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第三章 風精霊の棲み処へ

風精霊アニマ

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「スフェン、精霊たちが早く来いと言っている。急ごう。」

「ああ、分かった。」

精霊たちに導かれるまま、俺たちは速足で風精霊の棲み処に向かった。


そして、精霊たちの跡を着いていくと、突然地面の様子が変わる。土の地面が硬い灰色の石の道に変わったのだ。

深い苔に覆われ最初は気が付かなかったが、ところどころに石畳が見える。明らかに人間の手が入った証だろう。
苔の生え方や石畳の崩れた形を見て、随分と昔のものだと伺える。

 
石畳をしばらく進むと、古い門のような石柱二本が現れる。その門は、ところどころ風化して朽ちていて、緑色の苔や蔦が絡まっていた。

木洩れ日が察すと緑色の草木に包まれ、古代の神秘的な雰囲気が美しい。


門を通過した精霊たちの姿が忽然と消えている。
つまり、この門から先が風精霊の棲み処ということだ。精霊たちは結界の中に消えていったのだろう。


俺とスフェン以外は、門の前で待機してもらう。精霊の加護がないと、結界内に入れない。


「それじゃあ、行ってくる。」

「二人とも、お気を付けて。」

4人と騎士団の皆に見送られながら、俺たちは一歩、門の中に足を踏み入れたのだった。

 
薄い膜を通り抜けたような感覚がして、空気が揺ぐ。

結界を通り抜けると、先ほど俺たちを案内していた精霊たちの姿が見えた。精霊たちに急かされながら歩いていると、目の前が森から突然開けてくる。

 
俺とスフェンの目の前に現れたのは、石できた大きな円だった。

透き通った緑色の湖に玉座のある小島が浮かび、そこに石橋が1本かけられている。

湖と表したが、よく見ればそれは水ではない。

その円の中は、薄い緑色の透き通った膜で覆われていて、白い風が渦を巻くような模様で動いていた。
その膜の中で吹き荒れているようだ。

 
円の周りは複雑な文字のような、線の模様が施された石畳で囲われている。

そして、玉座には一人の男が座っていた。

 
『おー。やっと俺んとこに来たか。待ってたぞ、ミカゲ。』

エメラルドグリーンの短髪と瞳。
服は他の精霊と少し赴きが違う。
ピッタリ身体に張り付くような、黒色の胸元までしか覆っていない服。
鍛えられている腹筋は惜しげもなく晒されている。

