような表情で俺を見ている。これ見よがしにはあぁと大きく溜息を吐き出した小牧にびくりと身体が跳ねた。
「一緒にいた時間も大事かもしれない。けどな真央、親友とか友人とかって時間より密度が大事なんじゃないか?」
小牧はまるで幼い子どもに言い聞かすように、俺の頭をぽんぽんと軽く撫でて優しくそう言った。
(……友人じゃなくて、恋人なんだけどな)
声には出せないが心の中――いや、口の中でもごもごと言うが小牧には何も聞こえていなかったのか、少し顔を上げて目が合うと笑みを浮かべながら首を傾げている。頭から手を離した小牧は、俯く俺の顔を覗き込みながらにっと人好きのする笑みを浮かべた。
「ま、俺はこれからもずっとお前らの親友でいたいと思うよ」
「……俺が女なら今ので惚れた」
付き合い初めの頃、聡が言っていた事を不意に思い出した。俺たちが男同士で付き合うに至るまでには葛藤や問題など、それはもう色々とあったものだ。長い年月をかけてお互い向き合って付き合うと決めた時、聡はこう言ったのだ。
――親友に隠し事をすることが辛い、と。
今なら聡の言っていたことがわかる気がした。正直今の今まであまりピンときていなかったが、親友というよりも小牧に隠し事をしているという事実が心苦しく感じるのだ。
言ってしまえば楽なのかもしれない。もし言って離れて行ってしまったら俺たちは立ち直れないかもしれないし、小牧に何と思われるか想像ができないことが正直怖い。別に小牧を信じていないわけではないが、大事な友人だからこそ拒絶された時のダメージが大きいので一歩踏み出せないのだ。
俺の言葉を冗談と受け取ったらしい小牧は、俺の手から自分のスマホを抜き取って何やら操作をし出した。盗み見たかったわけではないがちらりと見えた画面には先程のトーク画面が表示されていたので、どうやら誰かにメッセージを送っているらしい。
一通り打ち終わったのか、机に左の頬をつけてだらりと突っ伏す俺の目の前にスマホの画面を見せつけるように置いた。
「今日の放課後、聡のお見舞いに行くか?」
「……行く」
メッセージ一つで小牧に嫉妬していた数分前の自分が恥ずかしく感じる。こいつはどこまでも俺と聡のことを考えてくれているようで、今もその表情は穏やかだ。
聡のことが好きだから誰に対しても何に対しても嫉妬しても仕方ないなんて嘘だ。俺は小牧の笑顔を見ながらそう思ったのだった。
* * *
放課後、俺と小牧は電車に揺られていた。
聡の家は学校の最寄駅から電車で十数分かかる駅から少し歩いたところにあるそうだ。俺は聡の家には一度も行ったことがないので、今は小牧に案内してもらっている。
当然幼馴染みである小牧の家もこの近くにあるらしく、今度遊びにこいよと誘われたので二つ返事で首肯すると、途端ににこやかな笑顔になった小牧に頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられた。
そういえば二人とも電車通学なのかとふと思った俺は、自分が電車通学ではない事実に少し疎外感を感じてしまい、小さく溜息を吐く。
「そういえば真央は自転車だっけ?」
「ああ……俺も電車通学が良かったな」
「そうかな?俺は自転車の方が羨ましいと思うけど」
流れていく風景に視線を向けながら爽やかに笑う小牧に軽く笑いながらも、心の中では「違う、そうじゃないんだ」と思った。好きな人が電車通学だから一緒に電車通学したかっただけなんて、今時小学生でも言わないような我儘なだけなのだ。少しでも長く聡といたいから、なんて俺はどれほど聡のことが大好きなのだろうか。
「……あれ?直くん?」
聡たちの家の最寄駅の改札を出て少し歩いた時だった。
クラスの女子よりも幾分か高い声が隣を歩く小牧の名前を呼んだ。真っ赤なランドセルを背負った少女は、驚いた様子で俺と小牧を交互に見ている。
「あ、桜ちゃん。こんにちは」
桜と呼ばれた少女は、少し頬を赤く染めながら小さく「こんにちは」と挨拶した。よく見れば目元や全体的な雰囲気が聡によく似ていることに気付き、この子が聡の妹かと納得した。
「あの……」
ランドセルの肩掛け部分を握り締めながら、おずおずと俺を見上げて戸惑いの声を上げる彼女に軽く微笑むと、目線を合わせるために地面に片膝をついた。桜ちゃんは恥ずかしがり屋さんだもんな、という友人の締まりのない声が頭上から降ってきたので無視をしつつ、怖がらせないように声色を優しくすることに努める。
「初めまして、俺はこいつの友達の鈴木真央。よろしくね」
「……わ、私、牧原桜、です!よっ、よろしくおねがいしますっ!」
顔を真っ赤にしながらあわあわと慌てる姿は俺の大好きな恋人にそっくりで、思わず笑みが零れた。男と女で性別が違うので顔立ちがそっくりと言うわけではないが、やはり似ている。
頭上から『この人たらしめ』という言葉が聞こえた気がしたが何のことかわからないのでスルーを決め込んで桜ちゃんに笑顔を向けていると「はいちーず」という声が聞こえ、俺たちは反射的に声のした方へと顔を向けた。そのすぐ後にパシャリという音が鳴り、小牧はにこにこと今撮影したであろう写真をこちらに向けている。そこには呆然としたような阿呆面で映る俺とは違い、桜ちゃんははにかみながら小さくピースサインをする姿が映っており、その早技に驚愕した。
「げほっ……おい、お前らここでなにやってんだよ……」
いつもより掠れた咳混じりの辛そうな声が背後から聞こえ、俺達は弾かれたように振り返った。そこには黒のTシャツに厚手の灰色のパーカー、ゆったりとした黒のジャージを履いて白いマスクを付けた聡がいた。ごほごほと咳を漏らしながらこっちに歩いてくる姿に、聡の妹である桜ちゃんが慌てて駆け寄る。
「お兄ちゃん!寝てなきゃだめじゃない!」
「あー……うん、ごめん。ちょっとコンビニ行ってたんだ。げほっ……で、なんで真央がここにいるの?」
いるとは思わなかったのだろう、俺と目があった聡の目は軽く見開かれていた。確かに小牧の家は聡の家の近くだからここにいてもなんら不思議ではないが、この近くですらもない俺は違う。驚きを含んだ視線から逃れるように顔を背けるように俯きながらぼそりと告げた。
「……その……お見舞いに、来た」
「……お見舞い?……あ、えっ、本当?」
こくりと頷くと驚きに満ちた声色でもう一度本当かと聞かれた。そんなに信じられないことなのだろうか?仮にも恋人なんだから心配して当たり前だろうと思いながら、未だ地面に片膝をついた状態で聡を見上げた瞬間、声が詰まった。
聡は使い捨ての白いマスクに覆われた口元に腕を当てながらそっぽを向いていた。これは聡が恥ずかしいと感じた時にする仕草で、よくよく見ればマスクで隠れていない部分が赤く染まっている。
「……ありがとう」
小さく呟くようにお礼を言う聡があまりにも可愛くて、俺は人目も憚らず抱き締めたい衝動に駆られたが、ぐっと抑える。今は外で人目もある状況でそんなことをすれば聡に変な噂が立っても嫌だったのでここは我慢だ。
小牧たちに促され、俺は制服のスラックスについた砂を払いながら立ち上がった。
何度も言うが、聡の家に行くのはこれが初めてである。いつも学校近くの俺の家に聡が来ていたので何だかとても新鮮な感じがするが、同時に、幼い頃から来ていたと言う小牧がまたどうしても羨ましくも恨めしい気持ちになってしまった。複雑な男心である。
「……幼馴染、か」
叶うことはないが、出来ることなら俺も幼馴染になりたかったと思う。俺の知らない聡を知っている小牧が憎らしくなって、隣を歩く小牧の脇を肘で少し強めに突いた。ぐっというような変な声が聞こえ気がしたが知らない振りを決め込んで、前を歩く聡の隣へと早足に向かう。ちらりと見えた横顔は、熱のせいかいつもより覇気がない。
「……なんで一人でコンビニに行ったの」
身体が辛いだろうに何故一人で行ったのかと聞けば、咳を一つした聡は真っ直ぐ前を見ながら、喉が乾いたからだと答えた。
そういえば電車の中で小牧が、聡の両親は共働きで夜にしか帰ってこないと言っていたような気がする。放課後は学童に通っている桜ちゃんの時間に合わせて、聡は俺の家から帰っていたことに今更ながらに気付いた。
「なんで俺に言わないの」
「なんでって……真央だって学校あるのに迷惑かけられないよ」
眉根を下げながら笑う恋人の姿に、ぐるぐると渦巻くようなどうしようもない感情が腹の底から湧き上がっていくような感覚がした。
気持ちだけで十分嬉しいなんて笑わないで欲しい。
俺は聡に頼られたい、聡が大事だから頼って欲しい。
そんな感情が込み上げ、口から出そうになってしまう。弱っている聡にこんな感情をぶつけることが間違いなことくらい馬鹿な俺でもわかる。でも、それでも、聡にはこの気持ちを少しでもわかってほしいという想いが俺の心を満たしていく。
「……真央……?」
急に黙りこくって立ち止まってしまった俺を心配したのだろう聡が顔を覗こうとしてきたが、今の情けない顔を見られたくなくて、思わずその身体を引き寄せて強く抱き締めた。
「まっ……真央っ?!」
腕の中の身体は、熱のせいかいつもより熱い。大人しく寝ていなければならない筈なのに無理してコンビニなんかに出掛けるから、もしかすると熱が上がったのかもしれない。
最初こそ驚きと恥ずかしさで控えめに暴れていた聡だったが、俺が何をしても離さないとわかるとすぐに大人しくなった。ぽんぽんと一定のリズムで俺の背中を叩きながら、風邪で掠れた声で大丈夫だと言う。早く離さないといけないのに、折角手に入れたこの温もりを離すことが出来ない。
「……頼れよ」
「……え?」
しまった、と思った時にはもう遅かった。先程まで押し殺せていた感情が、不意に口からこぼれ出てしまったのだ。ここまで来たら言うしかないと腹を括り、半ばヤケクソになりながら俺はもう一度言った。
「……ああもう!頼れって言ってんだよ!俺はお前の……!」
そこまで言って、咄嗟に口を噤んだ。
これ以上は駄目だ、これ以上言ってはいけないと頭が警鐘を鳴らしている。まだ側には聡の妹も小牧もいるし、なによりここは外だ。人目もあるというのに俺は何を口走りかけたのだろうか。そう思って周りを見回すと桜ちゃんと小牧は愚か、人っ子一人いない。
我に返った俺は聡から肩を掴んで身体を離し、息を切らしながら目の前の恋人の顔を見つめた。そして落ち着いてきた頃やっと自分の発言を思い出し、あまりの恥ずかしさに顔から火が噴き出しそうになる。
――俺はお前の親友じゃない、恋人だ。
「……っ……ははっ」
笑い声が聞こえ、反射的にその方を向けば顔を真っ赤にして幸せそうに笑う聡の姿が目に入る。笑われる理由がわからずに困惑しながら首を傾げると、今度は優しく抱き締められた。
「……馬鹿だなあ、真央は。俺だって男なんだよ?……好きな奴に格好悪いとこ見せたくないんだって、わかれよ」
――親友と恋人じゃ、見せたい部分とか知られたくない部分とか全く違うんだよ。
そう言って俺から身体を離し、右手を差し出す聡。俺は差し出された右手と聡を交互に見た後、気が抜けたように笑ってその手を取った。
「……一緒、か」
「うん、一緒なんだよ」
マスク越しに笑う聡に、俺は胸の辺りが温かくなるのを感じた。
俺も聡も男同士だからこそ余計に恋人と親友の境界線がこれほどまでに曖昧なのかもしれない。でもやっぱり俺は聡の恋人だという立場をはっきりさせたいと思っている。――いや違うな、本当は不安だったのだ。小牧という親友と俺という恋人の扱いの差や違いが、いつの間にか俺にとっては妬み嫉みの対象になってしまっていたのだろう。
「あー……やっぱり聡が好きだ」
「ちょ、ば、馬鹿!くっつくなって!」
でも今やっと、理解した。
俺は恋人で、小牧は親友。こんな可愛い聡の顔を見れるのも全部全部俺の特権なんだってことを。
「風邪、移したら治るらしいぜ?……試してみる?」
聡の口元を覆うマスクを人差し指で顎へとずらし、ゆっくりと顔を近づけていく。しかしお互いの鼻が当たりそうになった瞬間、俺の口を塞ぐように重なり合った両手が添えられた。
「……ばーか、俺がお前にうつす訳がないだろ」
熱のためか、はたまたそれ以外の理由かはわからないが顔を真っ赤にした聡は視線を逸らしながらぶっきらぼうにそう言った。横を向いた時に聡の口が僅かに尖っていることに気付き、思わず手の下の顔が緩む。あまりに可愛い事を可愛い顔で言うものだから、俺の心臓は大きく高鳴った。
正直、ここまで聡が照れるとは思わなかった。恥ずかしがる顔は幾度となく見てきたつもりだったが、照れている顔はまた違う意味で唆る。口を塞ぐ掌に舌を這わせると、ぴくりと肩を震わせて更に顔を赤くする聡に、自然と口角が上がっていく。
親友はこんなことをしないだろう。今みたいな事が出来るのも全て恋人だからだ。この恋人の可愛い顔も可愛い物言いも全部全部俺のものだと、俺の全身が叫んでいる。
この後聡と共に聡の家に行くと、仲良くお粥を作る小牧と桜ちゃんがいて正直ほっとした。途中からいないことは分かっていたが、先ほどのあれを見られていたら俺以上に聡が立ち直れなかったことだろう。そして熱がかなり上がっていた聡は、問答無用でベッドに戻されていったのだった。
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