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第8章 乙女ゲームが始まる
緑風騎士団本部、久々に姿を見れた
しおりを挟む門の柱には騎士団を示す紋章が、大きく誇らしそうに描かれている。緑の下地に金色の線で描かれた紋章。紋章の色は、各騎士団の象徴色で変わってくる。
つまり、ここって……。
「……ようこそ。『緑風騎士団本部』へ」
石造りの無骨な雰囲気漂う建物の扉を開け、ジェイドは俺を中へと促す。俺は歩み寄りつつも、ベージュ色の高い建物を仰ぎ見た。高い屋根の最上部に大きなガラス窓が付いていて、陽の光を反射して輝いている。
乙女ゲームの攻略本で、騎士団本部のイラストは見たことがあるが、こうやって実際に目にするとスケールの大きさに圧倒されてしまう。それに、騎士団本部って憧れるというか、なんか響きがカッコイイよな……。日本には絶対にない、ファンタジー世界の場所だし。
内心でわくわくしながら、俺は数段の石階段を上って騎士団本部へと足を踏み入れた。飴色の艶めく床板を踏みしめて進む、2人分の足音だけが建物内に響く。
今日は週末だから、騎士たちも業務は休みで、騎士団内部も静まり返っている。建物内は飾り気のない古い内装だが、劣化して汚れている印象はない。丁寧に手入れをされ、大切に使われているのだろうことが見て分かる。
自然と背筋を伸ばして歩きたくなるような、歴史ある厳めしい雰囲気が漂っていた。
静寂な廊下が続く中、ごく少ない人の気配が近づいてきた。ジェイドは一つの両開き扉の迄で立ち止まると、ノックをして部屋に入った。ドアに取り付けられた金色のプレートには、当番室と記載されていた。
「おー。休日当番おつかれさん。これ、差し入れな」
扉を開けたと同時に、ジェイドが部屋の中にいる数名の騎士団員に労いの言葉をかける。
「これって、あの人気な店のですよね……?ありがとうございます。そろそろ、休憩にしようと思っていたんです」
中年の騎士が、ジェイドからパンが一杯詰まった紙袋を受け取り嬉しそうに微笑んで礼を述べた。
ジェイド曰く部屋にいる彼らは、この休日に騎士団本部の警備当番となった騎士団員たちだそうだ。騎士団員たちは口々にお礼を言いつつ、ジェイドと俺からパンが詰まった紙袋を受け取った。
こんがりとしたパンの匂いが、部屋いっぱいに広がる。大きく息を吸って、嬉しそうに微笑む屈強な若い騎士たちの姿が目に入る。逞しい身体と、その無邪気な可愛らしい表情のギャップが、何とも和むな……。
先ほどジェイドに一番に声を掛けていた中年騎士が、若い騎士に紙袋を手渡しつつ、俺へチラリと視線を移した。
「お客様、ですか……?」
中年騎士の問いかけに、ジェイドはニヤリと悪い笑みを浮かべる。
「……賄賂、受け取っただろ?」
ジェイドは、中年騎士から視線を逸らすと、パンを頬張る他の騎士団員たちへの様子を見て、更に笑みを深める。悪ガキのような副騎士団長の姿に、中年騎士はクスクスと笑った。
「……なるほど?あのときの青年ですね。……こんにちは。何もないところだけど、ゆっくりしていって」
中年騎士は柔らかく微笑むと、俺にも差し入れのお礼を言ってくれた。そういえば、この顔を以前も目にしたことがある気がする。そこで、はたっと気が付いた。この人は確か、以前カンパーニュに魔物討伐に来た騎士の一人だ。
ジェイドは、早々とその部屋を後にした。俺も軽く挨拶をした後に、慌てて後をついていく。静まり返った建物内を、時折ジェイドが説明しながら進んで行く。そして、階段を登りきったところでジェイドが立ち止まった。
「……さて、ここが良い場所だよ」
ようやく辿り着いたのは、広い屋根裏部屋だった。
印象的なのは、正面にある大きな窓。天井につきそうなほど高い窓が、午後の微睡む日差しを部屋いっぱいに取り入れる。屋根裏だというのに、穏やかでとても明るい。
「……なんだか、隠れ家みたいで楽しいな……」
