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ー純ー
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結局、俺の休日は台無しになった。映画を観に行くはずが、侑をアパートまで送ってそのまま帰ってきただけ。夜になってバスを使って「J」へとやって来ていた。
「マスター、ローストビーフおかわり。あとビールもう一杯。」
「純さん。大丈夫ですか?」
マスターがなみなみと注いだビールのコップを空になったコップと交換した。目の前のビールの泡を眺める。
「大丈夫。」
そう言いながらビールを喉に流し込む。侑の顔が脳裏から離れない。何故だ? 侑のあの髪の香り……。ずっと嗅いでいたいような、変な気持ちになる。
「誰か、気になる人でもできましたか?」
ローストビーフを切っていたマスターが、視線だけこちらに向けて聞いてきた。またグッとビールを煽り、すぐにグラスが空になった。
「いるはずないだろ?」
嘘だ。俺は今、侑を気にしている。でもアイツは女だ。あり得るわけがないだろ? 胸が盛り上がっていた。あれは……作り物か? もしかして下を脱がしたら……ついてる?
「泡が凄いことになってますよ。今日はハイペースですね。珍しい。」
マスターが苦笑いをしながら、ローストビーフの乗った皿とお手拭きをカウンターに置いた。温かなお手拭きで髭を撫でる。
「何だかなーー。」
チリンチリン
自分の気持ちが分からないんだよ。相手は女だぜ? そうマスターに言いかけた途端に、ドアのベルが微かに鳴り響き、外の冷たい風がサッと入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
『侑!』
お手拭きタオルを持ちながら左を向き、そのまま固まった。黒いジーンズ、茶色の革ジャン、そして、茶色のストレートの肩までの髪……。
「お一人ですか? こちらにどうぞ。」
マスターが声をかけると、頷いた侑がこちらに向かって歩いてきた。俺は目を離すことができなかった。俺の左隣、席を一つ空けて座る。
「初めましてですね。お名前を伺ってもいいですか?」
「カイ。お兄さんも初めまして。」
サラサラの髪を右手で耳にかけながら、こちらを見た男に絶望感が広がった。侑じゃない。声も、ニヤけた顔のパーツも全く違う。それにコイツ、化粧してやがる。匂いが半端なく強い。
「カイさん、お飲み物は何にいたしますか?」
マスターが小さなメニュー表を手渡しながら聞いた。受け取った手はゴツゴツしていてやはり男のものだ。爪は綺麗に整えられて、透明なマニキュアを塗っているようだった。
「んーー。どうしようかな? お兄さんオススメは?」
こちらを見てくる仕草、その言葉から手慣れている様子が分かる。……誘ってやがる。
「俺……かな?」
立ち上がってソイツの隣に行く。いつものように顎を上げて……キスを……。男の目がジッとこちらを見ていた。そして静かに瞼が落ちる。匂いが、匂いが酷い。俺が求めている香りじゃない。
「違うな。マスター、帰るわ。つけといて。すぐにまた来る。」
男の顎から手を外し、後は振り返らなかった。微かなベルが鳴る扉を開けると、新鮮で冷たい風が吹く外へと歩いていった。
「マスター、ローストビーフおかわり。あとビールもう一杯。」
「純さん。大丈夫ですか?」
マスターがなみなみと注いだビールのコップを空になったコップと交換した。目の前のビールの泡を眺める。
「大丈夫。」
そう言いながらビールを喉に流し込む。侑の顔が脳裏から離れない。何故だ? 侑のあの髪の香り……。ずっと嗅いでいたいような、変な気持ちになる。
「誰か、気になる人でもできましたか?」
ローストビーフを切っていたマスターが、視線だけこちらに向けて聞いてきた。またグッとビールを煽り、すぐにグラスが空になった。
「いるはずないだろ?」
嘘だ。俺は今、侑を気にしている。でもアイツは女だ。あり得るわけがないだろ? 胸が盛り上がっていた。あれは……作り物か? もしかして下を脱がしたら……ついてる?
「泡が凄いことになってますよ。今日はハイペースですね。珍しい。」
マスターが苦笑いをしながら、ローストビーフの乗った皿とお手拭きをカウンターに置いた。温かなお手拭きで髭を撫でる。
「何だかなーー。」
チリンチリン
自分の気持ちが分からないんだよ。相手は女だぜ? そうマスターに言いかけた途端に、ドアのベルが微かに鳴り響き、外の冷たい風がサッと入ってきた。
「いらっしゃいませ。」
『侑!』
お手拭きタオルを持ちながら左を向き、そのまま固まった。黒いジーンズ、茶色の革ジャン、そして、茶色のストレートの肩までの髪……。
「お一人ですか? こちらにどうぞ。」
マスターが声をかけると、頷いた侑がこちらに向かって歩いてきた。俺は目を離すことができなかった。俺の左隣、席を一つ空けて座る。
「初めましてですね。お名前を伺ってもいいですか?」
「カイ。お兄さんも初めまして。」
サラサラの髪を右手で耳にかけながら、こちらを見た男に絶望感が広がった。侑じゃない。声も、ニヤけた顔のパーツも全く違う。それにコイツ、化粧してやがる。匂いが半端なく強い。
「カイさん、お飲み物は何にいたしますか?」
マスターが小さなメニュー表を手渡しながら聞いた。受け取った手はゴツゴツしていてやはり男のものだ。爪は綺麗に整えられて、透明なマニキュアを塗っているようだった。
「んーー。どうしようかな? お兄さんオススメは?」
こちらを見てくる仕草、その言葉から手慣れている様子が分かる。……誘ってやがる。
「俺……かな?」
立ち上がってソイツの隣に行く。いつものように顎を上げて……キスを……。男の目がジッとこちらを見ていた。そして静かに瞼が落ちる。匂いが、匂いが酷い。俺が求めている香りじゃない。
「違うな。マスター、帰るわ。つけといて。すぐにまた来る。」
男の顎から手を外し、後は振り返らなかった。微かなベルが鳴る扉を開けると、新鮮で冷たい風が吹く外へと歩いていった。
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