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第6章 友達の家に遊びに行きます、夏休み後半戦
仲の良い兄弟、アルバイトすることになりました
しおりを挟む「アルカシファ様、大丈夫ですよ。……手紙にも書きましたけど……。ねっ?ソレイユ。」
ソルはリュイのその言葉だけで、何かを感じ取ったらしい。隣に座る俺の右腰に手を添えると、ぐっと自分の方へと引き寄せた。隣がソルだということもあって、俺はすっかり油断して身体の力を抜いていた。
ぽふっと、頭をソルの右肩に乗せてしまう。
「??」
驚いて目を瞬いていると、俺たちに向けられていた視線が分かりやすく柔和になった。
「……ああ、なるほど?」
アルカシファ様は何かを納得すると、するりとガゼットの両頬を指先で撫でて離れていった。ガゼットの目元は、未だに赤く染まっている。ガゼットの反応を楽しむように、アルカシファ様は愛しそうに微笑んだ。
……なんだろう?
普通の兄弟にしては、何となく距離が近い気がする……。
それに、アルカシファ様のガゼットを見る目がとてつもなく甘いのだ。
甘やかして、愛したいという甘美な欲望が、切れ長の目から零れている。
「……ガゼットとリュイからも話は聞いていたが、やはり実物は凄まじいな。……ガゼットの気が逸れないか、少し心配になっただけだ」
肩を竦めながら、ガゼットの座る2人掛けのソファにアルカシファ様は腰かけた。そこそこ広さがあるはずなのに、よっぽど仲が良いのか身体を接して座っている。
ガゼットは目線を泳がせながらも、口元がゆるゆると動いて閉締まりが悪い。どことなく、ソワソワと嬉しそうだ。
ガゼットと対になるように、左側のソファに座っていたリュイが俺に身を寄せると、小さな声で耳打ちをしてきた。
「……アルカシファ様は、小さい頃からガゼットにご執心なんだ。恋情的な意味でね……。将来、ガゼットを伴侶にする気満々なんだ。」
予想外のリュイの言葉に、俺は目を見張ってしまった。ガゼットの茶褐色の髪を、指先で優しく梳いているアルカシファ様と目が合う。
深海のように暗い蒼の瞳は悪戯に細められ、妖艶な微笑みを浮かべると唇に人差し指を立てて軽く当てた。
……どうやら、ガゼット本人には、まだ気が付かれたくないようだ。外堀をきっちりと隙間なく埋めて、最終的に本人が逃れなくなった状況で、確実に仕留めに掛かる。
虎視眈々と機会を伺っている、隙のない獣を思わせる。
この世界では、同性同士であれば実の兄弟でも結婚可能だ。跡目争いを避ける目的で、兄弟で結婚する者は多いらしい。
ちなみに、ガゼットとアルカシファ様が結婚した場合、王宮で文官をしている次男の子供を養子に迎え、次の跡取りにすると、秘密裏に決めているらしい。
「ソレイユ君と言ったかな?……そちらは頼んだよ?お互い、魅力的な宝石を好きになって、苦労は尽きないな……。でも、愛しい人がうっかり目移りしそうな敵は、なるべく排除するに越したことはないだろう?」
「……ええ。言われなくても。そのつもりです」
俺が思考に耽っている間に、ソルとアルカシファ様で何やら話が終わったらしい。
「アルカ兄上、流石に友人の前では恥ずかしいです……」
ガゼットがやんわりと、頭を撫でるアルカシファ様の手を振り払う。アルカシファ様は仕方なしとばかりに手を降ろすが、やはり身体はガゼットとくっついたままだ。
ドギマギしているガゼットには、「ヒズミたちに『ガゼットベルト様』って言われるの落ち着かないから、普段の呼び方で呼べよなっ!」と照れ隠しついでに、ぶっきらぼうに言われた。
「……アルカ、その辺にしておきなさい」
女性の落ち着いた、それでいて有無を言わせない圧を乗せた声がした。僅かに、アルカシファ様が居住まいを正した。
「……ヒズミ君、ソレイユ君、ガゼットと仲良くしてくれてありがとう。数か月で、ガゼットは見違えるほど立派になりました。……以前より明るくなったのも、2人がガゼットを見出してくれたおかげよ」
薄桃色の瞳を優しく細めて、ガゼットの母であるセリカディア辺境伯夫人がお礼を述べる。
「いえ。元々ガゼットは、柔軟な思考と身体能力を身に着けていました。その戦術と相性の良い武器を、俺は提供したに過ぎません。……ガゼットの今までの努力が、実を結んだのだと思います」
これは俺の本心だ。今の実力があるのは、成果が出ない不安と葛藤しながらも、着実に努力を積み重ねた本人の功績だ。
「オレもそう思います。オレたち平民に教えを乞うのは、とても勇気のいることです。誰にでも出来ることじゃない。……毎日、鍛錬に励むガゼットは確実に強くなっています」
真っ直ぐと薄桃色の瞳を見つめて俺とソルが述べると、セリカディア辺境伯夫人は目を一瞬見張った。そして、花が咲くように微笑んだ。
「……本当に、ガゼットは良き友を得たのですね……。ありがとう。これからも、ガゼットをよろしくお願いします」
終始和やかに会話が進む中で、ガゼットがふっと口にした。
「……そう言えば、アルカ兄上。おかえりが随分遅くなりましたね。何かあったのですか?」
優雅に紅茶を飲んでいたアルカシファ様は、心配するガゼットの様子に「大丈夫だよ」と微笑みながらも、美貌にほんの少し疲れを滲ませた。
「……実は、私が統括するホテルで、近々大規模なパーティーが催されるのだが……。係員の人数が少し足りないんだ。急遽、高貴な方がお見えになることになってね……」
領地内では知らない人はいないと言う、フェ―レース家自らが指揮するホテルは、貴族御用達の一流ホテルだ。パーティーには、かなり地位の高い人達が集まるのだろう。
「できれば、警備強化のため腕の立つ者を増やしたい。しかし、貴族が集まる場所だから、清潔で礼儀作法も身に着けた人物を探しているんだ。中々良い人材が見つからなくてね……」
腕の立つ者と言えば、真っ先に浮かぶのは冒険者だろう。でも、冒険者は『礼儀作法なんざあ、知ったことか!』という者がほとんどだ。
冒険者で礼儀作法を身に着けている者となると、依頼で貴族を相手にする高レベルの冒険者くらいだ。高レベルは人数が少ないから、中々集まらないだろうな。
悩まし気に眉間に皺を寄せ、美貌を顰めるアルカシファ様。そんなアルカシファ様の隣で、ガゼットが思案気に独り言を呟いている。
「……礼儀作法、清潔感、腕の立つ者……」
そこで言葉を切ったガゼルが、俺たちへと視線を移した。『あれ?』というように小首を傾げると、実に自然に俺たちを指し示した。
「……いるじゃん」
アルカシファ様も、目から鱗が落ちたかとばかりに目を見張る。
「……おや?本当だ」
かくして、俺とソル、さらにリュイ、ガゼットは、高級ホテルでアルバイトをすることが決定したのである。
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