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2:他人の幸せ、自分の幸せ

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「いらっしゃいませ。」
ゴールデンウィークだというのに仕事している人ってこんなにいるわけ? 今日は4時からバイトに入ったが、5時過ぎから店が混み出した。スーツ姿のサラリーマンも多い。サラリーマンはゴールデンウィークは休みじゃないのか?

機械的にレジを通して商品を渡す。最近は買い物袋を持参する人も増えたけど、特に仕事帰りの男の人は袋を欲しがる。そうすると、袋に入れる手間もかかる。

「ありがとうございました。次の方どうぞ。」
ビール2本と弁当を買ったお客さんに袋を手渡し、次の客を迎えようと列を見た。途端に心臓が一拍飛び越えたような気がした。
「田崎さん……!」

列の先頭に田崎さんが立っていた。黒のVネックのTシャツに茶色のミリタリーシャツ。とても似合う。手にはお茶を一本持っていた。

「久しぶり。来てみた。似合ってるな、制服。」
「ははっ! バイトですか?」
恥ずかしさを誤魔化すように、思わず笑っていた。……嬉しい。こうやってバイト先に来てくれるなんて。あの電車で遭遇して以来だ。学校では相変わらず田崎さんの姿は見かけていなかった。

「ああ。6時。」
「ゴールデンウィークだっていうのに、辛いですよね!?」
昔は家族でどこかに出かけたもんだったが、今は妹の部活が忙しくなってそれどころじゃなくなった。俺も家族と過ごすよりバイト。毎日バイトを入れていた。田崎さんから千円札を受け取りお釣りを準備する。レシートと一緒に小銭を渡すと、俺の指先が田崎さんの手のひらに触れた。

「お互いにな。じゃ、頑張って。」
温かい手……。一瞬だったけど、田崎さんの温もりが指先から広がったように感じた。
「ありがとうございました。」
田崎さんの後ろ姿に声をかける。また……また来て欲しい。そんな願いを込めながら、自動ドアを抜けていく田崎さんの姿を見送った。





「あ、あそこ空いてるから座ろ。」
ゴールデンウィークも明けて5月も終わりが見えてきた。俺は美久ちゃんと隆介、伸一と学食に来ていた。チキンステーキを買って席に着こうとした時、田崎さんの姿が見えた。今泉さんと2人で昼食を食べてる。学食で会うのは久しぶり。隣の席が空いてる。……チャンスだ。

「田崎さん、何食べてるんですか?」
わざと田崎さんの隣になるように回り込む。田崎さんのテーブルを見ると、唐揚げ弁当の他に学食で買ったらしいアサリの味噌汁が置いてあった。唐揚げの付け合わせにはポテトサラダ。レタスやミニトマトなんかも添えてあって、彩りも抜群だ。

「見たらわかるだろ。弁当。」
「唐揚げだあ。いいなあ。売り切れてたんだよなあ。」
今日は唐揚げの気分だった。けど、ここの学食はたまに作らない時があるのか、同じ時間に来ても売ってないことがある。今日はチキンステーキで我慢。

「チキンが好きなんだな。」
お盆を置いて席に座ると、田崎さんに話しかけられた。
「ええ。それなのに家は豚肉オンリーで。唐揚げなんて最後に食べたのいつだろ。」
「毎日学校で唐揚げ食べた話ばかりだから、作ってもらえないんじゃない?」
俺がため息をついて見せると、前に座った美久ちゃんが話に加わってきた。

「そうかも。」
「いつも学校でとり肉食ってるんだから文句言えないだろ。」
隣の隆介が話を繋いだ。そんなに俺ってとり肉食べてるか?

「ええっ!? そうか? 豚、豚、豚、魚、魚たまに牛かとり。家のメシ、一週間こんなサイクルだぜ?」
「ははははっ! とり少なっ!」
伸一が俺の隣で大声で笑った。



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