下は白色のダボっと垂れ下がり、足首のところでキュっと窄むサルエルパンツ。足はツタが絡むようなデザインのサンダルを履いていた。

首には金色の円盤がたくさんついたネックレスをしていて、風に靡くとシャラシャラと軽やかな音を立てていた。両上腕にも金色の腕輪をつけている。

一見すると、アラビアンナイトの装いだ。


その男は、玉座に右膝を立てて、右肘を膝について頬杖をついている。俺とスフェンは、玉座へと続く石橋を渡って近づいていく。

 
「……風精霊アニマですか?」

『そうだ。よろしくな。……そんで、そっちのは風精霊の加護持ちか。』

 
そう言うと、アニマはスフェンのほうを顎で指した。先ほどからスフェンは、驚いたように目を見開いてアニマをじっと見ている。

 
「……スフェン?」

「…ああ、……すまない。精霊の姿をしっかりと見るのが初めてだったんだ。初めまして。スフェレライト・クリソン・グランディアと申します。」


スフェンは右手を左胸に当てて、深々とお辞儀をしてあいさつをした。礼儀正しく挨拶したスフェンに、アニマは片手を上げて返事をする。


『おー。よろしくな。……そんじゃ、ミカゲ。さっそく頼むわ。』

両手を頭の後ろに回しながら、アニマが軽く俺に言った。


「分かった。」

俺はすぐに、手の人差し指と中指を立てて口元に当て、浄化の呪文を唱える。俺を中心に波紋状に風が広がっていき、緑色の風でできた波面を揺らし、森まで吹き抜けていった。

 
波紋状に広がってく浄化の波に、やはり跳ね返すような引っ掛かりがあった。邪気を纏った魔石の気配だ。
俺は、魔石の気配を感じ取ると、なんとも不思議な感覚がした。

 
邪悪な魔石が、澄み渡った美しい魔力に覆われている。まるで、その清い魔力によって魔石の邪気を囲い込んでいるような。

 
確かに、風精霊の棲み処に近づいたときから、疑問に思っていたのだ。
他の精霊の棲み処では、濃く淀んだ黒色の靄が辺りを漂っていたり、覆っていたりした。


でも風精霊の棲み処では、黒い靄があまりにも少なかった。街にも魔物被害が少ないのは、これが理由だろう。


風精霊アニマは、俺が魔石の気配に気が付いたことを察したのだろう。玉座から足を下ろし、両膝の上に拳を置いて、俺をまっすぐに射貫いてきた。

 
『ミカゲ、頼みがある。魔石のある場所には、古来から友人が住んでいる。その友人が、邪気に当てられて病気になった。……様子を見に行ってほしい。』

 
先ほどの態度とは打って変わり、アニマは俺に頭を下げて頼んできた。その声は何かを耐えているような、とても哀しく、己を責めている声だった。


本当は自分で確認に行きたいのだろう。でも、精霊はとても清く繊細な存在だから、穢れに触れられない。だから、俺に託してくれたのだろう。


「……分かった。」

了承の意をアニマに伝えると、ゆっくりと頭を上げた。エメラルドの瞳と目が合った。
瞳の奥は、後悔と悲しみに揺れている。

 
『場所は風精霊たちが案内してくれる。……頼んだ。』

アニマに言われた通り、俺たちは風精霊たちの跡を追って再び森の中に入った。石柱の門を通り抜けると、騎士団の皆が待機していた。


「団長、ミカゲ、そんなに急いでどうしたんだ?」

ヒューズが俺たちの様子を見て、訝し気に尋ねてくる。


「魔石の場所が分かった。皆も着いてこい。」

俺たちは足早に、魔石の気配がする場所まで急いだ。

 
『まいひめ!たすけて!』『おねがい!こっちだよ!』と切羽詰まった様子だった。楽し気にしているのが常な風精霊たちは、何かを必死に訴えている。

 
精霊たちの後を着いていくと、大きく口を開いた洞窟にたどり着いた。
ぽっかりと口を開けた入り口は、底知れない闇に繋がっているけど、自然と怖さはない。


精霊たちは先を急ぐように、躊躇いもなく中に入っていった。


「皆はここで待機しろ。ヒューズ、ヴェスター、フレイ、ツェルベルトは俺たちに続け。」

俺とスフェンを筆頭に、6人は洞窟に入っていった。薄暗い洞窟を少し進むと、ぽつり、ぽつりと灯りを宿す鉱物が天井や地面、側面から顔を出す。


その光を宿す鉱物が光の代わりになって、俺たちの足元を照らしていた。

透明な鉱石の中に、ゆったりとした水泡のような光が浮いている。光の色も薄い紫や緑、青と、透き通った美しさをさらに綺麗に燈していた。
奥に進むごとに、その鉱石の数が増えていった。


「この鉱石は光露石(こうろせき)だ。普段は透明だが、暗闇の中だけで光る石だ。」

そうスフェンが説明してくれる。
『勇敢』『生彩』『慎み』などの意味が込められた宝石で、お守りにしている人もいるらしい。

 
やがて、狭かった洞窟の道が広い空間に辿り着いた。精霊たちもピタリとそこで止まった。ここが、どうやら目的地のようだ。



広い空洞に、厳かで優美な何かがいる。



『おや、これはまた賑やかだこと。こんなにたくさん人間が来たのは初めてだよ。』



光露石が地面からゆったりとした明りを灯す中。

1頭の巨大なドラゴン悠然と横になって佇んでいる。
本来は白に近い薄緑色の、神秘的で柔らかな羽毛に覆われた身体と大きな翼。
逞しい前後の足に鋭いかぎ爪は、生物の頂点に君臨する強者の象徴。

 
洞窟の光露石の光に浮かんだその姿は、どこか寂し気で、儚く、生気が失われているようだった。
首から下が灰色に変色し、毛並みのよいはずの身体は硬く真っ白に石化している。

かろうじて動かせるのは、首から上だけだ。


 
「……アウラドラゴン」


俺は、思わずつぶやいていた。
その大きな身体に、高貴で気高い姿。


エーデルベルクの領主様が言っていた、伝説上の生き物がそこにいた。

 


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