13 / 34
その線はもう見たくない
2
しおりを挟む
結局、今泉に誘われた居酒屋でバイトをする事になった。基本、席に案内して初めの飲み物の注文は取るが、後は各席にあるタブレッドを使って注文があった品を運ぶだけ。チェーン店だけあってシステムがしっかりしている。前のレストランより気軽に働けた。
「お前、その髪型似合うな。」
「そうか?」
今日は今泉と2時間シフトが被っていた。俺は毎日3時間。基本的に1番忙しい6時から9時まで働くようにしていた。
今日は、結構長く伸びた髪が鬱陶しくなって、母親からもらったゴムで、ハーフアップに髪を纏めていた。
『さすがに女の子には見えないわね……。』
『悪かったな。男で。』
少し残念そうに言う母親に苦笑する。腹の中にいた時、3人目の俺を女の子だとずっと思っていた事は昔聞いたことがある。
2月も半ばになり、外は相変わらず冷たい風が吹いているが、店の中は暖房が効いていて、冬用の制服である厚手の作務衣では暑いぐらいだった。中にVネックの半袖Tシャツを着ているが、脱いでもいいぐらいだ。
「15番、揚げ出し運んで。」
厨房から声がかかり、大皿に4人前盛られた揚げ出し豆腐を運ぶべく、お盆を取りに行った。
「お待たせいたしました。揚げ出しです。」
「わぁー、美味しそう!」
「4人前って結構な量じゃない?」
膝を折ってテーブルに皿を移すと、6人席にゆったりと座った4人連れの女たちが声を上げた。どこかで見たことがある。……学校か?
「ごゆっくりどうぞ。」
立ち上がろうと片膝を立てた途端に、奥の右手に座っている女から声をかけられた。
「田崎さん、ですよね?」
「は?」
少しだけ顔を左に寄せて顔を確認する。見たことは……あるような……。
「田崎駿也さん、ではないですか?」
「はい。……お客様は?」
名前を知ってる?何故だ?たぶん接点は無かったはずだ。莉子の友達か?夏まで数ヶ月間付き合ってた女の顔が脳裏に浮かんだ。
「小森明日実と言います。あの……同級生です。大学は違いますが……。」
他の女がニヤニヤしながら明日実という女を見始めた。
「初対面でごめんなさい。あの……お付き合いしている方……いますか?」
莉子の友達ではないな。知り合いなら、こんな聞き方はしないだろう。
「いや……。」
いません、と言おうとして気が変わった。ここで気を持たせるような発言は控えるべきだ。何度か経験がある。今までのパターンだ。
「でもすみません。好きな奴がいるので。……ごゆっくりお過ごし下さい。」
言い終えて席を立つ。
「凄ーい、よく言ったねっ!」
「でも残念。」
「凄くセクシーじゃなかった?あの胸元!」
席を離れるにつれてあのテーブルに座る4人の声が遠ざかっていった。作務衣の紐を結び直しながら、厨房へ向かう。別にモテたいわけじゃない。ただ1人の人と幸せになりたいんだ……。脳裏には望の笑顔が映っていた。
「お前、その髪型似合うな。」
「そうか?」
今日は今泉と2時間シフトが被っていた。俺は毎日3時間。基本的に1番忙しい6時から9時まで働くようにしていた。
今日は、結構長く伸びた髪が鬱陶しくなって、母親からもらったゴムで、ハーフアップに髪を纏めていた。
『さすがに女の子には見えないわね……。』
『悪かったな。男で。』
少し残念そうに言う母親に苦笑する。腹の中にいた時、3人目の俺を女の子だとずっと思っていた事は昔聞いたことがある。
2月も半ばになり、外は相変わらず冷たい風が吹いているが、店の中は暖房が効いていて、冬用の制服である厚手の作務衣では暑いぐらいだった。中にVネックの半袖Tシャツを着ているが、脱いでもいいぐらいだ。
「15番、揚げ出し運んで。」
厨房から声がかかり、大皿に4人前盛られた揚げ出し豆腐を運ぶべく、お盆を取りに行った。
「お待たせいたしました。揚げ出しです。」
「わぁー、美味しそう!」
「4人前って結構な量じゃない?」
膝を折ってテーブルに皿を移すと、6人席にゆったりと座った4人連れの女たちが声を上げた。どこかで見たことがある。……学校か?
「ごゆっくりどうぞ。」
立ち上がろうと片膝を立てた途端に、奥の右手に座っている女から声をかけられた。
「田崎さん、ですよね?」
「は?」
少しだけ顔を左に寄せて顔を確認する。見たことは……あるような……。
「田崎駿也さん、ではないですか?」
「はい。……お客様は?」
名前を知ってる?何故だ?たぶん接点は無かったはずだ。莉子の友達か?夏まで数ヶ月間付き合ってた女の顔が脳裏に浮かんだ。
「小森明日実と言います。あの……同級生です。大学は違いますが……。」
他の女がニヤニヤしながら明日実という女を見始めた。
「初対面でごめんなさい。あの……お付き合いしている方……いますか?」
莉子の友達ではないな。知り合いなら、こんな聞き方はしないだろう。
「いや……。」
いません、と言おうとして気が変わった。ここで気を持たせるような発言は控えるべきだ。何度か経験がある。今までのパターンだ。
「でもすみません。好きな奴がいるので。……ごゆっくりお過ごし下さい。」
言い終えて席を立つ。
「凄ーい、よく言ったねっ!」
「でも残念。」
「凄くセクシーじゃなかった?あの胸元!」
席を離れるにつれてあのテーブルに座る4人の声が遠ざかっていった。作務衣の紐を結び直しながら、厨房へ向かう。別にモテたいわけじゃない。ただ1人の人と幸せになりたいんだ……。脳裏には望の笑顔が映っていた。
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる