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君は僕を好き、僕は君をどう思っているのだろう?
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一度3階で止まって扉が開いた。目の前には僕の母さんぐらいの年齢の女性が立っていて、少し恥ずかしそうに会釈をした。押すボタンを間違えたらしい。
5階に着くと、セイちゃんは迷うことなく508号室へ向かって歩き出した。僕もこの通路は覚えがある。一番奥の部屋。そこが嶺さんの部屋だ。
「本当に、入るの?」
クリーム色の扉に鍵を挿そうとしているセイちゃんに問いかける。悪いことをしている。その緊張で胸の鼓動が速くなっていた。
「……。」
僕の言葉に一瞬手を止めたセイちゃんが、無言で鍵を入れて回した。カチリと解錠された音が聞こえる。
セイちゃんが中に入る。僕は扉を押さえたまま、一瞬だけ躊躇した。けれど、ますます速くなる鼓動を感じながらも、意を決して後に続いた。
「セイちゃん……。」
もう帰ろう? と言いかけて口を噤む。セイちゃんにどこに帰れというんだ? 元いた世界? 違う、そうじゃない。それなら、どこ? 考えがまとまらない頭が、口にすべきではないと警告していた。
嶺さんの部屋は、何か月か前に来た時とあまり変わらなかった。コーヒーカップがテーブルに置いてある。今朝出ていったばかりだというように。壁にはスーツが。
『あのスーツ!!』
白い壁面のレールに掛かっているのは、今セイちゃんが持っているものと同じスーツだった。クリーニングに出したばかりのようにアイロンがかけられている。スラックスがない。嶺さんが持っていったのだろうか?
僕の前に佇んで周囲を見渡していたセイちゃんが、ゆっくりとこちらに振り向いた。
「セイちゃん、これからどうするの?」
ここを拠点とするというのは反対だ。でも、だからといってどうしたら良いのか僕にも分からない。夕べから色々ありすぎた僕の脳が、もう考えることを拒否しているような気がした。
「涉。」
『!!』
僕の名前を呼んだセイちゃんが、手を伸ばしてきて押し倒された。後ろに反り返るようにして倒れ込む僕を、セイちゃんの力強い腕が支えていた。
「せ、セイちゃっ! んむぐっ。」
いきなり唇が重なってきた。苦しそうに眉間に皺を寄せるセイちゃんが目を瞑っている。僕は目を瞑る余裕なんてなかった。後ろでまとめていたセイちゃんの前髪が一筋額に落ちてきて、僕の顔をくすぐった。
「や、やめて!」
顔を逸らして、セイちゃんの唇から逃れた。床に倒れた僕の背後からセイちゃんの腕が引き抜かれて顔を包み込まれる。
「涉、ここに住んでいた嶺誠一郎を好きだった? 付き合っていたのか?」
「つ、付き合う?」
鼻と鼻がくっつきそうな距離でセイちゃんが呟く。とても苦しそうな声をしていた。付き合うなんて、女の子が対象だった嶺さんと付き合いたいとなんて思ったことがなかった。
好きだった、好きだったのかもしれないと気づいたのも、事故があってから……。
不意に涙が溢れてきた。流れる涙をセイちゃんの長い指が拭うのを感じる。でも、それでも慰めにはならなかった。
「付き合ってなんか、ない。それに、み、嶺さんを好きだと気づいたのも最近だし。嶺さんは、じょ、女性が対象なんだ。ぼ、僕だって女の子が好きだ。」
ようやく自分の本音を話せたような気がする。でも、混乱して疲れ切った脳みそでは、自分の言ったことに矛盾があるとは気づかなかった。
5階に着くと、セイちゃんは迷うことなく508号室へ向かって歩き出した。僕もこの通路は覚えがある。一番奥の部屋。そこが嶺さんの部屋だ。
「本当に、入るの?」
クリーム色の扉に鍵を挿そうとしているセイちゃんに問いかける。悪いことをしている。その緊張で胸の鼓動が速くなっていた。
「……。」
僕の言葉に一瞬手を止めたセイちゃんが、無言で鍵を入れて回した。カチリと解錠された音が聞こえる。
セイちゃんが中に入る。僕は扉を押さえたまま、一瞬だけ躊躇した。けれど、ますます速くなる鼓動を感じながらも、意を決して後に続いた。
「セイちゃん……。」
もう帰ろう? と言いかけて口を噤む。セイちゃんにどこに帰れというんだ? 元いた世界? 違う、そうじゃない。それなら、どこ? 考えがまとまらない頭が、口にすべきではないと警告していた。
嶺さんの部屋は、何か月か前に来た時とあまり変わらなかった。コーヒーカップがテーブルに置いてある。今朝出ていったばかりだというように。壁にはスーツが。
『あのスーツ!!』
白い壁面のレールに掛かっているのは、今セイちゃんが持っているものと同じスーツだった。クリーニングに出したばかりのようにアイロンがかけられている。スラックスがない。嶺さんが持っていったのだろうか?
僕の前に佇んで周囲を見渡していたセイちゃんが、ゆっくりとこちらに振り向いた。
「セイちゃん、これからどうするの?」
ここを拠点とするというのは反対だ。でも、だからといってどうしたら良いのか僕にも分からない。夕べから色々ありすぎた僕の脳が、もう考えることを拒否しているような気がした。
「涉。」
『!!』
僕の名前を呼んだセイちゃんが、手を伸ばしてきて押し倒された。後ろに反り返るようにして倒れ込む僕を、セイちゃんの力強い腕が支えていた。
「せ、セイちゃっ! んむぐっ。」
いきなり唇が重なってきた。苦しそうに眉間に皺を寄せるセイちゃんが目を瞑っている。僕は目を瞑る余裕なんてなかった。後ろでまとめていたセイちゃんの前髪が一筋額に落ちてきて、僕の顔をくすぐった。
「や、やめて!」
顔を逸らして、セイちゃんの唇から逃れた。床に倒れた僕の背後からセイちゃんの腕が引き抜かれて顔を包み込まれる。
「涉、ここに住んでいた嶺誠一郎を好きだった? 付き合っていたのか?」
「つ、付き合う?」
鼻と鼻がくっつきそうな距離でセイちゃんが呟く。とても苦しそうな声をしていた。付き合うなんて、女の子が対象だった嶺さんと付き合いたいとなんて思ったことがなかった。
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「付き合ってなんか、ない。それに、み、嶺さんを好きだと気づいたのも最近だし。嶺さんは、じょ、女性が対象なんだ。ぼ、僕だって女の子が好きだ。」
ようやく自分の本音を話せたような気がする。でも、混乱して疲れ切った脳みそでは、自分の言ったことに矛盾があるとは気づかなかった。
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