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9:誤解と真実
しおりを挟むいつまで経っても想像していた痛みは襲って来ず、代わりに右腕を思い切り引っ張られた痛みが襲ってきた。
静まり返る周囲、この空間で俺の心臓だけがバクバクと煩いほどに音を立てている。恐る恐る顔を見上げると、そこにいたのは何かを堪えるように必死な形相をした真央だった。
「……っ、大丈夫か?聡」
自分の身に起こったことがあまり理解できない。恐怖と驚きで思考が停止してしまったようで声が出なかった。そんな俺を見て真央は痛みを堪えたような表情で俺のことを見たあと、何を思ったのかぎゅっと抱きしめてきた。
胸元に押し付けられているせいで、真央の香りが鼻腔を擽る。嗅ぎ慣れた安心できる香りに少しずつ緊張が解れていき、代わりに今更ながらに恐怖が襲ってきた。カタカタと震え出す体に真央は一瞬腕を緩めたが、すぐにまた力を込めて抱きしめられる。
「……良かった……聡が無事で、本当に良かった」
さっきは気づかなかったが、抱きしめている真央の身体も俺と同じように小刻みに震えていた。
「……ま、お?」
「聡、ごめん、本当にごめん」
真央の声は泣いているかのように震えていた。ごめん、ごめんと謝る声に大丈夫だと言いたいのに、未だに恐怖で満足に声を出せないことが恨めしい。
別に真央が悪いわけじゃないのにどうして真央が謝っているのだろうかとぼんやりと思っていると、極度の緊張と恐怖が真央の香りを嗅いで落ち着いてきたことや、連日の睡眠不足もあり、急激に睡魔が襲ってきた。
――今俺が寝たら、また姫川さんのところにいくのかな……?
そんなことを思いながらも襲ってきた睡魔には勝てず、俺の意識は闇に沈んだ。
次に目を開けた時、俺は一人だった。
医務室であろう白い部屋の中はとても静かで、遠くから聞こえる楽しげな声以外はカーテンの揺れる音のみ。
いくらか寝てすっきりした頭で考えるが、寝てしまう前の記憶がよく思い出せない。何かあった気がするんだけど……と考えながら上半身をゆっくりと起こすと、ベッドがぎしりと音を立てた。
「あら、起きたのね。どこか痛いところはある?」
きゅっと音を立てて椅子から立ち上がったのは、白衣を着た見知らぬ女性だった。俺はゆるゆると頭を横に振ると、女性はほっとしたような表情を浮かべ、俺の隣に椅子を移動させて座った。
「上の服を脱いでもらえるかな?一応怪我がないかどうか確認させてね」
「あ、はい」
言われるがままに上半身の服を脱いで半裸の状態になる。怪我の確認をするだけとはいえ、初対面の女性の前で脱ぐのは少し恥ずかしく思う。羞恥で頬が熱くなっていることに気付かれないように僅かに顔を背けると、くすくすと笑い声が降ってきた。
一通り見てもらった様子では擦り傷が少しあるくらいで大きな怪我はなさそうだということだった。ただ後から痛みが出てくる可能性もあるとのことで、この林間学校中は激しい運動は控えるようにとのことだ。
それだけ言って女性は入り口付近にある備え付けの電話の受話器のようなものを取り、誰かと会話し出した。話の内容から、おそらく俺が目を覚ましたことの報告だろう。
しばらく話していた女性は俺の方を向いてにっこりと笑い、少し待っててねと言って部屋を出て行ってしまった。
残されたのは俺一人。
どうしようかと考えていた時だった。
「聡……っ!」
「……真央?」
バァン、と勢いよく開けられた扉から現れたのは、髪が乱れまくった真央だった。真央は乱れた髪や息もそのままに、俺の座っているベッドの横まで歩いてくる。そしてガバッと強い力で抱きしめられた。
あまりに力が強くて息が詰まり、背中をトントンと叩きながらくるしいと苦言を呈すると、少しだけ力が緩む。突然のことに状況が読み込めていない俺に漸く気付いたらしい真央は渋々離れていき、近くにあったパイプ椅子に腰掛けた。
「……えっと、真央?」
「聡はどこまで覚えてる?」
どこまでとは何のことだろうかと首を捻っていると、はあと溜息を吐かれた。
「聡は……言い争っていた奴らの一人が投げた鞄が、運悪く階段を降りようとしていたお前の背中に当たって、落ち掛けた」
「落ち……?」
何となく思い出してきた気がする。確か姫川さんと真央の取り巻きがお互いに言い合っていて、何かが背中に当たって階段から落ちそうになったんだ。何が当たったのかと思っていたけど、まさか鞄だったとは。
ふわっとした浮遊感の後、気付いたら真央に抱きしめられていたんだったっけとそこまで思い出して顔が熱くなる。公衆の面前で抱きしめられたのか、と今更ながらに羞恥心が襲ってきた。
「俺は聡が落ちると思った時には体が動いていて、聡の腕を落ちる寸前で掴むことができたから、結果的には落ちてはいない」
「……その、助けてくれてありがとう」
「……当然だろ」
痛みを堪えるように眉間に皺を寄せる真央が心配で頬に触れようと手を伸ばす。しかしその手は真央にたどり着く前に真央の手によって掴まれた。
どうしたのかと聞いても返ってくるのは沈黙のみ。時折何かを言おうとしているのか口が開き、声を発する前にまた閉じてしまうので何があったのかが全くわからない。聞いてもいい内容なのかもわからないため無理に聞き出すことも出来ず、気まずい沈黙が流れる。
先に声を上げたのは真央の方だった。
「……本当は話したいことがいくつもあるんだ。今は言えないけど……でも絶対にこの林間学校中には言えるようにするから、俺を信じて待っていて欲しい」
自分に都合の良いように言っているように聞こえるだろうけど、と付け加えられ、本当にそうだなとぼんやりと思った。
言えないことがあるのは別に良い。人間言えないことは一つや二つあるだろう。けれど最近の真央はよくわからない。ただ言えないことがあるだけなのか、それとも言えないことが俺にとって重要だからこうしてどうにか伝えようとしているのかすらも検討がつかなかった。
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