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第8章 乙女ゲームが始まる

ライチ収穫、スペシャルレアなライチ

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魔王復活の災厄が影を見せ始めた今年は、例年よりも1か月遅く夏休みに突入した。期間も短くなって、生徒たちは色々な思いを込めて夏休みを過ごす。去年の解放感に溢れた終業式とは違う、どこか厳かな雰囲気に学園は包まれていた。

大半の生徒は、夏休み終了ギリギリまで故郷や思い出の地で過ごす者がほとんどで、中にはそのまま領地で過ごす者もいる。領地内の仕事を手伝ったり、魔物対策のための人員となるためだ。


「一時はどうなることかと思ったけど、2人の仲が深まったようで良かったよ」

隣を歩くリュイが、垂れ目がちの緑の瞳を細めて微笑んだ。夏風にそよぐ青い原っぱの上に、突如として現れる白線を思わせる白い道。扇状に並べられた美しい白磁の石畳を、俺たち4人は靴音を鳴らして図書棟へと向かう。


「2人には心配をかけたな……。すまない」

俺とソルのことを、一番近くで見守ってくれた2人には頭が上がらない。

あとから聞いた話だが、リュイとガゼットは、俺がソルと余所余所しくなったことに、早い段階で気が付いていたらしい。俺が申し訳なく思っていると、リュイの隣を歩くガゼットが、殊更に大きな溜息をついた。


「全くだ!こっちは他生徒への牽制が大変だったつうのに。……やっぱり、ヒズミとソレイユは、その距離が一番しっくりくるな。ソレイユには、貸し一つだかんな」

ガゼットがソルを小突きながら、冗談交じりにニヤリと悪い笑みを浮かべる。ソルは苦笑いをしつつ、片手でガゼットの攻撃をいなす。


「それには感謝している、ガゼット」

さらりとソルが言った本心からのお礼に、ガゼットが大げさに身体をぶるりっと震わせて両手を擦る。


「うわっ。ソレイユが素直にお礼言うなんて……鳥肌立ったわ」

ふざけたガゼットに、ソルがすかさず反撃の肘鉄を入れる。胸にクリーンヒットしたガゼットは、ぐはっ!と呻いて苦し気だ。呆れた顔をするリュイが、ふふっと声を出して笑うのに、俺もつられて声を出して笑う。


じゃれ合いながら石畳を進んで、俺たちは目的地である図書棟の裏側へと辿り着いた。上へと枝を伸ばした一本の木が、光沢のある深緑色の葉が手を広げたようにわさっ、わさっと茂っていた。陽を通さないほど密集した木の下は、薄暗いがとても涼しい。


「……というわけで、僕たち2人を心配させたソルとヒズミには、ライチの収穫を手伝ってもらいます」

腰に両手を当てたリュイが、気合いの入った声で宣言した。見上げた鬱蒼としている葉の間には、真っ赤に熟した小さな実が鈴なりでついている。

あちこちの枝が、沢山の実りで重そうに垂れ下がっていた。まさに豊作と言っていいだろう。


「……凄いな……。こんなに実るのか」

自分たちよりも遥か頭上に葉を茂らせる木に、俺は圧倒されて思わず感嘆した。所々で白いふわふわが、跳ねるように移動する。お手伝いモモンガたちは、相変わらずこの木を遊び場にしているらしい。


「いや、普通は種から成長して実がつくまでに、最低8年はかかるからな?この成長速度は明らかに、おかしいから……」

ガゼットは遠い目をした後に、俺の右肩に乗っていたモルンへとチラリと視線を寄越した。言外にモルンが何かしたのだろうと言いたげだが、当のモルンは知らんぷりを決め込んだようだ。

ぷいっと素っ気なく、首をガゼットとは反対に向けたモルンに、思わず吹き出した。


「さあ、これから大変だからさっさとやるよ!」

リュイの音頭とともに、俺たちは気に登ってライチの収穫を開始した。一つ一つ枝からハサミで切って収穫する。これが中々に細かい作業で、途方もなく時間がかかりそうだなと、嘆息していたときだ。


「おやおや……?賑やかだと思ったら、ヒズミ君たちでしたか。皆でライチの収穫ですか?」

俺の真下からのんびりとした声が聞こえて、俺は収穫の手を止めて下を見下ろした。お手伝いモモンガたちに囲まれるようにして立つ1人の男性が、俺と目が合うと穏やかに笑う。


「っ!!司書さん……!」

こんにちは、と司書さんはおっとりと挨拶をすると、確認するように木に登る俺たちを見回した。ふむっと考える素振りを見せる。

ちなみに、司書さんにはライチの木を植えたのがガゼットとモルンであるとバレていた。お手伝いモモンガから『なんか美味しい果物が実る木を植えてる!!』と報告が上がったらしい。


「ライチは繊細な果物だと、本にも書いてありましたねえ……。ちょうど良いです」

そう言うと、司書さんは小気味よく手を2回叩いた。乾いた音したかと思うと、ライチの木で寛いでいたお手伝いモモンガたちが、一斉にピクっと身体を反応させた。


「この子たちは、この木と共に成長して成獣になったばかりなんです。まだお手伝いをしたことがないので、ライチの収穫を初めてのお手伝いにしましょう」

ライチの木にいたお手伝いモモンガたちが、ソワソワと白色の尻尾を揺らしている姿に、思わず笑みが溢れる。


「さぁ、皆でライチを収穫してください。熟したのを丁寧に収穫してくださいね?」

「キュっ!!」

了解と返事をするように、お手伝いモモンガたちが一斉に声を揃えて鳴いた。可愛らしい声がしたと同時に、白色のもふもふが元気よく枝を飛び移る。小さなお手々を器用に使い、ライチの赤い実をもぎ取っては、地面に敷かれた大きな麻布と落としていく。

この布は司書さんが用意してくれた、瞬間冷却魔法が付与された布だ。これで、ライチの鮮度が保たれる。


「キュイ!」

他のお手伝いモモンガに負けじと、モルンも赤い実を抱えて俺の元へと戻ってきた。小さな手で俺に差し出すと、真ん丸な黒色の瞳に期待の籠もった光を宿して、甘えた声を出す。


「モルン、今少しだけ味見しようか?」

「キュキュっ!」

俺はモルンに差し出されたライチを指先で摘むと、鱗肌のゴツゴツした皮の半分をそっと剥いだ。みずみずしい果汁を滴らせながら、半透明な果肉から姿を現すと、モルンの口へとそっと差し出す。

モルンは小さな手を果肉にちょこんと起きながら、俺の手から、かじっと弾力のある果肉に齧り付いた。


「ぷうぷう」

ご機嫌に尻尾を振りながら、美味しそうに齧りつくモルンに、俺も味が気になって近くに実るライチを取って口に含んだ。さっぱりとした甘みが、果汁とともに口いっぱいに広がる。


「こら、そこの2人。つまみ食いしてないで、手を動かして」

リュイに小言を言われつつ、俺たちと大人になったばかりのお手伝いモモンガはライチの収穫に励んだ。


「それにしても、沢山収穫しましたね。……しかも、よく調べてみたら、ただのライチじゃないようですよ?」

樹の下に敷かれた麻布には、こんもりとしたライチの山が出来上がっていた。司書さんが収穫した実を鑑定魔法で調べたら、何と『お手伝いモモンガ特製ライチ』という鑑定結果が出たらしい。体力回復に、疲労軽減。おまけにほんのり癒やし効果があるそうだ。


「モルンも、沢山取ったんだな?帰ったら一緒に食べよう?」

せっせと収穫したライチを、俺の腰に下げたマジックバックに入れていたモルンは、一段と目をキラキラさせた。モルンが収穫したライチを、そっとイベントリで確認して、頭の中に浮かんだ文字に思わず驚いた。


______

●モルン特製ライチ(極上)

お手伝いモモンガの上位種、モルンが育てて収穫したライチ。体力全快、疲労回復、精神回復。極上の美味しさで、ほっぺたが落ちちゃう。
ヒズミと食べるんだもん。
______



俺にスリスリと頬を擦りつけて、モルンはご機嫌の様子だ。いつまでも甘えん坊なんだから。もう可愛すぎか……。


大量に収穫したライチは、司書さんにお裾分けした。俺たちは司書さんと別れたあとに、4人で木陰に腰を下ろして、ライチを味わいながら一休みしていた。

ひんやりとした心地よさに、思い思いに寛いでいると、向かい側にに座っていたガゼットが、神妙な面持ちでぽつりと呟いた。


「俺さ……。本当は魔王討伐が、ものすごく怖いだ……」






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