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第5章 学園編、試験に夏休み。夏休み前半戦
ヒズミがいない(ソレイユside)
しおりを挟む(ソレイユside)
ヒズミと一緒にダンジョンに入ると、良く隠し部屋を発見するし、不思議な景色や仕掛けに出くわす。今回のラパンの泪から現れた、未踏エリアもそうだ。
3人全員で青色の宝石が輝く洞窟から、出口だと思われる光に足を踏み入れたのに……。
「ヒズミ……?」
光が治まったと思った矢先、ヒズミの姿が忽然と消えてしまった。同じタイミングで光の中へと入って、眩しい光に一瞬だけ目を眩ませた隙に消えたのだ。
何度か名前を呼んでも、当然返答がない。
何よりも、この空間自体にヒズミの気配がしないんだ。
「……くそっ……」
呟いた悪態は、静寂な室内に思いのほか響いた。
自然と力を入れて拳を握りしめる。もしもヒズミに何かあったら、このダンジョンごと破壊してやる。
アイトリアさんは仄暗い室内を注意深く見渡すと、オレの肩に手を置いた。ヒズミを攫われた苛立ちと不安が渦巻くオレの思考を、優しく断ち切ってくれる。
「冒険者タグには、なんの反応もない。ヒズミが無事な証拠です。……今は、この階層の攻略に集中しましょう」
パーティーを組んでいる場合、パーティーメンバー全員の名前が、各冒険者のタグには記載される。もしも、パーティーメンバーの内の誰かが命を落としたら、その者の名前に斜線が引かれるんだ。
胸元の冒険者タグを手に取って、ヒズミの名前を確認する。斜線は引かれていない。冒険者タグの傍につけたヒズミ色の夕闇の宝石が、オレの心を凪いだ。
「……はい…… 」
ふうっと、意識的に深く呼吸をする。漂う埃っぽい空気を吸わないように、風魔法で新鮮な空気を自ら生み出した。目を閉じてゆっくりと肺を満たし、息を吸う以上にゆっくりと吐いた。
冒険者にとって冷静を欠くことは、命を左右する。それは、ヒズミと冒険者活動をしていく中で身をもって知った。
澄んだ空気で頭も満たすと、俺は改めてこの黒色の空間を観察した。湿って埃っぽい空気の漂う室内は、長らく人が立ち入らなかったのか、独特の陰鬱な雰囲気が漂う。
足を進める度に、砕けた床材が音を立てた。
その床材の破片さえも脆く、少し踏んだだけで簡単に砕けていく。響く足音には、ガラスの破片を踏んだピシッという高音が混じった。
「……廃墟の教会、かな……?」
奥へまっすぐ伸びるはずの絨毯は、所々穴が開いて破れている。左右に連なる明かり取りの窓も、ガラスが壊れている。吹きさらしのせいか、細かな砂を被った絨毯は埃っぽい赤色をしていた。
「……砕けていなければ、とても綺麗でしたでしょうね。おそらく、創造神を描いたステンドグラスだったのでしょう」
絨毯が伸びた先には、それは見事なステンドグラスが嵌めこまれていた。屋根から床に届きそうなほどに大きい、ガラスのモガイク画。
後光が差す様子を一際細かなガラス片でキラキラとさせ、いかにも神々しく強調された背景。慈愛に満ちた表情で人々を見下ろす茶髪の男性が、創造神だ。
ゆったりとした服の袖から腕を顕にして、祈祷者を受け止めるように両手を左右に広げている創造神。アイトリアさんの言うとおり、日が差して、なおかつ砕けていなければ、とても美しい宗教画であっただろう。
それにしても……。
随分と因縁を感じる壊し方だ。
その姿絵は、顔の半分と身体が思いっ切り砕かれていた。目部分は、ご丁寧に黒色に塗りつぶされている。明らかに自然ではない。
室内の異様な雰囲気を感じつつ、オレは足元でちょんちょんっと動き回る真っ白な生物に話しかけた。
「でも、モルンもこっちに来たなんて……。」
モルンは、ヒズミにムカつくくらい、ベッタリとくっ付いていたずだ。物理的には離れようがない。でも、こうしてヒズミと別々になったということは、この階層の主の仕業だろう。
このヒズミの前だけで、いつも愛想の良い小動物は、肝心のときに役に立たないんだから……。
内心で溜息をついて、その感情を隠さずに足元にいるモルンに視線を送った。モルンは、クリンっと丸いはずの目を半眼に眇めている。
どうやら、こちらの考えていることが分かったらしい。
モルンはふんっ!というように勢いよく首を振ると、アイトリアさんに向けてちょんちょんっと駆けた。周囲を観察していたアイトリアさんの背中に飛び乗ると、スルリと左肩に乗る。
「あれ?私の所に来るんですか?……でも、フワフワで嬉しいですね。」
フワフワの大きな尻尾で、アイトリアさんの頬を撫でつつ、後ろにいるオレに向かって舌を出す。ついでに右目に小さな手を当てて下に引っ張り、オレを挑発した。
人間で言う、あっかんべーをされた。
このモモンガは時々仕草が人間じみている。中にオッサンでも入ってるんじゃないか?
所々にひび割れた柱を通り過ぎて、オレたち2人はステンドグラスの下にある祭壇にたどり着いた。俺の背丈以上の高さがある祭壇には、光源が何か怪しい、青色の不穏な炎が燭台にユラユラと大きく揺らめく。
「数百年ぶりに人が来たかと思えば、今度のは随分と幼いようだな?」
「っ?!!」
先ほどまで誰もいなかった祭壇の中央に、突如として人影が現れる。祭壇の上に無礼にも土足で片膝を付いて横柄に座った少年は、俺たちを冷たい目で見下ろしていた。
外に跳ねる黒髪に、星のように美しい金の瞳。
その金の瞳は、何処までも冷ややかで、少年の容姿とは正反対に達観としている。
襟の高い黒色の服は、まるで神官服のようだ。羽織っているのは長いフード付きのローブ。本来は純白であるはずの神官服とは、反逆するような漆黒。
瞳と同じ金色の腕輪をして、胸元には金色の細いチェーンが下がる。その中心にあるはずの、創造神の象徴である四芒星マークがない。
金色のチェーンは、ただの金属のボウタイと貸していた。何よりも整い過ぎた容姿は、人間離れしている。かえって不気味にも感じてしまうほどに。
「……ヒズミは何処だ。」
俺の問いに、漆黒の少年は右手で頬杖を突いて、つまらなそうに答えた。
「顔を合わせるなり、それか……。まあ、良い。」
人間の時間は目まぐるしいからな、とその少年は呟いた。
「我の名はリベル。お前たちの仲間は、私達双子が預かった。心配せずとも無体なことはしない。……ただ、帰してやるかは、お前たち次第だ。勇者よ。」
ニヤリと片方の口角と吊り上げて、黄金の目を細める。嘲りの色が見えた。
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