21 / 136
第三章 風精霊の棲み処へ
風精霊アニマ
しおりを挟む「スフェン、精霊たちが早く来いと言っている。急ごう。」
「ああ、分かった。」
精霊たちに導かれるまま、俺たちは速足で風精霊の棲み処に向かった。
そして、精霊たちの跡を着いていくと、突然地面の様子が変わる。土の地面が硬い灰色の石の道に変わったのだ。
深い苔に覆われ最初は気が付かなかったが、ところどころに石畳が見える。明らかに人間の手が入った証だろう。
苔の生え方や石畳の崩れた形を見て、随分と昔のものだと伺える。
石畳をしばらく進むと、古い門のような石柱二本が現れる。その門は、ところどころ風化して朽ちていて、緑色の苔や蔦が絡まっていた。
木洩れ日が察すと緑色の草木に包まれ、古代の神秘的な雰囲気が美しい。
門を通過した精霊たちの姿が忽然と消えている。
つまり、この門から先が風精霊の棲み処ということだ。精霊たちは結界の中に消えていったのだろう。
俺とスフェン以外は、門の前で待機してもらう。精霊の加護がないと、結界内に入れない。
「それじゃあ、行ってくる。」
「二人とも、お気を付けて。」
4人と騎士団の皆に見送られながら、俺たちは一歩、門の中に足を踏み入れたのだった。
薄い膜を通り抜けたような感覚がして、空気が揺ぐ。
結界を通り抜けると、先ほど俺たちを案内していた精霊たちの姿が見えた。精霊たちに急かされながら歩いていると、目の前が森から突然開けてくる。
俺とスフェンの目の前に現れたのは、石できた大きな円だった。
透き通った緑色の湖に玉座のある小島が浮かび、そこに石橋が1本かけられている。
湖と表したが、よく見ればそれは水ではない。
その円の中は、薄い緑色の透き通った膜で覆われていて、白い風が渦を巻くような模様で動いていた。
その膜の中で吹き荒れているようだ。
円の周りは複雑な文字のような、線の模様が施された石畳で囲われている。
そして、玉座には一人の男が座っていた。
『おー。やっと俺んとこに来たか。待ってたぞ、ミカゲ。』
エメラルドグリーンの短髪と瞳。
服は他の精霊と少し赴きが違う。
ピッタリ身体に張り付くような、黒色の胸元までしか覆っていない服。
鍛えられている腹筋は惜しげもなく晒されている。
下は白色のダボっと垂れ下がり、足首のところでキュっと窄むサルエルパンツ。足はツタが絡むようなデザインのサンダルを履いていた。
首には金色の円盤がたくさんついたネックレスをしていて、風に靡くとシャラシャラと軽やかな音を立てていた。両上腕にも金色の腕輪をつけている。
一見すると、アラビアンナイトの装いだ。
その男は、玉座に右膝を立てて、右肘を膝について頬杖をついている。俺とスフェンは、玉座へと続く石橋を渡って近づいていく。
「……風精霊アニマですか?」
『そうだ。よろしくな。……そんで、そっちのは風精霊の加護持ちか。』
そう言うと、アニマはスフェンのほうを顎で指した。先ほどからスフェンは、驚いたように目を見開いてアニマをじっと見ている。
「……スフェン?」
「…ああ、……すまない。精霊の姿をしっかりと見るのが初めてだったんだ。初めまして。スフェレライト・クリソン・グランディアと申します。」
スフェンは右手を左胸に当てて、深々とお辞儀をしてあいさつをした。礼儀正しく挨拶したスフェンに、アニマは片手を上げて返事をする。
『おー。よろしくな。……そんじゃ、ミカゲ。さっそく頼むわ。』
両手を頭の後ろに回しながら、アニマが軽く俺に言った。
「分かった。」
俺はすぐに、手の人差し指と中指を立てて口元に当て、浄化の呪文を唱える。俺を中心に波紋状に風が広がっていき、緑色の風でできた波面を揺らし、森まで吹き抜けていった。
波紋状に広がってく浄化の波に、やはり跳ね返すような引っ掛かりがあった。邪気を纏った魔石の気配だ。
俺は、魔石の気配を感じ取ると、なんとも不思議な感覚がした。
邪悪な魔石が、澄み渡った美しい魔力に覆われている。まるで、その清い魔力によって魔石の邪気を囲い込んでいるような。
