暗闇を超えてきた君が僕を離してくれない

もこ

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僕は君の趣味じゃないし、君は僕の趣味じゃない

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 社内では「嶺《みね》君」、「伊東君」と呼び合うということを確認している二人のやり取りを聞きながら、パソコンのモニターに意識を戻した。何せ大型連休の真ん中の平日だから、仕事が溜まっているんだ。

 僕の会社はカレンダー通りだけど、顧客は違う。むしろ、休日に忙しい会社などザラにある。溜まったデータを処理して明日からの三連休は休みたい。前半の連休に半分出勤していた僕は、集中しようとした。

「で? 渡良瀬君、今日は7時には仕事終わらせてよ?」
「で?」

 自分の名前が出てきて反射的に顔をあげ、おうむ返しに声が出た。何を言っているのかが分からなかった。

「今日は伊東君と飲むんだ。一緒に行こう。」
「えっ? なぜ僕が?」

 僕の机に両手をつき、顔を近づけてきた嶺さんに慌てる。椅子を少し後ろに下げて距離をとりながら聞いてみた。

「僕ら同期からの歓迎会。いいだろ? それとも彼女と約束でもしていた?」
「か、彼女……。」

 約束があると言えたらどんなにいいだろう。でも、僕は今までに彼女ができたことは2回ほどしかなかった。しかも短期間。なぜ続かないのか、何となく分かっている。

「よし決まり。おい伊東、仕事は七時までに終わらせて? 手伝ってやれよ? そして焼屋に集合だ。」
「分かった。」

 キーボードを叩き始めた伊東さんが顔を上げずに呟いた。僕はなんと言っていいか分からなかった。

「じゃ。」

 歩き始めて僕の背後に回った瞬間、手で髪をワシャワシャとかき混ぜられた。大きな手。頭を鷲掴みにされたような感覚を味わって、ゾクっと背筋が凍った。

『何なんだよっ!』

 両手で頭を撫でつけながら、男の後ろ姿を見送る。毎朝、細い髪をムースで固めて整えているんだ。ぺちゃんこになったらどうしてくれる! 憤慨して睨みつけている間に男は優雅に歩き続け、すぐにドアの向こう側へと消えていった。

「ほら、仕事やろうぜ。」

 目の前から伊東さんの声が飛んできた。それに呼応するように、隣から鈴木さんの声が聞こえた。

「はあーー。いいわね、渡良瀬君。今日は伊東君たちの奢りよ? 楽しんできなさい。」
「は、はい……。」

 何だか僕に拒否権はないような気がする。『焼屋』ってどこだ? 居酒屋? 引っ越してきて1か月は過ぎたけれど、飲みに出歩いたこともないし、そもそもそんなに飲めないし。

 アルコールに弱い僕には気が重い。急にお腹が痛くならないかな? ため息を押し殺して上目遣いで伊東さんを見ると、こっちをみていた伊東さんがサッと視線を落とした。

『?』

 何なんだろう? 今の視線の意味は? それから仕事に集中しているらしい伊東さんをしばらく眺めていた。でも、自分もそれどころじゃなかったと気がついて、仕事に戻ることにした。
 
 
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