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田所という男
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俺は次の日少し早めに仕事に行った。所長命令で1週間の病休をもらったが、熱も下がって丸一日過ぎたし、身体も鈍い痛みが少しあるぐらいでどうってことない。昨日コウイチと1日過ごしたことで、自分でも驚くほど回復していた。
居住スペースを抜けて、エレベーターに乗り二階を目指す。通勤時間5分もかからないのは、この仕事をしている者の特権だ。エレベーターが二階で開くと、目の前にガタイのいい男が立っていた。
「田所さん!」
体が異常なほどびくりと反応して、後ろに下がった。
「小野寺さん、おはようございます!……降りないのですか?」
田所さんが爽やかな笑顔で挨拶をしてきた。一昨日のことがあり、ちょっと対人恐怖気味なのかもしれない。田所さんに申し訳ないような気がして、無理矢理笑顔を貼り付けた。
「ありがとうございます。今日はこれで上がりですか?」
「いえ、早朝任務に代わってもらったんです。朝の5時から勤務でして。」
朝の5時からかあ。夜間勤務も辛いけど、朝の5時っていうのも嫌だなあ。絶対起きれない。
「最近お会いしませんでしたね。」
田所さんは、まだ話を振ってくる。俺がエレベーターから降りられるように下行きのボタンを押し続けながら。
「はは。そうですねー。ではこれで。」
俺は話を終えて、エレベーターから降りようと歩き出した。
「小野寺さん。」
「は?」
まだ何かあるのか?『何か?』と訊ねようとして気づいた。田所さんのしつこさで、この前襲われた記憶が蘇ってきて微かに震えてる…。
…早く、早く仕事に行きたい…。
「何をしてるんだ?」
隣の階段から降りてきたばかりのコウイチが、怪訝そうな目で見ていた。
「こ、コウイチ!…さん。」
田所さんの前であることを思い出し、「さん」をつける。俺と田所さんを交互に見ていたコウイチが、隣にやってきた。
「ちょうど良かった。経理部に用事がある。一緒に行こう。」
「じゃ、田所さん、お仕事頑張ってください。」
俺もちょうど良かったと、田所さんにおざなりの挨拶をして歩き出した。
「あ、あの、小野寺さん…。あ、…お気をつけて。」
何か言いたそうにしていた田所さんが、諦めたように最後の言葉を付け加えた。
「大丈夫か?」
声をかけられて、コウイチの顔を見上げる。
「震えていたろう?」
「ありがとう。あ、あの…ちょっとだけ…思い出して…。」
コウイチと歩いている、そのことだけで震えは治まっていた。
「…スマホ、かせ。」
コウイチの言葉に、自然とポケットから自分のスマホを出して渡した。コウイチは立ち止まり、両手を使ってすごい勢いで何かやっていたが、すぐにこちらに差し出してきた。
「ほら、このボタンを押せば、必ず俺に通じる。何かあったら俺を呼べ。」
スマホの画面に、何やら知らないアプリが入っていた。どうやってこの短時間にダウンロードした?っつか、どうやってロック外したんだ!?
居住スペースを抜けて、エレベーターに乗り二階を目指す。通勤時間5分もかからないのは、この仕事をしている者の特権だ。エレベーターが二階で開くと、目の前にガタイのいい男が立っていた。
「田所さん!」
体が異常なほどびくりと反応して、後ろに下がった。
「小野寺さん、おはようございます!……降りないのですか?」
田所さんが爽やかな笑顔で挨拶をしてきた。一昨日のことがあり、ちょっと対人恐怖気味なのかもしれない。田所さんに申し訳ないような気がして、無理矢理笑顔を貼り付けた。
「ありがとうございます。今日はこれで上がりですか?」
「いえ、早朝任務に代わってもらったんです。朝の5時から勤務でして。」
朝の5時からかあ。夜間勤務も辛いけど、朝の5時っていうのも嫌だなあ。絶対起きれない。
「最近お会いしませんでしたね。」
田所さんは、まだ話を振ってくる。俺がエレベーターから降りられるように下行きのボタンを押し続けながら。
「はは。そうですねー。ではこれで。」
俺は話を終えて、エレベーターから降りようと歩き出した。
「小野寺さん。」
「は?」
まだ何かあるのか?『何か?』と訊ねようとして気づいた。田所さんのしつこさで、この前襲われた記憶が蘇ってきて微かに震えてる…。
…早く、早く仕事に行きたい…。
「何をしてるんだ?」
隣の階段から降りてきたばかりのコウイチが、怪訝そうな目で見ていた。
「こ、コウイチ!…さん。」
田所さんの前であることを思い出し、「さん」をつける。俺と田所さんを交互に見ていたコウイチが、隣にやってきた。
「ちょうど良かった。経理部に用事がある。一緒に行こう。」
「じゃ、田所さん、お仕事頑張ってください。」
俺もちょうど良かったと、田所さんにおざなりの挨拶をして歩き出した。
「あ、あの、小野寺さん…。あ、…お気をつけて。」
何か言いたそうにしていた田所さんが、諦めたように最後の言葉を付け加えた。
「大丈夫か?」
声をかけられて、コウイチの顔を見上げる。
「震えていたろう?」
「ありがとう。あ、あの…ちょっとだけ…思い出して…。」
コウイチと歩いている、そのことだけで震えは治まっていた。
「…スマホ、かせ。」
コウイチの言葉に、自然とポケットから自分のスマホを出して渡した。コウイチは立ち止まり、両手を使ってすごい勢いで何かやっていたが、すぐにこちらに差し出してきた。
「ほら、このボタンを押せば、必ず俺に通じる。何かあったら俺を呼べ。」
スマホの画面に、何やら知らないアプリが入っていた。どうやってこの短時間にダウンロードした?っつか、どうやってロック外したんだ!?
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