三角屋根の形状のまま、高い場所もあれば低い場所もある部屋。剥き出しにされた天井の梁にはプランターが引っ掛かり、緑色の葉を生い茂らせたツタが所々垂れ下がっている。
ツタの緑は、部屋の良いアクセントだ。寛げるソファや、窓際にテーブルがあるのを見ると、ここは騎士たちの休憩室なのかもしれない。
「……ヒズミ、こっちに来てみな」
しばらく部屋の中を興味深く見回していると、ジェイドに手を引かれて一つの窓の近くへ案内された。顎で外の様子を眺めるように促され、窓に手をついて外を眺める。
眼下に見えたのは訓練場だろうか……。塀に囲われた楕円形の地面に、複数人の人影が見えた。魔法の閃光が時折訓練場を明るくする。
見慣れた人物を人影に見つけて、俺は思わず身を乗り出して窓に張り付いた。
「……っ!ソルっ……!」
黄金の髪が、魔法による風でふわりと浮く。露わになった琥珀色の瞳の青年の姿に、俺はすぐさま名前を呼んでいた。1週間しか離れていなかったのに、姿を見ただけで嬉しさがこみ上げてくる。
「……接触禁止なだけで、こっちから見る分には別にいいだろ?あっちからは、俺たちの気配が悟られることはないしな」
ジェイドは隣で外の様子を一緒に眺めながら、俺に教えてくれた。あの訓練場には特殊な結界が施され、外部の気配や音を遮断しているのだという。
屁理屈と言われるかもしれないが、ジェイドは俺たちに課せられた命令の抜け道を探してくれたらしい。ソルに見つからないで、こっそりと見守れる場所を探してくれたようだ。
「ソレイユの訓練は過酷だ。初日は訓練後にぶっ倒れてたよ。……それでも泣き言は言わないし、日々黙々と訓練に励んでいる。……あいつは、強い男さ」
ソルは武器を持たず、魔法だけを駆使しているようだ。制服に似た訓練服は所々裂けてボロボロになり、一部が赤く染まっている部分がある。
魔導師団の制服を着た数人が、ソルに向かって攻撃魔法を仕掛ける。ソルは反対する属性魔法を、同じ威力で放って攻撃を打ち消していた。火魔法の攻撃には水を、風魔法の攻撃には土魔法を。
瞬時に反対の属性魔法を、敵と同威力で放つなんて、かなり難しい技術だ。何度か失敗してソルの身体に攻撃魔法が当たり、ソルの身体が傾く。
「……ソル……」
俺はしばらく無言で、ソルの訓練の様子を見守った。窓に置いていた拳に無意識に力が入る。いつのまにか、午後の温かな日差しは夕日に変わっていた。
「……そろそろ、訓練が終わるころだ」
ジェイドがそう言って数分後、訓練場にいた人たちの動きが静かになった。どうやら訓練が終わったらしい。各々が解散して訓練場を離れていく中で、ソルはふらつく身体を動かして歩き、訓練場の真ん中で一度立ち止まった。
訓練で疲れて動けなくなってしまったのだろうか……。
誰もいない訓練場で、ソルは胸元に手を差し込んだ。光をチカリっと一瞬反射したそれを、ソルはチェーンに指を絡めてそっと持ち上げた。
胸元から取り出したのは、宵闇色の宝石だった。
橙から宵闇に染まる宝石を、ソルは夕日にかざして数秒眺めると目を閉じた。宝石を口元に近づけ、そっと形の良い唇で口付ける。
ほんの一瞬の口付けは、夕日に照らされたソルの美しい相貌も相まって、何かの神聖な儀式にすら見えた。
「……毎日訓練が終わると、ソレイユはああやって、必ず胸元のネックレスにキスするんだよ。それはもう、大切そうにな……」
目を開けたソルは、口付けた宝石を右手で握りしめた。そのまま、顔を上げてどこか遠くを見上げている。
ソルの視線の先にあるのは、学園の古めかしい屋根。
……俺たちは、2人で同じことをしていたんだな……。
俺の右手は、自然と自分の胸元に伸びていた。そこにあるのは、太陽の色をした宝石。俺はソル色の宝石を握りしめたまま、ソルが訓練場をあとにするまで黙って見つめ続けた。
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