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コウイチという男

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カタカタカタカタ…。
無言のオフィスに4人分のキーボードを叩く音と書類をめくる音が響いている。10年前に飛んでから、2日が過ぎていた。昨日1日の休みを経て、俺は経理部の業務に戻っていた。

「…小野寺、何かあったのか?」
生田が隣のディスクから呟くように声をかけてきた。
「なにも…。何で?」
「いや…、何となく…。」
生田はまた画面に集中した。

本当はこの2日間、ほとんど眠れずにこう君やコウイチの事を考えていた。昨日の休みは、一日中ベッドから出なかった。ずっと天井を眺めて過ごした。体は休んだはずなのにだるい。しかし、頭は妙に冴えていた。

「コーヒー入れようか?ドーナツあるし。」
出張土産がわりに買ってきたドーナツを指し、田中さんが席を立った。
「私も手伝います。」
吉川さんも席を立ち、田中さんと2人で、朝から何処かに呼び出されてここにいない杉崎課長の分をどうしようか話しながら給湯室に消えていった。

「小野寺、何あったの?」
「いや…何もないぞ。どうした?」
そんなに変か?どこが変なのか分からなかったが、生田に何があったかを言うつもりはなかった。
「お前、酷い顔している。」
顔を触ってみた。自分では分からない。今朝身支度を整えた時も鏡を見たが、いつもと変わりなかった。

その時、入り口のドアが開き、杉崎課長が入ってきた。
「小野寺君、ちょっといい?」
入り口から声をかけられて席を立つ。生田は訝しげな視線を送ってきたが、また自分の仕事に戻っていった。

課長の後に続いて隣の小会議室へ入る。課長が廊下に誰もいないか確認して、そっとドアを閉めた。
「何かありましたか?」
「いや、本当は10日ぐらい後だったんだけどね、明後日また配達に出てもらうよ。」

「えっ?どうしてですか?」
今までこんな短期間に連続して飛んだことがない。こう君に会うかもしれない期日が目前に迫っている。まだまだ心の準備が出来ていなかった。
「俺も詳しくは分からないよ。所長命令だしね。でも、配達してもらう物は、予定と変わらない。配達終了の書類。7年前に飛んで判を貰って戻ってくるのが仕事。出発は夕方だが泊まりはないよ。過去に飛んだら自宅の方へ行って欲しいそうだ。」

「はあ…。」
配達終了と言うことは、俺が過去に飛ぶのが終わると言うこと?でも、予定では10回って…。
「あと、今回同行するのは新田という人だ。俺は会ったことないけど、小野寺君はあるんだろ?」

課長の最後の方の言葉は、俺の脳に届かなかった。
「コウイチ…さんは?」
全身から血の気が引いたように、頭や手先が痺れてきた。どうして?コウイチは?

「コウイチ君は、管理人を降りるらしい。」



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