確かに、風精霊の棲み処に近づいたときから、疑問に思っていたのだ。
他の精霊の棲み処では、濃く淀んだ黒色の靄が辺りを漂っていたり、覆っていたりした。
でも風精霊の棲み処では、黒い靄があまりにも少なかった。街にも魔物被害が少ないのは、これが理由だろう。
風精霊アニマは、俺が魔石の気配に気が付いたことを察したのだろう。玉座から足を下ろし、両膝の上に拳を置いて、俺をまっすぐに射貫いてきた。
『ミカゲ、頼みがある。魔石のある場所には、古来から友人が住んでいる。その友人が、邪気に当てられて病気になった。……様子を見に行ってほしい。』
先ほどの態度とは打って変わり、アニマは俺に頭を下げて頼んできた。その声は何かを耐えているような、とても哀しく、己を責めている声だった。
本当は自分で確認に行きたいのだろう。でも、精霊はとても清く繊細な存在だから、穢れに触れられない。だから、俺に託してくれたのだろう。
「……分かった。」
了承の意をアニマに伝えると、ゆっくりと頭を上げた。エメラルドの瞳と目が合った。
瞳の奥は、後悔と悲しみに揺れている。
『場所は風精霊たちが案内してくれる。……頼んだ。』
アニマに言われた通り、俺たちは風精霊たちの跡を追って再び森の中に入った。石柱の門を通り抜けると、騎士団の皆が待機していた。
「団長、ミカゲ、そんなに急いでどうしたんだ?」
ヒューズが俺たちの様子を見て、訝し気に尋ねてくる。
「魔石の場所が分かった。皆も着いてこい。」
俺たちは足早に、魔石の気配がする場所まで急いだ。
『まいひめ!たすけて!』『おねがい!こっちだよ!』と切羽詰まった様子だった。楽し気にしているのが常な風精霊たちは、何かを必死に訴えている。
精霊たちの後を着いていくと、大きく口を開いた洞窟にたどり着いた。
ぽっかりと口を開けた入り口は、底知れない闇に繋がっているけど、自然と怖さはない。
精霊たちは先を急ぐように、躊躇いもなく中に入っていった。
「皆はここで待機しろ。ヒューズ、ヴェスター、フレイ、ツェルベルトは俺たちに続け。」
俺とスフェンを筆頭に、6人は洞窟に入っていった。薄暗い洞窟を少し進むと、ぽつり、ぽつりと灯りを宿す鉱物が天井や地面、側面から顔を出す。
その光を宿す鉱物が光の代わりになって、俺たちの足元を照らしていた。
透明な鉱石の中に、ゆったりとした水泡のような光が浮いている。光の色も薄い紫や緑、青と、透き通った美しさをさらに綺麗に燈していた。
奥に進むごとに、その鉱石の数が増えていった。
「この鉱石は光露石(こうろせき)だ。普段は透明だが、暗闇の中だけで光る石だ。」
そうスフェンが説明してくれる。
『勇敢』『生彩』『慎み』などの意味が込められた宝石で、お守りにしている人もいるらしい。
やがて、狭かった洞窟の道が広い空間に辿り着いた。精霊たちもピタリとそこで止まった。ここが、どうやら目的地のようだ。
広い空洞に、厳かで優美な何かがいる。
『おや、これはまた賑やかだこと。こんなにたくさん人間が来たのは初めてだよ。』
光露石が地面からゆったりとした明りを灯す中。
1頭の巨大なドラゴン悠然と横になって佇んでいる。
本来は白に近い薄緑色の、神秘的で柔らかな羽毛に覆われた身体と大きな翼。
逞しい前後の足に鋭いかぎ爪は、生物の頂点に君臨する強者の象徴。
洞窟の光露石の光に浮かんだその姿は、どこか寂し気で、儚く、生気が失われているようだった。
首から下が灰色に変色し、毛並みのよいはずの身体は硬く真っ白に石化している。
かろうじて動かせるのは、首から上だけだ。
「……アウラドラゴン」
俺は、思わずつぶやいていた。
その大きな身体に、高貴で気高い姿。
エーデルベルクの領主様が言っていた、伝説上の生き物がそこにいた。
応援ありがとうございます!
16
お気に入りに追加
2,586
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる