69 / 87
ー純ー
1
しおりを挟む
結局、俺の休日は台無しになった。映画を観に行くはずが、侑をアパートまで送ってそのまま帰ってきただけ。夜になってバスを使って「J」へとやって来ていた。
「マスター、ローストビーフおかわり。あとビールもう一杯。」
「純さん。大丈夫ですか?」
マスターがなみなみと注いだビールのコップを空になったコップと交換した。目の前のビールの泡を眺める。
「大丈夫。」
そう言いながらビールを喉に流し込む。侑の顔が脳裏から離れない。何故だ? 侑のあの髪の香り……。ずっと嗅いでいたいような、変な気持ちになる。
「誰か、気になる人でもできましたか?」
ローストビーフを切っていたマスターが、視線だけこちらに向けて聞いてきた。またグッとビールを煽り、すぐにグラスが空になった。
「いるはずないだろ?」
嘘だ。俺は今、侑を気にしている。でもアイツは女だ。あり得るわけがないだろ? 胸が盛り上がっていた。あれは……作り物か? もしかして下を脱がしたら……ついてる?
「泡が凄いことになってますよ。今日はハイペースですね。珍しい。」
マスターが苦笑いをしながら、ローストビーフの乗った皿とお手拭きをカウンターに置いた。温かなお手拭きで髭を撫でる。
「何だかなーー。」
チリンチリン
自分の気持ちが分からないんだよ。相手は女だぜ? そうマスターに言いかけた途端に、ドアのベルが微かに鳴り響き、外の冷たい風がサッと入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
『侑!』
お手拭きタオルを持ちながら左を向き、そのまま固まった。黒いジーンズ、茶色の革ジャン、そして、茶色のストレートの肩までの髪……。
「お一人ですか? こちらにどうぞ。」
マスターが声をかけると、頷いた侑がこちらに向かって歩いてきた。俺は目を離すことができなかった。俺の左隣、席を一つ空けて座る。
「初めましてですね。お名前を伺ってもいいですか?」
「カイ。お兄さんも初めまして。」
サラサラの髪を右手で耳にかけながら、こちらを見た男に絶望感が広がった。侑じゃない。声も、ニヤけた顔のパーツも全く違う。それにコイツ、化粧してやがる。匂いが半端なく強い。
「カイさん、お飲み物は何にいたしますか?」
マスターが小さなメニュー表を手渡しながら聞いた。受け取った手はゴツゴツしていてやはり男のものだ。爪は綺麗に整えられて、透明なマニキュアを塗っているようだった。
「んーー。どうしようかな? お兄さんオススメは?」
こちらを見てくる仕草、その言葉から手慣れている様子が分かる。……誘ってやがる。
「俺……かな?」
立ち上がってソイツの隣に行く。いつものように顎を上げて……キスを……。男の目がジッとこちらを見ていた。そして静かに瞼が落ちる。匂いが、匂いが酷い。俺が求めている香りじゃない。
「違うな。マスター、帰るわ。つけといて。すぐにまた来る。」
男の顎から手を外し、後は振り返らなかった。微かなベルが鳴る扉を開けると、新鮮で冷たい風が吹く外へと歩いていった。
「マスター、ローストビーフおかわり。あとビールもう一杯。」
「純さん。大丈夫ですか?」
マスターがなみなみと注いだビールのコップを空になったコップと交換した。目の前のビールの泡を眺める。
「大丈夫。」
そう言いながらビールを喉に流し込む。侑の顔が脳裏から離れない。何故だ? 侑のあの髪の香り……。ずっと嗅いでいたいような、変な気持ちになる。
「誰か、気になる人でもできましたか?」
ローストビーフを切っていたマスターが、視線だけこちらに向けて聞いてきた。またグッとビールを煽り、すぐにグラスが空になった。
「いるはずないだろ?」
嘘だ。俺は今、侑を気にしている。でもアイツは女だ。あり得るわけがないだろ? 胸が盛り上がっていた。あれは……作り物か? もしかして下を脱がしたら……ついてる?
「泡が凄いことになってますよ。今日はハイペースですね。珍しい。」
マスターが苦笑いをしながら、ローストビーフの乗った皿とお手拭きをカウンターに置いた。温かなお手拭きで髭を撫でる。
「何だかなーー。」
チリンチリン
自分の気持ちが分からないんだよ。相手は女だぜ? そうマスターに言いかけた途端に、ドアのベルが微かに鳴り響き、外の冷たい風がサッと入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
『侑!』
お手拭きタオルを持ちながら左を向き、そのまま固まった。黒いジーンズ、茶色の革ジャン、そして、茶色のストレートの肩までの髪……。
「お一人ですか? こちらにどうぞ。」
マスターが声をかけると、頷いた侑がこちらに向かって歩いてきた。俺は目を離すことができなかった。俺の左隣、席を一つ空けて座る。
「初めましてですね。お名前を伺ってもいいですか?」
「カイ。お兄さんも初めまして。」
サラサラの髪を右手で耳にかけながら、こちらを見た男に絶望感が広がった。侑じゃない。声も、ニヤけた顔のパーツも全く違う。それにコイツ、化粧してやがる。匂いが半端なく強い。
「カイさん、お飲み物は何にいたしますか?」
マスターが小さなメニュー表を手渡しながら聞いた。受け取った手はゴツゴツしていてやはり男のものだ。爪は綺麗に整えられて、透明なマニキュアを塗っているようだった。
「んーー。どうしようかな? お兄さんオススメは?」
こちらを見てくる仕草、その言葉から手慣れている様子が分かる。……誘ってやがる。
「俺……かな?」
立ち上がってソイツの隣に行く。いつものように顎を上げて……キスを……。男の目がジッとこちらを見ていた。そして静かに瞼が落ちる。匂いが、匂いが酷い。俺が求めている香りじゃない。
「違うな。マスター、帰るわ。つけといて。すぐにまた来る。」
男の顎から手を外し、後は振り返らなかった。微かなベルが鳴る扉を開けると、新鮮で冷たい風が吹く外へと歩いていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる